命は儚くも美しい
「ここか……」
人気のない廃ビル。ここの13階で勝負することになっている。
「エレベーターは死んでるな……」
私は崩れかけている階段を上って、13階まで行った。
「13っていう数字も不吉だな……」
「意外とそういう縁起を気にするんだね」
「なっ!?」
急に後ろから声が聞こえた。一切の気配を感じさせずに。
「馬鹿な……死角は特に神経を張り巡らせていたのに……」
「お姉ちゃんがソーニャ?」
「こ、子ども……?」
声の主は小学生くらいの女の子だった。見た目から判断するに、8~9歳だろうか。真っ黒なゴスロリ衣装に身を包みながら、こちらを見て笑っていた。
「お前が……今回の標的なのか……」
「うん、ルミーっていうの」
「る、ルミー?」
ルミーと名乗る少女は、物珍しそうに私を眺めていた。この時点でこの子が只者ではないということは、伝わっていた。相当な死線を超えている。今まで何人その手で殺めてきたのか、想像もつかないくらいの死臭が漂っていた。
「つまり、お姉ちゃんと一緒だね?」
「っ!?」
こちらの心を見透かしたように言うルミーに、久しぶりに恐怖感を覚える。
「私と戦えれば、組織から手を引く話は本当か?」
「うん、ソーニャお姉ちゃんみたいな強い人と戦えればそれで満足だよ」
「そうか……」
ルミーは嬉しそうに言いながら、ストレッチのような準備運動を始めた。
「お互い殺し屋さんなんだから、やることは一つだよね?」
「あぁ……始めよう……」
私は距離を取って様子を窺いながら、相手の出方を見ていた。
「いくよ……ソーニャお姉ちゃん!」
ルミーは洋服の袖から小型ナイフを何本か出し、こちらに投げてきた。
「くっ!?」
間一髪で3本かわしたが、体勢を崩してしまう。
「隙ありだねっ!」
ルミーはスカートの裾からハンマーのような物を出して、横から振りかぶってきた。
「まずい!」
とっさに腕を上げてガードするが、そもそも打撃力の強いハンマー。ガードした腕ごと命中し、そのまま私を吹き飛ばす。
「うぁっ!?」
吹き飛ばされた私は壁に打ち付けられ、床に崩れ落ちる。
「うっ……」
「もう、おしまい?」
「まさか……今の攻撃でいくつか分かったことがあるぞ……」
「へぇ、なぁに?」
「一つ目……お前は暗器使いだ……だからヒラヒラした洋服を着ている……」
「それで?」
「二つ目……銃は持っていない……理由は牽制に小型ナイフを数本使ったこと……銃のように精密に狙いを定める道具が苦手なんだろ……最後のハンマーがそれを物語ってる……」
「すごいね! あれだけの戦いから、ここまで推察できるなんて!」
ルミーは瞳をキラキラさせながら、尊敬にも似た眼差しを見せる。
「そして三つ目……短いリーチを暗器で補ってるみたいだが、モーションが大きすぎて隙が生じている……」
「つまり、避けることさえ出来れば反撃可能ってことかな?」
「あぁ……そして私のナイフは殺傷力が強い……」
「一撃で決めるってことね……」
そう。殺し屋の仕事は一瞬で終わる。最も効率の良い手段で止めを刺す。だからコイツの戦いを楽しむ考えは致命的だ。そこに勝機がある。
「じゃあ、行くよ!」
私が体勢を立て直すと、ルミーは両手に鎌のような物を持って突っ込んできた。
「かわせるものなら、どうぞ!」
右手で振ってきた一つ目の鎌をかわす。そして残った二つ目を振る前に、左腕を掴む。
「なっ!?」
「これで、封じたぞ」
「ど、どういう反射神経してんのよ!?」
「普段からアイツ相手に訓練してるからな!」
アイツとの訓練。それはあらゆる手でじゃれてくるやすなを拘束してシバキあげる毎日のルーティン。まさかこの場面で役に立つとは思わなかったがな。勝利を確信した私はもう片方の手でナイフを突き刺す。その切っ先が届こうとした時。
「アイツって、やすなお姉ちゃんのこと?」
「えっ……」
ルミーがやすなの名前を出す。その瞬間、体が凍り付いたように動かなくなる。その隙にルミーは左腕を振りほどき、体勢を戻して私の腹に蹴りを入れてくる。
「かはっ!」
クリーンヒットした状態でよろける私を見て、ルミーは楽しそうな表情で言った。
「大切な人が居るんだね……いいなぁ」
「何で……やすなを知ってる……」
「調べたもん……お姉ちゃん達のこと……」
何なんだ、コイツ。暗器を使ったり、諜報活動までしたり。まるでこれじゃあ。
「忍者みたい?」
「っ!?」
思っていたことを先に言われ、再び体が凍り付く。
「まさか……あぎりの里の……」
「うん、抜け忍だよ」
そういうことか。前にあぎりが言っていたことがある。幼い頃からずば抜けた才能を持っていた少女が里から急に居なくなったと。つまり、このルミーがその天才少女。
「何が……目的だ……」
「あぎりお姉ちゃんが居る組織を潰すこと……」
「あぎりに……恨みでもあるのか?」
「ううん……あのあぎりお姉ちゃんが所属する組織なんて、強そうじゃない……だから戦ったら楽しいだろうなぁって」
あっけらかんと言うルミーを見て、思わず笑みが零れる。
「やっぱり、ただの戦闘マシーンか」
「そうだね」
「なら、教えてやる……」
「何を?」
「世の中には、楽しい事もたくさんあるってことをな!」
私はいつしか、この哀れな少女を助けてやりたいと思っていた。戦いの中で生きてきて、戦うことしか知らない。まるで昔の私のように。だから私が教えてやる。アイツがしてくれたように、笑顔で生きる手段もあるってことを。
「これで終わりにするよ!」
「来い!」
ルミーの最後の武器。それは刀だった。これが命中すれば、致命傷になり絶命する。
「死んじゃえ! ソーニャお姉ちゃん!」
「あぎり……前に教えてもらった大技、借りるぞ」
ルミーの刀が当たる直前、私は両手を合わせるようにして刀を止めた。
「し、真剣白刃取りっ!?」
「言ったろ? 動体視力と反射神経は良いんだ」
刀を完全に止めた手で、斬りかかる方向を床に向ける。
「あっ!?」
刀は床に突き刺さり、ルミーは完全に体勢を崩す。その隙を見計らって、ルミーの腹にナイフを突き刺す。
「あぐぅっ!?」
致命傷は避けたとはいえ、腹に刃物を刺されたのだ。その激痛で転げまわるルミーを見て、勝負アリと判断した。
「くっ……私が……負けたの……?」
「大丈夫だ……死なせない」
「えっ……」
「お前に会わせたいヤツがいる」
「もしかして……やすなお姉ちゃん?」
「あぁ……アイツと居れば、きっとお前も楽しく生きれるさ……」
そう言って、手を差し伸べると。
「優しいんだね……ソーニャお姉ちゃん……」
「あぁ……誰かさんの優しさが移っちまったんだ……」
「……ありがとう、でも……」
「お、おい!?」
ルミーは歯を食いしばる様に口元を閉じた。
「奥歯に仕込んだ毒か!?」
気付いた時にはもう手遅れだった。毒はあっという間にルミーの全身に回り、口から吐血を繰り返していた。
「なんで……どうして死ぬんだっ!?」
「こういう運命だから……人を殺めてきた私に、幸せになる資格なんてないよ……」
「バカッ! じゃあ私はどうなるんだ!? お前より殺してきたんだぞ!?」
「多分、ソーニャお姉ちゃんは幸せになれると思うよ……今まで積んできた罪を……一緒に償ってくれる人がいるから……」
「ルミー……」
「やすなお姉ちゃんを……大切にね……」
ルミーが震える手で指差した先は、私の胸ポケットだった。見ると、私とやすなのツーショット写真が入っていた。
「やすな……昼、抱きついてきた時に入れたのか……」
「私も……そんな人と出逢いたかったなぁ……」
それが、ルミーの最期の言葉だった。
「ばか……やろう……」
私はルミーの瞼を閉じて、ふらつきながらビルを出た。
「お疲れ様です、ソーニャ」
「あぎり……」
ビルの入口であぎりが声を掛けてくる。
「お前……全部知ってたのか……」
「調べたのは最近ですけどね……」
「ルミーは……アイツは……」
「今回の件はうちの里の責任もあるので、組織と里で協力して事後処理に当たります」
「結局、踊らされてたのは私か? ルミーか?」
「裏では相当、複雑な利権争いがあったみたいですね」
「組織のか?」
「里と、組織です……どうやら、利害が一致した者同士がルミーを利用してクーデターを起こそうとしたようで……」
「もういい……」
「すみません、嫌な思いをさせましたね」
「帰って……寝るよ……」
「おやすみなさい、ソーニャ」
人気のない廃ビル。ここの13階で勝負することになっている。
「エレベーターは死んでるな……」
私は崩れかけている階段を上って、13階まで行った。
「13っていう数字も不吉だな……」
「意外とそういう縁起を気にするんだね」
「なっ!?」
急に後ろから声が聞こえた。一切の気配を感じさせずに。
「馬鹿な……死角は特に神経を張り巡らせていたのに……」
「お姉ちゃんがソーニャ?」
「こ、子ども……?」
声の主は小学生くらいの女の子だった。見た目から判断するに、8~9歳だろうか。真っ黒なゴスロリ衣装に身を包みながら、こちらを見て笑っていた。
「お前が……今回の標的なのか……」
「うん、ルミーっていうの」
「る、ルミー?」
ルミーと名乗る少女は、物珍しそうに私を眺めていた。この時点でこの子が只者ではないということは、伝わっていた。相当な死線を超えている。今まで何人その手で殺めてきたのか、想像もつかないくらいの死臭が漂っていた。
「つまり、お姉ちゃんと一緒だね?」
「っ!?」
こちらの心を見透かしたように言うルミーに、久しぶりに恐怖感を覚える。
「私と戦えれば、組織から手を引く話は本当か?」
「うん、ソーニャお姉ちゃんみたいな強い人と戦えればそれで満足だよ」
「そうか……」
ルミーは嬉しそうに言いながら、ストレッチのような準備運動を始めた。
「お互い殺し屋さんなんだから、やることは一つだよね?」
「あぁ……始めよう……」
私は距離を取って様子を窺いながら、相手の出方を見ていた。
「いくよ……ソーニャお姉ちゃん!」
ルミーは洋服の袖から小型ナイフを何本か出し、こちらに投げてきた。
「くっ!?」
間一髪で3本かわしたが、体勢を崩してしまう。
「隙ありだねっ!」
ルミーはスカートの裾からハンマーのような物を出して、横から振りかぶってきた。
「まずい!」
とっさに腕を上げてガードするが、そもそも打撃力の強いハンマー。ガードした腕ごと命中し、そのまま私を吹き飛ばす。
「うぁっ!?」
吹き飛ばされた私は壁に打ち付けられ、床に崩れ落ちる。
「うっ……」
「もう、おしまい?」
「まさか……今の攻撃でいくつか分かったことがあるぞ……」
「へぇ、なぁに?」
「一つ目……お前は暗器使いだ……だからヒラヒラした洋服を着ている……」
「それで?」
「二つ目……銃は持っていない……理由は牽制に小型ナイフを数本使ったこと……銃のように精密に狙いを定める道具が苦手なんだろ……最後のハンマーがそれを物語ってる……」
「すごいね! あれだけの戦いから、ここまで推察できるなんて!」
ルミーは瞳をキラキラさせながら、尊敬にも似た眼差しを見せる。
「そして三つ目……短いリーチを暗器で補ってるみたいだが、モーションが大きすぎて隙が生じている……」
「つまり、避けることさえ出来れば反撃可能ってことかな?」
「あぁ……そして私のナイフは殺傷力が強い……」
「一撃で決めるってことね……」
そう。殺し屋の仕事は一瞬で終わる。最も効率の良い手段で止めを刺す。だからコイツの戦いを楽しむ考えは致命的だ。そこに勝機がある。
「じゃあ、行くよ!」
私が体勢を立て直すと、ルミーは両手に鎌のような物を持って突っ込んできた。
「かわせるものなら、どうぞ!」
右手で振ってきた一つ目の鎌をかわす。そして残った二つ目を振る前に、左腕を掴む。
「なっ!?」
「これで、封じたぞ」
「ど、どういう反射神経してんのよ!?」
「普段からアイツ相手に訓練してるからな!」
アイツとの訓練。それはあらゆる手でじゃれてくるやすなを拘束してシバキあげる毎日のルーティン。まさかこの場面で役に立つとは思わなかったがな。勝利を確信した私はもう片方の手でナイフを突き刺す。その切っ先が届こうとした時。
「アイツって、やすなお姉ちゃんのこと?」
「えっ……」
ルミーがやすなの名前を出す。その瞬間、体が凍り付いたように動かなくなる。その隙にルミーは左腕を振りほどき、体勢を戻して私の腹に蹴りを入れてくる。
「かはっ!」
クリーンヒットした状態でよろける私を見て、ルミーは楽しそうな表情で言った。
「大切な人が居るんだね……いいなぁ」
「何で……やすなを知ってる……」
「調べたもん……お姉ちゃん達のこと……」
何なんだ、コイツ。暗器を使ったり、諜報活動までしたり。まるでこれじゃあ。
「忍者みたい?」
「っ!?」
思っていたことを先に言われ、再び体が凍り付く。
「まさか……あぎりの里の……」
「うん、抜け忍だよ」
そういうことか。前にあぎりが言っていたことがある。幼い頃からずば抜けた才能を持っていた少女が里から急に居なくなったと。つまり、このルミーがその天才少女。
「何が……目的だ……」
「あぎりお姉ちゃんが居る組織を潰すこと……」
「あぎりに……恨みでもあるのか?」
「ううん……あのあぎりお姉ちゃんが所属する組織なんて、強そうじゃない……だから戦ったら楽しいだろうなぁって」
あっけらかんと言うルミーを見て、思わず笑みが零れる。
「やっぱり、ただの戦闘マシーンか」
「そうだね」
「なら、教えてやる……」
「何を?」
「世の中には、楽しい事もたくさんあるってことをな!」
私はいつしか、この哀れな少女を助けてやりたいと思っていた。戦いの中で生きてきて、戦うことしか知らない。まるで昔の私のように。だから私が教えてやる。アイツがしてくれたように、笑顔で生きる手段もあるってことを。
「これで終わりにするよ!」
「来い!」
ルミーの最後の武器。それは刀だった。これが命中すれば、致命傷になり絶命する。
「死んじゃえ! ソーニャお姉ちゃん!」
「あぎり……前に教えてもらった大技、借りるぞ」
ルミーの刀が当たる直前、私は両手を合わせるようにして刀を止めた。
「し、真剣白刃取りっ!?」
「言ったろ? 動体視力と反射神経は良いんだ」
刀を完全に止めた手で、斬りかかる方向を床に向ける。
「あっ!?」
刀は床に突き刺さり、ルミーは完全に体勢を崩す。その隙を見計らって、ルミーの腹にナイフを突き刺す。
「あぐぅっ!?」
致命傷は避けたとはいえ、腹に刃物を刺されたのだ。その激痛で転げまわるルミーを見て、勝負アリと判断した。
「くっ……私が……負けたの……?」
「大丈夫だ……死なせない」
「えっ……」
「お前に会わせたいヤツがいる」
「もしかして……やすなお姉ちゃん?」
「あぁ……アイツと居れば、きっとお前も楽しく生きれるさ……」
そう言って、手を差し伸べると。
「優しいんだね……ソーニャお姉ちゃん……」
「あぁ……誰かさんの優しさが移っちまったんだ……」
「……ありがとう、でも……」
「お、おい!?」
ルミーは歯を食いしばる様に口元を閉じた。
「奥歯に仕込んだ毒か!?」
気付いた時にはもう手遅れだった。毒はあっという間にルミーの全身に回り、口から吐血を繰り返していた。
「なんで……どうして死ぬんだっ!?」
「こういう運命だから……人を殺めてきた私に、幸せになる資格なんてないよ……」
「バカッ! じゃあ私はどうなるんだ!? お前より殺してきたんだぞ!?」
「多分、ソーニャお姉ちゃんは幸せになれると思うよ……今まで積んできた罪を……一緒に償ってくれる人がいるから……」
「ルミー……」
「やすなお姉ちゃんを……大切にね……」
ルミーが震える手で指差した先は、私の胸ポケットだった。見ると、私とやすなのツーショット写真が入っていた。
「やすな……昼、抱きついてきた時に入れたのか……」
「私も……そんな人と出逢いたかったなぁ……」
それが、ルミーの最期の言葉だった。
「ばか……やろう……」
私はルミーの瞼を閉じて、ふらつきながらビルを出た。
「お疲れ様です、ソーニャ」
「あぎり……」
ビルの入口であぎりが声を掛けてくる。
「お前……全部知ってたのか……」
「調べたのは最近ですけどね……」
「ルミーは……アイツは……」
「今回の件はうちの里の責任もあるので、組織と里で協力して事後処理に当たります」
「結局、踊らされてたのは私か? ルミーか?」
「裏では相当、複雑な利権争いがあったみたいですね」
「組織のか?」
「里と、組織です……どうやら、利害が一致した者同士がルミーを利用してクーデターを起こそうとしたようで……」
「もういい……」
「すみません、嫌な思いをさせましたね」
「帰って……寝るよ……」
「おやすみなさい、ソーニャ」