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月下想葬

 ガタンゴトンと揺れる電車の中、あたしはガイドブックを眺めながら今回の旅を想像していた。きっかけはみちるさんの一言だった。

「気分転換に海でも見てきたらどうかしら?」

 まもちゃんと遠距離恋愛をしていて滅多に会えない。そんな理由で落ち込んでいたあたしを見かねて、旅行を勧めてくれたみちるさんの言葉に乗って、今回二泊三日の一人旅を決行することになった。旅と言っても東京からそれほど離れた場所でもないし、何かあったら通信機で連絡を取り合うことになっている。あたしにしては珍しく一人での行動だけれど、それがワクワク感にも繋がっていた。

「そろそろ、着くかな」

 ゆっくりと減速し、ドアが開く。あたしはスイーツ屋さん特集のページを閉じて、電車を降りた。

「ん~、いい天気!」

 潮の香りがする。伸びをしながらホームの端へ移動すると、見えたのは一面に広がる海。そして最近開発が進んで出来たショッピングモールやホテルの数々。

「綺麗な街だなぁ」

 みちるさんじゃないけど、海を見ると心が開放される気分になる。あたしは意気揚々と改札を出てホテルへ向かった。





 ホテルのフロントでチェックインを済ませて、ガイドブックを片手に街に繰り出す。目指すは海が一望できるパンケーキ屋さん。本で特集されていたランキングでも、おすすめ度星5つのお店。

「できれば、まもちゃんと来たかったけどな……」

 向かう道中、何組のカップルとすれ違っただろう。そりゃあガイドブックで取り上げられるくらいだから人気のスポットなのはわかるけど。家族連れより恋人たちの方が圧倒的に多いなんて、少し妬いてしまう。そう膨れながら歩いていると、目的のお店に着いたようだった。

「11時か……もう開いてるかな?」
「いらっしゃいませ」
「あ、こんにちは」

 店内を覗くと、綺麗なお姉さんが声をかけてくれた。どうやら開店直後だったらしく他にお客さんも居ないということで、海が展望できる一番おすすめの席を案内してくれた。

「うわぁ、すごーい!」
「ふふっ、良い場所でしょ?」
「はい! 海も街もとっても綺麗でオシャレで、大好きになっちゃいました!」
「ありがとう、でもこの街の一番の見どころは夜なの」
「よる?」
「えぇ……月が出ている夜は、海面に月が映ってとても綺麗なのよ?」
「へぇ~、そうなんですか」
「今日は満月だし、夜の海岸に行けばきっと絶景が見えるわ」

 嬉しそうにウインクをしながら言うお姉さんを見て、あたしのワクワクは夜に向けて更に高まっていった。

「ところで、メニューは決まりましたか?」
「あ、お姉さんのおすすめをお願いします!」
「なら、リコッタチーズのパンケーキかな」
「リコッタ?」
「チーズを作った時に残った水分……ホエーっていうんだけど」
「ほえ~」
「可愛いシャレね?」
「あはは……」
「とにかくそのホエーを煮詰めて作ったチーズがリコッタっていうの」
「そうなんですか」
「低脂肪なのに甘くて、女の子におすすめよ♪」
「じゃあ、それをお願いします」

 あたしはパンケーキを待つ間、ガイドブックを開いてこれから向かう店を決めることにした。文字通り、夜のメインディッシュである「海と月」に向けて楽しみを上げていくために。
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