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右手のナイフと左手のぬくもり

「終わった……」

 目の前に転がる死体。どうしてだろう。いつも通りに任務を終わらせただけなのに、胸が痛む。

「こんなに……汚れてるんだよ……私の手は……」

 血塗れの両手が震える。もう見たくない。こんな汚い手で、あいつに触れたくない。やすなの純粋な手を、血で染めるなんて絶対にしてはいけない。

「もう、帰ろう……」

 私は手を洗うために近くの公園へ向かうことにした。





 ピチャピチャと、深夜の公園に水の音が響く。

「くそっ……」

 いくら流しても落ちない気がした。血の色も、臭いも。

「ソーニャちゃん?」
「なっ……」

 声のする方を見ると、公園の入口でエコバッグを持ったやすなが手を振っていた。

「な、何やってるんだ?」
「ちょっと小腹がすいたので、コンビニに」
「バカ! 危ないだろ、こんな時間に!?」
「こ、殺し屋さんにそんなこと言われても、説得力ないよ?」
「あっ……」

 やすなの言葉で我に返った私は、蛇口をひねって水道を止めた。そして両手を後ろに隠す。

「隠さなくていいよ、分かってるから……」
「わ、悪い……」

 沈黙が夜の公園を包む。この状況で、やすなにどう声をかければいいのだろう。そう考えを巡らせていると。

「はい」

 正面に立ったやすなの左手が、私の前に差し出される。

「な、何だよ?」
「私の左手が、寂しがっています」
「はっ?」
「だから、助けてほしいな」

 ニコッっと首を傾けながら、私の左手を待つやすなの手。
 いつもこうだ。結局は私を助けるために、手を差し伸べる。私のつらさも苦しさも、全部わかったうえで。

「いいのか?」
「もちろん」

 左手を震わせながら、そっとやすなの手を握る。

「うっ……くっ……」

 枯れたと思っていた涙が、頬を伝う。

「温かいでしょ? これが人のぬくもりなんだよ」
「私には……まぶしすぎるんだ……」
「今は直面するのがつらいかもしれないけど、人は優しさを分け合いながら生きてゆくの……だからソーニャちゃんもいつかは、ね?」
「できるかな……私に……」
「できるよ、だって……」

 握っていた手を離して一歩、私の前に来る。そして、私の体を両手で抱きしめてくれた。

「ソーニャちゃん、こんなにあったかいもん」
「っ!?」

 全身に感じる、やすなのぬくもり。それは血で染まった私の心を洗い流してくれるような、まるで聖母に抱かれたような感覚だった。

「あり……がとう……」
「いつか……その言葉を言ってもらえるような人になってね……」
「あぁ……頑張るよ……」

 それからしばらくの間、私はやすなの胸で泣き続けた。
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