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ハートに絡む棘

「ちなつちゃん、手を繋いで帰ろう?」
「う、うん……」

 いつからだっけ。あかりちゃんに触れるのが怖くなったのは。その優しくて温かい手の感触に浸ると、まるで自分が恋人なんじゃないかと錯覚してしまう。
 だからなるべく触らないようにした。距離を取るようにした。私達は友だちなんだって、自分に言い聞かせるために。

「えへへ、ちなつちゃんの手って温かいね?」

 それなのに、無邪気な顔で私にスキンシップをしてくるあかりちゃんを見て、また勘違いしてしまう。ひょっとしたら、私のことが好きなんじゃないかって。

「櫻子ちゃんの手もね? とっても温かいんだよ」

 そんな浮かれた気持ちが、一瞬で現実に引き戻される。この子は「誰にでも」懐いてしまうことを忘れていた。だから他の子を引き合いに出す。何の悪気もなく、大好きな友だちの一人として。
 なら今、手を繋いだのは私じゃなくてもよかったの? 誰でもよかったの?
 そんな考えが頭の中でグルグル回る。

「そんなの……寂しいよ……」
「えっ?」

 思わず口に出した言葉。あかりちゃんが私にとって「トクベツ」な存在なら、あかりちゃんにとっての「トクベツ」も私でありたい。

「ワガママだよね……」
「どうしたの? 悲しそうな顔をしてるけど……」

 あなたが原因なんだよって、伝えたら楽になれるだろうか。素直に告白したら、心が傷つくこともなくなるのだろうか。

「ちなつちゃん……」

 心配そうに私の顔を覗く仕草を見て、我に返る。

「ごめんね、ちょっと考え事をしてたの」
「そっか……」
「もう、あかりちゃんまでそんな顔しないでよ……ほら、笑って?」
「えへへ……」
「うん、やっぱりあかりちゃんには笑顔が似合うよ」

 私の作り笑顔と違って。
 そう自虐的に付け加えないと、自分を保てそうになかった。





 そして次の日の放課後。

「また京子ちゃんにからかわれちゃったよぉ」

 ごらく部の部室で、京子先輩にいじられたあかりちゃんがぼやく。

「そりゃあ、あかりを魅力的にいじるのが私の仕事だからね」
「とんでもない仕事だな……給料いくらだ?」
「時給1,500円!」
「割と高いな! どんな給与設定だよ」
「愛を込めていじるのも、結構テクニックがいるんだよ」
「全く、勝手なことばっかり言って……」
「というわけで、あかり! 1,500円ちょうだい?」
「えっ!? あかりが払うの!?」



 いつものように、3人が漫才を繰り広げている様子を見て、昨日のことが少しだけ忘れられるような気がした。

「ちなつちゃん、大丈夫?」
「結衣先輩……」
「最近、元気がないからさ……」

 私の様子、見ててくれたんだ。やっぱり優しいな。あかりちゃんとは違うベクトルの優しさだけど、私は自分に優しくしてくれる人に惹かれるんだろうか。だとしたら、やっぱり私は勝手な人間だなって思った。

「あんまり悩み過ぎない方がいいよ」
「ありがとうございます……」

 どうして結衣先輩の優しさは心地いいのに、あかりちゃんの優しさは痛いんだろう。
 そんなこと、自分でもわかっていた。それは抱いている気持ちの問題だって。
 結衣先輩に抱いていた気持ちは、好きから尊敬に変わっていった。そしてあかりちゃんに対しては、友情から恋愛感情に変わった。
 それだけの違い。私の気持ちがちょっと変化しただけで、ここまで状況が変わるなんて、過去の自分は想像できただろうか。

「もう……戻れないよ……」

 あの頃に戻りたい。
 あかりちゃんと友だち関係でいられた、毎日が楽しかったあの頃に。



「だから、私とあかりはすれ違いコントなんだって」
「もう、いい加減にしてよぉ」
「ちなつちゃんも、そう思わない?」
「えっ?」
「あれ? どしたの?」
「ご、ごめんなさい……聞いてなかったです……」
「私とあかりのすれ違いコント、見たくない?」
「ど、どうでしょう?」
「いっつも京子ちゃんとはすれ違ってばかりだから、今さらコントにする必要ないよぉ」

「すれ違い……」

 気付いてほしい。今、目の前に居る私とも心がすれ違っていることに。

「いくら心が叫んだって、届かないよね……」
「ちなつちゃん?」
「ううん、何でもない!」

 私はまた笑顔を作って、いつものようにふざけあうことにした。

 心の棘は、まだ抜けない。
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