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銀の意思は海で眠る

side うさぎ



 あたしの中に芽生えてはいけない感情が溢れてくる。

「セレニティ……」

 あの子の行く末を知っているだけに、助けてあげたい。という想いが顔を出す。

「何を考えているの?」
「ル、ルナッ!?」

 昨日と同じように振り向くと、ルナは少し困ったような笑みを浮かべていた。

「全部、お見通しだよね……」
「もっちろん! いつから一緒にいると思ってるのよ」
「ごめん……」
「謝らないで? うさぎちゃんの気持ちは痛いほど分かるわ」
「ありがとう。ルナ」

 色々察してくれたお礼を伝えると、ルナは昔に想いを馳せるように目を瞑った。

「ほっとけないでしょ? あの子」
「うん」
「けど、それをしてしまったら歴史が変わってしまう」
「そう、だね……」

 そう。あの子に助言をしたり未来を教えるような真似をしたら、歴史が変わる。それはあたしとまもちゃん。みんなやちびうさの未来まで消えてしまう可能性を持っている。

「あたし、どうすればいいのかな……」
「あたしの口からは言わない。でも、うさぎちゃんには頼りになる人がいるでしょ?」
「まもちゃん……」
「どこまで話すかはうさぎちゃん次第だけどね。行ってきなさい……愛する人のもとへ」
「……うん!」

 ウインクしながら背中を押してくれたルナに感謝しつつ、あたしは恋人に電話を掛けることにした。





 次の日。まもちゃんの家へ到着しリビングへ通されたあたしは、カウンターキッチンでコーヒーを淹れている彼を眺めていた。

「お待たせ」
「ありがと。甘い?」
「当然。とびっきり甘くしたよ」
「えへへっ」

 アツアツのコーヒーをすする音が部屋に響く。今日は大事な話があると伝えているから、あたしが落ち着いて口を開くのを待っているのだろう。

「まもちゃん」
「どうした?」

 カップを置いて名前を呼ぶと、いつものように優しい声で返してくれる。でも今日だけは厳しさも見せてほしいな。なんてワガママだよね。

「友だちができたの」
「へぇ、紹介してくれよ」
「ヤダ!」
「なんで?」
「絶対スキになっちゃうから」

 少しだけもったいぶって言うと、まもちゃんはキョトンとした顔で頭の上にハテナマークを出していた。

「オレがうさ以外を好きになる訳ないだろ?」
「だから紹介したくないの!」
「……?」
「まぁいいや。その子のことなんだけど……」

 あたしはセレニティの素性は伏せつつ事情を打ち明けた。

「じゃあ……余命が分かっている子を助けたいけど、助けたらちびうさのいる未来が変わってしまう。ということか?」
「うん」

 全てを話した訳じゃないけれど、まもちゃんは部分的に察してくれたようで、内容を深くかみしめているようだった。

「どうしたらいいかな?」
「一つだけ言えることがある」
「えっ?」
「たとえ未来が変わってしまったとしても、オレはうさの行動を認める」
「認める?」

 あたしが返すと、まもちゃんはコーヒーを口に含んで続けた。

「うさがその子を助けたいと願った気持ちを、否定しない」
「まもちゃん……」
「自分の信じた道を選べよ。その方がうさらしい」

 その眼差しが温かく見えるのは手元にある湯気のせいかな。

「ありがと。まもちゃん」

 覚悟を決めたあたしを見つめる瞳は、優しさと厳しさを兼ね備えたいつものまもちゃんだった。

「ところでさ」
「ん?」
「あの宝石箱、どうして選んでくれたの?」
「あぁ、あれか……」

 最後にどうしても気になっていたことを訊いてみる。セレニティもエンディミオンからのプレゼントだと言っていた。偶然にしては出来すぎている。

「前世で……」
「えっ?」
「エンディミオンとして、セレニティへ贈ったものに似ていたんだ」
「あの宝石箱が?」
「あぁ。店先で見かけた時、ふっとそのシーンが浮かんでさ……もう一度うさへ贈ろうと思ったんだよ」

 そうだったんだ。何だか今回の件は色々な想いが交錯していてこんがらがってくる。

「過去から未来への贈りものもロマンティックだろ?」
「ふふっ、まもちゃんらしいね」

 結局セレニティと通信できている理由は分からなかったけれど、どこかでスッキリしたあたしはまもちゃんにお礼を伝えて帰宅することにした。





 その日の夜。自室の机に宝石箱を置いて、深呼吸する。

「うさぎちゃん……」
「大丈夫。今日で最後にする」

 ルナは心配そうにあたしの手を舐めた後、ドアの方へ向かって行った。

「じゃあ、頑張ってね」
「行っちゃうの?」
「えぇ。たとえどんな結果になったとしても……」
「ルナ?」
「……大好きよ。うさぎちゃん」

 そう言ってルナは小口から出て行った。

「ありがとう」

 小声で呟いてから、宝石箱のフタを開ける。

「うさぎ!」
「セレニティ」

 鏡に映る彼女は子どものように喜びを表現しながらあたしの名前を呼んだ。

「今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」
「うん。まだまだたくさん友だちがいるから、いっぱい話そうね」

 そう告げると、セレニティは太陽みたいな笑顔で応えてくれた。





 どれだけ話しただろう。時計の針を見ると日付が変わろうとしていた。

「あたしも、そのちびうさちゃんって子に会ってみたいなぁ」
「きっと会えるよ。未来でね」

 そう。ちびうさと未来で会うにはあの事件を通らなくてはいけない。もうあたしの心は決まっていた。

 決まっていたハズなのに。

「セレニティ」
「えっ?」
「あなたは……」
「どうしたの? うさぎ」

 何を言おうとしてるの?

「この先……」

 ダメ。言ってはダメ。

「あたしはあなたを助けたいっ! だから……」



『自分の信じた道を選べよ』

『大好きよ。うさぎちゃん』



「……っ!?」

 何で、このタイミングで思い出しちゃうの?

「うさぎ、大丈夫?」
「……助けたいのに」
「ごめんなさい。よく聞こえないわ」
「ひっく……ごめんね……やっぱりできないよ……」

 大好きな人を失いたくない。
 それは目の前に映る彼女の頃から変わらない気持ち。

 まもちゃん。
 ルナ。
 みんな。

 だから、あたしはこの子を。

「事情は分からないけれど、きっとあたしのことで悲しんでいるのね」
「セレニティ……ごめんなさい……」
「泣かないで……あなたの優しさはとても伝わってる……」
「うぅ……うあぁ……」

 泣きながら鼻をすする今のあたしを見ても、優しい言葉をかけてくれるセレニティ。あたしはそんな健気な子すら助けてあげられない。

「晴れの海という場所があるの」
「えっ……」
「そこへ、この宝石箱を置いてくるわ」
「どうして……」
「これ以上あなたを悲しませたくない。だって……」

 濡れた視界の先で、彼女は。

「大好きな友だちだもの」

 涙を流しながら、笑っていた。

「ありがとう。うさぎ」
「ま、待って!?」

 フタを閉じる仕草を認識した時にはもう遅かった。
 映るのは泣きはらして目を真っ赤にした自分の顔。

 どれだけ呼びかけても、無邪気なあの子の声はもう聞けなかった。
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