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命は儚くも美しい

「ソーニャちゃん!」
「うぉっ!?」

 昼下がりの教室。昼食を食べ終えた私がナイフを磨いていると、後ろからやすなが抱きついてくる。

「危ないだろっ」
「ぐぇっ!?」

 私はナイフを置いて振り向き、やすなの腕を掴んでそのまま投げ飛ばした。

「ちょっと!? 投げることないでしょ!?」
「急にひっついてくる方が悪い」
「もう……冗談が通じないんだから……」

 やすながじゃれてきて、私が鋭いツッコミを入れる。そんないつもの日常。だと思っていた。

「手が……」

 気が付けば、さっきまでナイフを持っていた手が震えていた。それは今日の標的が組織でも手を焼いているほど手強く、仕掛ければ無事じゃ済まないと告げられたからだろうか。

「なに震えてるんだ……私は……」

「ねぇ、ソーニャちゃん……」

 さっきまでふざけていたやすなが、声のトーンを落として私の名を呼ぶ。

「ん?」
「また……お仕事、行くの?」
「あぁ、依頼だからな」
「そっか……」

 少し寂しそうにしながら言うやすなを見て、胸がチクリと痛む。やすなが私の心配をしてくれていることは重々承知している。前に泣きながら、私に殺し屋をやめるよう説得してきたこともあった。普段のちょっかいやふざけた行動も、全部私の為。私の心労や葛藤を少しでも減らそうと、無理をさせている。けれど私も覚悟を持って、命を懸けて就いた仕事だ。そう簡単にはやめられない。だから、ズルいようだけどまたこの台詞で誤魔化そう。

「また、明日な」
「うんっ!」

 やすなはいつもの笑顔に戻って返事をする。必死に隠していたけれど、後ろに回した両手が震えていたことが私の胸を再び締め付けた。

「ソーニャちゃん」
「えっ?」

 教室を出ようとした私に、やすなが声を掛ける。

「何だよ?」
「絶対、また明日会おうね!」
「……あぁ」

 それは震えていた私の手を見て、いつもとは違う状況に気付いたからだろうか。念を押すその態度に不安が募る。明日も無事な姿でやすなの笑顔を見ることが出来るのか。これが最期の別れになるような。そんな予感がした。

「やすな……」
「な、なに?」

 私はやすなの両肩を掴んで、その不安そうな顔をじっと眺めた。

「そ、ソーニャちゃん?」

 顔を赤くしながら照れるやすなをしばらく見つめた後、耳元に口を近づけてそっと呟く。

「……またな」

 そう言って、私は教室を出た。



「別れの挨拶は済みましたか?」
「あぎり……気配を消して声を掛けるな」

 屋上に行くと、不意にあぎりの声がした。その表情はいつもと変わらない。

「失礼、やすなさんは何となく気付いていたみたいですねー」
「私が死ぬことをか?」
「はい」
「で? どうなったんだ?」

 私が尋ねると、あぎりは少し間を置いて真剣な目をしながら続けた。

「標的は組織の中で最高レベルの猛者と戦いたい……そいつと殺りあえたら、勝敗は関係なく手を引くと……」
「つまり、私が勝てばいいわけだな」
「違います……生きようが死のうが、どちらでもいいんですよ……今回の勝負は……」
「捨て駒にされたってことか……」
「それでも、戦いに行くんですか?」
「あぁ……どうせ悲しむやつも居ないしな」
「本当に意地っ張りですねー」

 あぎりがニコニコしながら私の腕を指で突いてくる。それは最後の学園生活を演出してくれた優しさに見えた。

「アイツに遺言、頼めるか?」
「はい」

 私はメモ帳に思いのたけを書き込み、あぎりに渡した。

「……頼む」
「いいですが、ソーニャの死亡が確認できるまで渡しませんよー?」
「あぁ」
「行ってらっしゃい」
「行ってくる」

 あぎりにも別れの挨拶を告げ、決戦の地へ向かった。
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