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過ぎ去りし日の命

「えっ……」

 身体が熱い。まるで燃え盛っているような感覚だった。手を当てると、絵の具を握ったような触り心地で。赤い絵の具、そうこんな色の。

「まもちゃん!? まもちゃんっ!」

 遠くでうさの声が聞こえる。もう耳もおかしくなってきた。キーンという音もするし、何より痛い。早く抜いて、うさを護らないと。

「お願いっ! 誰か救急車を!?」

 泣きながらオレを抱きかかえるうさの腕の中で、意識は途絶えた。

 ごめんな。また護れなかった。





「はっ!?」

 勢いよく上体を起こすと、身体の傷はなかった。オレは確かに斬られたハズだったのに。

「夢……か……」

 夢にしてはハッキリと情報が脳裏に残っている。日付は今日。うさと商店街へデートに行ったタイミングで、襲われる夢。

「縁起の悪い夢だな……」

 オレは寝汗で濡れた体をスッキリさせるため、シャワーを浴びることにした。





 リビングへ戻ると、カレンダーに赤ペンで付けた予定が目に入る。

「うさとデート→商店街」

 さっきの場面が頭をよぎる。もし、オレだけじゃなくうさにまで危害が及んだら。オレが死んだ後にうさも斬られたら。そんな不安が渦巻く。

「オレが護るんだ……必ず……」

 そもそも不吉な夢を見ただけで、実際に起きるかは分からない。けれど、生まれつき不思議な能力を持っているオレには感じ取れていた。きっとあれは予知夢だったのだと。
 夢の内容を信じるなら、オレはこれから死ぬ。それまでに出来るだけ情報を集めておかないと。

「と言ってもな……」

 今から商店街へ行ったところで、何も起きないかもしれない。犯人の心当たりもない。なら、今できることは。

「うさに会おう……」

 もしかしたら、うさもオレと同じ夢を見たかもしれない。そうだとしたら、よりこの夢は確実なものになる。
 オレは身支度をしてうさと会うためにマンションを出た。





 呼び鈴を鳴らしても返事はない。ただの留守だと頭では分かっているけれど、うさに何かあったんじゃないかと不安になる。

「それなら……」

 次は司令室だ。もし新たな敵の襲来なら、何か検知しているかもしれない。そう思い、クラウンへ向かうことにした。

「平気……だよな……」

 クラウンは商店街の中にある。もし道中で襲われたら、オレは自衛できるだろうか。言い知れぬ不安が膨らんでいく。

「悩んでいても仕方ないな……」

 夢の中のシチュエーションとは違う。あの場面ではうさも一緒に居た。だからまだ大丈夫だ。根拠のない理屈を自分に言い聞かせ、オレはクラウンへ向かった。





「あら、まもちゃん」
「ルナ、やっぱりここに居たのか」

 司令室のドアを開けると、コンピュータの操作をしていたルナがこちらに気付いてオレの名を呼ぶ。

「どうしたの?」
「最近、何か変わったことはないか?」
「変わったこと?」
「例えば、未確認の敵が地球へ降り立ったとか……」

 突然の物騒な発言に目を白黒させるルナ。この反応だと何も検知していないのだろうか。

「敵は見つけてないけれど……」
「けれど?」
「最近、月のパワーが増幅しているの」
「増幅……?」

 どういうことだ。不穏な気配はないのに、月の力が増えているなんて。

「それは、どこから来るパワーなんだ?」
「そ、それは……」

 気まずそうにするルナを見て、嫌な予感が頭をよぎる。ひょっとしてオレが見た予知夢と関係があるんじゃ。

「あなたと、うさぎちゃんよ」
「えっ?」
「まもちゃんとうさぎちゃんから、月へパワーが流れているの」
「つまり……どういう……?」

 説明を聞いてもさっぱり分からない。オレとうさの力が月へ流れているって?

「理由は分からないわ……だけど、あなたたちのパワーが強まることは悪いことじゃないと思って黙ってたの……」
「オレとうさのパワーが月へ還元されているのだとしたら、新たな敵の前触れに備えて覚醒しかけている……?」
「その可能性も否めないわね……」

 情報は得られたけれど、それが今回の予知夢と関りがあるのかは分からなかった。とはいえ一先ず用事は終えた。ルナに礼を言って出口へ向かおうとすると。

「あっ、あとね……」
「どうした?」
「同じような現象が、去年の今頃もあったの」
「去年も……?」
「えぇ……特に何事もなく月のパワーも元に戻ったんだけどね」
「そうか……ありがとう、ルナ」
「念のため、体に気を付けてね?」
「あぁ」

 今度こそ礼を伝えて司令室を出る。オレのパワーが覚醒して月へ流れているか。自分ではそんな感覚を感じなかったから、気付かなかったが。

「うさも心配だな……」

 うさの体も何かしらの覚醒をしていて、パワーが溢れている状態なら。敵に気付かれたり、オーバーヒートして倒れてしまうかもしれない。心配になったオレはもう一度、月野家へ向かうことにした。





 呼び鈴を押すと今度は家に居たらしく、うさが出迎えてくれた。

「あ、まもちゃん! どうしたの?」
「いや……ちょっと話がしたくてさ」
「あはっ、予定外のタイミングで逢えるなんて嬉しいな」
「じゃあ、どこかで……」
「上がってよ? 今日は夕方まで誰も居ないから」
「そうなのか?」
「うん、みんな遠くのスーパーへ買い出し……あたしは宿題があるから、お留守番」
「オレに手伝わせる気だろ?」
「バレたか」

 舌を出しておどけるうさを見て、少しだけ心が和む。絶対にうさを悲しませる訳にはいかない。オレも死にたくはないし、うさの笑顔も失いたくない。改めて生き残る決意をしたオレは月野家へお邪魔することにした。

「まもちゃんがあたしの部屋に来るの、珍しいね♪」
「そうだな……」

 ハート形のクッションを抱きながらベッドに腰掛けるうさ。いきなりで申し訳ないが、いつ死ぬかも分からない状態だ。早速本題に入ろう。

「なぁ……今日、変な夢を見なかったか?」
「夢……?」
「あぁ、例えば誰かに襲われるような……」
「急に物騒なこと言うね、まもちゃん」
「すまない……聞かせてほしいんだ」

 怪訝そうな顔をしていたうさだったが、オレの真剣な表情を見て背筋をただす。

「うん……見たよ……」
「なっ!?」

 自分から振った話とはいえ、こうもあっさり肯定されたら驚いてしまう。狼狽するオレをよそに、うさは穏やかな表情で続ける。

「今日はね……とても大切な日なの……」
「大切な日……?」
「うん……覚えてないかな?」

 覚えているかと言われても、全く見当がつかなかった。誕生日でもないし、何かの記念日でもない。

「前世での、あたしたちの命日」
「えっ……」

 突然のワードに体が硬直する。命日。つまりそれが意味するところは。

「エンディミオンがあたしを庇って倒れ……あたしも後を追った運命の日……」
「うさ……」
「それが、今日なの……」

 伏し目がちに言ううさ。様子を伺うに、うさは全てを知っているような感じだった。

「どうして……分かるんだ?」
「多分、あたしの方がまもちゃんより前世の記憶が強く残っているからだと思う」
「オレは……日付までは覚えてない……」
「でも、体は覚えてるの……この日が近づくと、あたしたちは軽い覚醒状態になるみたい……」
「うさは……去年もそうだったのか?」
「うん……」

 オレは去年もうさのそばに居ながら、うさの変化に気付けなかった。それどころか自分の状態にさえ気付かなかったなんて。

「ごめんな……本当に頼りなくて……」
「まもちゃん……」

 悔しくて涙が流れる。またうさ一人に背負わせてしまっていた。殺される夢なんて本当に怖かっただろう。なのにオレを傷つけないため、誰にも話すことなく耐えていた。

「オレは……君が抱えていた悩みにも気付かず、のうのうと暮らしていた……」
「自分を責めないで……個人差があるのはしょうがないよ……」
「だけど……オレは……」
「まもちゃん」
「えっ?」

 突然、唇に熱い感触が伝わる。こんな情けないキスは初めてかもしれない。

「うさ……」
「落ち着いた?」

 唇を離すと、うさは慈愛に満ちた表情でオレを見つめていた。

「すまない……」
「いいよ、キスできたし」
「うさらしいな」
「えへへっ」

 シンとした部屋に笑い声が二つ。うさのおかげでリラックスできたオレは、改めて残りの疑問を投げかけることにした。

「じゃあ、商店街で斬られるとかは関係なかったのか」
「まもちゃんはそうなんだ……あたしは事故だったよ」
「何だか本当に物騒な話をしてるな……」
「大丈夫だよ、去年も何も起こらなかったから」

 年頃の女の子の部屋でする話題じゃないと頭では分かっていたけれど、一番気にかかっていた謎を聞くことにした。

「どうして、命日にこんな夢を……」

 まるで悲恋の死を遂げた二人が、今のオレたちを呪っているような。そんな印象だった。

「忘れてほしくなかったんだと思う……」
「うさ?」
「今は結ばれて幸せになれたけど……あの日があったからこそ、もう一度巡り逢えたという『奇跡』を覚えててほしかったんだよ……」
「そうか……」

 うさの意見はとても前向きだと思った。どんな状況もポジティブに捉えることができるのが、うさの最大の魅力だと再認識する。

「あたしたちのパワーを、月へ贈らない?」
「月へ?」

 そういえば、ルナもそんなようなことを言っていた。オレとうさのパワーが月へ流れていると。

「うん……まだ昼間だけど、きっと届くよ」
「でも、どうして?」
「プレゼント♪」
「……プレゼント?」
「月に遺ったあたしたちの想いを、安心させてあげるの」

 本当にロマンチストというか、夢見る乙女というべきか。うさの優しさに触れたおかげで、さっきまで呪いだと思っていたオレの恐怖心はとうに消え去っていた。

「……やるか?」
「うん!」

 オレたちはベランダに出て、空に手を向けた。まだ空は青いけれど、きっとこの先に月がある。

「いくよ、まもちゃん……」
「あぁ、うさ……」

 二人で呼吸を合わせてパワーを放出する。体から放たれた光は線となって空へ消えていった。

「大丈夫か?」
「うん、何かスッキリした感じ」

 パワーを放出したせいか、軽い疲労感が心地良い。オレたちの光は月を照らすことができただろうか。

「ふふっ」
「何を笑ってるんだ?」
「ううん……コレって二人の共同作業だなぁって」
「ケーキ入刀じゃないんだからさ」
「月にいる二人に、ちゃんと届いたかな?」
「きっと届いたさ……」

 志半ばで悲恋の死を遂げたセレニティとエンディミオン。

 今回の件は、そんな二人が自分たちのことを思い出してほしくて見せた夢だったのかもしれない。

 年に一度、うさと共同作業ができるこんな日があっても素敵だなんて思う。

「まもちゃん……」
「うさ……」

 青空の下、もう一度キスをする。今度は悲観的じゃなく、前を向いて。



 セレニティ。エンディミオン。

 オレたちは幸せだよ。

 あの日のことは決して忘れない。

 だから安心して見護っていてくれ。

 これから新しく築き上げる未来を捧げよう。

 古の月で暮らす、寂しがり屋の二人に。



 END
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