Chapter.44[ラヴ・クィーン号]
~第44章 part.1~
広くて明るい部屋で、誰かが話をしている。
目の前を行ったりきたりする人物が着ていた制服は、バラムガーデンの教官服。
ここは、バラムガーデンなのか。
しかし、この教官は見覚えがない。
なぜか、ずっとドールの歴史について延々と語っているようだ。
ウィッシュにとってはもう何度も聞かされた歴史。
場面は転換し、先程の教官が自分に向かってなにやら話しかけている。
『…おい、伝令、聞いているのか?』
自分は返事を返しているのか、画面が上下に激しく揺さぶられる。
しかしやはり自分は何を喋っているのか分からない。
再び画面が転換する。
どこかの街の中…?誰かを探しているようだ。
キョロキョロと辺りを見回している。
しかし走りながらのようだ。目が回りそうだ。
ごつごつとした岩肌が目に付く急な坂道を駆け上っている。
…ここ、どこなんだろう?
急に開けた視界に飛び込んできたのは、巨大な塔。
下から上にゆっくり視線を持ち上げていく。
その大きさに感嘆の声を漏らしてしまうほどに。
急に視界がぐるりと後ろに回る。振り向いたのか。
小高い段差のような岩壁をよじ登ると、下のほうに道が見えた。
そして、一瞬だけ、“彼”が見えた、ような気がした。
突然視界が大きくぶれる。地面が空がぐるぐると回っている。
思わず硬く目を閉じた。
ビクリと反応して目を覚ます。
心臓がバクバクと飛び出してきそうなほど波打っている。
荒い息をなんとか深呼吸で収めながら、額の汗を拭った。
「…夢、かぁ…」
そして自分の腹の上に1本の足が乗っていることに気が付いた。
「兄さんか。 …びっくりした。…それにしても、変な夢…」
昨夜ここで目を覚ましたとき、辺りは暗闇に包まれていた。
しかも、突然の来訪者が病室内で大宴会を開いてしまうというとんでもない出来事を体験してしまったウィッシュは、すっかり事の重大性を忘れかけていた。
しかし、改めて思い返すととんでもない、命を顧みない向こう見ずなことを仕出かしてしまっていたのだ。
それでも、自分たちを逃がしてくれたランスの行動を、気持ちを、無駄にしたくなかった。
枕元に、自分たちがそれまで着ていた服がきれいに折り畳まれて置かれていた。
バラムガーデンの年少クラスの制服である。
その上に、自分たちの持ち物だったものがいくつが乗せられていたが、その数は少なく、海でそのほとんどが流されてしまったのだということがわかった。
ホープの足を腹から払いのけ、そっと揺さぶりながら目を覚ますように促してみる。
いつものように、すぐに起きるわけがないのだが、それでもウィッシュはホープの名を呼びながら軽く彼の背を叩いた。
ドアを軽くノックして、若い女性が入ってきた。
淡いピンク色のナース服を纏った看護士であり、ウィッシュと目を合わせると柔らかい笑顔を見せた。
「おはよう、よく眠れた?」
「おはようございます。はい、お陰様で」
「…クス、お兄さんはまだ夢の中なの?」
手にしていたカルテをベッド脇のスツールに置き、検温計をウイッシュに手渡しながら笑ってみせる。
2人の体温と脈を計り終えた看護士は、笑顔のまま朝食を持ってくると伝え、病室を後にした。
昨夜ここで賑やかな宴会を繰り広げた命の恩人達は、その後看護士長の怒りの一言で解散となった。
しかし、2人をセントラまで送り届けてくれることを約束し、朝にはまた迎えに来ることを伝えて病院を後にした。
ホープとウィッシュは、申し訳ないと思いながらも、その言葉に甘えることにした。
どういう形であろうと、確実にそこに向かわねばならないのだ。
昨日、あの後のことは全く分からない。
自分を逃がしてくれたSeeDは、ガーデンはどうなったのだろうか?
未だ目覚めない兄、ホープを起こそうと画策しているところへ、先程の看護士が2人分の朝食を手に病室へ入ってきた。
突然、香りに釣られたのかホープが身を起こす。
その様子に、看護士はまた柔らかい笑みを浮かべた。
「あの、テレビをつけてもいいですか?」
「…ええ」
なぜか、看護士の返事は芳しくない。
疑問に思いながらも、了承を得られたことでウィッシュはスイッチを入れる。
そこに映し出されたのは、ティンバーでの様子だった。
ガルバディアの町は今や無法地帯と化し、昨日の出来事の影響も相まってか人々の政府に対する不信感はもう止めることはできない状態だ。
興奮が収まらない人々は、さらにその行動を広げ、ティンバーの町までをも飲み込む勢いだったのだ。
先日ティンバーで行われた大規模なレジスタンス掃討作戦の結果、一時はレジスタンスの動きが制限されたものの、魔女派の動向、政府の対応に人々の動きを抑えることは
出来なかった。
大挙した人々の群れはさながら大津波のように町を飲み込んでいった。
突然、看護士はテレビのスイッチを切ってしまった。
「! …あ、あの…?」
「あなたたちは、知らなくていいことよ…。さ、冷めないうちに食べて。朝食が終わったら、先生がまた回診に見えられるそうよ。その後、巡査官さんも来てくれるそうだから」
「…あ、ハイ…」
町の酷い有様を、人々の暴徒と化した様子を、無残な被害者の姿を、看護士は子供たちに見せたくはなかったのだ。
「食べ終わった頃にまた来るわ、ごゆっくり」
申し訳なさそうに眉を落とした看護士を見送ると、文句を言いながらも口一杯に頬張っているホープに声を掛けた。
「兄さん、マズイんじゃない?」
「…ん?そうか? それなりにいけると思うけど」
「違う!食事の話じゃなくて!」
「??」
「この後、先生と巡視官が来るって言ってたよ。それって、公安のことじゃないかな?」
「ぶへっ!!!」
「うわっ!兄さん!!」
ウィッシュの言葉に、ホープは口に詰め込んでいたものを盛大に撒き散らした。
「もう、兄さん、汚いよ…」
「それどころじゃねー!早くとんずらこいちまおうぜ!」
「…うん、でも、昨日の船長さんが迎えに来るって言ってたよ」
「お、そうなのか?…んじゃ、待ってりゃいいんじゃねーか。……あ、でも、その前にその公安が来たらやべーか…」
「それから、もう一つ、気になってることがあるんだけど…」
ウィッシュは、昨日から頭に浮かんだ一つの仮説をホープに話し始めた。
「昨日、船長達が話してただろ、セントラに何かでかい建物を作ってるって」
「ああ、言ってたな。ここからも何人もの職人が手伝いに行ってるっぽいこともな」
「それに、漁師っぽくなかった人、あの人、そこのこと何か知ってるみたいだったよね」
「あの青白い顔した兄ちゃんか。確かに漁師って感じじゃなかったよな」
「セントラ付近にいるらしい、白いSeeD。…SeeD、ってことはさ…」
「え、それってもしかして…」
「「ガーデン!!」」
2人は顔を見合わせて声を揃えた。
「やっぱりそう思うんだ、兄さんも!」
「ああ、SeeDなんて名乗るからには、それを育てる場所があるのは当たり前だもんな!」
「…ランスさん、どうしたかな?」
「…さぁな」
急に声のトーンを落としたウィッシュの言葉に、ホープはまともな返事を返すことが出来なかった。
→part.2
広くて明るい部屋で、誰かが話をしている。
目の前を行ったりきたりする人物が着ていた制服は、バラムガーデンの教官服。
ここは、バラムガーデンなのか。
しかし、この教官は見覚えがない。
なぜか、ずっとドールの歴史について延々と語っているようだ。
ウィッシュにとってはもう何度も聞かされた歴史。
場面は転換し、先程の教官が自分に向かってなにやら話しかけている。
『…おい、伝令、聞いているのか?』
自分は返事を返しているのか、画面が上下に激しく揺さぶられる。
しかしやはり自分は何を喋っているのか分からない。
再び画面が転換する。
どこかの街の中…?誰かを探しているようだ。
キョロキョロと辺りを見回している。
しかし走りながらのようだ。目が回りそうだ。
ごつごつとした岩肌が目に付く急な坂道を駆け上っている。
…ここ、どこなんだろう?
急に開けた視界に飛び込んできたのは、巨大な塔。
下から上にゆっくり視線を持ち上げていく。
その大きさに感嘆の声を漏らしてしまうほどに。
急に視界がぐるりと後ろに回る。振り向いたのか。
小高い段差のような岩壁をよじ登ると、下のほうに道が見えた。
そして、一瞬だけ、“彼”が見えた、ような気がした。
突然視界が大きくぶれる。地面が空がぐるぐると回っている。
思わず硬く目を閉じた。
ビクリと反応して目を覚ます。
心臓がバクバクと飛び出してきそうなほど波打っている。
荒い息をなんとか深呼吸で収めながら、額の汗を拭った。
「…夢、かぁ…」
そして自分の腹の上に1本の足が乗っていることに気が付いた。
「兄さんか。 …びっくりした。…それにしても、変な夢…」
昨夜ここで目を覚ましたとき、辺りは暗闇に包まれていた。
しかも、突然の来訪者が病室内で大宴会を開いてしまうというとんでもない出来事を体験してしまったウィッシュは、すっかり事の重大性を忘れかけていた。
しかし、改めて思い返すととんでもない、命を顧みない向こう見ずなことを仕出かしてしまっていたのだ。
それでも、自分たちを逃がしてくれたランスの行動を、気持ちを、無駄にしたくなかった。
枕元に、自分たちがそれまで着ていた服がきれいに折り畳まれて置かれていた。
バラムガーデンの年少クラスの制服である。
その上に、自分たちの持ち物だったものがいくつが乗せられていたが、その数は少なく、海でそのほとんどが流されてしまったのだということがわかった。
ホープの足を腹から払いのけ、そっと揺さぶりながら目を覚ますように促してみる。
いつものように、すぐに起きるわけがないのだが、それでもウィッシュはホープの名を呼びながら軽く彼の背を叩いた。
ドアを軽くノックして、若い女性が入ってきた。
淡いピンク色のナース服を纏った看護士であり、ウィッシュと目を合わせると柔らかい笑顔を見せた。
「おはよう、よく眠れた?」
「おはようございます。はい、お陰様で」
「…クス、お兄さんはまだ夢の中なの?」
手にしていたカルテをベッド脇のスツールに置き、検温計をウイッシュに手渡しながら笑ってみせる。
2人の体温と脈を計り終えた看護士は、笑顔のまま朝食を持ってくると伝え、病室を後にした。
昨夜ここで賑やかな宴会を繰り広げた命の恩人達は、その後看護士長の怒りの一言で解散となった。
しかし、2人をセントラまで送り届けてくれることを約束し、朝にはまた迎えに来ることを伝えて病院を後にした。
ホープとウィッシュは、申し訳ないと思いながらも、その言葉に甘えることにした。
どういう形であろうと、確実にそこに向かわねばならないのだ。
昨日、あの後のことは全く分からない。
自分を逃がしてくれたSeeDは、ガーデンはどうなったのだろうか?
未だ目覚めない兄、ホープを起こそうと画策しているところへ、先程の看護士が2人分の朝食を手に病室へ入ってきた。
突然、香りに釣られたのかホープが身を起こす。
その様子に、看護士はまた柔らかい笑みを浮かべた。
「あの、テレビをつけてもいいですか?」
「…ええ」
なぜか、看護士の返事は芳しくない。
疑問に思いながらも、了承を得られたことでウィッシュはスイッチを入れる。
そこに映し出されたのは、ティンバーでの様子だった。
ガルバディアの町は今や無法地帯と化し、昨日の出来事の影響も相まってか人々の政府に対する不信感はもう止めることはできない状態だ。
興奮が収まらない人々は、さらにその行動を広げ、ティンバーの町までをも飲み込む勢いだったのだ。
先日ティンバーで行われた大規模なレジスタンス掃討作戦の結果、一時はレジスタンスの動きが制限されたものの、魔女派の動向、政府の対応に人々の動きを抑えることは
出来なかった。
大挙した人々の群れはさながら大津波のように町を飲み込んでいった。
突然、看護士はテレビのスイッチを切ってしまった。
「! …あ、あの…?」
「あなたたちは、知らなくていいことよ…。さ、冷めないうちに食べて。朝食が終わったら、先生がまた回診に見えられるそうよ。その後、巡査官さんも来てくれるそうだから」
「…あ、ハイ…」
町の酷い有様を、人々の暴徒と化した様子を、無残な被害者の姿を、看護士は子供たちに見せたくはなかったのだ。
「食べ終わった頃にまた来るわ、ごゆっくり」
申し訳なさそうに眉を落とした看護士を見送ると、文句を言いながらも口一杯に頬張っているホープに声を掛けた。
「兄さん、マズイんじゃない?」
「…ん?そうか? それなりにいけると思うけど」
「違う!食事の話じゃなくて!」
「??」
「この後、先生と巡視官が来るって言ってたよ。それって、公安のことじゃないかな?」
「ぶへっ!!!」
「うわっ!兄さん!!」
ウィッシュの言葉に、ホープは口に詰め込んでいたものを盛大に撒き散らした。
「もう、兄さん、汚いよ…」
「それどころじゃねー!早くとんずらこいちまおうぜ!」
「…うん、でも、昨日の船長さんが迎えに来るって言ってたよ」
「お、そうなのか?…んじゃ、待ってりゃいいんじゃねーか。……あ、でも、その前にその公安が来たらやべーか…」
「それから、もう一つ、気になってることがあるんだけど…」
ウィッシュは、昨日から頭に浮かんだ一つの仮説をホープに話し始めた。
「昨日、船長達が話してただろ、セントラに何かでかい建物を作ってるって」
「ああ、言ってたな。ここからも何人もの職人が手伝いに行ってるっぽいこともな」
「それに、漁師っぽくなかった人、あの人、そこのこと何か知ってるみたいだったよね」
「あの青白い顔した兄ちゃんか。確かに漁師って感じじゃなかったよな」
「セントラ付近にいるらしい、白いSeeD。…SeeD、ってことはさ…」
「え、それってもしかして…」
「「ガーデン!!」」
2人は顔を見合わせて声を揃えた。
「やっぱりそう思うんだ、兄さんも!」
「ああ、SeeDなんて名乗るからには、それを育てる場所があるのは当たり前だもんな!」
「…ランスさん、どうしたかな?」
「…さぁな」
急に声のトーンを落としたウィッシュの言葉に、ホープはまともな返事を返すことが出来なかった。
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