このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

うさぎ・イン・ワンダーランド

 しばらく森の中の小道を駆けていると、オレは木々のアーチから抜けた。その先には小高い丘があり、その上にはレンガ造りの家が見えた。家の入口の脇には、赤と白のチェックのクロスが敷かれたテーブルがあり、そこには3人の人影が見えた。

「ここが三月ウサギの家か? となると、うさこはここのお茶会に来るはずだな」

 オレは家の周りの植え込みの陰に隠れて、お茶会の様子を見張ることにした。

「さあさあ、お嬢さん! ボクたちとお茶にしよう! 美味しいお茶菓子も用意しているよ!」

 植え込みの陰から見えたのは、家の前でキョロキョロするうさこ。そして、そんなうさこに声をかけたのは、ベージュのうさ耳が生えた男だった。その男はどこかで見たことがある。それもそのはずだ。ゲームセンター・クラウンでバイトをしている古幡だ。オレと同じ様にこのアリスの世界にいるとすれば、古幡はチェシャ猫が言う「三月ウサギ」に違いないだろう。そして、「アリス」の物語のように、テーブルには黒いシルクハットを頭に載せた帽子屋、灰色の丸い二つの耳のネムリネズミがいた。おそらく、帽子屋はうさこのクラスメイトの海野、ネムリネズミはうさこの弟の進悟のようだ。

「えっ! いいの?」

 うさこは目を輝かせて、三月ウサギの誘いに乗る気満々だった。ここで、うさこを引き留めようかと考えたが、何か別のトラブルに巻き込まれるような気がして、オレはぐっと堪えて静観を決め込んだ。おそらく、アイツらもアルテミスと同様に、この物語のキャストでオレが知っているヤツらではない。そういう勘はだいたい外れないものだ。

「三月ウサギのお店のフルーツを使ったタルトなんて、スッゲー美味いんだぜ! 食べて行けよ!」

 ネムリネズミが手招きをすると、うさこはキャッキャと声を出して、テーブルへ向かった。三月ウサギが椅子を引くと、うさこはストンと椅子の上に座った。それにしても、ネムリネズミは三月ウサギのお店……フルーツパーラーのクラウンの事を言っているのだろうか。微妙に現実とリンクしているのは、一体どういうことなんだろう。やっぱり今のオレは悪い夢を見ているのだろうか。疑問が次々と浮かび上がってくる。

「ほらほら、林檎をふんだんに使った、当店自慢のムーンローズタルトだよ」

 三月ウサギは赤い薔薇の花束があしらわれたタルトをうさこの前に差し出した。赤い薔薇の花弁は林檎のコンポートで出来ていて、その上には三日月型に切ったレモンの皮のグラッセが載っていた。ジュレでコーティングされて艶のあるそんなタルトに、うさこの目の輝きは更に増していた。

「わーい、じゃ、いただきまーす! うーん、美味しい!」

 うさこは早速、三月ウサギに切り分けてもらったタルトを頬張った。満面の笑みを浮かべるうさこの様子から察するに、相当美味しいのだろう。三月ウサギとネムリネズミも、むしゃむしゃとタルトを食べるうさこを微笑んで見ていた。一方、うさことネムリネズミの間に座る帽子屋は「へへへ」と奇妙な笑い声を上げて、うさこをじーっと見ていた。
4/10ページ
スキ