ふたりの果実
──昔、前世のあたしが秋を迎えた地球国へ降り立った日のことだった。森の中にある湖の畔で、前世のあたしはエンディミオンといつものように秘密のデートをしていた。
「すっかりこの国は秋になったな」
散歩しながらエンディミオンがそう話すと、あたしは少し黄色に染まった葉っぱが風に揺れるところを見た。
「秋?」
「前にこの国の季節の話をしただろ? 季節が変わったんだ」
月にはない、地球国の季節。この場所に来る度に少しずつ景色や風の冷たさ、香りが変わることがあたしにとっていつも不思議でならなかった。
「秋になると何が変わるのかしら?」
あたしはこの地球の事が知りたくて、エンディミオンに尋ねた。
「秋は夏の長い昼が終わり、気候は穏やかになる。豊穣の季節とも言われているよ」
「豊穣の季節?」
「春に種を蒔いて、それが夏に育ち、秋に実る。厳しい冬を迎える前に、秋は我々へ恵みをもたらすんだ」
秋は恵みの季節。エンディミオンと過ごす新しい季節に、あたしはワクワクが止まらない。
すると、ひらひらと舞い落ちてきた一枚の紅葉をエンディミオンは手にして、あたしの前に見せた。きっとこれも秋ならではのものだと、あたしに教えてくれようとしたんだと思う。あたしがその葉を手に取ると、エンディミオンは優しく微笑んでくれた。
「セレニティ、君を連れていきたいところがあるんだ」
「どこへ?」
「春に白い花を咲かせていた木があっただろう? あの場所へ向かおう」
「えぇ」
あたしはエンディミオンに手を引かれて、肩を並べて歩き出した。エンディミオンはあたしの方を向いて、あたしと歩幅を合わせて歩いてくれた。少しひんやりとした風が通り抜けると、エンディミオンは「寒くないか?」と時折気にかけて、あたしは首を横に振った。
しばらくあたしたちが歩いていると、小高い丘が見えてきた。その木は春に見た白い小さな花ではなく、沢山の赤い実で彩られていた。
「まあ、赤い木の実!! 林檎の木だったのね」
あたしたちが丘を登って木陰に入ると、あたしは木を見上げた。思えば、ちゃんと林檎が木に実っているところを見たのは、あの時初めてだった。
「ああ、ちょっと待ってて、セレニティ」
エンディミオンはあたしから手をそっと離すと、手を上げてジャンプした。エンディミオンの手にはツヤツヤの一際赤い美味しそうな林檎の実が一つ握られていた。エンディミオンは腰につけた鞘から剣を引き抜くと、それで林檎を二つに分けてくれた。
「はい、一口食べてみて。きっと気に入ると思うよ」
エンディミオンは二つに割れた林檎の片方をあたしにくれた。その実は蜜が回って、果汁が溢れ出していた。
「うん。いただきます」
あたしは蜜が出来るだけこぼれないように、すするように実を口にした。
「甘い! ちょっぴり酸っぱいけれど、みずみずしくて美味しいわ!!」
もちろん、今まで林檎を食べた事はある。けれど、どんな林檎よりも甘酸っぱくて美味しかった。あたしは気がつけば、一口、二口と林檎を食べていた。
「気に入ったか?」
エンディミオンはクスッと笑っていた。
「えぇ、とっても! 今まで食べた林檎の中で一番かもしれないわ!」
「そうか」
エンディミオンはそう返すと、もう片方の林檎の実を口にした。
二人で一つの実を分けて一緒に食べる。同じ場所で、同じ時間で、同じ味の実を大好きな人と分かち合うことがこんなにも心を温かくするなんて、あたしは知らなかった。
「林檎は豊穣の象徴と言われているんだ。だから、君と一緒にこうして口にしたかった」
林檎を食べ終えて、あたしたちが幹に寄りかかって座ると、エンディミオンはそう話した。
地球で豊穣の季節に豊穣の象徴の実を口にすること。それは、四季のない月にいたあたしには全く想像ができない世界で、幼少期にお母様が話してくれたおとぎ話と同じ世界にある気がしていた。でも、それはおとぎ話じゃなくて、この時、あたしの目の前に確かに存在していた。
「エンディミオンが分けてくれたから、美味しいのかもしれないわ」
あたしはこの実が益々好きになった。それはただ美味しかっただけじゃなくて、「貴方と分かち合って食べた事」が何よりも嬉しかったから。
「そうか、ならば、次に月に寄った際には林檎を贈るとしよう」
月を見るエンディミオンの横顔がキラリと光って見えた。あたしはそんなエンディミオンが眩しくて目を閉じたら、あたしの唇に甘酸っぱい林檎の味を感じた。
「すっかりこの国は秋になったな」
散歩しながらエンディミオンがそう話すと、あたしは少し黄色に染まった葉っぱが風に揺れるところを見た。
「秋?」
「前にこの国の季節の話をしただろ? 季節が変わったんだ」
月にはない、地球国の季節。この場所に来る度に少しずつ景色や風の冷たさ、香りが変わることがあたしにとっていつも不思議でならなかった。
「秋になると何が変わるのかしら?」
あたしはこの地球の事が知りたくて、エンディミオンに尋ねた。
「秋は夏の長い昼が終わり、気候は穏やかになる。豊穣の季節とも言われているよ」
「豊穣の季節?」
「春に種を蒔いて、それが夏に育ち、秋に実る。厳しい冬を迎える前に、秋は我々へ恵みをもたらすんだ」
秋は恵みの季節。エンディミオンと過ごす新しい季節に、あたしはワクワクが止まらない。
すると、ひらひらと舞い落ちてきた一枚の紅葉をエンディミオンは手にして、あたしの前に見せた。きっとこれも秋ならではのものだと、あたしに教えてくれようとしたんだと思う。あたしがその葉を手に取ると、エンディミオンは優しく微笑んでくれた。
「セレニティ、君を連れていきたいところがあるんだ」
「どこへ?」
「春に白い花を咲かせていた木があっただろう? あの場所へ向かおう」
「えぇ」
あたしはエンディミオンに手を引かれて、肩を並べて歩き出した。エンディミオンはあたしの方を向いて、あたしと歩幅を合わせて歩いてくれた。少しひんやりとした風が通り抜けると、エンディミオンは「寒くないか?」と時折気にかけて、あたしは首を横に振った。
しばらくあたしたちが歩いていると、小高い丘が見えてきた。その木は春に見た白い小さな花ではなく、沢山の赤い実で彩られていた。
「まあ、赤い木の実!! 林檎の木だったのね」
あたしたちが丘を登って木陰に入ると、あたしは木を見上げた。思えば、ちゃんと林檎が木に実っているところを見たのは、あの時初めてだった。
「ああ、ちょっと待ってて、セレニティ」
エンディミオンはあたしから手をそっと離すと、手を上げてジャンプした。エンディミオンの手にはツヤツヤの一際赤い美味しそうな林檎の実が一つ握られていた。エンディミオンは腰につけた鞘から剣を引き抜くと、それで林檎を二つに分けてくれた。
「はい、一口食べてみて。きっと気に入ると思うよ」
エンディミオンは二つに割れた林檎の片方をあたしにくれた。その実は蜜が回って、果汁が溢れ出していた。
「うん。いただきます」
あたしは蜜が出来るだけこぼれないように、すするように実を口にした。
「甘い! ちょっぴり酸っぱいけれど、みずみずしくて美味しいわ!!」
もちろん、今まで林檎を食べた事はある。けれど、どんな林檎よりも甘酸っぱくて美味しかった。あたしは気がつけば、一口、二口と林檎を食べていた。
「気に入ったか?」
エンディミオンはクスッと笑っていた。
「えぇ、とっても! 今まで食べた林檎の中で一番かもしれないわ!」
「そうか」
エンディミオンはそう返すと、もう片方の林檎の実を口にした。
二人で一つの実を分けて一緒に食べる。同じ場所で、同じ時間で、同じ味の実を大好きな人と分かち合うことがこんなにも心を温かくするなんて、あたしは知らなかった。
「林檎は豊穣の象徴と言われているんだ。だから、君と一緒にこうして口にしたかった」
林檎を食べ終えて、あたしたちが幹に寄りかかって座ると、エンディミオンはそう話した。
地球で豊穣の季節に豊穣の象徴の実を口にすること。それは、四季のない月にいたあたしには全く想像ができない世界で、幼少期にお母様が話してくれたおとぎ話と同じ世界にある気がしていた。でも、それはおとぎ話じゃなくて、この時、あたしの目の前に確かに存在していた。
「エンディミオンが分けてくれたから、美味しいのかもしれないわ」
あたしはこの実が益々好きになった。それはただ美味しかっただけじゃなくて、「貴方と分かち合って食べた事」が何よりも嬉しかったから。
「そうか、ならば、次に月に寄った際には林檎を贈るとしよう」
月を見るエンディミオンの横顔がキラリと光って見えた。あたしはそんなエンディミオンが眩しくて目を閉じたら、あたしの唇に甘酸っぱい林檎の味を感じた。