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うさぎ・イン・ワンダーランド

 木漏れ日が日に日に穏やかになり、長袖のシャツで過ごしやすくなる頃だった。うだるような暑さはすっかり過去の物となり、オレンジや黄色に染まる街を歩けば、否応なく秋の到来を意識させられる。

 秋と言えば、芸術の秋、スポーツの秋、食欲の秋と言われるものだが、オレは断然読書の秋である。秋になれば普段読まないような本を借りて、本の世界へ入り浸るのが小さい頃からの趣味だった。心地いい秋風が木々を揺らして、金木犀の香りがふわりと漂えば、自然とその足取りは御用地跡の公園にある図書館へ誘われるものだった。

 この日もいつものように、オレは学校帰りに図書館へ向かっていた。

「あっ、まーもちゃん!」

 公園の噴水広場の方からオレを呼ぶ声が聞こえた。声のする方を見ると、制服姿の彼女が手を振っていた。

「よお、うさこ。奇遇だな。学校帰りか?」

「うん。まもちゃんは?」

「ああ。ちょっとそこの図書館へ行こうと思ってね」

「えー、あたしも行くー!」

 図書館でデート……相手が本好きならば憧れのシチュエーションではある。が、相手がうさこなら話は別だ。うさこが読んでいるのはファッション雑誌や漫画ばかりで、オレが好むようなジャンルの本を読む様子はない。だから、そんなところに一緒に行って、一体どこがうさこが楽しいのか疑問でならなかった。

「良いけど、オレの今日の目的は洋書だぞ。いいのか?」

「いいのいいの! だって、せっかくまもちゃんとここで会ったんだもの! 着いていく!」

 うさこはオレの腕に抱きつき、オレの顔を上目遣いで見てくる。彼女のキラキラとした瞳を見てしまえば、断る由もない。本を借りた後にオレの部屋で、うさことゆっくりすることにした。

「うさこ、大丈夫か?」

 図書館の洋書コーナーに着くと、本棚の中でうさこは目をぐるぐる回していた。このような本棚に囲まれ、古めかしい本の匂いに包まれることはオレには至福の時間ではあるが、うさこは退屈そうにしていた。

「だいじょーぶ! ……でも、まもちゃんって洋書も読めるんだね」

「まあ、これでも勉強しているからな。それに、こういう本に載る表現はだいたいパターンがあるから、特殊な表現やスラングじゃなければ、概ね分かるようになるよ」

 オレはフッとうさこに微笑む。しかし、勉強の類はうさこにとって頭の痛い話なのだろう。うさこは「はあ」と大きな溜息をこぼしていた。

「あー、英語ばっかりであたしもう耐えられないー」

「帰ってもいいんだぞ」

「やだ! 絶対やだやだー!」

「しーっ! 静かに!」

 オレは口元に人差し指を当てて、小声でうさこを叱る。ここは図書館。静かに本を選び、読む場所だ。こんなうさこの我が儘に、オレは少しだけ苛立っていた。

「ごめーん」

 うさこは両手を合わせて小声でオレに謝る。

 やれやれ。こんなしおらしくされたら、うさこを許すしかない。

「そこで待ってろ。本を借りたらすぐに、オレの部屋に来ていいから」

「はーい。お早めにね!」

 うさこが小声で見送る中、オレは奥の本棚へ足を運んだ。英米文学、物理学等、滅多に本屋には並ばないジャンルの洋書へ思わず目移りする。しかし、うさこを待たせる訳にはいかない。事前にチェックした本を大まかに確認して、借りる本を早く決めることにした。

 しばらく、本を流し読みしていると、突然、「きゃー!!」という悲鳴のような声が聞こえた。この声はうさこのものだった。オレは慌てて本を棚に戻して、声の聞こえた場所へ向かった。

「うさこ?」

 うさこの姿はない。辺りを見渡しても、どこにも見当たらなかった。

「うさこ、帰ったのか?」

 本棚の裏側も念の為覗いてみたが、やっぱりいない。改めて周辺を見ると、オレの足元に黒いハードカバーの本が一冊落ちていた。

「この本は?」

 オレは本を拾い上げた。本の表紙には「Usagi's Adventure in Wonderland」と筆記体で書かれていた。不思議の国のうさぎの冒険……タイトルから怪しい匂いしか感じない。だが、うさこがここに居ない事と関係している可能性は高い。ならば、この本の中を見るしかない。オレはゆっくりとその本を開いた。

 最初に開いたページは真っ白だった。次のページを捲っても、また白いページだ。その次、またその次とページをめくっても何も書かれていない白いページが延々と続き、最後のページまで到達しても同様だった。

「なんだ、この本は? 何も書かれてないぞ」

 オレは首をひねった。この本は一体なんなのか? 疑問に思いながら、そのまま本を閉じて、頭を上げた。

「ん? ここは何処だ?」

 正面にあった本棚が無い。周りを見渡したが、そもそも本棚なんて一つも無い。別のだだっ広い部屋のような場所にオレは立っていた。さっきまで手にしていた本も、いつの間にかオレの手から消えていた。
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