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Chapter.38[トラビア]

 ~第38章 part.3~


もうやめて!
何度そう叫んだことだろう。
私の願いは届かない。聞いてもらえない。
ただでさえ、もうボロボロの体のはずなのに、それでも私を守ろうと戦ってくれた大切な人が、目の前で痛めつけられているのに、何もできない。
見ていることしかできない。
ただ、子供のように泣き叫ぶしかできない。
力いっぱいに腕を引っ張ってみても、それ以上の力で掴まれている腕は動かない。
振りほどくこともできない。
足に力を入れて踏みしめようとしても、凄い力で引き戻されてしまう。
彼の名前を呼ぶ。叫ぶ。
自分の身よりも今目の前で倒れそうになっている彼のほうが心配で堪らない。
もう二度と離れない、離さないと誓ってくれたのに、この悔しさは何…?
必死で喉の奥から搾り出す声が涙に震える。
彼が、白い地面に顔を埋めてしまう。動かなくなる。
絶望の瞬間が遅い来る。
私はそこで私を抑えきれなくなる。


「いや――――――――っっ!!!」


力の限りの悲鳴を上げる。
何も考えられない。
私の意志で出した声ではない、何か別の意識が働いたような感覚。
またあの時の感覚が蘇る。
私ではない別の誰かの力。
私の意志では動かせない体。
誰かが私の体を動かしている感覚。
私は声も出せずに周りをただ見つめているだけ。
力が溢れる。抑えられなくなる。
そして私を掴んでいた兵士達が弾かれて飛んでいくのが見えた。
…もう、私に触れないで。近付かないで。
そして彼にも、もう誰も触らせない…!
その想いだけが、自分を包み込んでいくのがわかった。
少しずつ視界が高くなっていく。
体が浮き上がっている。
光に包まれていく。
弾き飛ばされた兵士とは別の兵士が不審そうに近付いてくる。
こうなっても自分を取り押さえるつもりなのだろうか?
『来ないで!』
叫ぶ言葉は声にならない。
すっとゆっくり持ち上げられた腕は、その兵士を指差した。
兵士はそこで立ち止まり、尚不審そうに見上げている。
『逃げて!』
届かない声を必死に上げてみる。
突然、指先から放たれた光が兵士の胸を貫く。
「!!」
そして同時に目の前にある邪魔なものを手で振り払うように腕を横に流す。
今兵士を貫いた光の束が、周りを取り囲んでいた兵士達の胸を次々と射抜いていく。
倒れて動かなくなったスコールが見えた。
ただ彼を助けたかった。
今すぐそばに駆け寄りたかった。
それなのに…

ガーデンの屋上にもそして今だ上空を旋回し続けるヘリの中にも、大勢の兵士がいた。
今そこで起こっている信じがたい光景に、我が目を疑った。
すぐに応援の要請の通信を入れる。
ガーデンの屋上から何発もの銃声が雪原に木霊した。
狙撃部隊がリノアを狙い撃ったのだ。
銃弾は正確にリノアの眉間に吸い寄せられる。
…しかしそれは対象を貫くことは無かった。
目に見えない何かが、リノアを包み込んでいた。
撃ち込まれた何発もの銃弾がリノアの目の前に浮かんでいる。
「…小賢しい真似を…」
口から出た言葉は確かに自分の声だ。
だが自分の意思ではない。
撃ち込まれた銃弾は、寸分たがわぬ正確さで発射された銃に舞い戻った。
兵士達は1人残らず自らが撃ち込んだ銃弾に倒れた。
すっと左手が持ち上げられた。
そして気付く。
そこにあったはずのものが無くなっている。
意味はないと言われ、それでも勝手に解釈して喜んだ小さな指輪。
それがその意味のものではないと分かっていても、それでも本当に嬉しかった贈り物。
いつの間に、外れたのだろう?どこに行ってしまったのだろう?
自分の周りをキラキラと細かい粒が浮遊していた。
自分を取り巻く光の中、その光を受けて輝き舞っている。
これは、月の石の欠片…?
指輪はもう、その効力を無くし月の石は砕けた証だった。


“ハンシンヲサガセ…”

あの時に頭の中に聞こえてきた声だ。
また同じ事を繰り返している。
これは一体何なのかわからない。
自分の体を勝手に動かしている誰か?
自分に継承された力の源?
それを知ることはできないのだろうか…?
倒れたスコールが微かに動くのが見えた。
「(スコール!!)」
リノアは叫ぶ。声にはならない必死の叫びを上げる。
片腕をこちらに伸ばしているのが分かった。
突然その腕が雪にめり込む。
同時に弾けるように散る赤い飛沫。
獣のような濁った悲鳴が漏れる。
頭上で旋回を続けるヘリからの狙撃だ。
飛び続けるヘリから地上の腕だけを狙えるその狙撃手はかなりの凄腕の持ち主なのだろう。

リノアの心臓がまた1つ大きく波打つ。
頭に血が上る。顔が熱くなっていく。
上空で騒音を撒き散らしているだけの機械が邪魔に思えた。
大切な人を傷つけたそれを許せなかった。
再び持ち上げられた右手は上空のヘリに向けられた。
一瞬遠ざかったヘリの轟音の間を縫って、スコールの声が聞こえた気がした。
いつの間にか、立ち上がってこちらに向かってゆっくりと歩いてくる姿を見た。
片足を引き摺るように、撃たれた腕を抱え込み、赤い雫を滴らせながら、それでも真っ直ぐに自分を見つめている。
止めようと言うのか、その体で…
だがもう遅い。
向けられた敵意は消失することは無い。
意識の無い冷たい目は上空に向けられ、その手が振られる。
兵士達の胸を貫いたあの光の束がいくつも上空に放たれた。
操縦するものがいなければ、ヘリは機体を保っていることなど出来ない。
ただ重力に任せるのみ。
やがてあちこちから大きな爆発と火柱が何本も上がった。

ガーデンも無事では済まされなかった。
校舎の中に逃げ込んだ兵士を追う光の攻撃は兵士だけに留まらず、建物そのものをも破壊し、落とされたヘリの1台が校舎に衝突していた。
だが、ガーデンの人間の中で魔女によって傷付けられた者は1人もおらず、突然のガルバディア軍の侵入によって占拠されたガーデンは救われた形になった。
上空を飛び交っていたヘリは1機残らず落とされ、武器を手にしていた兵士達はピクリとも動かない。
ガーデンの中には静けさが戻った。

そして人々はその目に焼き付けることになる。
校庭に光り輝く黒い翼をはためかせた美しい魔女と、その足元に跪く黒い騎士の姿を…。
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