リターン・トゥ・リアルワールド
「またココへ来ることになるとはな」
「今度は白雪姫がいいなー」
「呑気なこと言ってる場合か?」
「だって、王子様のキスで目覚めたいんだもん」
「この事件を解決したらいくらでも。お姫様?」
「えへへっ、ありがと!」
冗談を言い合いながら例の本棚へ足を進める。
「よし、とりあえず片っ端から調べてみるか」
「うん」
それにしても、このコーナーって何なんだろう。人も居ないし、埃は被ってるし。そんなことを考えながら本を手に取り、ページをめくっていると。
「きゃあっ!?」
「うさこ!?」
突然、本が光りだす。あの時みたいに。
「うさこ!」
「まもちゃん!」
今度ははぐれないよう手を取り合う。あたしたちはお互いの手をギュッと握りしめながら本の中へ吸い込まれていった。
「ん……」
「大丈夫か?」
「まもちゃん……よかった。今度は一緒だね」
「あれだけ油断するなと言ったのに」
「まぁいいじゃない。それよりココは?」
辺りを見回すとそこは草原で、少し小高い丘の上に小さな一軒家が見える。それ以外は緑と青空が広がっていた。
「あそこ、行ってみようよ」
「罠かもしれないが、他にあてもないしな」
あたしたちは家の前まで歩を進め、玄関ドアの前で立ち止まった。
「誰かいるかな?」
「いる。人の気配がする」
ゴクリと息を飲んで恐る恐るノックをする。
コンコンコン
「ごめんください」
「……返事はなしか」
ノブを回すと鍵はかかっていないようだった。まもちゃんはあたしの前に出て警戒しながらドアを勢いよく開けた。
「誰かいるか!?」
「全く……若者は血気盛んでいかんな」
中に入ると、初老のおじさんが安楽椅子に座っていた。
「ごめんなさい。あの、おじさんはココで何をしているの?」
「私か? 娘を待っているんだよ」
「娘さんを?」
部屋の中をよく見ると、テーブルの上には童話の本が山積みにされていていた。そこにはこの間吸い込まれたアリスの本も。
「この本が気になるか? コレは娘に読み聞かせようと思って置いてあるんだ」
「先ほどは失礼しました。オレは地場衛、この子は月野うさぎという者です。娘さんはいつ来られる予定なんですか?」
「おや、好青年だったか。娘は来ないよ、永遠にな」
永遠。その単語が出た瞬間、場の空気が凍ったように思えた。
「娘は数年前に病気で亡くなったから、ココを訪れることはないんだ」
「そんな……」
あたしが口を押さえて絶句していると、まもちゃんが一歩前に出て口を開いた。
「じゃあ、あなたは何故ココに?」
まもちゃんにも緊張が走っているのが伝わってくる。片手を後ろに回して薔薇を握る様子を見て、今は臨戦態勢なんだと思い知る。何とか争わずに解決できないかな。そんなことを思いながら視線を落とすと。
「あれ?」
「どうした、うさこ?」
「レイちゃんからもらったお札が……」
胸ポケットからお札を取り出すと、まるで霊に反応するかのように光り輝いていた。
「安らかな光だ……私を成仏させに来たのか?」
「なっ!?」
自分は幽霊だと分かっている。その言葉を聞いて驚くあたしたちをよそにおじさんは続けた。
「私自身も死んでいることは理解しているよ。娘を亡くした日、私は読み聞かせるハズだった本に大粒の涙を零しながら絶望して後を追ったんだ」
「おじさん……」
大切な人を亡くして悲しみに暮れてしまった。まるで前世でのあたしたちみたいに。他人事とは思えないおじさんの話を聞いて涙が頬を伝う。
「それであの世へ行く前に本に取り憑き、読者を童話の世界へ誘い込んでいたのか」
「悪気はなかった。危なくなったら元の世界へ帰していたし、娘へ読み聞かせている気になっていたんだ」
「だからって、そんな勝手な真似が……」
気付いたら、拳を震わせるまもちゃんの手を握っていた。
「うさこ……」
「あたしの言いたいこと、分かってくれるよね?」
手から伝わる怒りがぬくもりに変わっていく。きっとまもちゃんも同じ想いを抱いてくれたのだと感じることができた。
「そう、だな……」
「このお札は悪霊を退散させるだけじゃなくて、成仏させてあげることもできる」
「やれるのか?」
あたしが決意を込めた瞳で返事をすると、まもちゃんは微笑み返してくれた。
「一緒にやろう」
「うん!」
あたしは変身こそしなかったけど、ムーン・ヒーリング・エスカレーションの要領でお札をおじさんの方へかざした。
「オレが制御する。うさこは全力で光を放つんだ」
「わかった!」
全神経を集中させてお札に光を集める。そんなあたしをまもちゃんが支えてくれる。こんな状況で不謹慎かもしれないけど、何だか共同作業みたいで嬉しいなんて思う自分はやっぱり呑気なんだろうか。
「大丈夫か?」
「ごめん、平気! このままいこう!」
あたしたちはお札に全ての力と想いを込めて、おじさんへ光を放った。
「温かい光だ……」
そう言いながら消えていくおじさん。その傍らには小さな女の子が寄り添っているように見えた。
「天国で娘さんに再会できるといいな」
「きっと逢えるよ」
二人してそう呟くと、再び辺りが眩い光に包まれる。
「うさこ」
「まもちゃん」
あたしたちは抱き合いながら光の中に身を委ねた。おじさんと娘さんの想いも心に刻んで。
「今度は白雪姫がいいなー」
「呑気なこと言ってる場合か?」
「だって、王子様のキスで目覚めたいんだもん」
「この事件を解決したらいくらでも。お姫様?」
「えへへっ、ありがと!」
冗談を言い合いながら例の本棚へ足を進める。
「よし、とりあえず片っ端から調べてみるか」
「うん」
それにしても、このコーナーって何なんだろう。人も居ないし、埃は被ってるし。そんなことを考えながら本を手に取り、ページをめくっていると。
「きゃあっ!?」
「うさこ!?」
突然、本が光りだす。あの時みたいに。
「うさこ!」
「まもちゃん!」
今度ははぐれないよう手を取り合う。あたしたちはお互いの手をギュッと握りしめながら本の中へ吸い込まれていった。
「ん……」
「大丈夫か?」
「まもちゃん……よかった。今度は一緒だね」
「あれだけ油断するなと言ったのに」
「まぁいいじゃない。それよりココは?」
辺りを見回すとそこは草原で、少し小高い丘の上に小さな一軒家が見える。それ以外は緑と青空が広がっていた。
「あそこ、行ってみようよ」
「罠かもしれないが、他にあてもないしな」
あたしたちは家の前まで歩を進め、玄関ドアの前で立ち止まった。
「誰かいるかな?」
「いる。人の気配がする」
ゴクリと息を飲んで恐る恐るノックをする。
コンコンコン
「ごめんください」
「……返事はなしか」
ノブを回すと鍵はかかっていないようだった。まもちゃんはあたしの前に出て警戒しながらドアを勢いよく開けた。
「誰かいるか!?」
「全く……若者は血気盛んでいかんな」
中に入ると、初老のおじさんが安楽椅子に座っていた。
「ごめんなさい。あの、おじさんはココで何をしているの?」
「私か? 娘を待っているんだよ」
「娘さんを?」
部屋の中をよく見ると、テーブルの上には童話の本が山積みにされていていた。そこにはこの間吸い込まれたアリスの本も。
「この本が気になるか? コレは娘に読み聞かせようと思って置いてあるんだ」
「先ほどは失礼しました。オレは地場衛、この子は月野うさぎという者です。娘さんはいつ来られる予定なんですか?」
「おや、好青年だったか。娘は来ないよ、永遠にな」
永遠。その単語が出た瞬間、場の空気が凍ったように思えた。
「娘は数年前に病気で亡くなったから、ココを訪れることはないんだ」
「そんな……」
あたしが口を押さえて絶句していると、まもちゃんが一歩前に出て口を開いた。
「じゃあ、あなたは何故ココに?」
まもちゃんにも緊張が走っているのが伝わってくる。片手を後ろに回して薔薇を握る様子を見て、今は臨戦態勢なんだと思い知る。何とか争わずに解決できないかな。そんなことを思いながら視線を落とすと。
「あれ?」
「どうした、うさこ?」
「レイちゃんからもらったお札が……」
胸ポケットからお札を取り出すと、まるで霊に反応するかのように光り輝いていた。
「安らかな光だ……私を成仏させに来たのか?」
「なっ!?」
自分は幽霊だと分かっている。その言葉を聞いて驚くあたしたちをよそにおじさんは続けた。
「私自身も死んでいることは理解しているよ。娘を亡くした日、私は読み聞かせるハズだった本に大粒の涙を零しながら絶望して後を追ったんだ」
「おじさん……」
大切な人を亡くして悲しみに暮れてしまった。まるで前世でのあたしたちみたいに。他人事とは思えないおじさんの話を聞いて涙が頬を伝う。
「それであの世へ行く前に本に取り憑き、読者を童話の世界へ誘い込んでいたのか」
「悪気はなかった。危なくなったら元の世界へ帰していたし、娘へ読み聞かせている気になっていたんだ」
「だからって、そんな勝手な真似が……」
気付いたら、拳を震わせるまもちゃんの手を握っていた。
「うさこ……」
「あたしの言いたいこと、分かってくれるよね?」
手から伝わる怒りがぬくもりに変わっていく。きっとまもちゃんも同じ想いを抱いてくれたのだと感じることができた。
「そう、だな……」
「このお札は悪霊を退散させるだけじゃなくて、成仏させてあげることもできる」
「やれるのか?」
あたしが決意を込めた瞳で返事をすると、まもちゃんは微笑み返してくれた。
「一緒にやろう」
「うん!」
あたしは変身こそしなかったけど、ムーン・ヒーリング・エスカレーションの要領でお札をおじさんの方へかざした。
「オレが制御する。うさこは全力で光を放つんだ」
「わかった!」
全神経を集中させてお札に光を集める。そんなあたしをまもちゃんが支えてくれる。こんな状況で不謹慎かもしれないけど、何だか共同作業みたいで嬉しいなんて思う自分はやっぱり呑気なんだろうか。
「大丈夫か?」
「ごめん、平気! このままいこう!」
あたしたちはお札に全ての力と想いを込めて、おじさんへ光を放った。
「温かい光だ……」
そう言いながら消えていくおじさん。その傍らには小さな女の子が寄り添っているように見えた。
「天国で娘さんに再会できるといいな」
「きっと逢えるよ」
二人してそう呟くと、再び辺りが眩い光に包まれる。
「うさこ」
「まもちゃん」
あたしたちは抱き合いながら光の中に身を委ねた。おじさんと娘さんの想いも心に刻んで。