ナイフなんかじゃ切れない
いつからだろう。ソーニャちゃんの事が心配で仕方なくなったのは。
最初は顔立ちが整った綺麗な子だなぁって思ったから友だちになりたかったけど、誰とも関わろうとしないスタンスやぶっきらぼうな態度を見て、もっとこの子の事が知りたいと思うようになった。
そしてつきまとって遊んでいるうちに、段々と心を開いてくれた。いつしか私の事を名前で呼んでくれるようになり、たまにだけど笑顔も見せてくれるようになった。
だから「友だち」になれたと思っていた。
私はソーニャちゃんにとって「トクベツ」になれたと思っていた。
だけど。
「ソーニャちゃん……どうしたの? その傷……」
「ちょっと油断しただけだ」
朝の教室でソーニャちゃんと挨拶をした時。その頬には小さくない切り傷が無数に付いていた。
「油断って……また危険な仕事だったの?」
「殺し屋なんだから危険に決まってるだろ」
「そんな言い方……」
「……悪い、ちょっとイライラしてたんだ」
そう目線を逸らしながら言うソーニャちゃんを見て、私の不安は膨らんでいく。やっぱり私の心配は届いていないんだ。今のソーニャちゃんは任務でミスをしてダメージを負った事にイラついている。周りに心配をかけているという現状より、スムーズに仕事が出来なかった事に対して。
「ソーニャちゃん……」
どうしたら気付いてくれるだろう。命を大切にしてほしいという私の願いに。
「私が死んだら……泣いてくれる?」
唐突に口から出た言葉。それはありふれたセリフだったけど、泣くに決まってるだろって言ってほしくて。絶対に死なせたりなんかしないって言ってもらいたくて。
私がそんな淡い期待を胸に抱いていると、ソーニャちゃんの怒号が教室に響く。
「バカも休み休み言えっ!」
「えっ……」
「何でそんな素っ頓狂なセリフが言えるんだ! 本当にバカなのか!?」
「そ、そんな怒らなくても……」
私がたじろぎながら目線を泳がせると、クラスメイト達が何事かとこっちを見ているのが分かる。それでもソーニャちゃんは怒鳴る事を止めなかった。
「あぁ、本当にバカだよお前は! こっちの気も知らないで!」
「もう……怒らないでよぉ……」
「うるさい! 二度とくだらないこと言うなよ!?」
「ご、ごめ……ひっく……なさい……」
「あっ……」
私が泣きながら謝ると、ソーニャちゃんは正気に戻ったようだった。
「わ、悪い……」
「っく……ひっく……」
「もう、いい加減泣くなよ」
「ごめん……ちょっと、お手洗いに行ってくるね……」
私は涙を拭いながら、駆け足で教室を出た。
「らしくないですね」
「あぎりか……」
「昨日の任務でやすなさんの写真をちらつかされて、逆上して突っ込んだなんて知ったら悲しみますよ?」
「黙れ」
「可哀想ですね……あんなに心配してくれているのに……」
「黙れ……殺すぞ……」
「ムリですよ、今のあなたには」
「何で言い切れる?」
「大切なモノを手に入れてしまったからです」
「やすなの事か?」
「致命的ですよ? 殺し屋にとっては」
「絶対に死なせやしない……」
「そんなセリフは山ほど聞いてきましたけど……大切な人を護れたケースなんて無いですよ……自分の命も含めてね」
「ならお前が最初の証人になってもらおうか」
「それは楽しみですね」
「……もう行け」
「忘れないでくださいね……あなたにとっての折部やすなという存在の意味を……」
「どういう事だ?」
「それは自分で考えてください」
お手洗いの鏡で真っ赤になった自分の瞳を見る。普段はいくら酷い事を言われても、痛い目に遭っても平気なのに。さっきは本当に痛かったんだ、心が。
「私が……勝手に想ってただけなんだ……友だちになれたって……」
友だちになれたと思ったから。私の事を心のどこかで大切に想ってくれているんじゃないかって思ってたから。だから期待してあんな事を言ってしまったんだ。
「怒られて当然だよね……」
勘違いして、勝手に心配して。ソーニャちゃんにとってはただのクラスメイトの一人なのに。
「あっ……」
気が付くとまた涙を流していた。腫れた瞼で泣きながら鏡に映る自分の姿が、とてもみじめに思えた。
「もう、戻らなきゃ」
私の事を友だちだと思わなくてもいい。クラスメイトの一人という認識でいい。だけどケガだけはしてほしくない。命は重いものなんだよって知ってもらいたい。私の願いは、ただそれだけだった。
「ソーニャちゃん」
「やすな……」
教室に戻ると、ソーニャちゃんはバツが悪そうに私の名前を呼んだ。
「さっきはゴメンね……もう平気だから……」
「謝るのはこっちだろ……怒鳴ったりして、すまなかった……」
「ソーニャちゃん……」
「頼むから、もうあんな事は言わないでくれ」
「うん……ありがとう……」
この謝罪が友だちという意味を込めてのものなのかは分からなかったけど、すれ違ってなんかいないって、私の気持ちがいつか届くって信じたかった。
「そんな顔するなよ……」
「えっ? 変な顔してたかな……」
「いつも変顔だろ、お前は」
「あはは、そうだね」
「……気を付けろよ?」
「何に?」
「夜道とか、一人で歩くなって事だよ」
「うん、大丈夫だよ」
珍しくソーニャちゃんが私を心配してくれた事が嬉しくてこの時は気付かなかった。ソーニャちゃんが言った、気を付けろの本当の意味に。
最初は顔立ちが整った綺麗な子だなぁって思ったから友だちになりたかったけど、誰とも関わろうとしないスタンスやぶっきらぼうな態度を見て、もっとこの子の事が知りたいと思うようになった。
そしてつきまとって遊んでいるうちに、段々と心を開いてくれた。いつしか私の事を名前で呼んでくれるようになり、たまにだけど笑顔も見せてくれるようになった。
だから「友だち」になれたと思っていた。
私はソーニャちゃんにとって「トクベツ」になれたと思っていた。
だけど。
「ソーニャちゃん……どうしたの? その傷……」
「ちょっと油断しただけだ」
朝の教室でソーニャちゃんと挨拶をした時。その頬には小さくない切り傷が無数に付いていた。
「油断って……また危険な仕事だったの?」
「殺し屋なんだから危険に決まってるだろ」
「そんな言い方……」
「……悪い、ちょっとイライラしてたんだ」
そう目線を逸らしながら言うソーニャちゃんを見て、私の不安は膨らんでいく。やっぱり私の心配は届いていないんだ。今のソーニャちゃんは任務でミスをしてダメージを負った事にイラついている。周りに心配をかけているという現状より、スムーズに仕事が出来なかった事に対して。
「ソーニャちゃん……」
どうしたら気付いてくれるだろう。命を大切にしてほしいという私の願いに。
「私が死んだら……泣いてくれる?」
唐突に口から出た言葉。それはありふれたセリフだったけど、泣くに決まってるだろって言ってほしくて。絶対に死なせたりなんかしないって言ってもらいたくて。
私がそんな淡い期待を胸に抱いていると、ソーニャちゃんの怒号が教室に響く。
「バカも休み休み言えっ!」
「えっ……」
「何でそんな素っ頓狂なセリフが言えるんだ! 本当にバカなのか!?」
「そ、そんな怒らなくても……」
私がたじろぎながら目線を泳がせると、クラスメイト達が何事かとこっちを見ているのが分かる。それでもソーニャちゃんは怒鳴る事を止めなかった。
「あぁ、本当にバカだよお前は! こっちの気も知らないで!」
「もう……怒らないでよぉ……」
「うるさい! 二度とくだらないこと言うなよ!?」
「ご、ごめ……ひっく……なさい……」
「あっ……」
私が泣きながら謝ると、ソーニャちゃんは正気に戻ったようだった。
「わ、悪い……」
「っく……ひっく……」
「もう、いい加減泣くなよ」
「ごめん……ちょっと、お手洗いに行ってくるね……」
私は涙を拭いながら、駆け足で教室を出た。
「らしくないですね」
「あぎりか……」
「昨日の任務でやすなさんの写真をちらつかされて、逆上して突っ込んだなんて知ったら悲しみますよ?」
「黙れ」
「可哀想ですね……あんなに心配してくれているのに……」
「黙れ……殺すぞ……」
「ムリですよ、今のあなたには」
「何で言い切れる?」
「大切なモノを手に入れてしまったからです」
「やすなの事か?」
「致命的ですよ? 殺し屋にとっては」
「絶対に死なせやしない……」
「そんなセリフは山ほど聞いてきましたけど……大切な人を護れたケースなんて無いですよ……自分の命も含めてね」
「ならお前が最初の証人になってもらおうか」
「それは楽しみですね」
「……もう行け」
「忘れないでくださいね……あなたにとっての折部やすなという存在の意味を……」
「どういう事だ?」
「それは自分で考えてください」
お手洗いの鏡で真っ赤になった自分の瞳を見る。普段はいくら酷い事を言われても、痛い目に遭っても平気なのに。さっきは本当に痛かったんだ、心が。
「私が……勝手に想ってただけなんだ……友だちになれたって……」
友だちになれたと思ったから。私の事を心のどこかで大切に想ってくれているんじゃないかって思ってたから。だから期待してあんな事を言ってしまったんだ。
「怒られて当然だよね……」
勘違いして、勝手に心配して。ソーニャちゃんにとってはただのクラスメイトの一人なのに。
「あっ……」
気が付くとまた涙を流していた。腫れた瞼で泣きながら鏡に映る自分の姿が、とてもみじめに思えた。
「もう、戻らなきゃ」
私の事を友だちだと思わなくてもいい。クラスメイトの一人という認識でいい。だけどケガだけはしてほしくない。命は重いものなんだよって知ってもらいたい。私の願いは、ただそれだけだった。
「ソーニャちゃん」
「やすな……」
教室に戻ると、ソーニャちゃんはバツが悪そうに私の名前を呼んだ。
「さっきはゴメンね……もう平気だから……」
「謝るのはこっちだろ……怒鳴ったりして、すまなかった……」
「ソーニャちゃん……」
「頼むから、もうあんな事は言わないでくれ」
「うん……ありがとう……」
この謝罪が友だちという意味を込めてのものなのかは分からなかったけど、すれ違ってなんかいないって、私の気持ちがいつか届くって信じたかった。
「そんな顔するなよ……」
「えっ? 変な顔してたかな……」
「いつも変顔だろ、お前は」
「あはは、そうだね」
「……気を付けろよ?」
「何に?」
「夜道とか、一人で歩くなって事だよ」
「うん、大丈夫だよ」
珍しくソーニャちゃんが私を心配してくれた事が嬉しくてこの時は気付かなかった。ソーニャちゃんが言った、気を付けろの本当の意味に。
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