うさぎ・イン・ワンダーランド
オレは目を開けると、本棚の前に立っていた。ここはあの変な世界ではない。図書館の中だ。オレはタキシード仮面ではなく、地場衛としてこの場所に戻ってきた。
「うさこは!?」
周囲を見ると、オレの足元にうさこがうつ伏せで倒れていた。
「良かった、気を失っているだけか」
うさこの体を起こすと、うさこはすぅすぅと寝息を立てている。エナジーを使い過ぎているせいか、しばらく起きてくる気配は無い。
オレは周りを見渡して、オレたちを奇妙な世界に誘ったあの本を探した。
「あの本は……無くなってる!?」
あの世界に行く前に開いた黒いハードカバーの本は無い。本棚を見たが、そこにあったのはあの本と同じ厚さのスペースがぽっかり空いているだけだった。
「お客さん、そろそろ閉館時刻ですよー……って、大丈夫ですか、その子!?」
見回りに来た年配の男の司書がうさこを見て、驚きの声を上げた。
「申し訳ありません、連れが本を読んでいたら眠くなってしまったようです」
オレは平然と嘘をついた。もしも、「彼女は本の世界に吸い込まれて助かったけど気絶しました」、と正直に話しても絶対に誰も信じないのは明確だったからだ。
「そろそろ閉館ですよね、この子を連れて出ます」
オレは何食わぬ顔でうさこと鞄を即座に抱え上げ、出入り口へ向かった。こんなオレたちを見て、司書や他の利用者が何かを言っていた気がしたが、オレはそんな雑音を気に留めず、図書館をさっさと後にした。
図書館を出ると、冷たい秋風がオレの頬を撫でる。夜の帳が既に下りていて、街灯が辺りを照らしていた。オレは図書館の近くにある噴水広場のベンチにうさこを寝かせ、膝の上に載せたうさこの頭を撫でていた。十分程経って、うさこは瞼をぴくりと動かすと、ぼんやりとした顔でオレを見ていた。
「起きたか?」
「うん。変な夢を見ちゃってたのかな……あたしが不思議の国のアリスになってたなんて」
「心配したぞ、うさこ!」
うさこが体を起こすと、オレはすぐにうさこを抱きしめた。
ずっと追いかけっ放しだったうさこ。オレが知っている他の誰でもないうさこ。やっと、この世界で捕まえた、オレのうさこだ。
「まもちゃん……」
うさこはオレの背中に腕を回す。この感触がずっと恋しかった。グズっと涙を浮かべながらオレを見るうさこに、オレはいつものように口元を綻ばせる。
「あのね、本棚で光る本を開いたら、私がアリスだと思っちゃって……。あの本、いったい何だったんだろう?」
うさこに言われて、今の今まであの本の正体が何か考える余裕が無かった事に気付く。
「さあ? 敵……の攻撃なのかもしれないな」
とは言ったものの、あの本は今やどこにも無い。何も手がかりが無いので、あの不思議な本の世界に入ってしまった理由はさっぱり分からなかった。
だけど、今はなんとかこうしてうさことまた出会えた。せめて今日だけはその喜びに浸っていたかった。
「まさかダーク・キングダムが出てくるなんて思わなかったわ。それに、海野はあの世界でもイヤミな奴だったわね!」
本の世界で起きた数々の出来事に、うさこはクスクスと思い出し笑いをしていた。
「でも、まもちゃんがウサギになるなんて面白かったわ!」
笑いを堪えながら、うさこはオレの頭上を見る。そんなうさこに、オレは少しムッとする。
「笑うことないだろ? 忘れてくれ!」
「ふふ、忘れたくないもーん。あー、可愛かったなー、うさ耳のタキシード仮面様。もう一度見たーい!」
いくらうさこに頼まれても、あんな耳、二度とつけてたまるか。あんな姿は悪夢でしかない。
「だけど、不思議の国のアリスも素敵だけど、あたしはまもちゃんのお姫様がやっぱりいいや!」
うさこはベンチの背もたれに深く体を預けて、天を見る。空の上には白い三日月が優しい光をこの地へ注いでいた。
「オレも、うさこはうさこがいいと思うぞ」
アリスなんかじゃなくて、こうして月の光を浴びる月のプリンセスのうさこを、オレは何よりも愛している。オレはこの一日で再認識した。
「さ、今日は帰ろう。送っていくよ」
オレは鞄を手にすると、ベンチから腰を上げた。
「えー、もっと一緒にいたーい」
うさこは上目遣いで、甘えた声でオレにおねだりする。
こっちは色々あり過ぎて、こっちは疲労感で少しダルいのに、こんなところで可愛い顔しやがって。
「だーめ! 今日は家の人に夕飯要らないって言ってないだろ? オレの信用問題にもなるんだから、帰るぞ!」
「えー! 待ってー」
うさこはオレの背中を慌てて追いかける。すると、オレの腕をしっかりと掴んだ。
「うさこは!?」
周囲を見ると、オレの足元にうさこがうつ伏せで倒れていた。
「良かった、気を失っているだけか」
うさこの体を起こすと、うさこはすぅすぅと寝息を立てている。エナジーを使い過ぎているせいか、しばらく起きてくる気配は無い。
オレは周りを見渡して、オレたちを奇妙な世界に誘ったあの本を探した。
「あの本は……無くなってる!?」
あの世界に行く前に開いた黒いハードカバーの本は無い。本棚を見たが、そこにあったのはあの本と同じ厚さのスペースがぽっかり空いているだけだった。
「お客さん、そろそろ閉館時刻ですよー……って、大丈夫ですか、その子!?」
見回りに来た年配の男の司書がうさこを見て、驚きの声を上げた。
「申し訳ありません、連れが本を読んでいたら眠くなってしまったようです」
オレは平然と嘘をついた。もしも、「彼女は本の世界に吸い込まれて助かったけど気絶しました」、と正直に話しても絶対に誰も信じないのは明確だったからだ。
「そろそろ閉館ですよね、この子を連れて出ます」
オレは何食わぬ顔でうさこと鞄を即座に抱え上げ、出入り口へ向かった。こんなオレたちを見て、司書や他の利用者が何かを言っていた気がしたが、オレはそんな雑音を気に留めず、図書館をさっさと後にした。
図書館を出ると、冷たい秋風がオレの頬を撫でる。夜の帳が既に下りていて、街灯が辺りを照らしていた。オレは図書館の近くにある噴水広場のベンチにうさこを寝かせ、膝の上に載せたうさこの頭を撫でていた。十分程経って、うさこは瞼をぴくりと動かすと、ぼんやりとした顔でオレを見ていた。
「起きたか?」
「うん。変な夢を見ちゃってたのかな……あたしが不思議の国のアリスになってたなんて」
「心配したぞ、うさこ!」
うさこが体を起こすと、オレはすぐにうさこを抱きしめた。
ずっと追いかけっ放しだったうさこ。オレが知っている他の誰でもないうさこ。やっと、この世界で捕まえた、オレのうさこだ。
「まもちゃん……」
うさこはオレの背中に腕を回す。この感触がずっと恋しかった。グズっと涙を浮かべながらオレを見るうさこに、オレはいつものように口元を綻ばせる。
「あのね、本棚で光る本を開いたら、私がアリスだと思っちゃって……。あの本、いったい何だったんだろう?」
うさこに言われて、今の今まであの本の正体が何か考える余裕が無かった事に気付く。
「さあ? 敵……の攻撃なのかもしれないな」
とは言ったものの、あの本は今やどこにも無い。何も手がかりが無いので、あの不思議な本の世界に入ってしまった理由はさっぱり分からなかった。
だけど、今はなんとかこうしてうさことまた出会えた。せめて今日だけはその喜びに浸っていたかった。
「まさかダーク・キングダムが出てくるなんて思わなかったわ。それに、海野はあの世界でもイヤミな奴だったわね!」
本の世界で起きた数々の出来事に、うさこはクスクスと思い出し笑いをしていた。
「でも、まもちゃんがウサギになるなんて面白かったわ!」
笑いを堪えながら、うさこはオレの頭上を見る。そんなうさこに、オレは少しムッとする。
「笑うことないだろ? 忘れてくれ!」
「ふふ、忘れたくないもーん。あー、可愛かったなー、うさ耳のタキシード仮面様。もう一度見たーい!」
いくらうさこに頼まれても、あんな耳、二度とつけてたまるか。あんな姿は悪夢でしかない。
「だけど、不思議の国のアリスも素敵だけど、あたしはまもちゃんのお姫様がやっぱりいいや!」
うさこはベンチの背もたれに深く体を預けて、天を見る。空の上には白い三日月が優しい光をこの地へ注いでいた。
「オレも、うさこはうさこがいいと思うぞ」
アリスなんかじゃなくて、こうして月の光を浴びる月のプリンセスのうさこを、オレは何よりも愛している。オレはこの一日で再認識した。
「さ、今日は帰ろう。送っていくよ」
オレは鞄を手にすると、ベンチから腰を上げた。
「えー、もっと一緒にいたーい」
うさこは上目遣いで、甘えた声でオレにおねだりする。
こっちは色々あり過ぎて、こっちは疲労感で少しダルいのに、こんなところで可愛い顔しやがって。
「だーめ! 今日は家の人に夕飯要らないって言ってないだろ? オレの信用問題にもなるんだから、帰るぞ!」
「えー! 待ってー」
うさこはオレの背中を慌てて追いかける。すると、オレの腕をしっかりと掴んだ。
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