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Chapter.44[ラヴ・クィーン号]

 ~第44章 part.2~


マーロウが病院に2人の子供を迎えに行ったとき、病室の窓から2人が手を振って名を呼んでいた。
窓から身を乗り出す様子は、いつ落ちてもおかしくないほどで、マーロウは冷や汗を掻きながらその窓の下まで移動した。
悪い予感は的中するもので、1人の子供が勢いよくそこから落ちてきた。
思わず大きな声を出してしまう。
おろおろするマーロウを尻目に、柔らかそうな茶色の髪がフワリと揺れ、その子はきれいに地面に着地して見せた。
「…船長、静かにしてくれよ!見つかっちまう!」
慌てて口を塞いで頷いた。
上からもう1人、小さな掛け声と共に窓枠を蹴った。
人間の咄嗟の行動というものは止めることができないもので、先に飛び降りた子が大丈夫という言葉を吐いているのにも関わらず、今上から落ちてくる子供を受け止めようと
窓の下で腕を伸ばした。
驚いたのは飛び降りた子のほうだ。
着地地点に腕を伸ばした人間がいるのだ。
避けようにもどうすることもできずに、その逞しい腕の中に飛び込んだ。
「まったく、無茶しやがる!」
「…スイマセン、マーロウさん」
2人から事情を聞き、しぶしぶ納得したマーロウはさっさと病院を後にすることにした。
こんな幼い子供の取る行動とは思えないことに、驚いたのは確かだが、病院を出た2人は年相応にはしゃいでいる。
この町は初めて訪れたと言っていた。
町のあちらこちらに残る昔の鉄道の名残や、古い町並み、新しく作られた町並み、そしてシンボルとも言える巨大なアンテナ。
そのどれにもいちいち感動し、感嘆の声を上げ、嬉しそうに走り回っている。
その子供らしい動きに、マーロウは密かに安心した。
だがその顔も、長くは続かなかった。
港に隣接した店先を進んでいくと、昨夜の事件を報道している番組が流れていた。
ガルバディアD地区収容所で起きた脱走事件、そして官僚の暗殺事件、それを受けての魔女派による電波ジャック。
それは子供たちの明るかった笑顔を一瞬にして奪ってしまう。
足を止め、その報道内容に釘付けになってしまった。
2人の変化に、マーロウが気付かないわけも無く、テレビ画面から目を逸らせないでいる子供たちの背後に回った。
「…酷い世の中になっちまったもんだな…。 …さぁ、お前さんたちにゃ関係ねぇ。行くぞ」
「!!かっ……」
「??」
「…はい」
マーロウの言葉に、思わず反論しそうになる言葉を無理に飲み込んだのがわかった。
こんな幼い子供には、まだ早い。
なぜこの子たちはこんなに敏感に反応するのか、マーロウにはわからなかった。
「(時代の節目、ってやつか…)」

港には様々な船が停泊している。
10年前の魔女戦争が終結してから、ここF.H.も整備が進み、鉄道も新たに通っている。
多種多様な店が軒を連ね、港も大きくなった。
他の国や大陸からの観光船や定期船も走るようになった。
一番の目玉は、かつての横断鉄道の歴史を集めた資料館だろう。
新しい鉄道が引かれることになったとき、それまでここに携わってきた多くの人々はその建設に反対した。
だが、エスタからの高い技術とモノを造り生み出すことに喜びを感じる多くのツクリテ達が集まるこの街の今後に向けての再開発は嬉しいものであった。
エスタ政府は、そこに過去の鉄道と働き手の人々の歴史を残すことを約束したのだ。
今やその立派な建物はこの町の巨大なアンテナと共に、多くの観光客を迎え、大切に扱われることになっている。

マーロウは1隻の船を指差して子供たちを促した。
「さぁ、着いたぜ。俺の『ラヴ・クイーン』号だ」
「わぁ!……」
「……って、漁船じゃん!!」
「…何言ってやがる。漁師なんだから当然だ」
名前だけ聞けば美しい豪華船を想像するが、目の前にあるのは使い古された漁船。
漁に使用する機械や道具がその意味を物語っている。
「『ラヴ・クイーン』なんて言うからどんな船かと思ったのに…」
「それでも、僕が想像していたよりずっと大きくて立派ですね!」
「おおよ、少々型は古いがスピードは出るし、パワーがある。多少のシケにゃビクともしねぇぞ」
「シケって何だ?」
「嵐のことだよ、兄さん」
「さ、乗れ! すぐに出発するぞ!仲間も待ってる」
再び笑顔を取り戻した兄弟は、嬉しそうに船に向かって走り出した。
桟橋から船縁に掛けられた渡し板を外し、艫綱を解いたマーロウが子供たちの後に続いて船に飛び乗った。
すぐに船員達の元気のいい声が掛けられる。
「船長!おかえりなさい!」
「おう!今帰ったぜ。 …全員集合だ!」
マーロウの大きな声が船の中に響く。
昨夜見知った顔が、マーロウと2人の立つ甲板に並ぶと、マーロウは2人の間に立ち、両手でそれぞれの肩に手を乗せた。
「ほれ、自己紹介だ」
「…昨夜、名前は教えただろ…」
「けじめはつけるもんだぞ」
突然何かを感じ取ったかのように、ふいに2人の顔が険しくなる。
「…兄さん」
「…あぁ、わかってる」
「助けは…?」
「いや、俺1人で大丈夫だ」
「??」
そう言い残して、突然姿を消してしまった。
「あ、おい!」
「スイマセン、ちょっと待って下さい。あ、僕はウィッシュ・キニアスです。よろしくお願いします」
「もう1人はどこ行ったんだ?」
すると、上空から鈍い音が上がり、そこにいた全員が音のしたほうに首を向ける。
奇妙な落下音と共に、甲板にモンスターが落ちてきた。
それを追いかけるように降りてきた1人の少年。
突然のことに船員達は驚きを隠せない。
それに、まさかこの幼い子供がこんなことをしでかすとは思ってもいなかったのだ。
「うわぁ、びっくりしたな~」
「お前しとめたのか!?」
「すげーな!」
「…スラストエイビスだ。珍しいな、こんな海の上で」
「もう、兄さん…」
「ってことで、俺はホープ・キニアス。よろしく!」

「さて、こちらからも改めて紹介だ。まずあそこのでかいのが、力自慢のダン、それから隣にいるのが、スリー。銃の腕だけはピカ一だ」
「おう」
「…船長、“だけ”ってことはねぇだろ」
「ははは、スマン。…それからそっちのロン毛がスウェット。料理が得意だ。…こいつも後で捌いてもらおう」
マーロウは、今ホープが仕留めたモンスターを指差しながら笑顔で言った。
「…これ、食うのか!?」
「何だ、食ったことないのか?後で美味しく料理してやるぞ!」
「あそこの小さいのがローレル。医者の資格を持ってる。そして操舵室にいるのがメイ。一等航海士だ」
「よろしく」
マーロウが船室のほうを指差すと、声が聞こえたのか中にいた人物が軽く片手を上げてみせた。
「…あとは…、おい、セルビックの野郎はどうした?」
「あいつならまだ皿洗いやってますよ、船長」
「なんだ、まだそんなことやってたのか。 …まぁいい、もう1人、セルビックって若僧がいる。仕事はトロイが、頭がいい。そして最後に、俺が船長のマーロウだ。
 改めて、ようこそ!我が『ラヴ・クイーン』号へ!」
姿が見えないもう一人というのは、昨夜の宴会のときに見掛けた漁師らしからぬ人物であろうことはすぐにわかった。
「よーし、船を出すぞ!全員持ち場に着け~!」
船長の大きな掛け声に負けじと大きな返事を返し、きびきびと出航の準備をする乗組員達の動きに、2人はただその様子を見つめていることしか出来なかった。
…ただ、何とも言えないわくわくとした高揚感が胸いっぱいに広がっていたことだけは確かだった。



→part.3
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