愛のかたち、家族のかたち。
side 衛
「えへへっ、今日はありがとね?」
席へ案内され、軽く水を口に含んだうさがお礼の言葉をくれる。
「いいよ、普段心配かけてばっかりだからな」
「そんなことないよ、こうやってデートに誘ってくれるだけで嬉しい!」
満面の笑みで喜ぶうさを見て、心が満たされる。この笑顔を見れただけでも、オープンしたばかりの店を選んだ甲斐があったと思った。
「でも大丈夫? このお店、すっごく高そうだけど……」
小声で呟くうさに安心してもらう為、オーケーサインを送って懐事情を伝える。
「平気さ、こういう日の為に貯めてきたんだ」
「……ありがと」
頬を紅く染めながら照れるうさ。折角のデートなのにしんみりさせてしまったようだ。オレは話題を食事へ変えることにした。
「コースで出てくるらしいぞ、メインディッシュまで我慢できるか?」
「もう、子供じゃないんだから平気だよ」
プクっと頬を膨らませる恋人を見て微笑ましい気持ちでいると、店のドアが開いて家族連れが入って来た。
「あれ……?」
その中の一人がこちらに気付いて、声をかけてくる。
「お邪魔しちゃったかな」
「はるかさんたちも、ご飯食べに来たんですか?」
「あぁ、新しくオープンしたっていうからどんなお店かと思ってね」
そんな気軽に来れるレベルの店じゃないような気もするが、この家族に深堀はしないでおこう。そう思っていると、オレたちのテーブルへ最初の料理が運ばれてきた。
「じゃあ、二人ともごゆっくり」
「あぁ、また後で」
少し離れたテーブルへ案内された四人は、慣れた様子で席に着いてメニューを眺めていた。
「失礼します、アンティパストです」
「パスト……? もうスパゲッティが出てくるの?」
「うさ、これは前菜っていう意味らしいぞ」
「そ、そうなんだ……ごめんなさい」
「いえ、こちらはトマトとモッツァレラのカプレーゼです」
うさの元へ運ばれたのは赤と白の彩りが美しい前菜だった。今日はそれなりの店を予約したのである程度の予習はしてきたが、オレもイタリアンに詳しい訳じゃないので少しだけ不安になる。
「こちらはマグロのカルパッチョです、パルミジャーノレッジャーノをかけてお召し上がりください」
オレの元へ出された前菜は、いわゆるイタリア風の刺身だった。比較的食べなれた料理に一安心しているオレに、うさが再び質問を投げかけてくる。
「ぱ、パルミって……?」
「チーズの種類だよ……とても香り高いんだ」
「へぇ~」
予習の内容を手繰り寄せながら、食事マナーをうさと共有しつつ食べ進める。ふとあちらの家族を見ると、もうオーダーした料理が運ばれていて四人とも優雅に食事をとっていた。
「うさ……実は後で贈りたいものがあるんだ」
「えっ?」
「受け取ってくれるか?」
「うん! まもちゃんからの贈りもの、嬉しいな」
「ありがとう」
瞳をキラキラ輝かせながら美味しそうに食事をするうさに、心が奪われる。今日は本当にデートに誘ってよかった。オレたちは次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら夜を過ごした。
食後のドルチェを食べ終え、エスプレッソを飲んでいるタイミングでオレが依頼した青い薔薇の花束を持った店員がうさの元へ訪れる。
「えっ?」
「フィアンセの方からです」
「綺麗……」
薔薇を受け取ったうさの頬が濡れていく。
「ありがとう、まもちゃん」
涙を拭いながらオレに向き直り、ギュッと花束を握りしめる仕草に目を奪われる。その一つ一つの所作がオレの心を掴んで離さない。改めて愛しい恋人の存在を胸に刻んでいると。
「今日は、青いバラなんだね……」
「あぁ……いつも同じ花ですまないな……」
「ううん……まもちゃんはバラってイメージが強いから、とっても嬉しい」
「そうか……」
「でも、どうして今日は青色を選んだの?」
「青いバラは元々存在しなくて『不可能』『永遠の夢』っていう意味があったんだ……」
「そうなんだ……」
少しだけうさの顔が曇る。マイナスなイメージを描いたのだろう。だが、これからその表情を笑顔にする為に『青』の真意を伝える。
「けれど、最近になって日本で青いバラが生み出された……そして持っていた意味も変わったんだ」
「どんな風に?」
「夢、叶う……奇跡……」
「えっ……」
「前世で結ばれなかったオレたちが、時代を経て巡り逢えた『奇跡』……そしてオレの『夢』……」
「まもちゃんの夢って……お医者さん?」
「そしてもう一つ……」
「もう一つ?」
疑問符を浮かべるうさに、オレは最後のセリフを伝えることにした。
そう、全てはこの想いの為にあるのだから。
「うさと、一生を添い遂げることだよ」
「まも……ちゃん……」
口元を押さえて、再び瞳を潤ませるうさ。
「ひゅう、やるなぁ」
「はるか、茶化したらダメよ?」
「そうよ……覚悟を決めたプリンスに失礼だわ」
「ねぇねぇ、今のプロポーズだよね?」
離れた席から聞こえるあちらのご家族の会話は聞かないことにしよう。今のオレには、うさしか見えないのだから。
「ありがと……あたし、幸せ者だね……」
「それはオレのセリフだよ……いつもそばにいてくれて、ありがとう……」
「うん……」
オレたちの周りを、幸せな空気が包みこんでいくのが分かる。
願いが叶わなかったあの日を。
そして今日という日をオレは一生忘れない。
どんな困難が立ちふさがろうとも、オレはうさと二人で乗り越える。
時を越え、再び巡り逢った『奇跡』を信じて。
食事を取り終え、退店したオレたちは駐車場で雑談をしていた。
「よかったな、王子様からのプレゼント」
「うん……胸いっぱいなの……」
「今度こそ、幸せにね」
「何かあったら、すぐ教えるのよ? あたしたちが全力でお世話してあげるから」
「ありがとう、みんな……」
みんなの会話を少し離れた場所で聞いていると、ほたるがオレの元へ歩いて来る。
「まもちゃん」
「どうしたんだ?」
「素敵な愛のかたちだね」
「えっ?」
突然、小学生から祝福の言葉を受けて少しばかり動揺する。もしかして、祝ってくれているのだろうか。
「どうしてあの時、あなたたちが眩しく見えたのかがやっと分かったの……」
「あの時……?」
「今なら、一緒にスイーツを食べに行ける……」
「スイーツ?」
「大好きな家族も一緒にね」
元から不思議なことを言う少女だと思っていたけれど、今日は特にこの子の真意が判らない。オレが難しい顔をして思考を巡らせていると。
「ふふっ、ムリに思い出さなくてもいいよ」
そう言って、ほたるは大好きな家族の元へ駆けて行った。
「愛のかたちか……」
オレが想い描く愛のかたちと、うさの描くかたち。
ほたるたちが描く家族のかたち。
それらは全く違う夢を描いていくだろう。
全員がムリに合わせる必要なんてないんだ。
お互いを認め合って、理解していけば自然とかたちは重なっていく。
それを大事に育んでいけば『幸せ』を掴めると思う。
だから、今の気持ちを大切にしよう。
夜空に輝く月と心地良い夜風に包まれながら、オレはみんなの元へ歩を進めた。
END
「えへへっ、今日はありがとね?」
席へ案内され、軽く水を口に含んだうさがお礼の言葉をくれる。
「いいよ、普段心配かけてばっかりだからな」
「そんなことないよ、こうやってデートに誘ってくれるだけで嬉しい!」
満面の笑みで喜ぶうさを見て、心が満たされる。この笑顔を見れただけでも、オープンしたばかりの店を選んだ甲斐があったと思った。
「でも大丈夫? このお店、すっごく高そうだけど……」
小声で呟くうさに安心してもらう為、オーケーサインを送って懐事情を伝える。
「平気さ、こういう日の為に貯めてきたんだ」
「……ありがと」
頬を紅く染めながら照れるうさ。折角のデートなのにしんみりさせてしまったようだ。オレは話題を食事へ変えることにした。
「コースで出てくるらしいぞ、メインディッシュまで我慢できるか?」
「もう、子供じゃないんだから平気だよ」
プクっと頬を膨らませる恋人を見て微笑ましい気持ちでいると、店のドアが開いて家族連れが入って来た。
「あれ……?」
その中の一人がこちらに気付いて、声をかけてくる。
「お邪魔しちゃったかな」
「はるかさんたちも、ご飯食べに来たんですか?」
「あぁ、新しくオープンしたっていうからどんなお店かと思ってね」
そんな気軽に来れるレベルの店じゃないような気もするが、この家族に深堀はしないでおこう。そう思っていると、オレたちのテーブルへ最初の料理が運ばれてきた。
「じゃあ、二人ともごゆっくり」
「あぁ、また後で」
少し離れたテーブルへ案内された四人は、慣れた様子で席に着いてメニューを眺めていた。
「失礼します、アンティパストです」
「パスト……? もうスパゲッティが出てくるの?」
「うさ、これは前菜っていう意味らしいぞ」
「そ、そうなんだ……ごめんなさい」
「いえ、こちらはトマトとモッツァレラのカプレーゼです」
うさの元へ運ばれたのは赤と白の彩りが美しい前菜だった。今日はそれなりの店を予約したのである程度の予習はしてきたが、オレもイタリアンに詳しい訳じゃないので少しだけ不安になる。
「こちらはマグロのカルパッチョです、パルミジャーノレッジャーノをかけてお召し上がりください」
オレの元へ出された前菜は、いわゆるイタリア風の刺身だった。比較的食べなれた料理に一安心しているオレに、うさが再び質問を投げかけてくる。
「ぱ、パルミって……?」
「チーズの種類だよ……とても香り高いんだ」
「へぇ~」
予習の内容を手繰り寄せながら、食事マナーをうさと共有しつつ食べ進める。ふとあちらの家族を見ると、もうオーダーした料理が運ばれていて四人とも優雅に食事をとっていた。
「うさ……実は後で贈りたいものがあるんだ」
「えっ?」
「受け取ってくれるか?」
「うん! まもちゃんからの贈りもの、嬉しいな」
「ありがとう」
瞳をキラキラ輝かせながら美味しそうに食事をするうさに、心が奪われる。今日は本当にデートに誘ってよかった。オレたちは次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら夜を過ごした。
食後のドルチェを食べ終え、エスプレッソを飲んでいるタイミングでオレが依頼した青い薔薇の花束を持った店員がうさの元へ訪れる。
「えっ?」
「フィアンセの方からです」
「綺麗……」
薔薇を受け取ったうさの頬が濡れていく。
「ありがとう、まもちゃん」
涙を拭いながらオレに向き直り、ギュッと花束を握りしめる仕草に目を奪われる。その一つ一つの所作がオレの心を掴んで離さない。改めて愛しい恋人の存在を胸に刻んでいると。
「今日は、青いバラなんだね……」
「あぁ……いつも同じ花ですまないな……」
「ううん……まもちゃんはバラってイメージが強いから、とっても嬉しい」
「そうか……」
「でも、どうして今日は青色を選んだの?」
「青いバラは元々存在しなくて『不可能』『永遠の夢』っていう意味があったんだ……」
「そうなんだ……」
少しだけうさの顔が曇る。マイナスなイメージを描いたのだろう。だが、これからその表情を笑顔にする為に『青』の真意を伝える。
「けれど、最近になって日本で青いバラが生み出された……そして持っていた意味も変わったんだ」
「どんな風に?」
「夢、叶う……奇跡……」
「えっ……」
「前世で結ばれなかったオレたちが、時代を経て巡り逢えた『奇跡』……そしてオレの『夢』……」
「まもちゃんの夢って……お医者さん?」
「そしてもう一つ……」
「もう一つ?」
疑問符を浮かべるうさに、オレは最後のセリフを伝えることにした。
そう、全てはこの想いの為にあるのだから。
「うさと、一生を添い遂げることだよ」
「まも……ちゃん……」
口元を押さえて、再び瞳を潤ませるうさ。
「ひゅう、やるなぁ」
「はるか、茶化したらダメよ?」
「そうよ……覚悟を決めたプリンスに失礼だわ」
「ねぇねぇ、今のプロポーズだよね?」
離れた席から聞こえるあちらのご家族の会話は聞かないことにしよう。今のオレには、うさしか見えないのだから。
「ありがと……あたし、幸せ者だね……」
「それはオレのセリフだよ……いつもそばにいてくれて、ありがとう……」
「うん……」
オレたちの周りを、幸せな空気が包みこんでいくのが分かる。
願いが叶わなかったあの日を。
そして今日という日をオレは一生忘れない。
どんな困難が立ちふさがろうとも、オレはうさと二人で乗り越える。
時を越え、再び巡り逢った『奇跡』を信じて。
食事を取り終え、退店したオレたちは駐車場で雑談をしていた。
「よかったな、王子様からのプレゼント」
「うん……胸いっぱいなの……」
「今度こそ、幸せにね」
「何かあったら、すぐ教えるのよ? あたしたちが全力でお世話してあげるから」
「ありがとう、みんな……」
みんなの会話を少し離れた場所で聞いていると、ほたるがオレの元へ歩いて来る。
「まもちゃん」
「どうしたんだ?」
「素敵な愛のかたちだね」
「えっ?」
突然、小学生から祝福の言葉を受けて少しばかり動揺する。もしかして、祝ってくれているのだろうか。
「どうしてあの時、あなたたちが眩しく見えたのかがやっと分かったの……」
「あの時……?」
「今なら、一緒にスイーツを食べに行ける……」
「スイーツ?」
「大好きな家族も一緒にね」
元から不思議なことを言う少女だと思っていたけれど、今日は特にこの子の真意が判らない。オレが難しい顔をして思考を巡らせていると。
「ふふっ、ムリに思い出さなくてもいいよ」
そう言って、ほたるは大好きな家族の元へ駆けて行った。
「愛のかたちか……」
オレが想い描く愛のかたちと、うさの描くかたち。
ほたるたちが描く家族のかたち。
それらは全く違う夢を描いていくだろう。
全員がムリに合わせる必要なんてないんだ。
お互いを認め合って、理解していけば自然とかたちは重なっていく。
それを大事に育んでいけば『幸せ』を掴めると思う。
だから、今の気持ちを大切にしよう。
夜空に輝く月と心地良い夜風に包まれながら、オレはみんなの元へ歩を進めた。
END