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夕暮れの嘘は恋のはじまり

 あかりちゃんを自宅まで連れていってあげて家族に事情を説明したところ、赤座家の人たちは私を恨むどころか逆に心配してくれた。その様子を見て、本当に温かい家庭で育ったんだな。だからこんな私にも優しくできるんだなと思った。

 次の日、脳の精密検査を受けたあかりちゃん。結果はやはり記憶以外は問題ないようで、午後から学校へ登校することになっていた。

「あかりちゃん、記憶を失くしちゃったんだよね……」
「櫻子……」
「きっと優しいあかりちゃんのことだから、私たちよりも苦しんでると思うんだ」
「そうですわね……」
「だから、いつも通り迎えてあげようって決めたの!」
「櫻子ちゃん……」

 本当に良い友だちを持ったね、あかりちゃん。純粋な気持ちで気遣いをしてくれる向日葵ちゃんと櫻子ちゃんを見て、また胸が痛んだ。

「お、おはようございます」

 三人で話していると、緊張した様子で教室へ入ってくるあかりちゃん。その姿を見たみんなが一斉に駆け寄ってくる。

「あかりちゃん、大丈夫!?」
「記憶喪失って本当!?」
「私たちのことも忘れちゃったの!?」
「わわっ、えっと!?」
「ストップ、ストップ! あかりちゃん困ってるでしょ!? いっぺんに質問しない!」

 みんなから質問攻めにされて慌てているあかりちゃんを助けてくれたのは櫻子ちゃんだった。

「ご、ごめんね?」
「ううん……いいんだよぉ。私の方こそビックリしちゃってごめんね?」
「悪くないのに謝っちゃう辺りがあかりちゃんだよねー」
「うん、何だかホッとしたよ」
「そ、そうかなぁ」
「じゃあ、一人一人順番に話してね」
「はーい」

 照れながら頬をかくあかりちゃんを笑顔で見届けた櫻子ちゃんが、場を仕切りなおす。

「櫻子ちゃん、張り切ってるね」
「あれで友だち想いなところもあるんですのよ」

 暫くみんなと話すうちに緊張の糸が解けたのか、あかりちゃんはいつもの笑顔で会話ができるようになっていた。

「じゃあ、分からないことがあったら何でも言ってね?」
「後で校舎、案内してあげる!」
「うん。ありがとぉ」

 ひとしきり談笑した後、みんなはそれぞれの席へ戻って行った。

「ふぅ。やっと終わったね……」
「お疲れ様、櫻子ちゃん」
「櫻子にしては珍しく良い行いをしましたわね」
「そうだろそうだろ?」

 鼻高々に自慢するけど、その裏にはあかりちゃんへの優しさが溢れていることを知っている。もちろん、当人も含めて。

「えへへっ。本当にありがとね? 櫻子ちゃんのおかげで慌てずにみんなと会話できたよぉ」
「まぁあかりちゃんには楽しく過ごしてもらいたいしね」
「あれ、照れてる?」
「顔が真っ赤ですわよ」
「う、うるさい! 照れてなんかないっ!」
「ふふっ」

 恥ずかしそうに顔を背ける櫻子ちゃんに感謝しつつ、その場は解散することになった。

「じゃあ、私たちは生徒会に行きますわ」
「凄いねぇ。二人とも生徒会役員だなんて」
「何か困ったことがあったらいつでも言ってね!」
「うん。ありがとう!」

 そうして二人は生徒会室へ向かって行った。

「あかりちゃんはどうする? 部室行く?」
「部室?」
「うん。私たちはごらく部っていう部活に入ってるんだよ」
「へぇー」
「あ、でも復帰初日だし、今日は帰っても……」
「ううん。私、行ってみたい」
「じゃあ行こうか」
「うん!」

 以外にもアクティブに動くあかりちゃんに少しだけ驚く。やっぱり先輩たちに会いたいって、心のどこかで思ってるのかな。

「こんにちはー」
「こ、こんにちは……」
「あぁ、ちなつちゃん……それにあかり!?」
「来てくれたのか!?」

 部室に入ると、先輩たちが心配そうにこちらへ駆け寄る。

「大丈夫なのか? 病み上がりなんだろ?」
「あ、はい。私の入ってる部活がどんなところか見てみたくって」
「そっか。まぁ何も無いとこだけど、ゆっくりしてってくれよ」
「はい。ありがとうございます!」
「よっし! これでごらく部復活だな!」

 京子先輩があかりちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でながら言う。最初は緊張していたあかりちゃんも、長年の付き合いがある二人の反応を見て安心したのか、柔らかい笑顔を見せるようになった。

「あのさ、あかり……」
「はい?」
「その……畏まった話し方、何とかならないか?」
「えっ?」
「何かムズ痒いというか、前は普通に話してたじゃないか」
「でも二人は先輩ですし」

 結衣先輩の言いたいことはとても分かる。私も真っ先にそこを治したかったから。

「けど、私たちとあかりは幼馴染みでもあるんだ。だから……」
「ははぁ、分かったぞ。結衣も寂しいんだろ?」
「なっ!?」
「何だか他人行儀みたいで、もう昔みたいに接してくれないのかなぁ。とか」
「だっ、誰がっ!?」
「あはは。顔が真っ赤ですよ? 結衣先輩」
「図星か」
「う、うるさいな!」

 二人して結衣先輩を茶化していたけれど、私にはハッキリ聞こえていた。

 結衣"も"寂しいんだろ?

 強がってる京子先輩のことだから絶対に言わないだろうけど、不安なんだろうな。あかりちゃんが私たちと違う人になってしまったんじゃないかって。けどそんなことはないと思う。まだ一日しか接してないけれど、私には分かる。あかりちゃんはあかりちゃんなんだって。

「まぁそういう訳だからさ……結衣のためにも頑張ってみてくれないか?」
「そ、そこまで言うなら……頑張ってみますね」
「ごめんな、あかり……無理しないでいいからね?」
「徐々にでいいぞ? 私は敬語のあかりも新鮮で好きだからな」
「うん。ありがとうござ……あっ」
「あははっ」

 言った矢先に敬語が出てしまうあかりちゃんを見て、みんなの頬が緩む。やっぱりムードメーカーなところは変わってないんだね。

「じゃあ、今日はごらく部とは何かたっぷりと教えてしんぜよう!」
「気楽に聞いていいから」
「あ、うん」
「じゃあお茶を淹れてきますねー」

 そんな感じで始まったゆるい部活が、あかりちゃんの心を温めていくように見えた。



 再び夕暮れの帰り道。私たちは手を繋ぎながら歩を進めていた。

「みんな良い人たちだったね」
「そうだね。でもそれはあかりちゃんが良い子だからだよ?」
「そうかなぁ?」
「そうだよ……私と違って……」
「えっ?」
「……何でもない」

 私、何がしたいんだろう。記憶を失くしたあかりちゃんに噓を吐いて、勝手に罪悪感に潰されそうになって。

「ちなつちゃん」

 ふと、握られていた手が強く締まる。

「あかりちゃん?」
「明日、デートに行かない?」
「急にどうしたの?」
「だって恋人なんでしょ? 楽しいことたくさん経験したいもん」
「明日は土曜日だしね……うん。いいよ」

 屈託のない笑顔で言うあかりちゃんに、私は二つ返事でオーケーと伝えた。
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