Chapter.45[バラム]
~第45章 part.4~
決定的…。
シュウは目の前が暗くなってくるような感覚を覚えた。
学園長とともに危惧したことが現実味を帯びてくる。
ただでさえ今、このガーデンはガルバディア軍によって見張られているというのに、そこにあの脱獄騒ぎの速報。
嫌な予感というものは当たるもので、その当人が今目の前にいる。
研究所爆破の最重要容疑者であり、ガーデンの関係者であるランスが収容所をどんな形であるとはいえ逃走してきた。
しかも逃げ込んだ先が、容疑者の帰還を待つ軍が待ち構えているガーデン。
一時はガーデンは無関係だと先方に伝えたばかりだというのに、これで益々ガーデンにかかる疑惑は濃いものになる。
ランスからしてみれば、自分はガーデンに戻り、報告をしなければならないと考えているのはSeeDである以上当然のことで…
しかし、もし今の状況をガルバディア軍に知られたら…
いや、十中八九すでに目撃され報告が回っていることだろう。
あとどれくらいしたら、ガルバディア軍がこのガーデンに踏み込んでくることになるだろうか…
「…ランス・エリオット只今帰還致しました。」
自分に向かって敬礼を捧げるランスに、シュウも敬礼で迎える。
ふと、先程の美しい獣が霧のように空気に溶け込んで消えたのを目の当たりにした。
そしてその正体に気付き、気を抜かれたように呆然とした。
見覚えのある消え方。モンスターとは違う雰囲気と空気。
――――――G.F.…!?
それに驚いている場合ではない。
たった今消えたG.F.と思われる獣がいたところに立つもう1人の人物。
そちらに目を奪われていることにランスは気付いたようだ。
「…彼に、助けられたんです」
そう言葉を吐きながら、ランスはゆっくりと振り向いた。
もう1人の人物がゆっくりとこちら向かって歩みを進めてくる。
その腕には何かを抱えているようにも見える。
「…彼…?」
雨のせいで星空は見えず、空は真っ暗だ。
白っぽいコートを纏っているのはかろうじてわかるが、一体誰だ…?
人影がゆっくりと近付いてくる。
足を進めるたびに、その人物がかなり長身であることが伺えた。
そしてガーデンから漏れる光の下に姿を現した人物を見て、シュウは意外なものでも見たように呆けた顔をしてしまった。
「!! サイファー!なぜあなたがここに!!」
「・・・・・」
「シュウ先輩、サイファーさんをご存知なんですか? やっぱり、ガーデンの人だったんですね、サイファーさん」
「と言うか、それ、誰?」
「そうですね、まず中に入りましょう。サイファーさんも」
「……ビッグゲストさ」
「!!!」
ランスに無理に後ろから押されるように、雨の当たらない屋内まで移動してから、シュウはサイファーが抱えている人物の顔を覗きこんだ。
そして絶句してしまう。
ランスの顔を見た時以上の絶望感に襲われる。
不安とも焦りとも違う、どこかもう逃げることの出来ない壁にぶち当たってしまったような、決定的な絶望。
あの時の光景が蘇る。
空気までもがあの時と同じ匂いを運んでくるような感覚を覚え、眩暈がする。
「…シュウ先輩?」
不意に掛けられた声で我に返る。
自分の頭を軽く2度3度と小刻みに横に振り、己の頬を両手で包み込んだ。
そうだ、今は、とにかく今の現状のことに集中しなければならない。
考えを引き締め、頭の中を整理する。
サイファーが抱えていたのは、リノアだった。
紛れもない、見間違えようもない、あれはリノアだ。
…なぜ?
なぜサイファーがリノアを連れてきた?
どうしてリノアはこんな状態に?
ランスと彼の繋がりは?
…スコールは…?
疑問は絶えることがない。
「…おい、そこの女!」
少し先を歩いていたサイファーが声を掛けてきた。
「…それ、わざと? 万年候補生…」
自分の名を呼ばなかったサイファーの言葉に違和感を覚えながらも、こっちも仕返しとばかりに懐かしい愛称をぶつけた。
「・・・・・」
「??」
「…何?」
こちらから掛けた言葉に、僅かに片眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。それでもサイファーは動じない。
意味が分からないランスは疑問符を浮かべるばかりだ。
「休ませる必要がある。部屋を用意してくれ」
それは今彼が抱えているリノアのことであることは分かっていたが、サイファーの言葉1つ、動作1つに妙に違和感を感じるのだ。
保健室に行けばいいとシュウが答えると、サイファーは案内しろと返してきた。
…?? おかしい…
このガーデンに在籍していたサイファーが保健室の場所も知らないはずがない。
「…この通路を出て右よ」
こちらを振り向きもせず、鍵の壊された扉を抜け、エレベータホールに出る。
「…! あぁ、そうだったな」
突然何かを思い出したかのような言葉を吐き、その後は真っ直ぐ迷うことなく保健室へと向かった。
「カドワキ先生!」
「どうしたんだい、シュウ、そんな大声出してあんたらしくもない」
保健室に飛び込むように入室したシュウは思わず自分の行動に自制をかける。
すでにマスターシドは退室したようで、そこには後片付けをしているカドワキがいるだけだった。
入口に立ったままのシュウの背後から、のそりと大きな影が姿を現した。
「!! …まさか、サイファー、かい?これは驚いたね」
「カドワキ先生、すぐに診てもらいたいんです」
どこか嬉しそうな笑顔を見せていたカドワキの顔を曇らせるには十分な一言だ。
部屋の奥にあるベッドに、サイファーは抱えていた人物を静かに横たえた。
「…おや、この子どっかで見たね ………すっかり冷たくなってるじゃないか!すぐに濡れた服を着替えさせないと!」
濡れたコートのまま、保健室内のソファーにどかりと腰を下ろしたサイファーに、ランスは着替えるように声を掛けるが、サイファーは気にしていないようだ。
「俺はいいんだよ。それより、リノアはどうなんだ?」
「…薬か何かでも飲まされたのかい? …大丈夫、雨に濡れて体が冷えただけだよ。…シュウ、あんたも濡れちまってるじゃないか、ほら」
カドワキはシュウの頭に乾いたタオルを押し当てた。
どこか薄っすらと消毒薬の匂いがついたタオルだった。
「それにしても驚いたねぇ、またあんたに会えるとは思ってもみなかったよ、サイファー。 あの暴れん坊が人助けかい?やるじゃないか!」
「……暴れん坊…? フン、知るか」
「あんたも酷い怪我じゃないか!ほら、治療するからこっちに座りなさい」
「…あ、いえ、大丈夫ですから」
「いいから、ほら! …まったく、今回はどんな無茶をやらかしたんだか…」
「あの、シュウ先輩、トゥリープ教官長は…?」
「彼女、任務で出かけたわ。今は私が代理。…報告?」
SeeDとして命を受け、その任務が完了したとしても、未遂であったとしても、本部に戻った以上、上に報告することは義務である。
それ以上に、あの時自分が捕まった時点でガーデン、いや学園長やキスティスにガルバディア軍の砲口が向いたであろうことは予測できていた。
先程ここに戻ってきたときのシュウの態度や、ガーデン内の雰囲気からしても自分が危惧したような事態には陥っていなかったことに多少の安堵を覚えた。
そして教官長であるキスティス自ら任務に就いていると言う。
任務の内容までは分からないが、今回の魔女騒動に関わりがあることだけは簡単に予測できた。
「学園長に報告に行きます。シュウ先輩も一緒に来て下さいますか?」
「ええ、勿論よ。 …サイファー、今のあなたに学園長に会えと言うのは酷かもしれないけど、あなたにも、きちんと報告をして貰いたいの」
「俺はSeeDじゃねぇし、何の任務を命じられてるわけでもねぇ、ガーデンとは関係ない」
「…なぜ…」
「……?」
「なぜあなたがリノアを連れてきたの? スコールはどうしたの?」
シュウの質問に、ランスまでもが反応を示す。
「スコールさん?」
そうだ、あの日の夜、彼はトラビアへ向かったはずだ。リノアを守るために。
そのリノアが、あの収容所にいた。それは当然ガルバディアによって捕らえられたから。
しかし、ではスコールは…?
共に捕まっていたとしたら、彼も同じ収容所にいたはず。だが、ランスは彼の姿を見ていなかった。
自分を救い出そうとしてくれたあの子供たちの両親でさえもそんな話は全くしていなかった。
「スコールもそこにいたってのか? …フン、やはりあいつにはリノアを守る資格なんてねーのさ」
→part.5
決定的…。
シュウは目の前が暗くなってくるような感覚を覚えた。
学園長とともに危惧したことが現実味を帯びてくる。
ただでさえ今、このガーデンはガルバディア軍によって見張られているというのに、そこにあの脱獄騒ぎの速報。
嫌な予感というものは当たるもので、その当人が今目の前にいる。
研究所爆破の最重要容疑者であり、ガーデンの関係者であるランスが収容所をどんな形であるとはいえ逃走してきた。
しかも逃げ込んだ先が、容疑者の帰還を待つ軍が待ち構えているガーデン。
一時はガーデンは無関係だと先方に伝えたばかりだというのに、これで益々ガーデンにかかる疑惑は濃いものになる。
ランスからしてみれば、自分はガーデンに戻り、報告をしなければならないと考えているのはSeeDである以上当然のことで…
しかし、もし今の状況をガルバディア軍に知られたら…
いや、十中八九すでに目撃され報告が回っていることだろう。
あとどれくらいしたら、ガルバディア軍がこのガーデンに踏み込んでくることになるだろうか…
「…ランス・エリオット只今帰還致しました。」
自分に向かって敬礼を捧げるランスに、シュウも敬礼で迎える。
ふと、先程の美しい獣が霧のように空気に溶け込んで消えたのを目の当たりにした。
そしてその正体に気付き、気を抜かれたように呆然とした。
見覚えのある消え方。モンスターとは違う雰囲気と空気。
――――――G.F.…!?
それに驚いている場合ではない。
たった今消えたG.F.と思われる獣がいたところに立つもう1人の人物。
そちらに目を奪われていることにランスは気付いたようだ。
「…彼に、助けられたんです」
そう言葉を吐きながら、ランスはゆっくりと振り向いた。
もう1人の人物がゆっくりとこちら向かって歩みを進めてくる。
その腕には何かを抱えているようにも見える。
「…彼…?」
雨のせいで星空は見えず、空は真っ暗だ。
白っぽいコートを纏っているのはかろうじてわかるが、一体誰だ…?
人影がゆっくりと近付いてくる。
足を進めるたびに、その人物がかなり長身であることが伺えた。
そしてガーデンから漏れる光の下に姿を現した人物を見て、シュウは意外なものでも見たように呆けた顔をしてしまった。
「!! サイファー!なぜあなたがここに!!」
「・・・・・」
「シュウ先輩、サイファーさんをご存知なんですか? やっぱり、ガーデンの人だったんですね、サイファーさん」
「と言うか、それ、誰?」
「そうですね、まず中に入りましょう。サイファーさんも」
「……ビッグゲストさ」
「!!!」
ランスに無理に後ろから押されるように、雨の当たらない屋内まで移動してから、シュウはサイファーが抱えている人物の顔を覗きこんだ。
そして絶句してしまう。
ランスの顔を見た時以上の絶望感に襲われる。
不安とも焦りとも違う、どこかもう逃げることの出来ない壁にぶち当たってしまったような、決定的な絶望。
あの時の光景が蘇る。
空気までもがあの時と同じ匂いを運んでくるような感覚を覚え、眩暈がする。
「…シュウ先輩?」
不意に掛けられた声で我に返る。
自分の頭を軽く2度3度と小刻みに横に振り、己の頬を両手で包み込んだ。
そうだ、今は、とにかく今の現状のことに集中しなければならない。
考えを引き締め、頭の中を整理する。
サイファーが抱えていたのは、リノアだった。
紛れもない、見間違えようもない、あれはリノアだ。
…なぜ?
なぜサイファーがリノアを連れてきた?
どうしてリノアはこんな状態に?
ランスと彼の繋がりは?
…スコールは…?
疑問は絶えることがない。
「…おい、そこの女!」
少し先を歩いていたサイファーが声を掛けてきた。
「…それ、わざと? 万年候補生…」
自分の名を呼ばなかったサイファーの言葉に違和感を覚えながらも、こっちも仕返しとばかりに懐かしい愛称をぶつけた。
「・・・・・」
「??」
「…何?」
こちらから掛けた言葉に、僅かに片眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。それでもサイファーは動じない。
意味が分からないランスは疑問符を浮かべるばかりだ。
「休ませる必要がある。部屋を用意してくれ」
それは今彼が抱えているリノアのことであることは分かっていたが、サイファーの言葉1つ、動作1つに妙に違和感を感じるのだ。
保健室に行けばいいとシュウが答えると、サイファーは案内しろと返してきた。
…?? おかしい…
このガーデンに在籍していたサイファーが保健室の場所も知らないはずがない。
「…この通路を出て右よ」
こちらを振り向きもせず、鍵の壊された扉を抜け、エレベータホールに出る。
「…! あぁ、そうだったな」
突然何かを思い出したかのような言葉を吐き、その後は真っ直ぐ迷うことなく保健室へと向かった。
「カドワキ先生!」
「どうしたんだい、シュウ、そんな大声出してあんたらしくもない」
保健室に飛び込むように入室したシュウは思わず自分の行動に自制をかける。
すでにマスターシドは退室したようで、そこには後片付けをしているカドワキがいるだけだった。
入口に立ったままのシュウの背後から、のそりと大きな影が姿を現した。
「!! …まさか、サイファー、かい?これは驚いたね」
「カドワキ先生、すぐに診てもらいたいんです」
どこか嬉しそうな笑顔を見せていたカドワキの顔を曇らせるには十分な一言だ。
部屋の奥にあるベッドに、サイファーは抱えていた人物を静かに横たえた。
「…おや、この子どっかで見たね ………すっかり冷たくなってるじゃないか!すぐに濡れた服を着替えさせないと!」
濡れたコートのまま、保健室内のソファーにどかりと腰を下ろしたサイファーに、ランスは着替えるように声を掛けるが、サイファーは気にしていないようだ。
「俺はいいんだよ。それより、リノアはどうなんだ?」
「…薬か何かでも飲まされたのかい? …大丈夫、雨に濡れて体が冷えただけだよ。…シュウ、あんたも濡れちまってるじゃないか、ほら」
カドワキはシュウの頭に乾いたタオルを押し当てた。
どこか薄っすらと消毒薬の匂いがついたタオルだった。
「それにしても驚いたねぇ、またあんたに会えるとは思ってもみなかったよ、サイファー。 あの暴れん坊が人助けかい?やるじゃないか!」
「……暴れん坊…? フン、知るか」
「あんたも酷い怪我じゃないか!ほら、治療するからこっちに座りなさい」
「…あ、いえ、大丈夫ですから」
「いいから、ほら! …まったく、今回はどんな無茶をやらかしたんだか…」
「あの、シュウ先輩、トゥリープ教官長は…?」
「彼女、任務で出かけたわ。今は私が代理。…報告?」
SeeDとして命を受け、その任務が完了したとしても、未遂であったとしても、本部に戻った以上、上に報告することは義務である。
それ以上に、あの時自分が捕まった時点でガーデン、いや学園長やキスティスにガルバディア軍の砲口が向いたであろうことは予測できていた。
先程ここに戻ってきたときのシュウの態度や、ガーデン内の雰囲気からしても自分が危惧したような事態には陥っていなかったことに多少の安堵を覚えた。
そして教官長であるキスティス自ら任務に就いていると言う。
任務の内容までは分からないが、今回の魔女騒動に関わりがあることだけは簡単に予測できた。
「学園長に報告に行きます。シュウ先輩も一緒に来て下さいますか?」
「ええ、勿論よ。 …サイファー、今のあなたに学園長に会えと言うのは酷かもしれないけど、あなたにも、きちんと報告をして貰いたいの」
「俺はSeeDじゃねぇし、何の任務を命じられてるわけでもねぇ、ガーデンとは関係ない」
「…なぜ…」
「……?」
「なぜあなたがリノアを連れてきたの? スコールはどうしたの?」
シュウの質問に、ランスまでもが反応を示す。
「スコールさん?」
そうだ、あの日の夜、彼はトラビアへ向かったはずだ。リノアを守るために。
そのリノアが、あの収容所にいた。それは当然ガルバディアによって捕らえられたから。
しかし、ではスコールは…?
共に捕まっていたとしたら、彼も同じ収容所にいたはず。だが、ランスは彼の姿を見ていなかった。
自分を救い出そうとしてくれたあの子供たちの両親でさえもそんな話は全くしていなかった。
「スコールもそこにいたってのか? …フン、やはりあいつにはリノアを守る資格なんてねーのさ」
→part.5