夕暮れの嘘は恋のはじまり
「ちなつちゃーん!」
次の日。商店街の入口であかりちゃんを待っていると、普段よりも可愛らしいファッションでこちらへ駆けて来る彼女が見えた。
「可愛いお洋服だね」
「えへへっ、頑張ってオシャレしたんだよぉ」
嬉しそうにするあかりちゃんが眩しくて、目と目を合わせられない。ダメだな、本当に。
「ちなつちゃんも可愛いね」
「……ありがと」
照れた表情を見られたくなくて、私はあかりちゃんの手を引っ張りながら商店街へ入って行った。
「わぁ、アイスクリーム屋さんだぁ」
「食べようか?」
「うん! 私はイチゴとラズベリー味にするね」
「ふふっ、ベリー尽くしだね」
「うん。私たちみたいだなぁと思って」
ピンクと赤。私とあかりちゃんのカラーを意識してくれてたんだ。嬉しい気持ちと、強くなっていく痛みの感情が私の中でぐちゃぐちゃになっていく。まるで溶けたアイスのように混ざり合うソレは、自分で架した罪から逃げられない底なし沼のようで。
「ちなつちゃん?」
「大丈夫……」
「うん……」
ダメだ、この子に心配かけちゃいけない。自分から吐いた嘘なんだから。責任もって最後まで貫かなきゃ。
「最後って……いつ?」
あかりちゃんの記憶が戻るまで?
それとも嘘がバレるまで?
「バカだよね……私……」
「ちなつちゃんはバカなんかじゃない」
「あかりちゃん?」
「人のことをちゃんと考えられる優しい子だよ」
しっかりとした瞳で。だけどどこか悲しそうな瞳で言う彼女の言葉は輝いていて。私みたいに真っ黒な人間には眩しすぎて。
「悩んでるのは、その人を想ってのことだよね? ならやっぱり、ちなつちゃんは良い子だよ」
「ありが……とう……」
涙が溢れて上手く言葉が出なかったけれど、そんな私をあかりちゃんは優しく抱き寄せてくれた。
「行こ?」
「うん……」
ようやく泣き止んだ私はあかりちゃんの胸から離れ、再び手を繋いだ。
「新作の映画、やってるねぇ」
「そうだね」
映画館のフリーパンフレットを読んでいると、ふとあるタイトルに目が留まる。
"優しい嘘"
自分と重ねた訳じゃない。私の嘘は優しくなんてないのだから。
「何見てるの?」
「この映画だよ」
「嘘かぁ」
「やっぱり噓つきは嫌い?」
恐る恐る訊いてみる。いっそのこと断罪してほしかった気持ちもあった。でもそれ自体、自分勝手なことだと気付いてまた自分が嫌になる。
「うーん。嫌いっていうより、どうして嘘を吐いたのか知りたいかな?」
「理由を?」
「うん。その人が吐いた嘘の根っこには、きっと優しさや苦しみがあると思うの」
「それを訊いてどうするの?」
「どうもしないよ? その人が助けてって言ってくれれば寄り添うし、黙ったままなら何もしない」
「じゃあ、訊いた意味ないじゃない」
「あるよ。だって誰かに話した瞬間、その人は孤独じゃなくなるもの」
「……っ!?」
この子は、本当に。
「痛みから解放されるだけで、笑顔になれるチャンスは増えるって思うんだぁ」
純粋なんだ。ただ誰かの笑顔が見たいという理由で人を助け続ける。
「だからね。ちなつちゃんの笑顔もいつか見れたらなぁって」
こんな私にまで。
「ごめん……ごめんね……」
「あっ、ちなつちゃん!?」
今まで抱えていた感情が爆発しそうで、耐えきれなくなった私は逃げるようにその場を後にした。
気が付けば、土手に座っていた。
また、夕暮れ。
「ひっく……ひっく……」
「やっと見つけた」
聞こえないフリをする。
「ごめんね。イジワルなこと言っちゃったよね」
貴女が、私の吐いた嘘に気付いてたこと?
「隣、座るね」
軽蔑したよね。嫌われちゃったよね。
「今のちなつちゃんに足りないもの……短い付き合いだったけど、一つだけ伝えられる」
「足りない……もの?」
「それはね……"勇気"だよ」
勇気。
私が記憶を失う前のあかりちゃんに言えなかった気持ち。
自分に対して素直になれなかった気持ち。
「言えないよ……私は卑怯な臆病者だもん……」
「そんなことないって言っても信じてくれないよね……それなら……」
「えっ?」
「"私"の想い……受け取って?」
振り向くと同時に唇が重なる。
温かくて、優しい香り。
まるで全身が光に包まれて浄化されていくよう。
「……大好きだよ。ちなつちゃん」
「なん、で……」
「初めて見た時から好きだって思ったの」
頬を赤らめながら言う彼女は、本当に天使みたいで。
「この気持ちが元から赤座あかりが持っていたものか、私が抱いたものかは分からないけど……"嘘"じゃない」
嘘じゃない。この子は本当の気持ちを私に伝えてくれたんだ。
「きっと、ちなつちゃんの気持ちも嘘じゃないと思うの」
私の気持ち。それはあかりちゃんに対する恋情。
「結果的に嘘は吐いたかもしれないけれど、その根っこにある気持ちは大切にしてほしいな」
「あ、あかりちゃん……」
「"私"が伝えられるのはここまでだよ」
「えっ……」
薄々気付いていた。
急にデートに誘ってくれたことも。
厳しい言葉や愛情を伝えてくれたことも。
それは残された時間がないからだって。
「さようなら。大好きなちなつちゃん」
「待って!? まだ私……」
「今度はちなつちゃんが勇気を出す番だよ」
私の中にある勇気。
それは目の前の人がくれたもの。
ここで逃げたら一生後悔する。
だから。
「……分かった」
「もう一人の私によろしくね?」
「うん。もう逃げない……私、頑張るよ……」
「それでこそ、ちなつちゃんだよ」
「じゃあ私からも最後の言葉を贈るね」
「うん」
私は"あかりちゃん"に向き直って瞳を見つめた。
「貴女の気持ち、とっても嬉しいよ。だけど私が好きなのは記憶を失くす前の"赤座あかり"ちゃんなの……だから、ごめんなさい」
「……ありがとう。最後に勇気を見せてくれて……」
「ごめんね……ホントに心配ばかりかけて……」
「私はそんなちなつちゃんが大好きだよ。だから今度は本人に伝えてあげて?」
「うん!」
「それじゃあね……素敵な気持ちをくれてありがとう。ちなつちゃん」
バイバイ。
そう言った彼女の表情は最後まで笑顔だった。
次の日。商店街の入口であかりちゃんを待っていると、普段よりも可愛らしいファッションでこちらへ駆けて来る彼女が見えた。
「可愛いお洋服だね」
「えへへっ、頑張ってオシャレしたんだよぉ」
嬉しそうにするあかりちゃんが眩しくて、目と目を合わせられない。ダメだな、本当に。
「ちなつちゃんも可愛いね」
「……ありがと」
照れた表情を見られたくなくて、私はあかりちゃんの手を引っ張りながら商店街へ入って行った。
「わぁ、アイスクリーム屋さんだぁ」
「食べようか?」
「うん! 私はイチゴとラズベリー味にするね」
「ふふっ、ベリー尽くしだね」
「うん。私たちみたいだなぁと思って」
ピンクと赤。私とあかりちゃんのカラーを意識してくれてたんだ。嬉しい気持ちと、強くなっていく痛みの感情が私の中でぐちゃぐちゃになっていく。まるで溶けたアイスのように混ざり合うソレは、自分で架した罪から逃げられない底なし沼のようで。
「ちなつちゃん?」
「大丈夫……」
「うん……」
ダメだ、この子に心配かけちゃいけない。自分から吐いた嘘なんだから。責任もって最後まで貫かなきゃ。
「最後って……いつ?」
あかりちゃんの記憶が戻るまで?
それとも嘘がバレるまで?
「バカだよね……私……」
「ちなつちゃんはバカなんかじゃない」
「あかりちゃん?」
「人のことをちゃんと考えられる優しい子だよ」
しっかりとした瞳で。だけどどこか悲しそうな瞳で言う彼女の言葉は輝いていて。私みたいに真っ黒な人間には眩しすぎて。
「悩んでるのは、その人を想ってのことだよね? ならやっぱり、ちなつちゃんは良い子だよ」
「ありが……とう……」
涙が溢れて上手く言葉が出なかったけれど、そんな私をあかりちゃんは優しく抱き寄せてくれた。
「行こ?」
「うん……」
ようやく泣き止んだ私はあかりちゃんの胸から離れ、再び手を繋いだ。
「新作の映画、やってるねぇ」
「そうだね」
映画館のフリーパンフレットを読んでいると、ふとあるタイトルに目が留まる。
"優しい嘘"
自分と重ねた訳じゃない。私の嘘は優しくなんてないのだから。
「何見てるの?」
「この映画だよ」
「嘘かぁ」
「やっぱり噓つきは嫌い?」
恐る恐る訊いてみる。いっそのこと断罪してほしかった気持ちもあった。でもそれ自体、自分勝手なことだと気付いてまた自分が嫌になる。
「うーん。嫌いっていうより、どうして嘘を吐いたのか知りたいかな?」
「理由を?」
「うん。その人が吐いた嘘の根っこには、きっと優しさや苦しみがあると思うの」
「それを訊いてどうするの?」
「どうもしないよ? その人が助けてって言ってくれれば寄り添うし、黙ったままなら何もしない」
「じゃあ、訊いた意味ないじゃない」
「あるよ。だって誰かに話した瞬間、その人は孤独じゃなくなるもの」
「……っ!?」
この子は、本当に。
「痛みから解放されるだけで、笑顔になれるチャンスは増えるって思うんだぁ」
純粋なんだ。ただ誰かの笑顔が見たいという理由で人を助け続ける。
「だからね。ちなつちゃんの笑顔もいつか見れたらなぁって」
こんな私にまで。
「ごめん……ごめんね……」
「あっ、ちなつちゃん!?」
今まで抱えていた感情が爆発しそうで、耐えきれなくなった私は逃げるようにその場を後にした。
気が付けば、土手に座っていた。
また、夕暮れ。
「ひっく……ひっく……」
「やっと見つけた」
聞こえないフリをする。
「ごめんね。イジワルなこと言っちゃったよね」
貴女が、私の吐いた嘘に気付いてたこと?
「隣、座るね」
軽蔑したよね。嫌われちゃったよね。
「今のちなつちゃんに足りないもの……短い付き合いだったけど、一つだけ伝えられる」
「足りない……もの?」
「それはね……"勇気"だよ」
勇気。
私が記憶を失う前のあかりちゃんに言えなかった気持ち。
自分に対して素直になれなかった気持ち。
「言えないよ……私は卑怯な臆病者だもん……」
「そんなことないって言っても信じてくれないよね……それなら……」
「えっ?」
「"私"の想い……受け取って?」
振り向くと同時に唇が重なる。
温かくて、優しい香り。
まるで全身が光に包まれて浄化されていくよう。
「……大好きだよ。ちなつちゃん」
「なん、で……」
「初めて見た時から好きだって思ったの」
頬を赤らめながら言う彼女は、本当に天使みたいで。
「この気持ちが元から赤座あかりが持っていたものか、私が抱いたものかは分からないけど……"嘘"じゃない」
嘘じゃない。この子は本当の気持ちを私に伝えてくれたんだ。
「きっと、ちなつちゃんの気持ちも嘘じゃないと思うの」
私の気持ち。それはあかりちゃんに対する恋情。
「結果的に嘘は吐いたかもしれないけれど、その根っこにある気持ちは大切にしてほしいな」
「あ、あかりちゃん……」
「"私"が伝えられるのはここまでだよ」
「えっ……」
薄々気付いていた。
急にデートに誘ってくれたことも。
厳しい言葉や愛情を伝えてくれたことも。
それは残された時間がないからだって。
「さようなら。大好きなちなつちゃん」
「待って!? まだ私……」
「今度はちなつちゃんが勇気を出す番だよ」
私の中にある勇気。
それは目の前の人がくれたもの。
ここで逃げたら一生後悔する。
だから。
「……分かった」
「もう一人の私によろしくね?」
「うん。もう逃げない……私、頑張るよ……」
「それでこそ、ちなつちゃんだよ」
「じゃあ私からも最後の言葉を贈るね」
「うん」
私は"あかりちゃん"に向き直って瞳を見つめた。
「貴女の気持ち、とっても嬉しいよ。だけど私が好きなのは記憶を失くす前の"赤座あかり"ちゃんなの……だから、ごめんなさい」
「……ありがとう。最後に勇気を見せてくれて……」
「ごめんね……ホントに心配ばかりかけて……」
「私はそんなちなつちゃんが大好きだよ。だから今度は本人に伝えてあげて?」
「うん!」
「それじゃあね……素敵な気持ちをくれてありがとう。ちなつちゃん」
バイバイ。
そう言った彼女の表情は最後まで笑顔だった。