右手のナイフと左手のぬくもり
「ソーニャちゃ~ん!」
「うわっ!?」
夕暮れに差し掛かる川沿いの道。着かず離れずの距離感で一方的に話をしていたやすなが、私の腕に抱きついてくる。
「急になんだよ!?」
「あ、いま不意打ちにビックリしたでしょ?」
ゴキブリやお化けが怖いことは既にバレているし、今さら隠すことでもないけれど。年頃の少女らしくドキドキしてしまうところは、やすなにイジられたくなかった。
「もう、意外に乙女なんだから~」
「うるさい! いきなり腕を組むからだろ」
「あ、手の方がよかった?」
得心したような表情で今度は私の左手を握る。掌に伝わるやすなの体温。私はこの瞬間がとても好きだった。手に染み付いた血の匂いを包み込んでくれるような。そんなぬくもりに触れていられる、この時間が。
「なぁ……」
「なぁに?」
「どうして、いつも左手なんだ?」
ふと疑問に思った。やすなが毎回握るのは、決まって左手。右手には決して触れない。ひょっとして、私がいつもナイフを握っている手だから、怖がっているのだろうか。そんな不安が拭えず、目を伏せる。
「もしかして、右手を握らないことを気にしてる?」
全てお見通しだよ。そんな面持ちで私の顔色を窺うやすなの目を、私は見ることができなかった。
「癒してあげたいから……」
「えっ?」
「ソーニャちゃん、基本的に右手でナイフを持つでしょ? だから、反対の手は優しい手であってほしいの」
「優しい、手?」
空いている方の右手を見つめる。この右手は優しくないということなのだろうか。
「人を殺めることが仕事なら、同じくらい人を助けてあげてほしいの……」
「そんなこと……私にできる訳ないだろ……」
今まで散々、命を奪ってきた両手。その手で人を救う。できるできない以前に、そんな資格すらないと思う。目の前の少女一人、護れるかも分からないのに。
「大丈夫だよ、ソーニャちゃんなら」
「何で言い切れるんだ?」
「だって、優しいもん」
満面の笑顔で答えるやすな。
違う。優しいのはいつだって、お前なんだ。私はその優しさに甘えて、居心地の良い場所にしがみついているだけ。人を助けられるのは、全てを包み込んでくれるようなぬくもりを持つやすなの方だ。その事実を、私が一番理解している。だから。
「無理だよ……」
「ソーニャちゃん……」
繋いでいた手を離し、歩を進める。
「待って!?」
「また明日な」
一方的に別れを告げる。後ろでやすなの叫ぶ声が聞こえる。私は振り向かずに路地に入る。これから次の現場に行かなくてはならないのだから。
「うわっ!?」
夕暮れに差し掛かる川沿いの道。着かず離れずの距離感で一方的に話をしていたやすなが、私の腕に抱きついてくる。
「急になんだよ!?」
「あ、いま不意打ちにビックリしたでしょ?」
ゴキブリやお化けが怖いことは既にバレているし、今さら隠すことでもないけれど。年頃の少女らしくドキドキしてしまうところは、やすなにイジられたくなかった。
「もう、意外に乙女なんだから~」
「うるさい! いきなり腕を組むからだろ」
「あ、手の方がよかった?」
得心したような表情で今度は私の左手を握る。掌に伝わるやすなの体温。私はこの瞬間がとても好きだった。手に染み付いた血の匂いを包み込んでくれるような。そんなぬくもりに触れていられる、この時間が。
「なぁ……」
「なぁに?」
「どうして、いつも左手なんだ?」
ふと疑問に思った。やすなが毎回握るのは、決まって左手。右手には決して触れない。ひょっとして、私がいつもナイフを握っている手だから、怖がっているのだろうか。そんな不安が拭えず、目を伏せる。
「もしかして、右手を握らないことを気にしてる?」
全てお見通しだよ。そんな面持ちで私の顔色を窺うやすなの目を、私は見ることができなかった。
「癒してあげたいから……」
「えっ?」
「ソーニャちゃん、基本的に右手でナイフを持つでしょ? だから、反対の手は優しい手であってほしいの」
「優しい、手?」
空いている方の右手を見つめる。この右手は優しくないということなのだろうか。
「人を殺めることが仕事なら、同じくらい人を助けてあげてほしいの……」
「そんなこと……私にできる訳ないだろ……」
今まで散々、命を奪ってきた両手。その手で人を救う。できるできない以前に、そんな資格すらないと思う。目の前の少女一人、護れるかも分からないのに。
「大丈夫だよ、ソーニャちゃんなら」
「何で言い切れるんだ?」
「だって、優しいもん」
満面の笑顔で答えるやすな。
違う。優しいのはいつだって、お前なんだ。私はその優しさに甘えて、居心地の良い場所にしがみついているだけ。人を助けられるのは、全てを包み込んでくれるようなぬくもりを持つやすなの方だ。その事実を、私が一番理解している。だから。
「無理だよ……」
「ソーニャちゃん……」
繋いでいた手を離し、歩を進める。
「待って!?」
「また明日な」
一方的に別れを告げる。後ろでやすなの叫ぶ声が聞こえる。私は振り向かずに路地に入る。これから次の現場に行かなくてはならないのだから。
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