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ハート・オブ・シスター

side ほたる



『検査結果、なんで教えてくれないのよ~』

 検査の日から1週間ほど経ったある日。月野家へ向かう道中で、ナインが頬を膨らませながら言う。

『本人に教えられないルールなんじゃないですか?』
「でも、ママたちはどこも異常なかったって言ってたよ」
『む~、あれだけ時間かけたのに……』

 膨れるナインを流しつつ、ちびうさちゃんの家へ向かう。今日はみんなでお勉強会。桃ちゃんやなるるなコンビも居るらしい。

「お願いだから、勉強中は静かにしててね」
『わかってますよーだ!』
『善処します』

 何だか頼りない返事だったけど、取り敢えず信用することにして歩を進めた。





 ピンポーン

「いらっしゃい、ほたるちゃん」
「ごめんね、遅くなっちゃって」

 ちびうさちゃんにリビングに通してもらうと、そこには既にみんなが揃っていた。

「も~、ほたるっち遅ーい!」
「みんな待ってたよー」

 遅刻魔のなるるとるるなに言われるとは一生の不覚だけど、ここは素直に遅れたことを謝っておこう。

「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃって……」
「ほたるちゃん、走ってきて大丈夫?」
「うん」

 桃ちゃんがあたしを気遣ってくれる。転生してからは、体はどこも悪くないんだけど、何故か桃ちゃんはあたしの体をよく心配してくれる。前に理由を聞いてみたら、どこか儚くて消えてしまいそうな雰囲気があるから心配になってしまう。と言っていた。前世のことを考えれば、当たらずとも遠からずなので鋭いなぁと思ったことがある。

「さて、じゃあやりますか!」

 みんなで教科書を開いて、ノートに計算式を書いていく。最初は算数からだ。

『ふーん』

 ナインが興味津々にノートを見ながら唸っている。

『どうしたんですか?』
『人間って、こんなコムズカシーことやんなきゃダメなの?』
『そうですね、どのような者にも教養は必要です』
『わたしもベンキョーしたら、チェスで勝てるようになる?』
『勝率は上がるでしょうね』
『ホント!?』
『0.1%くらいは』
『くっ……コンニャロー!』

 サターンとナインの漫才が続くせいで、集中できない。勉強中は静かにしてってあれほど言ったのに。

「どうしたの? 難しい顔して」
「どこか、分からない所でもあった?」
「えっ? ほたるっちに解けない問題なんてあんの?」

 みんながあたしの方を見る。そんなに小難しい顔をしていただろうか。

「ううん……ちょっとうるさくて……」
「えっ? 誰も喋ってないよ?」
「あっ、いや……工事! 工事現場の音よ!」
「あぁ……近くでやってて響くよね~」
「うん、そうそう!」

 何とか誤魔化せた。と思ったけれど、ちびうさちゃんは怪訝そうな顔であたしを見つめていた。





「じゃね~」
「また明日、学校でね~」
「バイバ~イ」

 勉強が終わって、みんなと帰ろうとした時。

「あ、ほたるちゃん」
「なぁに?」
「ちょっと、お話ししたいことがあって……」
「なになに? 告白タイム?」
「もう、からかわないでよ」
「わかったよ、じゃあ明日結果聞かせてね~」
「告白じゃないってば」
「ほたるちゃんも、暗くならないうちに帰るんだよ?」

 お母さんみたいに言う桃ちゃんは、まるで本当にあたしの保護者のようだった。

「うん、また明日ね」

 そうしてあたしたちは、ちびうさちゃんの部屋に向かった。





「えっと、どうかした?」
「単刀直入に聞くね?」
「うん」
「ほたるちゃん……何か大事なことをあたしたちに隠してない?」

 ギクッという擬音が出たような気がした。

「どうかな?」

 真剣な瞳で言うちびうさちゃん。どこかでバレるようなことをしてしまったのだろうか。思わず、目が泳ぐ。

「やっぱり……」

 軽いため息を吐く、ちびうさちゃん。

「ま、まだ何も言ってないよ?」
「あたしね、ほたるちゃんのことなら分かっちゃうの……」
「わ、分かるって?」
「嘘を吐いてる時と、隠しごとをしてる時……」

 何て鋭いんだろう。思わず超能力者なんじゃないかと疑ってしまう。

『ねぇ、サターン……ヤバくない?』
『もう少し……様子を見ましょう』

「ほたるちゃんさ……たまに自分を犠牲にしても構わないって瞳をしてる時があるよね」
「えっ?」

 俯きながら言うちびうさちゃんを見て、胸が痛む。ひょっとしてサターンの能力を言っているのだろうか。

「これはあたしのお願いなんだけど……生き急がないでほしいなって……」
「生き急ぐ?」
「みんな、ほたるちゃんのこと心配してるんだよ」
「そ、それはわかってるけど……」
「わかってないよ!」
「えっ……」

 いつもからは考えられないくらい大きな声で、ちびうさちゃんは叫んだ。

「じゃあ、どれだけの人が心配してると思う?」
「ち、ちびうさちゃんとか?」
「他には?」
「パッとは、思い付かないけど……」
「はぁ……」

 今度は大きく息を吐く。どうも呆れられてるようだった。

「まず、うさぎ達五人」
「えっ?」
「みちるさん達三人」
「ち、ちびうさちゃん?」
「ルナ達三人」
「ちょ、ちょっと待ってってば」
「桃ちゃん達三人とあたし」
「あ……えっと……」
「パッと挙げただけで、15人だよ!」
「ご……ごめんなさい……」

 立ち上がって言うちびうさちゃんに、つい謝ってしまう。

「こんなにほたるちゃんのことを大事に思ってくれてる人が居るのに、簡単に自分を犠牲にしようとか思わないで!」

 どうしよう。こんなに本気で怒ってるちびうさちゃんを見るのは初めてだった。

「あたし……自分の命を、軽く考えてたのかな……」
「うん……少なくとも多少の負担は構わないって考えてると思う」

 言い得ていた。現にナインを心の中に住まわせているのだから。

「本当に……嫌じゃなければ、教えてほしいの……」
「ちびうさちゃん……」

『お~、強いなぁこの子』
『ここまで見抜かれていては、話すべきでしょうね』

「わかった……話すね」

 あたしは、今の状況をちびうさちゃんに全て話すことにした。





 あたしの話を聞いて、ちびうさちゃんは驚愕していた。何かを隠しているとは思っていたけれど、まさかここまでのことを抱えていたなんて。そんな表情をしながら手を震わせていた。

「なんで……黙ってたの……」
「よ、余計な心配かけたくなくて……」
「そういうレベルじゃないでしょ!?」
「ご、ごめん……」
「ただでさえサターンと心を共有してたのに、ミストレス・ナインの心まで受け入れちゃったら、ほたるちゃんの心にどんな影響があるか分からないじゃない!」
「そ、そんなこと……」
「それにミストレス・ナインは敵だったのよ!? もしかしたら、またほたるちゃんのことを……」
「ナインのことは、悪く言わないで!」

 思わず、声を荒げる。ちびうさちゃんには。大切なこの子だけには誤解してほしくない。あたしの大事なお姉ちゃんのことを。

「ほたる……ちゃん……」
「この子も、あたしなんだよ……サターンの心も、ナインの心も……あたしと一緒なの……」

 胸に手を当てて、目を瞑る。浮かんでくる景色は、大好きな二人のお姉ちゃんたちとの思い出。一緒にチェスをしたり、お出かけした時の他愛のない会話だったり。そんな情景に浸っていると、ちびうさちゃんは少し落ち着いた様子で優しくあたしに話しかけてくれた。

「明日、みんなに話そう?」
「えっ?」
「このままじゃダメ……何かあった時にみんなで助けられるようにしないと」
「ちびうさちゃん……」
「別にナインを追い出そうって訳じゃないよ? リスク管理の問題よ」
「本当?」
「うん、みんなで考えればきっと大丈夫だよ」
「ありがとう、ちびうさちゃん」

 そうして、あたしはちびうさちゃんと和解して月野家を出た。





「はぁ……今日はちびうさちゃんに怒られちゃったなぁ……」

 ベッドに転がりながら、さっきのことを思い出す。

『本気でほたるのことを、心配しているんですよ』
「けど、あそこまで怒ることないのに……」

 あたしは少しだけショックだった。まるでナインのことを否定されたようで。ナインだって、あたし自身なのに。

『ねぇ……』

 それまで黙っていたナインが、ふいに声を上げる。

「どうしたの? ナイン」
『わたしって……ジャマ?』
『スモールレディに言われたことを気にしているんですか?』
『だって……ほたるに悪影響だって……』
「まだ影響があるって決まったわけじゃないのよ?」
『そうですよ、ほたるはそんなに弱くありません』
『あたし……存在しててもいいのかな?』
「いいに決まってるでしょ?」
『最早、わたしたちは一蓮托生です』
『ありがと……』

 そんなことを話していると。

「ほたる?」
「みちるママ……どうしたの?」
「今日、帰って来てから元気がなかったから」

 部屋に入ってきたみちるママが、心配そうにあたしの顔を覗く。

「ねぇ……ママたちはあたしがどんな告白をしても、受け入れてくれる?」
「どうしたの? 急に」
「答えて?」

 みちるママは少し考える素振りを見せた後、優しい口調で言った。

「ほたるが一生懸命考えて決めたことなら、尊重するわ」
「どんなことでも?」
「えぇ……何かあったの?」
「明日、話すよ」
「今じゃダメなの?」
「うさぎお姉ちゃんたちも交えて、今まで隠してたこと全部話すよ」
「わかったわ」

 そう言って、みちるママはあたしの頭を優しく撫でてくれた。
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