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喜色で描く心のキャンバス

「んー」

 帰宅し、台所で立ちながら唸り声を出す。

「結局、買ってきてしまったわ」

 置かれたビニール袋から覗くホワイトチョコとハートの型。そして柄にもないチョコペン。

「こんな時まで完璧主義になる自分がイヤになるわね」

 気が付けばレシピが書かれた本を開いていた。

「なるほど……こうやって溶かすのか」

 取り敢えず買ってきたチョコを粗く砕いて、耐熱ボウルに入れる。

「次は50℃のお湯」

 ポットから出しておいた熱湯が丁度良い加減まで冷めたことを確認し、別のボウルに注ぐ。

「このお湯が入ったボウルにチョコのボウルを入れて溶かすと……」

 何とも面倒くさい作業だと思いながらも、どこかで子どものようにワクワクしてる自分もいる。
 喜んでくれるかしら。甘いもの、というか子どもの好きなもの全般が好物だから大丈夫だとは思うけど。

「レイちゃーん、ありがとう!」

 渡した時の姿を想像して、顔が熱くなる。どうしてあの子のことばかり考えてしまうのか。

「あ、溶けてきた」

 まさか自分の熱で溶けたのではと疑う。仮にそうだったとしても、それはマーズとしての能力のせいだから気にしないでおこう。

「何やってるんだろう、あたし」

 ヘラでチョコレートを混ぜながら、自分の気持ちと向き合ってみる。



 本当に美奈へチョコをあげたいの?

「喜ぶ顔は見たいわよ」

 どうして美奈だけなの?

「みんなにあげたら、伝わらないじゃない」

 何を伝えたいの?

「……」

 好きな気持ち?

「届かないわよ、どうせ」

 だから渡すんでしょ?

「届くかな?」

 素直な気持ちで伝えれば、きっと受け取ってくれるわ。

「ありがとうって……伝えたい」

 あったじゃない。贈る理由。



「はっ」

 自問自答していたら、チョコレートは丁度良い溶け具合になっていた。

「冷やさなきゃ」

 ハートの型に溶けたチョコをゆっくり流し込んでいく。自分の熱で溶けた想いも一緒に込めて。

「ひとまずコレで……」

 あたしは大小様々な大きさのハートの型を冷蔵庫に入れて、お茶を飲むことにした。

「そういえばホワイトチョコでよかったのかしら?」

 何気なく手に取った真っ白なキャンバス。まるであたしの心を表しているみたい。そこに何かを描きたくて。だからチョコペンも買ったのだろうか。

「全部、自分本位な理由よね……」

 いつも受け入れてくれるから、つい甘えてしまう。チョコレートよりも甘い、その香りとぬくもりに包まれたくて。

「もう、考えるのやめよ……」

 席を立ち、座禅を組みに行く。頭が冷えた頃にはチョコも冷えているだろう。だからこの熱を消す。叶うハズもない、届く訳ないこの想いを。





「うぅ……」

 フラフラと歩きながら台所へ向かう。結局ずっと美奈のことを考えていた。まさに雑念というべきか。自分がここまであの子に依存していたなんて思いもしなかった。

「チョコは……」

 明日のことでいっぱいになった頭を冷やすために、まずは冷蔵庫の扉を開けて冷気を浴びる。

「はぁ」

 少し気分が落ち着いた頃、改めて庫内を見ると白いチョコレートは指でコンコンできるくらい固まっていた。

「よし!」

 後はチョコペンか。何て書こう?

「……決めた」

 完成したチョコレートを透明な袋に入れて、あの子のカラーと同じ色の袋でラッピングする。

 伝えたいことは、想いは全て込めた。
 後は明日を待つだけ。
 どんな結末になるか分からないけれど、素直になろう。
 それが一番納得できる形になると思うから。
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