牢獄の始まり
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酷い疲労感と喪失感と、絶望感とが私を包み込んでいた。
弾む呼吸を肩で大きく繰り返しながら、私はその場に力なく座り込んだ。
一気に力が抜けてしまったようだった。
私の隣には、未だ大きな武器を肩に担いで屹立している、赤い服の男。
会話もなく、見詰め合うこともなく、ただそこに佇んでいた。
何か言葉を発するべきか、何かしらの行動を起こすべきか、私にはもう何をどうしたらいいのか考えることができなかった。
「…お前は、ベベルへ帰れ」
ふいに男が言葉を発した。
私に向けられたであろうその言葉の意味を、私はすぐに理解することができずに聞き流してしまおうかとも思っていた。
…この男は今、何と言った…!?
ベベルへ、帰る…
私の旅の始まりはベベルだ。
今この瞬間、私の旅は終わったのだ。
ならばベベルへ帰るのは当然だろう。
それなのに、私の中の何かがそれを拒否しようとしている。
帰りたく、ない。
今立ち上がって後ろを振り返れば、いつものように笑顔で私を迎えてくれる2人がそこにいるような気がしてならない。
もう、その2人はいないと言うのに…
たった今、この空を覆いつくす美しい幻想的な幻光虫の群れと共に宙へ還ってしまったのに。
私にはまだ実感が持てずにいたのだ。
ここまで共に旅をしてきた人物が、消えてしまったなど、信じられなかった。信じたくはなかった。
大切な人がいなくなってしまった。
私にはもう、私の傍に立つこの男しか、頼れる人はいない。
それなのに、こいつは私に帰れと言う。
どうしてそんなことを言うんだ。
「…あんたは、どうするつもりなんだ?」
肩に担いでいた太刀を下ろして、その切っ先を地面に突き刺す。
片手で柄を握り締めたまま、少しばかり俯けていた顔を持ち上げた。
見つめる先には、白い雪を湛えた霊峰ガガゼト。
その険しい山々が聳えていた。
その目は私とは違っていた。
決意の篭った、力強い眼差し。
もう、全ての事に絶望しか感じられない私のものとは正反対の、熱い瞳。
「確かめたいことがある」
何かを、決めたのだろう。
どこに行って何をすべきかを知ったのだろう。
たった1人で…
私もそこに共に行ってもいいのだろうか?
これまで、ずっと最初から共に旅をしてきた仲間なのだ。
この先だってずっと一緒に力をあわせて行きたい。
…だが、なぜだろうか。
私の意志はきっとこの男によって断絶させられるだろうと、思った。
もう、この男の思考を変えることはできないだろう。
彼がこれから向かおうとしているところに、きっと私は行けないだろう。
ベベルへ帰る。
私がそうしたくないと思っても、私にはそうすることしかできない。
私がガードとして旅に出る許可をくれた総老師、私がガードとしてお守りしてきた召喚士、そして、この男。
皆、私がベベルに帰ることを望んだ。
だから、私は、帰る。
帰って、そして全てを伝える。
寺院に、ベベルに、全ての人に。
命を懸けてこのスピラを救った1人の偉大な召喚士の権利だから。
彼の、願いだから。
「アーロン、…い、……」
「………」
“行かないでくれ”
その一言が、言えない。
もう、毎日笑って過ごした楽しい旅は、終わってしまった。
優しい笑顔をくれる人も、太陽のように明るく笑う人も、もういない。
この上、真面目で堅物でいつも仏頂面だが、本当は優しくて頼りになるこの男までいなくなったら、私はどうしたらいいんだ。
たった1人、私は取り残されるのか。
私が言いたかった言葉を理解したのだろう。
地面に力なく座り込んでしまっていた私のすぐ横に、彼も片膝を着いて身を寄せた。
「…俺は、必ず戻る。お前のところに。だから、待っていてくれ、ラフテル」
そう言って、こいつは私の頭を抱え込むと自分の胸に押し当てた。
その温かさに、私は目を閉じて身を預ける。
もう、こんな風に触れることなんて無いと思っていたこの男の胸に、安堵感を覚えてしまう。
無意識のうちにこうして触れることを拒絶してきた日々を、悔やんでしまう。
私は何も返事を返さなかった。
それでも、行ってしまった。
どこに行くとも、何をしに行くとも何も告げずに、奴は私の前から姿を消した。
私は、力なくその場に倒れこんだ。
疲労感も喪失感も絶望感も、時と共にどんどん大きくなってくるようで、もう流し尽くして枯れてしまったのか、涙は出なかった。
体をごろんと仰向けにして、すっかり日の沈んだ空を見つめていた。
まだ夕日の名残が辺りを薄赤く染めた空には、幻想的な光景が広がっている。
シンに捕らわれていた夥しい数の幻光虫が、異界送りもされないままに空一面に舞っていた。
淡いにじ色の光の尾を引いて、ふわりふわりと漂うその姿は、先程までのおぞましい姿をした魔物から発せられたものだとは信じ難い。
幻光虫が、次第にその数を減らしていく。
あるものは異界へ、あるものは別の新しい命へ、そしてあるものは魔物へと、その姿を変えていったのだろう。
幻光虫が姿を消し、夕焼けの空もすっかり色をなくして、辺りは真っ暗な静寂に包まれた。
星も見えない空には、雲がかかっているのだろう。
やがて、その雲から落ちてきた細かな雨が、私の顔を濡らす。
霧雨のような、さらさらとした優しい雨。
私は、起き上がった。
私には、やるべき事があった。
行くべきところがあった。
立ち上がって、辺りの様子を伺う。
この世界に君臨していた最強最悪の存在であったシンを倒したことで、この辺り一帯の魔物も大人しくなってしまったのか、全く姿が見えない。
今の私には好都合かもしれない。
今ここで魔物と遭遇したら、まともに戦闘する気力もない。
だが、いっそのこと、それもいいかもしれないと思ってしまう。
ここは、ナギ平原の北部。
ここからでも、ベベルの方向が明るくなっているのが見えた。
今頃、町はとんでもない騒ぎになっていることだろう。
私も早く行かなければ…
そう思っていたはずなのに、1歩踏み出した足は力が上手く入らない。
おかしな体勢をずっととり続けて痺れて感覚がなくなってしまった時のようだ。
踏み出した足は私の体重を支えられずに、私はまた地面に手を付いてしまう。
辺りが暗くてよくわからなかったのだが、手を付いた地面が、自分の手が、ぼやけたりブレたりして見える。
…目が、おかしい!?
この酷い疲労感は何だろうか。
立つことさえ面倒になって、私はそのまま体を地面に横たえた。
少し休めば動けるようになるだろう、ベベルまで帰ればなんとかなるだろう。
そんなことを考えていた。
急に瞼が重くなってくる。
熱くもなく、冷たくない、中途半端な雨が私を濡らしていく。
この中途半端な温度が駄目なんだ。
これがもっと、酷く冷たいものだったなら、私の意識もはっきりしていられただろうに…
~ fin ~
22,Mar,2016 拍手ありがとうございます
15,Oct,2016 拍手より転載
13,Mar.2018 携帯版より転載
弾む呼吸を肩で大きく繰り返しながら、私はその場に力なく座り込んだ。
一気に力が抜けてしまったようだった。
私の隣には、未だ大きな武器を肩に担いで屹立している、赤い服の男。
会話もなく、見詰め合うこともなく、ただそこに佇んでいた。
何か言葉を発するべきか、何かしらの行動を起こすべきか、私にはもう何をどうしたらいいのか考えることができなかった。
「…お前は、ベベルへ帰れ」
ふいに男が言葉を発した。
私に向けられたであろうその言葉の意味を、私はすぐに理解することができずに聞き流してしまおうかとも思っていた。
…この男は今、何と言った…!?
ベベルへ、帰る…
私の旅の始まりはベベルだ。
今この瞬間、私の旅は終わったのだ。
ならばベベルへ帰るのは当然だろう。
それなのに、私の中の何かがそれを拒否しようとしている。
帰りたく、ない。
今立ち上がって後ろを振り返れば、いつものように笑顔で私を迎えてくれる2人がそこにいるような気がしてならない。
もう、その2人はいないと言うのに…
たった今、この空を覆いつくす美しい幻想的な幻光虫の群れと共に宙へ還ってしまったのに。
私にはまだ実感が持てずにいたのだ。
ここまで共に旅をしてきた人物が、消えてしまったなど、信じられなかった。信じたくはなかった。
大切な人がいなくなってしまった。
私にはもう、私の傍に立つこの男しか、頼れる人はいない。
それなのに、こいつは私に帰れと言う。
どうしてそんなことを言うんだ。
「…あんたは、どうするつもりなんだ?」
肩に担いでいた太刀を下ろして、その切っ先を地面に突き刺す。
片手で柄を握り締めたまま、少しばかり俯けていた顔を持ち上げた。
見つめる先には、白い雪を湛えた霊峰ガガゼト。
その険しい山々が聳えていた。
その目は私とは違っていた。
決意の篭った、力強い眼差し。
もう、全ての事に絶望しか感じられない私のものとは正反対の、熱い瞳。
「確かめたいことがある」
何かを、決めたのだろう。
どこに行って何をすべきかを知ったのだろう。
たった1人で…
私もそこに共に行ってもいいのだろうか?
これまで、ずっと最初から共に旅をしてきた仲間なのだ。
この先だってずっと一緒に力をあわせて行きたい。
…だが、なぜだろうか。
私の意志はきっとこの男によって断絶させられるだろうと、思った。
もう、この男の思考を変えることはできないだろう。
彼がこれから向かおうとしているところに、きっと私は行けないだろう。
ベベルへ帰る。
私がそうしたくないと思っても、私にはそうすることしかできない。
私がガードとして旅に出る許可をくれた総老師、私がガードとしてお守りしてきた召喚士、そして、この男。
皆、私がベベルに帰ることを望んだ。
だから、私は、帰る。
帰って、そして全てを伝える。
寺院に、ベベルに、全ての人に。
命を懸けてこのスピラを救った1人の偉大な召喚士の権利だから。
彼の、願いだから。
「アーロン、…い、……」
「………」
“行かないでくれ”
その一言が、言えない。
もう、毎日笑って過ごした楽しい旅は、終わってしまった。
優しい笑顔をくれる人も、太陽のように明るく笑う人も、もういない。
この上、真面目で堅物でいつも仏頂面だが、本当は優しくて頼りになるこの男までいなくなったら、私はどうしたらいいんだ。
たった1人、私は取り残されるのか。
私が言いたかった言葉を理解したのだろう。
地面に力なく座り込んでしまっていた私のすぐ横に、彼も片膝を着いて身を寄せた。
「…俺は、必ず戻る。お前のところに。だから、待っていてくれ、ラフテル」
そう言って、こいつは私の頭を抱え込むと自分の胸に押し当てた。
その温かさに、私は目を閉じて身を預ける。
もう、こんな風に触れることなんて無いと思っていたこの男の胸に、安堵感を覚えてしまう。
無意識のうちにこうして触れることを拒絶してきた日々を、悔やんでしまう。
私は何も返事を返さなかった。
それでも、行ってしまった。
どこに行くとも、何をしに行くとも何も告げずに、奴は私の前から姿を消した。
私は、力なくその場に倒れこんだ。
疲労感も喪失感も絶望感も、時と共にどんどん大きくなってくるようで、もう流し尽くして枯れてしまったのか、涙は出なかった。
体をごろんと仰向けにして、すっかり日の沈んだ空を見つめていた。
まだ夕日の名残が辺りを薄赤く染めた空には、幻想的な光景が広がっている。
シンに捕らわれていた夥しい数の幻光虫が、異界送りもされないままに空一面に舞っていた。
淡いにじ色の光の尾を引いて、ふわりふわりと漂うその姿は、先程までのおぞましい姿をした魔物から発せられたものだとは信じ難い。
幻光虫が、次第にその数を減らしていく。
あるものは異界へ、あるものは別の新しい命へ、そしてあるものは魔物へと、その姿を変えていったのだろう。
幻光虫が姿を消し、夕焼けの空もすっかり色をなくして、辺りは真っ暗な静寂に包まれた。
星も見えない空には、雲がかかっているのだろう。
やがて、その雲から落ちてきた細かな雨が、私の顔を濡らす。
霧雨のような、さらさらとした優しい雨。
私は、起き上がった。
私には、やるべき事があった。
行くべきところがあった。
立ち上がって、辺りの様子を伺う。
この世界に君臨していた最強最悪の存在であったシンを倒したことで、この辺り一帯の魔物も大人しくなってしまったのか、全く姿が見えない。
今の私には好都合かもしれない。
今ここで魔物と遭遇したら、まともに戦闘する気力もない。
だが、いっそのこと、それもいいかもしれないと思ってしまう。
ここは、ナギ平原の北部。
ここからでも、ベベルの方向が明るくなっているのが見えた。
今頃、町はとんでもない騒ぎになっていることだろう。
私も早く行かなければ…
そう思っていたはずなのに、1歩踏み出した足は力が上手く入らない。
おかしな体勢をずっととり続けて痺れて感覚がなくなってしまった時のようだ。
踏み出した足は私の体重を支えられずに、私はまた地面に手を付いてしまう。
辺りが暗くてよくわからなかったのだが、手を付いた地面が、自分の手が、ぼやけたりブレたりして見える。
…目が、おかしい!?
この酷い疲労感は何だろうか。
立つことさえ面倒になって、私はそのまま体を地面に横たえた。
少し休めば動けるようになるだろう、ベベルまで帰ればなんとかなるだろう。
そんなことを考えていた。
急に瞼が重くなってくる。
熱くもなく、冷たくない、中途半端な雨が私を濡らしていく。
この中途半端な温度が駄目なんだ。
これがもっと、酷く冷たいものだったなら、私の意識もはっきりしていられただろうに…
~ fin ~
22,Mar,2016 拍手ありがとうございます
15,Oct,2016 拍手より転載
13,Mar.2018 携帯版より転載
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