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Chapter.47[ガルバディア]

~第47章 part.2~


その日は、一日が過ぎる時間が酷く短かった。
ガーデンに戻るまでは逆に酷く長く感じていたというのに。
自分の仕事を嫌だと思ったことはないし、でかい立派な自宅もある。
それなのに、このガーデンの自室に戻って椅子に腰かけると、肩の荷が降りた気がした。
居慣れた場所というものだろうか。
毎日見る景色や部屋の模様、音や臭いに安堵感を覚えてしまうのだ。
そこに普段はあまり見慣れないものがあったりすると、かなり違和感を感じたり、気になってしまって仕方がない。
自分が席を離れていた僅かの時間に、これだけの仕事がたまっていたということを証明している。
いちいちその中身を確認するまでもなく、自分の部下や有能な教員たちがしっかり管理してくれる。
あとはここの最高責任者である自分のサインを入れるだけ。

重い気分になりながらもその仕事を片付けて一息つくと、すでに辺りは暗くなっていることに気付いた。
仕事に集中したかった為、秘書にこちらから呼ぶまで一切の入室も通信も絶つように言っていた。
しんと静かな部屋には彼が走らせるペンの音だけが響いた。
そのペンをスタンドに差し込み、暗くなった窓に目を向けた。
それほどに長い時間が過ぎていたのかと、椅子の背凭れに深く身を沈めて溜め息を溢した。
昨夜、父の見舞いに行ったデリンクシティの様子を見てしまったガルムは、今更テレビを見る気にもなれなかった。
大方、あの町の混乱を、取り乱したように激しくリポートする様子や、政治の在り方がどうのとつまらない討論を繰り広げているだけだ。

それよりも、と、ガルムは腰を上げた。
秘書を呼び出し、その足でバスルームへ向かう。
時計を気にしながら身支度を整えると、数名の護衛と共にガーデン前に停められた黒い高級車に乗りこんだ。
車の中で、ガルムはふと父のことを思い浮かべた。
昨夜の言葉がまた蘇ってくる。
父の様子がおかしかったのは、怪我をして投薬を受けたせいで気弱になっていたからだと考えていた。
あれから少しは落ち着いただろうか?
一緒に車に乗り込んだ護衛の男に、父のいる病院に通信を入れるよう言って、腕を組んでシートに深く身を沈めた。
この国のレジスタンスといえばティンバーが拠点になっていることは明白だが、ガルバディアの主要都市であるデリングシティにも当然潜伏している。
この大きな町で小さな反乱分子を探し出すのは困難だった。
そんな不穏因子を発見したのが、ガルム直属の私設精鋭部隊である特務隊である。
父へ良い話題を提供することができれば、あるいはいつもの父に戻ってくれるかもしれない。
思わず口許が僅かに持ち上がったことに、ガルムは気が付かなかった。

「学園長」
「繋がったのかい?」
「はい、……ですが…」
「?」
「……いらっしゃいません」
「………はっ?」
何を言っているんだと、ガルムは通信機の受話器を奪い取った。
「ガルムだ。父の病室に繋いでくれ」
『ガルム様、何もお聞き及びされていらっしゃらないのでしょうか?』
「何をだ?」
『大統領は今朝早くに退院されました』
「な、何だと!?そんなバカな!まだ退院などできる状態ではないはずだ!どういうことなんだ!」
『申し訳ございません。私も詳しくは…』
「どこへ向かったかわかるか?」
『いえ、そこまでは…』
相手の女性はただのオペレーターか。
ガルムの勢いに圧されて声に動揺が浮かんでいるのが丸分かりだ。
院長を呼ぶよう指示したが、重要な会議があるとかで今は席を外せないのだとか。
ならば他の重役たちも同様だろう。
思わず舌打ちしたくなる衝動を抑え、オペレーターに短い礼を言ってガルムは受話器を護衛に戻した。
「学園長…?」
退院した、だと!?
自分に何の連絡も寄越さず、発表も会見もなしに?
何を考えているのだ、こんな重大な事件が起こったばかりで、世の中は混乱しているというのに。
これでは…。
「……!!」
昨夜の父の言葉が再び蘇ってくる。
それに答えた自分の言葉も。
“逃げるのか”と、父に言った。
彼はすぐに否定したが、それが現実になっているのではないか。
ガルムには信じられなかった。
一国の大統領がたった一度の銃撃で国を捨てて逃げ出すなど、そんな恥ずかしくて情けないマネを、父がしているということが耐えられなかった。
父は確か、エスタの大統領と会うと言っていなかっただろうか?
ならば、エスタに問い合わせれば父がどこに行ったかわかるかもしれない。
だが……
一度は浮かんだ考えをガルムは振り払った。
エスタに連絡を取ることは簡単だが、それは今のガルバディアの弱体化を晒すことに繋がる。
大統領がどこに行ったのかなど聞けるわけがない。
少し考えてから、ガルムは再び通信機を手にした。

思い当たったのは、大統領補佐官の秘書。
秘書という肩書は付いているが、ベテランの家政婦の様な存在だ。
彼女なら補佐官の行動を把握しているはず。そして補佐官は常に父と、大統領と共に行動しているだろう。
入れた通信で、自分の考えが正解であったことにガルムは安堵した。
それは父の居場所が把握できたことにも通じていた。
教えられた場所に、一瞬耳を疑った。
辺境と言っても過言ではないような、ガルバディア領内の片田舎の小さな町、ウィンヒル。
なぜそんなところに父は行ったのだ!?
すぐに聞かされた屋敷へ通信を入れる。
初めに聞こえてきた声は、補佐官、あの眼鏡の男の声だった。
いつもと変わらぬ冷静沈着な声で返された返事に、己の名を告げる。
さぞ気落ちしているであろう父に、良い報告ができれば父は喜んでくれるだろう。
だが、電話越しに聞かされた父の声は、ガルムが想像していたものとは全く違う内容を語った。
『たった今、マーク・アクリヴが殺害されたという知らせを聞いたところだ。…それ以上にいい知らせなのだろうな』
「!!」
まったくの初耳だった。
朝、デリングシティを飛び立ってガーデンに到着してからずっと、通信を受けることもなくTVを見ることもなく、つい先程まで山と積まれた書類を片付けていたのだ。
これだけ大きな事件が立て続けに起こり、混乱した情勢がほんの数時間の間に大きく動くことは容易に想像できたはず。
なのに、自分は部屋に閉じこもって外の情報を全く得なかった。
これは大きな失態だ。
ガルムは後悔した。
更に、自分が得た良い知らせも、今の父にとっては埃を払う程度にしか思えないのか、対応は芳しくない。
だが、自分たちが捕えた反政府組織のメンバーの男が口にしていた“ある人物”の話題を出した時、それまでの父の反応とは違うものが返ってきた。
つまり、それが、今自分がやるべきことで、父を元の威厳ある大統領に戻すためには絶対的に必要な事項であると言うこと。
今の父には、もっと大きな成果を上げてやらねばならないようだ。
デリングシティを飛び立つ際に浮かんだ考えを、ガルムは決意に変えた。
『あぁ、任せる。何か分かったらまた連絡してくれ』
“任せる”この言葉がガルムには大きかった。
通信を終えて受話器を戻すと同時に、車は目的地に到着したのか静かに停止して、運転手が声を掛けてきた。
「着きました」
すぐに護衛の者が先に車を降りて、辺りをきょろきょろと見渡した後、ガルムが座る席のドアを開けた。
降り立った建物、というよりも施設といった雰囲気の扉が開かれ、中から数名のガルバディア兵が現れた。
ガルムに向かって敬礼をした後、先導するようにガルムを連れ、中に入った。
そこは、あのティンバーの軍基地のような簡素な造りになっていたが、そこよりももっと小さい施設の様だ。
通された部屋でガルムを待ちかねていたのは、父ボルドよりも少々年上であろう男性だった。



→part.3
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