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Chapter.46[ガルバディア]

~第46章 part.3~


「これは! 手術したばかりじゃないか!どうして動かしたりしたんだ!すぐに執刀する! …コールマンさん、隔離できる部屋はありますか?」
「私も手伝います」
「助かるよ。すぐに点滴と麻酔の用意をしてくれ。 誰か!屋敷の人にありったけの清潔なタオルとバケツを持ってこさせてくれ!」
「よ、よし、俺行ってくるよ」
「そこの君、彼を運んでくれ」
「りょ~か~い」
「モノクローナルが必要になるかもしれない。即成のものもあるから、一応準備してもらえるかな。それからペニシリンとアセチルサリチル酸も」
「わかりました。器具はどちらに?」
「私の鞄の脇にトランクがある。その中に最低限のものしかないが、全部出してくれ。輸血が必要になるかもしれない。…彼の血液型は?」
「…さあ?知らないな~」
「先生、タオルとバケツ、持ってきたぜ」
「…調べないとダメか。あぁ、ありがとう。部屋に運んでくれ」
「先生、器具ってこれだけですか!?麻酔も局部用だけ!?」
「こんな手術をすることになるとは思ってもいなかったんだ。これで何とかやるしかない!キミもナースなら……」

2人が入った部屋の扉は、それから暫く開くことはなかった。
「…あいつ、ナースじゃねえだろ…」
「…そうなんだよね~」
4人が到着した屋敷で、運よく医者がいてくれたことに安堵しつつ、大慌てで緊急の手術が執り行われることになった。
閉じられた扉の前で、ゼルとアーヴァインはただ茫然と立ち尽くすことしかできずにいた。
「君たち」
掛けられた声に振りかえった先にいたのは、この屋敷の主であるコールマンと、燕尾服に身を包んだ老人は彼の執事だろうか。
ゼルは以前にもここを訪れたことがり、主の顔は見知っていた。
主人の許可も得ないまま勝手に上がりこんだ上に部屋を一つ借り切っての緊急執刀。
医者がいるということに喜びと安堵を覚えて、挨拶をすることさえ忘れてしまっていた。
すぐに非礼を詫びた二人を、コールマンは怒るどころか労いの言葉を掛け、更には緊急に手術を受けることになった者の身を案じてくれたのだ。
応接間のほうで待ったらどうかと提案までされてしまった。
「スンマセン、気持ちは嬉しいけどよ…」
「僕たちはここでいいですよ~」
「…大事な仲間なんだ」
少し驚いたような顔を見せた後、突然優しい笑顔を浮かべたコールマンは、了承の意を伝えた。
要りようがあったら彼に言うようにと、一緒にいた老人を残し、その場を離れた。
「執事のヤマダと申します。必要なものがございましたらお申し付け下さいませ」
「…マヤタさん?」
「ヤマダです」
「よろしく~」
「んじゃ、早速だけど質問、ガルバディアの兵が門のところにいたけど、何かあんの? 普段は兵なんていないだろ?」
「…あなた方もガルバディアの兵士殿ではありませんか」
「いや、まあ、その…」
「あー、違う部署なんで連絡貰ってないんだよね~」
「そうでしたか…。…実は、こちらにある要人がお見えになっておられます」
「要人? こんな田舎に…?」
「それについては私から説明しよう」

一度チラリと後方へ目を向けてから、キロスは再び二人に視線を戻した。
「こちらへ」
二人を促して、廊下の一番奥まで来てからキロスの足が止まった。
エスタの大統領官邸で、そこを訪れたアーヴァインはセルフィと共に大統領とも、今目の前にいるこの男とも会っている。
あれからそれほど長い時間が過ぎた訳でもないはずなのに、エスタから遠く離れたこんな田舎町で再会したことに、アーヴァインは驚いた。
「あの後、すぐにラグナ君はここへ来た」
「えっ、ラグナも来てるのか!?」
「ヘンデル大統領が撃たれ、ラグナ君はすぐに彼をここに呼び……、いや、連れ出した」
「ええっっ!!ガルバディアのだっ…!!」
「ゼル! シ~!」
思わず大声を上げそうになったゼルの口をアーヴァインが慌てて塞いだ。
アーヴァインもゼルと同じで驚きの声を上げそうになったが、必死に抑えたのだ。
「…それであのヘリかよ。…でも、いいのかよ、ガルバディアのトップがこんなとこ来て。撃たれたんだろ?」
「国民たちの批判も半端ないと思うけどね~」
「幸い、怪我は大したことはない。念のため医師も同行して貰っている。
 それに…、このことは公表していない。国民は、大統領は入院していると思っている」
「なんだ、そうなのか」
「君たちは昨夜のTVを見ていないのか?」
「いや、ずっと車の中だったし、な、アーヴァイン」
「うん、一晩中運転してたんだよね~」
「音声放送も聞いていないのか…。大統領の銃撃の後と、官僚暗殺の後に魔女派の電波ジャックと思われる放送があった」
「ちょっと待ってくれ、官僚が暗殺!?殺されたのか」
「あぁ、酷いやられかただった…。ともあれ、世界は今混乱している。魔女派に狙われた政府や軍と、政府に魔女を奪われた魔女派との対立が激化してきている。
 このままでは紛争にまで発展しかねない」
「ヤ、ヤベーじゃねぇか!」
「そうだよ、早くなんとかしなくちゃ!」
「だから、ヘンデル大統領と話し合いをしようと、ラグナ君はここへ来てヘンデル大統領を呼んだ」
「それにしては緊迫感全くないよね~。大丈夫かな?」
「んで、ラグナは何やってんだ?」
「ラグナ君は、まだ夢の中だ」
スコールが運びこまれた部屋の扉が静かに開かれた。
白衣を身に纏って姿を見せたのはマーチン医師だ。
それに気付いて、ゼルがすかさず歩み寄った。
マーチン医師はマスクを外しながらゼルに合図を送る。
どうやら部屋の中に入ってこい、と言いたいらしい。
アーヴァインのほうを一度振り向いて、ゼルは足を進めた。
部屋の中は、鼻にツンとくる薬品の匂いに包まれていた。
奥のほうで、手術に使ったであろう道具の整理をしているセルフィが2人に手を振ってきた。
「あいつ、大丈夫だよな」
「ええ、安静にしていれば大丈夫ですよ。きちんとした医療施設で治療を受けられたようですし、今回の様なことさえなければすぐに回復しますよ」
治療を終え、真新しい包帯を顔に巻かれた痛々しい姿のスコールがベッドに横たわっていた。
点滴の管は未だ繋がれたままだったが、ゼルの立つ位置から見えるスコールの顔は穏やかに見えた。
「君たちには聞きたいことがたくさんある」
真面目な顔をして、医師がゼルに言う。
ドキリと高なった心臓に、ゼルは焦りを感じてしまった。
先程キロスから聞いた話によれば、恐らくこの人物が大統領と共に来たという医師だろう。
なぜ、どこでこんな怪我を負ったのか、自分たちはどこからわざわざこんな辺鄙なところへ来たのか、根掘り葉掘り聞かれるのはマズイ。
最悪、自分たちがガーデンの人間であるとわかったら、ガルバディアのことだ、何をしてくるかわかったものではない。
「…あ、…えっと…」
ゼルが言葉を濁していると、医師はその顔にフワリと笑みを浮かべた。
「のだが、…やめておこう」
「…はっ?」
スコールへの施術に、マーチン医師はセルフィを助手として使った。
だがナースの服を着ているにも関わらず、違和感を感じ得なかったのだ。
堪らずセルフィに問い質してしまった。“君はナースだろう”と。
彼女から返ってきた言葉は、“否”だった。
そしてセルフィは懇願するように、何も聞かないでほしいと言ったのだ。
「なかなかしぶといところは、誰かさんの血を受け継いだわけだ」
キロスの言葉に、不思議そうな顔を浮かべたのはマーチン医師だけだった。

「もう少ししたら麻酔も覚めるだろう。後でまた様子を見にくるよ」
「ありがとうございます」
何も聞かずにスコールを治療してくれたこの医師に、セルフィは心から感謝した。
「さて、私もラグナ君の様子を見てこなくては」
「! そうだ、昨夜、レウァール大統領と酒を飲んだのは私なのです。…彼は、大丈夫ですか?すぐ診察に向かいますが」
部屋を出ようとしたマーチン医師は、キロスの言葉に反応してその場で振り向いた。
キロスの足もそこで止まってしまう。
「そうでしたか。…いえいえ、大丈夫ですよ。 …君たちも一緒に朝食をどうだい? まだだろう?」
医師の申し出を断り、今度はキロスが後ろを振り返った。
自分たちのほうに話を振られると思っていなかったのだろう、ゼルは大きく口を開けた欠伸を噛み殺した。
「申し訳ないんだけど、僕たちあまり寝てないんだよね~。少し寝かせて欲しいな」
「俺も…」
「実は私も~」
アーヴァインとゼルは返事を待つこともなく、部屋のソファーに深く腰を落としてしまった。
「ごめんなさい。起きたらちゃんと話しますってラグナ様に伝えて…」
セルフィも最後のほうは言葉が聞こえていない。
そのまま、もう一つのベッドに倒れこむように眠ってしまった。
キロスとマーチンは互いに顔を見合わせて小さく微笑んだ。
「ほっとしたのでしょう」
「そのようですね」
二人は静かに部屋を出て行った。



→part.4
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