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花の名

「ねぇ、これは何ていうお花?」

 誰にも知られない湖のほとりで、新たな興味を見つける君を見て口元が緩む。

「確かに綺麗な花だな……初めて見たから、今度調べておくよ」
「ありがとう、エンディミオン」





 君がこの地球ほしに降り立つようになって結構な月日が経つけれど、まだまだ知らないことがあるんだな。
 互いに護衛付きで色々な場所へ訪れた時、君は決まって景色の感想を一番に言う。

「見て、綺麗な海!」

「大空に鳥が飛んでいるわ」

「あたしの住んでいる月って、この地球ほしから見たらこんなに輝いているのね」

 得意げになって説明をするオレと、熱心に聞く君。

 そんな時間が、大切だった。





「今までたくさん花を見てきたのに、どうしてこの花が気になったんだい?」

 あまり見ない花だとは思うが、特段目立った色でも形でもない。そんな平凡な花に少しだけ嫉妬したオレの質問に、彼女は微笑みながら返す。

「何だかね……運命を感じるの」
「運命?」
「うん……言葉では言い表せないけど、あたしたちにとって大切な気がする……」
「へぇ……」

 まるでオレたちの絆を深めてくれるようなニュアンスを感じて、妬いた感情が薄れていく。我ながら単純な思考回路だと思うが、いつ揺らいでもおかしくない関係に不安を募らせていたオレは、この花に安心を求めていたのかもしれない。

「じゃあ……」
「ダメよ、抜いたらかわいそう!」

 花の情報を調べるため、根っこから抜こうとしたオレの手をセレニティの声が止める。

「けど、この場所は誰にも話していないから持ち帰らないと……」
「なら、描いてしまえばいいわ」

 そう言って、彼女は岩陰に置いてあった手さげからスケッチブックとペンを取り出した。

「月から持ってきたのか?」
「えぇ……あたし忘れっぽいから、ここでの想い出は色々な形で残しておきたくて」

 照れながら言う君と、心から笑えないオレがいる。忘れっぽいという君の心の片隅に、オレという存在を置いてほしいと願うのは勝手かな。
 いつ最後の逢瀬になるとも限らない状況だから、逢う度に君の全てを刻みたい。そしてオレの全てを心に刻んでもらいたい。無邪気に振舞ってくれる君も、同じ夢を描いていると信じながら。

「オレ、あまり絵心はないんだが」
「あたしだって、みんなから子供の描いた絵だって言われるのよ?」
「なら、一緒に描こうか」
「うん!」

 競争という訳じゃないけれど、二人して同じものを描くのも悪くないと思った。これも一つの絆の形だと、安らかな気持ちになる。
 一生懸命ペンを走らせる君を見て、他愛のない話をしながらスケッチを続けるこの時間がいつまでも続くことを願った。
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