うさぎ・イン・ワンダーランド
「おやおや大きい口を開けて、美味しそうに食べますねー。君の名前はなんて言うんですかー?」
帽子屋はにんまりとした顔つきでうさこに問う。
「あたし、アリスよ」
未だにうさこは自分をアリスだと思っているようだ。これがチェシャ猫の言う「物語に捕らわれている」という状況なんだろうか。このままではこの物語から出られなくなる……アイツにそう言われたせいで、オレの中で不安が募っていく。
「アリスさーん、ボクとゲームで勝負しませんかー?」
いきなり、うさこに何を言い出すんだ、海野、いや帽子屋。
オレは思わず首を傾げた。こんな展開、不思議の国のアリスの物語にあっただろうか?
「ゲーム?」
「ボクが出すクイズに1問でも答えられたら、アリスさんにご褒美をあげますよー。全部で3問です!」
「えっ、やるやるー!」
うさこはご褒美につられてノリノリだった。しかし、こんなに安易に提案に乗って大丈夫なのだろうか? 一体帽子屋はうさこにどんな問題を出そうと言うのだろうか? 再びオレの中に不安がよぎる。
帽子屋はうさこに得意気な顔をして、早速クイズを出題した。
「第一問。△ABCと△DEFがあります。∠ABC=∠DEF、∠ACB=∠DFE、BC=EFの場合、AC=DFとなるか、アリスさん、証明してくださーい!」
「げげっ! なんでクイズなのに、数学なの!?」
クイズというからにはなぞなぞや知識を問うような問題が出るのかと思いきや、帽子屋から出されたクイズは数学の問題だった。
「数学はボクにとってゲームみたいなもんですからー! さあ、答えてください、アリスさーん!」
「ええ! あたし、数学苦手ぇ……」
うさこは頭を抱えていた。しかし、この問題は単純だ。∠ABC=∠DEF、∠ACB=∠DFE、BC=EFならば、二角夾辺で△ABCと△DEFは合同条件を満たすから、AC=DFは成立するというのが答えだ。
だが、今のうさこでは、いや普段のうさこでもこの答えをすぐに導き出せるとは到底思えない。
「パスしますかー?」
帽子屋はニヤニヤと笑って、うさこに問う。うさこはむっとした顔をして、「嫌味なヤツね!」と文句を言っていた。
「後ニ問あるんだもの! この問題はパスするわ!」
帽子屋はうんうんと大きく頷いた。帽子屋は、この問題がうさこには解けないことを知っていたようだ。そして、帽子屋は再びクイズを出題する。
「では、第二問。Here is the question. What kind of sweets do you like?」
今度の帽子屋のクイズは英語。「どのスイーツが好きか」を問う単純な問題だ。しかし、英語はうさこの一番苦手な教科。帽子屋はうさこがこの問題も解けないと思っているようで、ニヤニヤとしながら「さあ、答えてくださーい、アリスさーん」と答えを催促した。
「げっ! また、お勉強なの。しかも、英語だなんて……」
さっきまでのうさこの勢いはどこかに消え、肩を落とした。それに、うさこは混乱のあまり、「あーん! もういじわるー!」と嘆いていた。
「アリスはおバカなの? これぐらいも分からないなんて」
ネムリネズミはうさこに呆れながら、紅茶を一口含む。その顔はさながら普段の進悟と同じものだった。
「帽子屋さんの問題が難しいのよ!」
うさこは頬を膨らまして、ネムリネズミの言葉にムキになっていた。ネムリネズミは「あっそ」と言いながら、冷やかな態度を見せた。
だが、オレは思う。うさこ、ムキになる前にもっと勉強しような、と。
「次で最後ですけど、パスしますかー?」
帽子屋はふふんとうさこを笑う。
「うう、仕方ないわね。次こそは正解するわ!」
うさこは首を勢いよく左右に振って、気を取り直そうとした。帽子屋は再びニヤリと片側の口角を上げた。次も帽子屋はうさこが苦手な勉強関連の問題を出そうとしているのだろうか?
「ではでは、第三問。貴方は誰でしょうか?」
帽子屋の最後の問題は、オレの予想から大きく外れた。
だが、何か気になる問題だ。今、うさこが自分を「アリス」だと思っているなら、この問題をうさこは絶対に正解できない。そういえば、全問不正解の場合のペナルティはあるのか、聞いてなかったが大丈夫なのか。オレはごくりと固唾を飲んで、うさこがどう答えるか見守る。何か動きがあれば、ここからオレがうさこを救う。そう思って、オレは身構えた。
「簡単! あたしはアリスよ!」
うさこは胸を張って答えた。
「本当ですかー?」
帽子屋は疑いの眼でうさこをじろじろと見ていた。
「そうだって言ってるでしょ!」
うさこの自信は揺るがない。その様子に、帽子屋は「はっはーん!」とヘンテコな笑い声をあげる。
「じゃあ、それを証明してくださーい、アリスさん」
帽子屋はうさこの鼻の頭を指差して、アリスである証明を要求した。うさこは困惑していた。それもそのはずだ。うさこがアリスたる証拠は何も無いのは明白だからだ。
「証明って?」
「証明するモノ、ヒトはいないんですか?」
「ないけど、あたしはあたしだもん。アリスはアリスなの!」
うさこはあくまでアリスであることを主張するが、帽子屋はそんなうさこに「やれやれ」と呟いた。
「これでは、不正解ですねー、残念ですねーアリスさん。ご褒美はお預けですー!」
帽子屋はへらへらとうさこを笑う。その横でうさこは下を向いて、両手でスカートの丈をぎゅっと握っていた。
「帽子屋さんの意地悪! なによ、こんなお茶会、つまらないわ!!」
うさこは顔を真っ赤にして激怒し、突然お茶会を抜け出した。
「あ、アリスちゃん、何処へ!」
三月ウサギが引き留めようとしたが、うさこはその腕を振り払って、三月ウサギの家の裏手の深い森へ走り出してしまった。
「三月ウサギさん、帽子屋さん、気にすること無いですよ、あんなバカ」
ネムリネズミはうさこを気にすることなく、ティーカップに入った紅茶を飲み干していた。そして、帽子屋たち三人はうさこを追う様子はなく、お茶会を続行する様子だった。帽子屋は「困った顔をするアリスさんを見るのが楽しかったですねー」と満足そうにクッキーを頬張っていた。帽子屋の様子から察するに、クイズ不正解のペナルティは特にないようで、オレの考えは杞憂に終わった。
一方のオレは三人に見つからないように森に入ったが、肝心のうさこの姿を完全に見失ってしまった。
「うさこ、どこ行ったんだ! くそっ! またうさこを追跡する羽目になるのか、オレは!!」
これでは、アリスとウサギの立場が逆転してしまっている。最早、「不思議の国のアリスの世界」の常識はこの中では通用しない。高熱の時に見るような夢を延々と見せられている気がして、この世界に来てからずっと頭が痛い。オレはどうすれば今の状況から抜け出せるのか全く掴めないまま、うさこが走った方へ向かって走ることしか出来なかった。
帽子屋はにんまりとした顔つきでうさこに問う。
「あたし、アリスよ」
未だにうさこは自分をアリスだと思っているようだ。これがチェシャ猫の言う「物語に捕らわれている」という状況なんだろうか。このままではこの物語から出られなくなる……アイツにそう言われたせいで、オレの中で不安が募っていく。
「アリスさーん、ボクとゲームで勝負しませんかー?」
いきなり、うさこに何を言い出すんだ、海野、いや帽子屋。
オレは思わず首を傾げた。こんな展開、不思議の国のアリスの物語にあっただろうか?
「ゲーム?」
「ボクが出すクイズに1問でも答えられたら、アリスさんにご褒美をあげますよー。全部で3問です!」
「えっ、やるやるー!」
うさこはご褒美につられてノリノリだった。しかし、こんなに安易に提案に乗って大丈夫なのだろうか? 一体帽子屋はうさこにどんな問題を出そうと言うのだろうか? 再びオレの中に不安がよぎる。
帽子屋はうさこに得意気な顔をして、早速クイズを出題した。
「第一問。△ABCと△DEFがあります。∠ABC=∠DEF、∠ACB=∠DFE、BC=EFの場合、AC=DFとなるか、アリスさん、証明してくださーい!」
「げげっ! なんでクイズなのに、数学なの!?」
クイズというからにはなぞなぞや知識を問うような問題が出るのかと思いきや、帽子屋から出されたクイズは数学の問題だった。
「数学はボクにとってゲームみたいなもんですからー! さあ、答えてください、アリスさーん!」
「ええ! あたし、数学苦手ぇ……」
うさこは頭を抱えていた。しかし、この問題は単純だ。∠ABC=∠DEF、∠ACB=∠DFE、BC=EFならば、二角夾辺で△ABCと△DEFは合同条件を満たすから、AC=DFは成立するというのが答えだ。
だが、今のうさこでは、いや普段のうさこでもこの答えをすぐに導き出せるとは到底思えない。
「パスしますかー?」
帽子屋はニヤニヤと笑って、うさこに問う。うさこはむっとした顔をして、「嫌味なヤツね!」と文句を言っていた。
「後ニ問あるんだもの! この問題はパスするわ!」
帽子屋はうんうんと大きく頷いた。帽子屋は、この問題がうさこには解けないことを知っていたようだ。そして、帽子屋は再びクイズを出題する。
「では、第二問。Here is the question. What kind of sweets do you like?」
今度の帽子屋のクイズは英語。「どのスイーツが好きか」を問う単純な問題だ。しかし、英語はうさこの一番苦手な教科。帽子屋はうさこがこの問題も解けないと思っているようで、ニヤニヤとしながら「さあ、答えてくださーい、アリスさーん」と答えを催促した。
「げっ! また、お勉強なの。しかも、英語だなんて……」
さっきまでのうさこの勢いはどこかに消え、肩を落とした。それに、うさこは混乱のあまり、「あーん! もういじわるー!」と嘆いていた。
「アリスはおバカなの? これぐらいも分からないなんて」
ネムリネズミはうさこに呆れながら、紅茶を一口含む。その顔はさながら普段の進悟と同じものだった。
「帽子屋さんの問題が難しいのよ!」
うさこは頬を膨らまして、ネムリネズミの言葉にムキになっていた。ネムリネズミは「あっそ」と言いながら、冷やかな態度を見せた。
だが、オレは思う。うさこ、ムキになる前にもっと勉強しような、と。
「次で最後ですけど、パスしますかー?」
帽子屋はふふんとうさこを笑う。
「うう、仕方ないわね。次こそは正解するわ!」
うさこは首を勢いよく左右に振って、気を取り直そうとした。帽子屋は再びニヤリと片側の口角を上げた。次も帽子屋はうさこが苦手な勉強関連の問題を出そうとしているのだろうか?
「ではでは、第三問。貴方は誰でしょうか?」
帽子屋の最後の問題は、オレの予想から大きく外れた。
だが、何か気になる問題だ。今、うさこが自分を「アリス」だと思っているなら、この問題をうさこは絶対に正解できない。そういえば、全問不正解の場合のペナルティはあるのか、聞いてなかったが大丈夫なのか。オレはごくりと固唾を飲んで、うさこがどう答えるか見守る。何か動きがあれば、ここからオレがうさこを救う。そう思って、オレは身構えた。
「簡単! あたしはアリスよ!」
うさこは胸を張って答えた。
「本当ですかー?」
帽子屋は疑いの眼でうさこをじろじろと見ていた。
「そうだって言ってるでしょ!」
うさこの自信は揺るがない。その様子に、帽子屋は「はっはーん!」とヘンテコな笑い声をあげる。
「じゃあ、それを証明してくださーい、アリスさん」
帽子屋はうさこの鼻の頭を指差して、アリスである証明を要求した。うさこは困惑していた。それもそのはずだ。うさこがアリスたる証拠は何も無いのは明白だからだ。
「証明って?」
「証明するモノ、ヒトはいないんですか?」
「ないけど、あたしはあたしだもん。アリスはアリスなの!」
うさこはあくまでアリスであることを主張するが、帽子屋はそんなうさこに「やれやれ」と呟いた。
「これでは、不正解ですねー、残念ですねーアリスさん。ご褒美はお預けですー!」
帽子屋はへらへらとうさこを笑う。その横でうさこは下を向いて、両手でスカートの丈をぎゅっと握っていた。
「帽子屋さんの意地悪! なによ、こんなお茶会、つまらないわ!!」
うさこは顔を真っ赤にして激怒し、突然お茶会を抜け出した。
「あ、アリスちゃん、何処へ!」
三月ウサギが引き留めようとしたが、うさこはその腕を振り払って、三月ウサギの家の裏手の深い森へ走り出してしまった。
「三月ウサギさん、帽子屋さん、気にすること無いですよ、あんなバカ」
ネムリネズミはうさこを気にすることなく、ティーカップに入った紅茶を飲み干していた。そして、帽子屋たち三人はうさこを追う様子はなく、お茶会を続行する様子だった。帽子屋は「困った顔をするアリスさんを見るのが楽しかったですねー」と満足そうにクッキーを頬張っていた。帽子屋の様子から察するに、クイズ不正解のペナルティは特にないようで、オレの考えは杞憂に終わった。
一方のオレは三人に見つからないように森に入ったが、肝心のうさこの姿を完全に見失ってしまった。
「うさこ、どこ行ったんだ! くそっ! またうさこを追跡する羽目になるのか、オレは!!」
これでは、アリスとウサギの立場が逆転してしまっている。最早、「不思議の国のアリスの世界」の常識はこの中では通用しない。高熱の時に見るような夢を延々と見せられている気がして、この世界に来てからずっと頭が痛い。オレはどうすれば今の状況から抜け出せるのか全く掴めないまま、うさこが走った方へ向かって走ることしか出来なかった。