やすらぎのティータイム
午後の陽気が気持ち良い日曜日。うさぎが持たせてくれた手土産を持って、あたしはほたるちゃんの家に向かっていた。
いつもはあたしの部屋で遊んでいるから、ほたるちゃんのお部屋に行くのは久しぶりだなぁ。なんて思いつつ、呼び鈴を押す。
「いらっしゃい、ちびうさちゃん」
「こんにちは、みちるさん」
出迎えてくれたみちるさんに挨拶をして、リビングに通してもらう。そこには紅茶を飲みながら向かい合って談笑している、はるかさんとせつなさんが居た。
「やぁ、おちびちゃん」
「この家で会うのは久しぶりね?」
「そうですね。今日はお邪魔します」
「ほたるは今お使いに行ってるけど、もうすぐ帰ってくるよ」
「わかりました」
あたしがこの人たちを「さん」付けで呼ぶようになったのはいつからだっけ。前はせつなさんのことを「プルート」って呼んでいたけど、今はほたるちゃんのお母さんという認識だから敬語を使って話すようにしている。はるかさんとみちるさんに対しても同じように。あたしなりの感謝や敬意を込めているのだけど、本人たちは気恥ずかしがりながらも、あたしのことを「ちびうさちゃん」と呼んでくれるようになった。
「そんなに畏まらなくてもいいのに」
少しだけ緊張していたあたしの心をほぐすように、はるかさんが気遣ってくれる。
「えへへ……友だちのご家族に会うときって、何か緊張しちゃいません?」
「確かに。子どもの頃はそうだったわね」
「かけなよ? みちるが紅茶を淹れてくれるから」
「ありがとうございます」
せつなさんの隣に移動し、ふんわりと座り心地の良いソファーに腰掛ける。何だかこの家にある家具ってみんな高そうで、うっかり壊してしまわないか不安になる。
「大丈夫よ? ほたるが小さい頃なんて、そこら中の物を壊していたんだから」
そんなあたしの心を見透かしたように、せつなさんがほたるちゃんのやんちゃエピソードを教えてくれる。
「あはは……今のほたるちゃん、元気いっぱいですもんね」
「えぇ……あの頃とは比べ物にならないくらい明るくなったわ」
優雅に紅茶を注いでいるみちるさんが遠い目をしながら呟く。あたしたちは昔のほたるちゃんを間近で見てきた。その苦しみも、悲しみも。
だから、今のほたるちゃんが屈託のない笑顔で笑ってくれるだけで、あたしたちの名前を呼んでくれるだけで幸せな気持ちになれる。それがこの場に居る四人の共通の想いだった。
「まだ僕らのことを恨んでいるかい?」
「えっ」
少し間をおいて、はるかさんがあの頃の話を振る。
それは昔のあたしが抱いていた気持ち。ほたるちゃんを殺そうとした三人に気持ちを抱いていた時期もあった。でもそれはお互いの立場や価値観があってそうするしかなかった。ほたるちゃんを救ってあげたい気持ちはみんな一緒だった。だから恨んでなんていない。むしろその逆で。
「感謝してます。ほたるちゃんの家族になってくれて……」
「そうか」
はるかさんは優しい瞳であたしを見つめた後、紅茶を一口含んだ。きっと、はるかさんたちも気にかけていたんだろう。ほたるちゃんのことを大切にしているあたしの気持ちを。
「イジワルな質問しちゃダメよ?」
「ごめんごめん……忘れていいよ、今の言葉は」
「いえ。はるかさんたちに抱いている今の気持ちを、あたしも伝えたかったので」
「ふふっ、ありがとう……紅茶が入ったわ」
「いただきます」
あたしは少し照れながら、みちるさんが淹れてくれた紅茶を口にする。優しくて温かい味。きっとこの紅茶のように、愛情をいっぱい込めてほたるちゃんを愛してくれたんだろうな。なんて保護者みたいな感想を抱く。
「嬉しそうだけど、そんなに気に入ったならみちるに銘柄を訊いてみたら?」
「あっ……えっと……」
「ダージリンよ? ストレートで飲むのが美味しいの」
「そうなんですね。とっても優しい味がしました」
「あら、ありがとう」
本当は銘柄のおかげじゃなく、みちるさんの愛情を感じ取れたからなんだけど。素直に伝えるのは恥ずかしかったから、今だけは紅茶のせいにしてしまおう。
「クッキーあったよな? 出してあげなよ」
「そうだったわね」
「あっ、うさぎが持たせてくれた手土産があるんです」
「気を遣わなくてもいいのに」
「多分、お菓子だと思うんですけど……」
そう言いながら、包みを開けると。
「鈴カステラと、ポテチ……」
「ふふっ」
「うさぎのバカ!」
「彼女らしいね」
本当に顔から火が出るほど恥ずかしかった。こんな庶民的なお菓子が似合う人たちじゃないってわかってるでしょうが。
「大丈夫よ? きっと、ほたるも喜ぶわ」
両手で顔を押さえていたあたしに、せつなさんが頭を撫でながら言ってくれた。顔を上げると、三人とも口を押さえて笑いを堪えているようだった。
「すみません! ホントによく言っておきますから……」
「いえいえ。とっても嬉しいわ」
「僕らだってたまにはこういうのも食べるんだぜ?」
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。家計を管理してるせつなが買ってくるんだ」
「案外ほたるも嬉しそうに食べるのよ?」
「そうだったんだ……」
何となく庶民的なことに縁がない家庭だって思っていたけれど。新たな一面を知れて、親近感が湧いてくる。
「丁度いいから鈴カステラ食べないか?」
「そうね。紅茶にも合うし」
「何かすみません……」
ある意味うさぎのおかげで緊張がほぐれたから、その後は落ち着いて談笑することができた。そして話題はほたるちゃんのことになり。
「ちびうさちゃんは、ほたるのことが好き?」
優しく微笑みながらみちるさんが言う。
「はい。大好きです!」
「そう。実は私たちもほたるのことが大好きなの」
それはお互いわかったうえでの言葉遊びみたいなものだったけど。
「じゃあ一緒ですね」
「えぇ。一緒ね」
あたしたちにとって、ほたるちゃんと繋がる大事なことだった。だからあと一言だけ息を合わせる。
「ほたるちゃんの家族になってくれて……」
「ほたるの友だちになってくれて……」
「ありがとう」
四人の声が、綺麗に揃う。
「ふふっ」
「えへへっ」
優しい愛情に溢れたこの家で素敵な家族と過ごせるほたるちゃんのことを、少しだけうらやましく思う休日の午後だった。
END
いつもはあたしの部屋で遊んでいるから、ほたるちゃんのお部屋に行くのは久しぶりだなぁ。なんて思いつつ、呼び鈴を押す。
「いらっしゃい、ちびうさちゃん」
「こんにちは、みちるさん」
出迎えてくれたみちるさんに挨拶をして、リビングに通してもらう。そこには紅茶を飲みながら向かい合って談笑している、はるかさんとせつなさんが居た。
「やぁ、おちびちゃん」
「この家で会うのは久しぶりね?」
「そうですね。今日はお邪魔します」
「ほたるは今お使いに行ってるけど、もうすぐ帰ってくるよ」
「わかりました」
あたしがこの人たちを「さん」付けで呼ぶようになったのはいつからだっけ。前はせつなさんのことを「プルート」って呼んでいたけど、今はほたるちゃんのお母さんという認識だから敬語を使って話すようにしている。はるかさんとみちるさんに対しても同じように。あたしなりの感謝や敬意を込めているのだけど、本人たちは気恥ずかしがりながらも、あたしのことを「ちびうさちゃん」と呼んでくれるようになった。
「そんなに畏まらなくてもいいのに」
少しだけ緊張していたあたしの心をほぐすように、はるかさんが気遣ってくれる。
「えへへ……友だちのご家族に会うときって、何か緊張しちゃいません?」
「確かに。子どもの頃はそうだったわね」
「かけなよ? みちるが紅茶を淹れてくれるから」
「ありがとうございます」
せつなさんの隣に移動し、ふんわりと座り心地の良いソファーに腰掛ける。何だかこの家にある家具ってみんな高そうで、うっかり壊してしまわないか不安になる。
「大丈夫よ? ほたるが小さい頃なんて、そこら中の物を壊していたんだから」
そんなあたしの心を見透かしたように、せつなさんがほたるちゃんのやんちゃエピソードを教えてくれる。
「あはは……今のほたるちゃん、元気いっぱいですもんね」
「えぇ……あの頃とは比べ物にならないくらい明るくなったわ」
優雅に紅茶を注いでいるみちるさんが遠い目をしながら呟く。あたしたちは昔のほたるちゃんを間近で見てきた。その苦しみも、悲しみも。
だから、今のほたるちゃんが屈託のない笑顔で笑ってくれるだけで、あたしたちの名前を呼んでくれるだけで幸せな気持ちになれる。それがこの場に居る四人の共通の想いだった。
「まだ僕らのことを恨んでいるかい?」
「えっ」
少し間をおいて、はるかさんがあの頃の話を振る。
それは昔のあたしが抱いていた気持ち。ほたるちゃんを殺そうとした三人に気持ちを抱いていた時期もあった。でもそれはお互いの立場や価値観があってそうするしかなかった。ほたるちゃんを救ってあげたい気持ちはみんな一緒だった。だから恨んでなんていない。むしろその逆で。
「感謝してます。ほたるちゃんの家族になってくれて……」
「そうか」
はるかさんは優しい瞳であたしを見つめた後、紅茶を一口含んだ。きっと、はるかさんたちも気にかけていたんだろう。ほたるちゃんのことを大切にしているあたしの気持ちを。
「イジワルな質問しちゃダメよ?」
「ごめんごめん……忘れていいよ、今の言葉は」
「いえ。はるかさんたちに抱いている今の気持ちを、あたしも伝えたかったので」
「ふふっ、ありがとう……紅茶が入ったわ」
「いただきます」
あたしは少し照れながら、みちるさんが淹れてくれた紅茶を口にする。優しくて温かい味。きっとこの紅茶のように、愛情をいっぱい込めてほたるちゃんを愛してくれたんだろうな。なんて保護者みたいな感想を抱く。
「嬉しそうだけど、そんなに気に入ったならみちるに銘柄を訊いてみたら?」
「あっ……えっと……」
「ダージリンよ? ストレートで飲むのが美味しいの」
「そうなんですね。とっても優しい味がしました」
「あら、ありがとう」
本当は銘柄のおかげじゃなく、みちるさんの愛情を感じ取れたからなんだけど。素直に伝えるのは恥ずかしかったから、今だけは紅茶のせいにしてしまおう。
「クッキーあったよな? 出してあげなよ」
「そうだったわね」
「あっ、うさぎが持たせてくれた手土産があるんです」
「気を遣わなくてもいいのに」
「多分、お菓子だと思うんですけど……」
そう言いながら、包みを開けると。
「鈴カステラと、ポテチ……」
「ふふっ」
「うさぎのバカ!」
「彼女らしいね」
本当に顔から火が出るほど恥ずかしかった。こんな庶民的なお菓子が似合う人たちじゃないってわかってるでしょうが。
「大丈夫よ? きっと、ほたるも喜ぶわ」
両手で顔を押さえていたあたしに、せつなさんが頭を撫でながら言ってくれた。顔を上げると、三人とも口を押さえて笑いを堪えているようだった。
「すみません! ホントによく言っておきますから……」
「いえいえ。とっても嬉しいわ」
「僕らだってたまにはこういうのも食べるんだぜ?」
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。家計を管理してるせつなが買ってくるんだ」
「案外ほたるも嬉しそうに食べるのよ?」
「そうだったんだ……」
何となく庶民的なことに縁がない家庭だって思っていたけれど。新たな一面を知れて、親近感が湧いてくる。
「丁度いいから鈴カステラ食べないか?」
「そうね。紅茶にも合うし」
「何かすみません……」
ある意味うさぎのおかげで緊張がほぐれたから、その後は落ち着いて談笑することができた。そして話題はほたるちゃんのことになり。
「ちびうさちゃんは、ほたるのことが好き?」
優しく微笑みながらみちるさんが言う。
「はい。大好きです!」
「そう。実は私たちもほたるのことが大好きなの」
それはお互いわかったうえでの言葉遊びみたいなものだったけど。
「じゃあ一緒ですね」
「えぇ。一緒ね」
あたしたちにとって、ほたるちゃんと繋がる大事なことだった。だからあと一言だけ息を合わせる。
「ほたるちゃんの家族になってくれて……」
「ほたるの友だちになってくれて……」
「ありがとう」
四人の声が、綺麗に揃う。
「ふふっ」
「えへへっ」
優しい愛情に溢れたこの家で素敵な家族と過ごせるほたるちゃんのことを、少しだけうらやましく思う休日の午後だった。
END
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