花は枯れて また咲く
「とっても綺麗なお花が咲いたんだよ!」
いつだったか、そう嬉しそうに言うあかりちゃんは子どものように無邪気だった。
あかりちゃんがお花の世話係に立候補したときは、少しだけ驚いた。普段は自分から動くというよりは、人に頼まれて働いていることが多かったから。だけど、その時は誰よりも先に手を挙げていた。後で理由を聞いたら、みんなが綺麗なお花を見て気持ちが和んでくれたら嬉しいと言っていたのを聞いて、実にこの子らしいと思った。
「心配だなぁ……」
「昨日、元気なかったもんね……」
「うん……」
学校に行く途中、あかりちゃんが教室の花を気にかけながら俯いている様子を見て心が痛む。
萎れ始めたのは先週くらいからだろうか。結構長く咲いてくれていたけど、流石にいつかは枯れてしまう。私は花なんかより、あかりちゃんの心の方が心配だった。枯れてしまった花を見て、傷つかずにいられるといいんだけど。
「少し、急いでもいい?」
「うん、早く教室に行こうか」
「ありがとう、ちなつちゃん」
駆け足気味で学校の校門を抜け、下駄箱で靴を履き替えていると。
「お、あかりちゃん! ちなつちゃん!」
「おはようございます」
「櫻子ちゃん、向日葵ちゃん、おはよう」
「あ、おはよう」
手を振ってきた櫻子ちゃん達と挨拶を交わす。普段なら世間話でもしながら教室に向かうところなんだけど、今日は急いでいる理由があったので事情を説明することにした。
「あかりちゃん、なに急いでるの?」
「あ、えっと……」
「ごめん、教室のお花が枯れちゃってないか心配で急いでたの」
「そうだったんだ」
「確かに、昨日の様子では限界が近そうに見えましたものね……」
「うん、だから早く見に行きたくて……」
「よし、私達もダッシュしよう!」
「ちょ、ちょっと櫻子!?」
当事者の私達を置いて、櫻子ちゃんが向日葵ちゃんの手を引いて猛ダッシュで駆けて行く。
「あかりちゃん、私達も行こう!」
「うん!」
私達が教室に着くと、先に向かった二人が気まずそうにこちらを見る。その仕草で気付いたのか、あかりちゃんが急いで花の元に駆け寄る。
そして。
「あっ……」
予想通り、花は枯れていた。
「あかりちゃ……」
私があかりちゃんの顔を覗き込むと、溢れ出る涙が頬を伝っていた。
「ちょ、泣いてるの!?」
櫻子ちゃんが思わず叫ぶ。棒立ちのまま涙を流し続けるあかりちゃんの様子を見て、戸惑っているようだった。
「向日葵、どうしよう!?」
「仕方がないですわ……」
「仕方ないって、そんな言い方ないだろ!?」
「命はいつか尽きるもの……それを受け入れることも、育てる側の責任だと思いますわ」
「私も、向日葵ちゃんの言う通りだと思う」
「ちなつちゃんまで!?」
「あかりちゃんは自分からお花係に立候補したんだから、乗り越えなきゃいけないんだと思う……」
「そんな……」
私達は声をかけずに、しばらく見守っていた。
そして、10分後。
「ごめんね……もう大丈夫……」
涙を拭いながら私達の方を振り向く。
「大丈夫?」
「うん……この子は今まで、みんなの心を癒してくれたから……」
「花じゃなくて、あかりちゃんの方だよ」
「あかりは平気……また頑張って、お花を育てるよ」
「そっか……」
必死に笑顔をつくりながら気丈に振る舞う様子を見て、今日何度目かの心の痛みを感じた。
「あかりちゃん、元気ないね……」
一時間目の授業が終わると、櫻子ちゃんが私と向日葵ちゃんに声をかけてくる。
「毎日欠かさず水をあげたり、日向に置いたりしてましたからね……」
「でも、ちょっと純粋すぎるよ……」
普通、花が枯れただけで泣くだろうか。あんなに感受性が強いとこれから先、人よりも多くつらい思いをする事になるだろう。高校や大学、社会に出て傷ついていくあかりちゃん。私はそんな姿、想像したくなかった。
「まぁ、そこがあかりちゃんの良いところなんだけどね」
「あの純粋な心に、何度癒してもらったことか……感謝しなくてはいけませんね」
「うん……」
私達の話を聞いているのかいないのか、あかりちゃんは頬杖をついて窓の外の景色を眺めていた。
放課後。帰り支度をしているあかりちゃんに声をかける。
「あかりちゃん、ごらく部は?」
「今日は少し調子が悪いから、休むって伝えてくれる?」
「うん、わかった」
「じゃあ、帰るね?」
「気をつけてね」
「うん、バイバイ……」
頼りなく手を振る姿に、不安が高まっていく。
「どうしたら、元気を出してくれるかな……」
口元に手を当てながら考えを巡らせていると。
「また頑張って、お花を育てるよ」
今朝のあかりちゃんの言葉が脳裏をよぎった。
「もう一度、お花を育ててもらえば……」
新しい命を育てる。お花だから少し大袈裟かもしれないけれど、これしかないと思った。
「よし、買いに行こう!」
私は部室に行き、先輩たちに事情を説明して商店街の花屋さんに向かった。
「ここね……」
商店街の端にある、少し小さなお花屋さんに着く。確か前にここを通った時、あかりちゃんが今度ゆっくり寄りたいって言ってたお店。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
奥から綺麗なお姉さんが出てきて、話しかけてくれる。
「どんなお花を探してるの?」
「えっと……学校の教室に飾る用で、お花が大好きな友だちに育ててもらえたらなって思いまして……」
「そっか……ならこれはどう?」
お姉さんが紹介してくれたのは、赤白黄色に咲いている綺麗な花の鉢植えだった。
「可愛い花ですね」
「綺麗な花でしょう? フリージアっていうの」
「フリージア……」
どこかで名前は聞いたことあるかな。くらいだったけど、色とりどりに可愛く咲いている姿があかりちゃんに似ていると思って、微笑んでしまう。
「フリージアの花言葉はね、色によって違うの」
「花言葉……」
「えぇ……黄色なら無邪気、白ならあどけなさ……みたいにね?」
「へぇ……」
無邪気であどけない。まさにあかりちゃんにピッタリな言葉だと思った。
「ちなみに英語での花言葉は友情なの」
「友情……」
「えぇ、友だち想いなあなたにピッタリね♪」
「えへへっ」
お姉さんに乗せられた訳じゃないけど、あかりちゃんに合う言葉と友情というワードを聞いて、私の心は決まった。
「あの……これください!」
「はい、ありがとう……この紙に簡単な育て方がメモしてあるけど、後でちゃんとした栽培方法をネットとかで検索して調べてみてね?」
「ありがとうございます」
私は鉢植えとメモをもらって、帰路に着いた。
いつだったか、そう嬉しそうに言うあかりちゃんは子どものように無邪気だった。
あかりちゃんがお花の世話係に立候補したときは、少しだけ驚いた。普段は自分から動くというよりは、人に頼まれて働いていることが多かったから。だけど、その時は誰よりも先に手を挙げていた。後で理由を聞いたら、みんなが綺麗なお花を見て気持ちが和んでくれたら嬉しいと言っていたのを聞いて、実にこの子らしいと思った。
「心配だなぁ……」
「昨日、元気なかったもんね……」
「うん……」
学校に行く途中、あかりちゃんが教室の花を気にかけながら俯いている様子を見て心が痛む。
萎れ始めたのは先週くらいからだろうか。結構長く咲いてくれていたけど、流石にいつかは枯れてしまう。私は花なんかより、あかりちゃんの心の方が心配だった。枯れてしまった花を見て、傷つかずにいられるといいんだけど。
「少し、急いでもいい?」
「うん、早く教室に行こうか」
「ありがとう、ちなつちゃん」
駆け足気味で学校の校門を抜け、下駄箱で靴を履き替えていると。
「お、あかりちゃん! ちなつちゃん!」
「おはようございます」
「櫻子ちゃん、向日葵ちゃん、おはよう」
「あ、おはよう」
手を振ってきた櫻子ちゃん達と挨拶を交わす。普段なら世間話でもしながら教室に向かうところなんだけど、今日は急いでいる理由があったので事情を説明することにした。
「あかりちゃん、なに急いでるの?」
「あ、えっと……」
「ごめん、教室のお花が枯れちゃってないか心配で急いでたの」
「そうだったんだ」
「確かに、昨日の様子では限界が近そうに見えましたものね……」
「うん、だから早く見に行きたくて……」
「よし、私達もダッシュしよう!」
「ちょ、ちょっと櫻子!?」
当事者の私達を置いて、櫻子ちゃんが向日葵ちゃんの手を引いて猛ダッシュで駆けて行く。
「あかりちゃん、私達も行こう!」
「うん!」
私達が教室に着くと、先に向かった二人が気まずそうにこちらを見る。その仕草で気付いたのか、あかりちゃんが急いで花の元に駆け寄る。
そして。
「あっ……」
予想通り、花は枯れていた。
「あかりちゃ……」
私があかりちゃんの顔を覗き込むと、溢れ出る涙が頬を伝っていた。
「ちょ、泣いてるの!?」
櫻子ちゃんが思わず叫ぶ。棒立ちのまま涙を流し続けるあかりちゃんの様子を見て、戸惑っているようだった。
「向日葵、どうしよう!?」
「仕方がないですわ……」
「仕方ないって、そんな言い方ないだろ!?」
「命はいつか尽きるもの……それを受け入れることも、育てる側の責任だと思いますわ」
「私も、向日葵ちゃんの言う通りだと思う」
「ちなつちゃんまで!?」
「あかりちゃんは自分からお花係に立候補したんだから、乗り越えなきゃいけないんだと思う……」
「そんな……」
私達は声をかけずに、しばらく見守っていた。
そして、10分後。
「ごめんね……もう大丈夫……」
涙を拭いながら私達の方を振り向く。
「大丈夫?」
「うん……この子は今まで、みんなの心を癒してくれたから……」
「花じゃなくて、あかりちゃんの方だよ」
「あかりは平気……また頑張って、お花を育てるよ」
「そっか……」
必死に笑顔をつくりながら気丈に振る舞う様子を見て、今日何度目かの心の痛みを感じた。
「あかりちゃん、元気ないね……」
一時間目の授業が終わると、櫻子ちゃんが私と向日葵ちゃんに声をかけてくる。
「毎日欠かさず水をあげたり、日向に置いたりしてましたからね……」
「でも、ちょっと純粋すぎるよ……」
普通、花が枯れただけで泣くだろうか。あんなに感受性が強いとこれから先、人よりも多くつらい思いをする事になるだろう。高校や大学、社会に出て傷ついていくあかりちゃん。私はそんな姿、想像したくなかった。
「まぁ、そこがあかりちゃんの良いところなんだけどね」
「あの純粋な心に、何度癒してもらったことか……感謝しなくてはいけませんね」
「うん……」
私達の話を聞いているのかいないのか、あかりちゃんは頬杖をついて窓の外の景色を眺めていた。
放課後。帰り支度をしているあかりちゃんに声をかける。
「あかりちゃん、ごらく部は?」
「今日は少し調子が悪いから、休むって伝えてくれる?」
「うん、わかった」
「じゃあ、帰るね?」
「気をつけてね」
「うん、バイバイ……」
頼りなく手を振る姿に、不安が高まっていく。
「どうしたら、元気を出してくれるかな……」
口元に手を当てながら考えを巡らせていると。
「また頑張って、お花を育てるよ」
今朝のあかりちゃんの言葉が脳裏をよぎった。
「もう一度、お花を育ててもらえば……」
新しい命を育てる。お花だから少し大袈裟かもしれないけれど、これしかないと思った。
「よし、買いに行こう!」
私は部室に行き、先輩たちに事情を説明して商店街の花屋さんに向かった。
「ここね……」
商店街の端にある、少し小さなお花屋さんに着く。確か前にここを通った時、あかりちゃんが今度ゆっくり寄りたいって言ってたお店。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
奥から綺麗なお姉さんが出てきて、話しかけてくれる。
「どんなお花を探してるの?」
「えっと……学校の教室に飾る用で、お花が大好きな友だちに育ててもらえたらなって思いまして……」
「そっか……ならこれはどう?」
お姉さんが紹介してくれたのは、赤白黄色に咲いている綺麗な花の鉢植えだった。
「可愛い花ですね」
「綺麗な花でしょう? フリージアっていうの」
「フリージア……」
どこかで名前は聞いたことあるかな。くらいだったけど、色とりどりに可愛く咲いている姿があかりちゃんに似ていると思って、微笑んでしまう。
「フリージアの花言葉はね、色によって違うの」
「花言葉……」
「えぇ……黄色なら無邪気、白ならあどけなさ……みたいにね?」
「へぇ……」
無邪気であどけない。まさにあかりちゃんにピッタリな言葉だと思った。
「ちなみに英語での花言葉は友情なの」
「友情……」
「えぇ、友だち想いなあなたにピッタリね♪」
「えへへっ」
お姉さんに乗せられた訳じゃないけど、あかりちゃんに合う言葉と友情というワードを聞いて、私の心は決まった。
「あの……これください!」
「はい、ありがとう……この紙に簡単な育て方がメモしてあるけど、後でちゃんとした栽培方法をネットとかで検索して調べてみてね?」
「ありがとうございます」
私は鉢植えとメモをもらって、帰路に着いた。
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