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Chapter.46[ガルバディア]

~第46章 part.4~


先にボルドの様子を見に行くと言う医師と一旦別れ、キロスは屋敷の使用人にゼル達の着替えを用意するよう手配してから、ボルドの部屋へ向かった。
ソファーに長くなって、片足をテーブルの上に乗せたままの恰好で大鼾をかいている男の姿を見て呆れてしまう。
部屋のドアがノックされ、片手にトレーを乗せたエルオーネが部屋に入ってきた。
「熱いコーヒーをお持ちしました」
「エルオーネちゃん、何度もすまなかったね」
「いえ、みんなは?」
キロスは簡潔に先程までの出来事を話して聞かせた。
スコールの怪我の具合まではわからなかったが、マーチンが大丈夫と言っていたことで、心配はいらないだろうと思われた。
他の者たちも部屋で休んでいることを伝えると、エルオーネの顔にも安堵の色が浮かんだ。
「よかった。 後でみんなとお話ししてもいいかしら」
「もちろんだ。彼らも喜ぶ。 …それに比べてこっちは…、…ほらラグナ君、起きたまえ。まったく、飲めないくせに酒を飲むから」
おかしな声で唸り声を上げながら、ラグナがゆっくりと身を起こした。
コーヒーを手渡したエルオーネに礼を言ってから、ラグナは部屋の中を見渡した。
「あれ、ここ、どこだ?」
「…ヘンデル大統領の部屋だ、ラグナ君」
「…あ~、…あ、そうか。そういや昨夜一緒に飲もうと思ってここに来たんだっけ」
「子供か、あんたは」
「ボルドは?」
コーヒーカップを口に運びながら、片手でわしわしと寝癖のついた頭を掻いた。
キロスは無言のまま部屋のカーテンを開く。
昨夜の雨が嘘のように晴れ渡った青い空が見えた。
その眩しさに思わず目を閉じかけて、庭の花畑の中を歩く人物を見つけた。
「…早ぇな」
「君が遅いだけだ」
奥の寝室に繋がるドアが開かれ、マーチンが顔を出した。
「お目覚めですか、大統領。昨夜はどうも」
「あぁ、あんたか。…悪ぃな、なんか俺さっさと寝ちまったみてーでよ」
「いえいえ、こちらにもあなた以上の下戸がおりますので」

朝食の支度が整っている旨を伝えた後、エルオーネはボルドを呼びに行くと言って部屋を出て行った。
庭を散歩でもしているのかゆっくりと歩くボルドの元に彼女がやってきたのは、すぐだった。
こちらを指差したエルオーネにつられて、ボルドがこちらを振り向く。
窓から片手を上げてそれに応えたが、ボルドはすぐに目を逸らしてしまった。
ボルドは朝食の席にも姿を現さなかった。
「きっと補佐官殿のことがご心配だったのでしょう」
「…そうか」
朝食を終え、部屋に戻ったラグナを見送ったマーチンも、すぐにボルドの部屋に戻った。
彼はそこで朝食を取っていたようだ。
「大統領、宜しかったのですか?」
「何がだ」
「レウァール大統領です」
「………」
ラグナと交わした言葉がよみがえる。
エスタは、魔女研究の先進国だ。
10年前の魔女戦争以降、エスタは各国とも国交を盛んに行うようになった。
だからガルバディアもこうしてエスタに助けを求めている。
それなのに、倒すべき魔女とエスタは繋がっていたなど…
信じていたものに裏切られ、ボルドは酷く気落ちしていた。
「…ドクター、一つ聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「…一つの時代に同時に二人の魔女が存在することは可能だと思うかね?」
「私は専門家ではありませんし、魔女についてそう多くの知識を持っているわけでもありません。ですが…、私の考えはこうです。“あり得ません”」
「そ、そうか…」
マーチンの意見が自分と同じだったことに、ボルドは安堵の溜息をこぼした。
「どうなさったのです?」
「いや、いいんだ、今のは忘れてくれ」
それよりも、とボルドは話を逸らした。
先程から気になっていたことだった。
今朝がた早くに目が覚めたボルドが部屋の中にいたラグナと真っ蒼な顔で苦しそうに唸っている補佐官を見ながら身支度を整えていた時だ。
何やら屋敷の中で普段はあまりないちょっとした物音や話し声がいくつか聞こえてきていた。
自分のところに飛んで知らせに来るわけでもなく、左程重大に考えてはいなかったのだが、何があったのか確認だけはしておきたかった。
「…確かにガルバディアの者だったのだな?」
マーチンが事の次第を話すと、ボルドは疑いの目を向けながら尚も確認を取ろうとする。
その執着さが少々鼻につくような雰囲気さえ醸し出していた。
「ガルバディアの制服を着ていましたし、門のところで身分証明ができなければ入れないようになっているはずです」
「…まさか、魔女派のスパイではあるまいな」
「そんな筈はありません。そんな輩がガルバディアの手術を受けるとは思えませんが」
「手術…」
「はい、私が治療した兵士は、高度な技術をもって治療されたようですし、縫合糸はガルバディアの軍が使うものでした」
「…そうか、…私の考えすぎか…」

ボルドは補佐官の様子もマーチンに問いかけた。
彼が下戸であることは、初めて彼と会ったその日に知った。
ほんの少しでも飲むとあぁなることも。
新しい役員や秘書官らの就任を祝う、身内だけのささやかなパーティーで失態を見せたからだ。
彼がいなくては官僚と話をすることもできない。
まさか自分から官邸に通信を入れたところで、「大統領だ」と名乗って誰が信じるだろうか。
報道番組を見ていることしかできないなど、歯痒いだけだ。
しかもどの内容も尾ひれがついた過剰なものばかり。
自分からしてみれば滑稽だが、国民の多くはこのような報道を見て国政の現状を知るのだ。
彼らの知る権利を冒涜するわけではないが、正しい情報を得る手段を画策させたほうがいいだろうと思う。
その考えをすぐに補佐官に伝えようとして、はっとする。
彼は今臥せっていてここにはいないのだ。
小さく溜め息を溢して、ボルドはマーチンに早く補佐官をなんとかして欲しいと頼み込んだ。

あれからどうなっただろうか。
2人の官僚が殺され、犯人は逃走中。
砂漠の収容所とも連絡が取れないということは、そこも襲撃されたと考えられる。
その後はどうなのか、連絡が入らなければ何もわからない。
ボルドは急に惨めな気持ちになる。
自分が国を動かしてきたつもりでいたのに、実際はどうだ。
一人では、何もできない。
「大統領、昨夜はレウァール大統領と何かあったんですか? あなたに詫びをしたいと言ってこちらにいらしたようですが」
「あいつに酒を飲ませたのは彼だったのか」
「あの方も飲めないタイプのようでしたけど、それでもあなたと話がしたかったのでしょう」
目が覚めて寝室を出たときに、そこにいるはずのない人間が大鼾をかいて寝ていたことに驚いたが、そういうことだったのか。
「私は、手をかけ過ぎて間違った方向に花を咲かせたのだそうだ」
「…どういう意味です?」
「…さあ、わからん」

「手をかけ過ぎてると言われたのでしたら、もう少し花たちに任せてみては如何でしょう」
「それはつまり、余計な世話を焼くなと? 見捨てろということか」
「見捨てるのではありません。見守るのです」
「…見守る…」
「はい、花にも意志があります。それぞれに夢や望みを持って生まれてきます。確かに花を育てるのは自分です。
 自分が育てているということに、驕りや慢心はないでしょうか? 己の望みのままに育てていけば、そりゃ見た目は綺麗でしょう。
 でも、それは花たち自身や他の人にも綺麗に見えていないかも知れません。自分一人だけが満足したところで何が報われるでしょうか?
 その花を見て美しいと思う人、買いたいと思ってくれる人の気持ちを考えていますか?
 その花1本1本に、育てた人の思いや気持ちは込められていますか?
 自分の思い通りに世話を焼くことだけが全てではないと思いますよ」
「……マーチン先生。…外科医だけにしておくのは勿体ないですな」
「いえいえ、花を育てる上での私の考えを述べただけですよ」
マーチンは、先程の兵士の様子を見るために、一旦部屋を後にした。
先程の部屋へ向かう途中、屋敷の使用人がワゴンを押しているのを見かけた。
その上に載せられたものを見てマーチンは気付いた。
「彼らが起きたんですか?」
「え、あ、はい。只今は浴室のほうに。その間にお食事の支度をと思いまして」
「そうか」
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