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変わっていく君と変わらない想い

side ちびうさ



 ほたるちゃんが小さくなったと聞いたのは、土曜日の朝だった。うさぎが電話の子機を片手にあたしの部屋に慌ただしく来たのだ。電話を掛けてくれたのはみちるさんだったらしく、慣れない敬語を使いながらあたしに電話を代わってくれた。そして事情を聴く流れだった。

「今日のイベント、どうしよう……」

 元々ほたるちゃんと約束していたイベントだけど、こんな事態じゃ行けないよね。そう考えていたら。

 ピンポーン

 呼び鈴が鳴って、ドアを開けると。

「ちびうさお姉ちゃん!」

 可愛らしい声であたしを呼ぶ、小さなほたるちゃんと苦笑いをしているみちるさんが居た。

「ほたるちゃん!?」
「えへへ~、今日はお菓子のイベントに行く約束でしょ?」
「覚えてるの?」
「うん、楽しみにしてたんだよ!」
「ごめんなさいね……行くって聞かなくて」
「あ、いえ……いいですよ! ほたるちゃんが行きたいなら、一緒に行きます!」
「わ~い! ありがとう、ちびうさお姉ちゃん!」

 無垢な笑顔で言うほたるちゃんに、少しだけ照れてしまう。というか、ほたるちゃんにお姉ちゃんと言われるのは新鮮だなぁ。

「ふふっ、ありがとね」
「みちるさん、何だか嬉しそうですね?」
「えぇ……1日とはいえ、また小さなほたると一緒に暮らせると思うと可愛くてね」
「あはは、確かに可愛いですよね」

 みちるさんたちも心配しているのかと思ったけど、結構楽しんでいるみたいでよかった。なんて思っていると、うさぎがドタドタと玄関までやって来た。

「おはよう、みちるさん! それにほたるちゃんも」
「おはよう、うさぎお姉ちゃん!」
「今日一日、ほたるを預けてもいいかしら?」
「もっちろん! あたしがしっかり保護者するんで!」
「あんたは保護される側でしょ?」
「何よ、せっかくちびうさとほたるちゃんをまとめて面倒見てあげようって言ってるのに!」

 あたしは浮かれているうさぎにクギを刺しつつ、ほたるちゃんに声を掛けた。

「おいで? ほたるちゃん」
「うん!」

 あたしの目の前でチョコンと止まるほたるちゃんの頭を、優しく撫でる。

「みちるさん……ほたるちゃん、どこも悪くないですか?」
「えぇ、ご覧の通り元気いっぱいよ?」
「ならよかった……」
「心配してくれてありがとう」
「あ、はい……今日は任せてください!」

 あたしは胸を張りながら、みちるさんに伝えた。



「じゃあ、行こうか」
「うん」
「楽しみだね~」

 帰路に着いたみちるさんを見送った後、あたしたちは商店街に行くことにした。流れとしては、保護者に立候補したうさぎと3人でイベントに行き、お菓子を貰ったらパーラークラウンでスイーツを食べてほたるちゃんを送りとどける感じだ。

「どんなお菓子が貰えるのかな~?」
「いっぱい貰えるといいね」
「うん!」

 そんな話をしながら、あたしたちは商店街に着いた。イベントをやっているお菓子屋さんの周りは子どもたちでごった返していて、巻き込まれたら迷子になりそうな雰囲気だった。

「すごい人だね」
「それに大きいお菓子屋さんだねぇ」

 うさぎが言うように、まるで遊園地のアトラクションのような規模で出来ている行列にたじろいでいると。

「行こう、ちびうさお姉ちゃん!」
「ほたるちゃん、平気?」
「うん! 行かなきゃお菓子貰えないよ?」
「そうだね」

 あたしはしっかりほたるちゃんと手を繋いで、お菓子屋さんに入ることにした。

「あたしはここに居るから、ほたるちゃんのこと頼むね?」
「うん、任せて!」

 そうだ、あたしがちゃんとしないと。お菓子を楽しみにしてるほたるちゃんを、しっかりと護るんだから。

「行くよ、ほたるちゃん」
「うん!」

 あたしは意を決して、ほたるちゃんとお菓子屋さんに入っていった。

「す、すごい人だかり……」

 こんな状態で手を離しでもしたら、一瞬でほたるちゃんを見失ってしまうだろう。あたしはほたるちゃんの手を強く握りなおして、奥へ進んだ。

「ほたるちゃん、大丈夫?」
「うん、平気だよ!」

 何とか奥へ進むと、お菓子の袋を配っている店員さんが数人居た。想定外の行列だったのか、サポートしている店員さんたちもアタフタしている状況だった。

「えっと……この列かな?」

 何とか列と思わしき場所に並ぶ。そして5分くらい待つと、あたしたちの番になった。

「はい、ごめんね? こんなに混んじゃってて……」
「いえ、ありがとうございます!」
「ありがとう、お姉さん!」

 袋を手渡しながら、申し訳なさそうに言う店員さんにお礼を言って、あたしたちはお菓子を貰った。

「帰りも気を付けてね?」
「はい」

 気にかけてくれたのは、小さなほたるちゃんを連れていたからだろうか。店員のお姉さんはあたしたちの頭を撫でながら、次の子にお菓子を渡す準備をしていた。

「じゃあ、戻ろうか」
「うん、お菓子いっぱい入ってるね!」
「ふふっ、そうだね」

 あたしたちは再び手を繋ぎ、人だかりをかき分けて入り口に戻ることにした。

「ふぅ……よかった、無事に貰えて……」
「ねぇねぇ、あのうさぎさんのおもちゃ箱、可愛いね!」
「そうだね、あんなのも売ってるんだ」

 お菓子を貰えた安堵感からか、帰りはディスプレイされている商品を見る余裕があった。それが一番のミスだと気づいたのは、ほたるちゃんを握っていた手が離れてからだった。

「あっ……」
「えっ……」

 するりと、抜けていくほたるちゃんの手。ほんの一瞬の油断だった。なくなった手の感触に血の気が引いていく。

「ほ、ほたるちゃん!?」
「ちびうさお姉ちゃん!」

 遠くなっていくほたるちゃんの声。まだ4歳の小さな体。もし転んだりして、子どもたちに踏まれたり蹴られたりしたら。

「ほたるちゃん! どこっ!?」

 焦って大声でほたるちゃんを呼んでも、周りの喧騒にかき消される。

「あたしのバカッ! あれだけ注意しなきゃって思ってたのに!」

 何が任せてくださいだ。何が護ってあげるだ。あれだけ胸を張って言ったのに、こんな油断から手を離してしまうなんて。

「お願い、無事でいて!」

 あたしはほたるちゃんとはぐれた位置から入口の方へ向けて目を凝らす。いや、あの小さな体だから奥へ進む勢いに流されて戻ったのかも。

「うっ……ほたるちゃん! 返事して!?」

 泣きそうになりながら、ほたるちゃんを呼ぶ。全部あたしのせいだ。あたしがイベントに誘ったから。小さくなっても大丈夫だって油断したから。そんな後悔の念が頭の中を支配する。

「うわあああん!」
「っ!?」

 ほたるちゃんの泣く声がする。

「ほたるちゃん!?」
「わあああん! ちびうさお姉ちゃぁん!」
「どこ!? どこに居るの!?」

 声は聞こえても、姿が見えない。小学生が多いこの中で、背の低い4歳のほたるちゃんを見つけるのは至難の業だ。だからこそ、手を離しちゃいけなかったのに。そう悔やんでいると、子どもたちの中でひと際大きい人影があたしの名前を呼ぶ。

「ちびうさ! こっち!」
「うさぎ!」

 声の主はうさぎだった。中々戻って来ないあたしたちを心配してだろうか。真剣な表情であたしの方へ手を伸ばしていた。

「掴まって!」
「でも……ほたるちゃんがぁ!」
「大丈夫! 反対の手で握ってる!」
「ホントに!?」
「だからあたしの手を掴んで!」
「うん!」

 あたしはうさぎの手をしっかりと握りしめながら、外へ向かった。

「ふぅ……二人とも平気?」
「ほたるちゃん!」
「ちびうさお姉ちゃん!」

 無事外へ出て、少し離れた場所でほたるちゃんを抱きしめる。

「ごめんね……あたしが手を離しちゃったから……」
「うわあああん! 怖かったよぉ!」

 あたしの胸に顔をうずめながら、泣き続けるほたるちゃん。

「ひっく……ごめんなさい……あたしのせいで……」

 開放された安心感からか、あたしの涙も堰を切ったように溢れ出て来る。

「ほら二人とも……どこもケガしてない?」
「うん……ちびうさお姉ちゃんは平気?」
「うん、大丈夫……」
「よし! ケガもないし、お菓子も貰えたんだから一件落着……もう泣かないの!」

 うさぎがあたしたちの頭を撫でながら、事を収めようとする。そんなうさぎを見て、自分が情けなくなる。あれだけ強がっておきながら、またうさぎに頼ってしまった自分の弱さに。

「ちびうさお姉ちゃん……」
「えっ……」
「ごめんね……あたしが泣いちゃったから、心配してくれたんだよね?」
「あ、えっと……」

 こんな小さな子にまで心配をかけて、慰めてもらって。一体どっちがお姉ちゃんなのかと思うと、また情けなくなる。

「でも、お菓子もらえてよかったね!」
「えっ?」
「ちょっと怖かったけど……ちびうさお姉ちゃんと一緒にお菓子さんで冒険できて、楽しかったよ!」
「ほたるちゃん……」

 満面の笑みで言うほたるちゃん。あたしを悲しませないように気を遣ってくれてるのだろうか。

「あはは、ほたるちゃんは切り替えが早いね」
「うん、何事も楽しまないとね!」

 大人ぶってそううさぎに答えるほたるちゃんを見て、笑みが零れる。

「強いんだね……ほたるちゃんは……」
「ちびうさお姉ちゃんがそばに居てくれるから、笑顔になれるんだよ?」
「えっ……」
「だから……友だちになってくれて、ありがとう!」

 それは転生する前に、伝えてくれた言葉。もう一度、友だちになってからも伝えてくれた言葉。

「あたしの方だよ……いっつも、助けられてばかりで……」
「ほたるちゃんが助けてくれるのはきっと……ちびうさが一生懸命、ほたるちゃんのことを護ろうとしてるのが伝わってるからだよ……」
「うさぎ……」
「だから、元気だそ?」
「……うん!」

 そうだ。いつも頼りないあたしだけど、あの頃から全力でほたるちゃんと友だちになろうと思った。そして思い出をたくさん作ろうって決めたんだ。だから、泣いてばかりいたらダメだよね。

「ほたるちゃん」
「えっ?」
「友だちになってくれて、ありがとう」
「うん!」

 もう一度、ほたるちゃんと手を繋ぐ。握っていた手はしばらくしたら離れてしまうけど、心で繋がった友情は離れない。たとえどんな形になっても。

「さ、スイーツ食べに行こ♪」
「うん!」
「わ~い、何食べよっかな~」
「うさぎお姉ちゃんが一番、喜んでるね」
「ふふっ、そうだね」

 何だかんだで頼りになるうさぎに感謝をしつつ、パーラークラウンでスイーツを食べたあたしたちは、無事にほたるちゃんを送りとどけて解散した。
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