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Chapter.44[ラヴ・クィーン号]

 ~第44章 part.3~


「面舵30、全速前進!!」
風を一杯に受けた帆が、その独特の布の音をはためかせて船はゆっくりと海の上を滑り始めた。
昨日乗り込んだ小さなボートとは全く違う爽快感に、2人は船縁から身を乗り出して海を眺めている。
子供らしい感嘆の声は船中に響き渡り、マーロウ始め船員達の気持ちも高ぶってくる。
船の上から改めて見るF.H.は、海の上の要塞のようだった。
そこから伸びる長い線路は水平線の彼方に消えて、この先がどこに続いているのか分からなくなりそうだ。
海から見ることで、初めて巨大なアンテナの全貌が分かる。
美しい青緑に光るパネルが真円を描き、太陽の光を反射していた。
甲板の上を、右舷に左舷に走り回り、子供たちは大喜びのようだ。
そんな2人にマーロウが声を掛けた。
「今のところは好きにしてていいぞ。俺たちの仕事がどんなものか見てろ。だがな、これだけは言っておくぞ。
 お前たちは客じゃねーんだ。俺たちの漁のついでに乗せてやってるってことを忘れるな。
 この船の上では船長の命令は絶対だ。言うこと聞けねぇ奴はすぐに船を降りてもらう。…わかったな」
「おう!」
「はい、船長!」
「ようし、いい返事だ」
満足気な笑顔を見せると、マーロウは船室に戻っていった。
入れ替わるように、別の扉から人影が出てきた。
先程顔を出さなかった人物だ。何やら手にしたものを足元に置き、ロープのついたバケツを海に投げ入れ、水を汲んでいるようだ。
手元に戻ってきたバケツを足元に置いて、何をしているのか屈んで手元を動かしているようだ。
2人は互いの顔を見合わせてから声を掛けてみた。
「…あの」
「うわっ! …びっくりした! …あれ?キミたちは…」
「驚かせてすいません。」
「あぁ、キミたちか」
先程マーロウ達の紹介をされた時に、皿洗いをやっていたという人物である。
セルビックと名乗った青年に、2人は改めて挨拶する。
昨夜の騒動を詫びるセルビックは、他のクルーに比べると特別日に焼けている訳でもなく、そんなに力がありそうにも見えない。
とても漁師には見えないこの青年に、何をしているのかと尋ねた。
「うん、ちょっとね、調べものをしているんだ。…一緒に来るかい?」
ウィッシュの興味津々なキラキラと光る瞳を見て、セルビックは誘いの言葉を掛けた。
すぐさま元気のいい返事を返したのはウィッシュだけだった。
「俺はパス! なんかあっちのほうが面白そうだしな!」
船の後甲板をほうを指差したホープの瞳も、興味をそそられるのか好奇心に満ちていた。

セルビックに案内され、ウィッシュは船室へと足を進めた。
途中、船の中の設備を簡単に説明してくれるセルビックの話を聞きながら、ウィッシュは心を弾ませていた。
船に乗るのが初めてという訳ではない。
バラムとトラビアを行き来する際には必ず船に乗るのだ。
だがそれは、互いのガーデンが所有する小型の高速艇であり、ただの移動手段でしかない。
他の目的の為の船など、これが初めての乗船なのだ。
船といっても、何日も海の上で生活をすることになる為の設備が整えられており、ちょっとした家と言ってもおかしくはない。
勿論、海の上に住む人間にとっては船は家族であり、家である。
ウィッシュにはそれが新鮮で珍しく、セルビックの説明一つ一つに感嘆の声を漏らした。
一番奥の小さな倉庫。そこの一角だけを仕切った形で様々なものが乱雑に散らばっているところがある。
「足元、気をつけてね」
狭い倉庫の更に奥の少しだけの空間は、天井までびっしりと詰まれた本や、落下防止策が施された何に使うか分からない不思議な道具や、ウィッシュにもよく見慣れた
機材や不気味な魚の標本やら…
ちょっとした研究所のようだ。
「うわぁ…。凄いですね~。セルビックさんて、何やってる人なんですか?」
「まぁ、漁師ではないかな。見てわかると思うけど。僕は海洋学の研究をしているんだ」
「海洋学…?」
「ハハハ…、キミに言ってもまだちょっと分からないかな?海のことや、海に住んでいる生き物の研究をしているんだ」
セルビックは、まだ幼いウィッシュに説明しても理解できないと踏んだのか、言葉を選びながら簡単に説明し始めた。
「…おっと、水を汲んでくるのを忘れたな…。ちょっと待っててくれるかい?」
「…先程汲んでたんじゃないんですか?」
「うん、海水じゃなくて、機材の洗浄に…えーと、道具を洗う為の水だよ」
「水くらいなら、出せますけど」
「…出す…?」
ウィッシュは倉庫の中を見渡し、手近にあった空のバケツに片手を翳した。
『ウォータ!』
小さな掌の中に集められた水蒸気は小さな雲を形作り、それは雫を零し始め、勢いよく水が湧き出した。
「!!! えっ!?ええっ!?」
驚きの余りに鼻先にまでずり落ちた丸い眼鏡を片手でグイと押し上げ、セルビックは驚きを隠せない。
「これくらいで足りますか?」
別に不思議なことではないとでも言わんばかりにウィッシュはバケツをセルビックに手渡した。
「…い、今のって、何だい?」
「えっ、魔法、ですけど…」
「・・・・・」
急に何かを考え込んでしまった。
「セルビックさん?」
「…キミに、いやキミ達にぜひ紹か…「ウィッシュ~!来いよ~!」」
「? 兄さん? スイマセン、セルビックさん、また今度見せて下さい!」
セルビックの言葉を遮るようにでかい声が聞こえてきた。
それ以上セルビックは言葉を続けることができなくなってしまった。
「…あぁ、いつでもおいで」
子供らしい笑顔を見せて、ウィッシュはそこから走り去った。
ホープが自分を呼ぶということは、それだけ何か特別なことを見つけたのかもしれない。
ウィッシュはすぐにそちらに興味を惹かれてしまったのだ。
「…紹介、したい人がいるんだ、ウィッシュ君、それに、ホープ君…」
彼の呟きは、狭い倉庫の中に吸い込まれた。


ウィッシュが再び甲板に顔を出したとき、扉の前でホープが待ちきれない!とばかりに顔を綻ばせ、男たちの動きをじっと見つめていた。
いつの間にか船は海の真ん中に停泊しており、どこを見渡しても2つの青を分断する僅かに曲線を描く水平線が見えるだけだった。
「これから、漁が始まるんだってよ! なんかわくわくしねーか!?」
ホープの言葉に、ウィッシュも笑顔で答える。
船長の命令に、乗組員達は気持ちのいい返事を返し、そしてきびきびと統制の取れた動きを見せる。
それぞれにそれぞれの役目があるようで、皆自分が担当する仕事をきっちりこなしていく。
しかも驚いたのが、この漁の方法だった。
随分と古めかしい、単純なものだった。
「変な機械なんか使うより、こっちのほうがずっと信用できるし、何より確実で実感がある」
それがマーロウの定義なのだ。
突然ホープが呼ばれ、作業を手伝わされる。
当然の如く、ホープは嬉々としてそれを手伝った。
マーロウがウィッシュを手招きしている。
上がった魚をいくつか、小さなバケツに入れているようだ。
「こいつを、セルビックの奴に持っていってくれ。渡してくるだけでいいぞ」
「はい!」
自分がやりたいことを止められるのは癪だが、こうして仕事を与えられるというのは、なんだか嬉しい気持ちになる。
それは大人とか子供とか、年齢など関係ないのかもしれない。

ウィッシュがマーロウのところに戻ろうとした時、船の中に警戒を知らせるアラームが鳴り響いた。
「!?」
「接近警報だ。…何か来るぞ!」
メイが作業をやめ、素早く操舵室に入った。
ローレルも魚を放り出し、スルスルとマストの上に身を乗り出した。
「何も見えませんよ~」
「船長!前方20!」
「何だと!!」
すぐに船に大きな揺れが走る。何かにぶつかった?…何かがぶつかったのか?
突然の衝撃に、小さなホープとウィッシュはバランスを崩して転がった。
「ホープ、こっちに来い!!」
マーロウは2人を揺れから守るように、その力強い腕でしっかりと2人を抱きしめた。



→part.4
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