このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Chapter.43[ウィンヒル]

 ~第43章 part.2~


どんよりと暗い空を、逆に照らすように美しい花が雨に濡れて光っているのが窓からも見えた。
『空も悲しんでいるんだわ…』
先程エルオーネが呟いた小さな一言が耳に残っていた。
悲しむ相手は、一体誰なのか…?

思いついたようにテレビのスイッチを入れてみるが、そこから流れてくるのは人々の政府に対する不安と不満だけ。
見たこともない、どこぞの研究者だか解説者だかが、官僚の殺害事件について熱く語っていた。
そんなものは見る気にもならない。それどころか、自分自身の気を余計に滅入らせるだけだった。
ボルドは重い足取りでドアのほうへ歩き出した。
「大統領…どちらへ?」
「少し、頭を冷やしてくる。独りにしてくれ」
こちらを振り返ることもなく、眼鏡の男にそれだけ伝えると、ボルドは部屋を後にした。

そのまま、ボルドは傘もささずに屋敷の外へと足を進めた。
花の香りに包まれていた小さな村は雨に霞み、雨特有の匂いにいつの間にか代わってしまっている。
匂いを感じることは出来ても、俯いたままのボルドにはこの景色を目に収めることはなかった。
どこに行くでもなく、ただゆっくりと歩いた。
雨はそれほど激しいものではなかったが、それでも容赦なくボルドの体を濡らしていく。
市場に出荷される物とはまた別の、鉢に植えられた色とりどりの花が並ぶ小道を歩くと、雨で濡れた花弁が衣服に付着することにも気付いてはいないようだ。
こちらに向かって走ってくる足音に気付いたのは、その足音の主がもうすぐそこまで辿り着いたときだ。
「…レウァール大統領…」
「…はぁ、それはやめろって、言ったよな…。で、どこ行くんだ?ボルド」
「あ、すいません。…その、中々慣れなくて…。ちょっと、頭を冷やそうと思っただけです」
「頭どころか、体全部冷えちまうだろ。とりあえず、雨宿りしよう」
気が付くと、屋敷から大分遠出してきていたようだ。
ラグナが指差したのは、先程昼食を取ったところにあった小さな小屋。
何も覆うもののない畑の真ん中にいるよりはマシなようだ。
先程は気が付かなかったが、小屋と言ってもなかなか立派な物で、ちゃんと人が生活できる必要最小限のものが揃っている。
入口で靴の泥を軽く落として中に入ると、ラグナが大きなタオルを頭に被せてきた。
中央に据え置かれた丸い薪ストーブに種火を入れ、小さな薪をくべていく。
手馴れたその仕草から、もう何度もここにこうして訪れているのかが伺える。
側に簡易式の折り畳み椅子を置くと、ボルドに座るように促した。
首に吊っていた包帯を外し、掛けられたタオルで体の水分を拭き取っていく。
肩に巻かれた包帯も大分水を吸って、少々重くなっているようだ。
「そいつ、傷によくねぇだろ。取っちまうぞ」
「…あ、はい。お願いします」
ラグナはボルドの座る椅子の後ろに回りこみ、濡れた包帯をゆっくりと外していった。
その手付きは優しく、ボルドには意外に感じられてしまった。
まだ生々しいその縫合跡からは、僅かに血が滲み、ラグナはそっとその上からタオルを当てた。
「…こんな傷、みっともなくて、情けなくて…」
その言葉に、ラグナはボルドの前に歩み出ると徐に着ていたシャツを脱いで背中を晒した。
そこには、大きな物から細かなものまでたくさんの傷がついている。
「!! そ、それは…!?」
「俺さ、軍人だったんだ」
「エスタ軍、ですか?」
「いや、ガルバディアだ」
「ええっ!?」
「信じられねぇか? …エスタが、アデルに支配されていた時代だった…」
ラグナはもう一つの椅子に腰を掛けながら、懐かしそうな顔をして呟いた。
「俺は、ホテルのピアニストに憧れるただの若僧だった。エスタで発見されたある施設に偵察にいく任務についてた時だった。
 俺たちはエスタ兵に見つかって、こてんぱんにやられちまった。命からがらなんとか逃げ出し、この村の人間に助けられたんだ」
「そんなことが…」
「あの時代、エスタの女の子狩りが頻繁にあった時でさ…」
ボルドにもそれは覚えがあるのか、うんうんと頷いている。
「俺がその時に世話になったとこの女の子も、その被害にあっちまった…」
「こんなところにまで…」
「それが、エルオーネだ」
「!! …そうでしたか。…では…」
「彼女は、俺とは血の繋がりも何もない。でも、本当の娘のように思っている」
「あなたが、彼女を助けたんですね」
「おうよ。あの子は大事な………、あ、いや…」
「??」
そこで言葉を詰まらせたラグナに不審に思いながらも、ボルドも当時のことを思い出していた。
「それより、あんたは? 子供、いたよな?」
「ええ、ガルバディアガーデンの学園長をしています」
「おお!すげーじゃねーか!」
「(…前に話したことがあるような…?)いつの間にか、自立して自分の力でその地位を手に入れたようです。
 私は、自分のことだけしか考えられず、あの子のことはほとんど放置してました。
 何もしてやれない、してやらなかった私をさぞ恨んでいるかと思っていましたが、先日あの子の口から言われたんです。
 『尊敬していた』と」
「…いい息子じゃねーか」
「そう、でしょうか…?」
「おおよ。…ここにある花、こいつらは俺たちの力なんかなくても勝手に花をつける。手を掛けすぎて、世話を焼きすぎると逆に枯れちまう。
 でも、さっきやったみてーにちょっとだけ手をかけてやれば、花は綺麗に正しい方向に伸びて花を咲かせるんだ。
 子供も花もおんなじ! あんたの息子は、その綺麗に咲いた花。国だっておんなじだ。
 ……あれっ?この話、前にもしたっけ…?」
「…何度でも、構いませんよ」
頭を掻きながら笑みを零すラグナに、ボルドは苦笑してしまう。
「そしてあんたの国は、世話を焼かれすぎて間違った方向に花を咲かせちまったってところだな」
「…私は、国の世話を焼きすぎている、と…? 逆、では…?」
「うん、まぁ、そうとも言うな。 …あんたさ、何でもかんでも自分で見て考えて、自分がいいと思ったことをとことん背負うタイプだろ。
 しかも、あんたじゃない別の人間から言われた言葉を鵜呑みにして、どうすれば自分にとって都合が良くなるか、そればっかり考えてるんだろ」
「・・・・・」
「言われた事、やらなければならない事、全部に一々反応して対応して処理して、それが全部自分にとってプラスになればいいと思ってる。そしてそれを実行している。
 だから、やらなくてもいい事まで背負い込む羽目になる。そんなんじゃ、体がいくつあっても足んねーぞ!
 国民からして見れば、大統領1人で国を動かしているように見えるだろう。…国ってさ、大統領1人の持ち物じゃねーんだぜ」
「…そんなことをいきなり言われても、これからどうすれば…」
「あんたは国をどうしたいんだ? 国民にどうなって欲しいんだ? もっと気楽に考えろよ」
「しかし、今のこの情勢を変えるのは難しい。ただでさえ魔女が世に現われたことで国は混乱している。
 魔女派などという反政府組織の力が大きくなり、政府の力は今や無いに等しい。人々はもう、大統領(わたし)など信じない。…私は、逃げてきたのだから…」
頭を下げたまま、ボルドは大きく首を振った。

ラグナは天井に目を向け、溜息を零す。
「…魔女、か…」
「魔女は恐怖の存在だ。人の命などなんとも思わない冷徹非道な存在だ!」
「…確かに、アデルはそうだった。
 …でもな、記念館の館長やってるオダインから聞いたんだけどよ、長い歴史の中で本当に人々にとって恐怖の存在だった魔女なんてほんの数人しかいない。
 そのほとんどは、人と会うことを避けてたり、人と仲良く平和に暮らすことを望んだものばかりだったそうだ。 …イデアも、そうだった。
 俺がエスタに行くことになってから、イデアは喜んでエルを引き取ってくれた」
「!! イ、イデア、ですと!? イデアこそが、ガルバディアを支配した張本人ではありませんか!」
「…あれは、イデアじゃない。あの時、イデアの体を使っていた別の魔女がいたんだ。イデアは利用されただけだ」
「何を仰っているんです! 1つの時代に魔女は1人だけ。それぐらいは私でも知っている! イデアという魔女がありながら、もう1人の魔女など、有り得ない!!」
「…うーん、どう説明すればいいんだ…。あー、ここにあいつがいればうまく説明してもらうのに…」
「レウァール大統領、やはり私には理解できない。ガルバディアの軍人だったあなたがエスタの大統領として魔女を信仰している! …私は、相談する相手を間違えたようだ」
「落ち着けって、ボルド! …分かって欲しい」
「分かりたくなど、ありませんな!」
怒りを露にしたボルドは、椅子から立ち上がると扉に向かって踵を返した。
ボルドが扉を開けようとした時、その扉が開かれた。
「こちらにおいででしたか…。ヘンデル大統領」
扉を開けたのはキロスだ。2人を探していたらしい。
「大統領、緊急の通信が入りました。D地区収容所からです。すぐお部屋にお戻り下さい」
「…収容所から…? 分かった。すぐに行く」
ボルドの了承の返事を受け、キロスは道を譲って身を引いた。
ボルドは体半分だけ振り返り、顔だけをラグナのほうに向けた。
「レウァール大統領、この話はまたいずれ…」
「ボルド!待て!」
呼び止めたラグナの言葉に、ボルドは前に向き直った体を再びラグナのほうに向けた。
「ボルド、…すぐ魔女を解放したほうがいい。でないと、もっと悪いことが起きる」
「…何が起きると言うのです?これ以上、何が…」
ラグナの返事を待たず、そのままボルドはキロスと共に屋敷に帰っていった。
寂しく閉じる扉の音だけが、空しく室内に響いた。

ラグナは力なく椅子に身を落とした。
「…レイン、助けてくれよ。このままじゃ俺、いやな人間になっちまうよ…」
『ラグナおじさま、そんな弱気にならないで…』
「…やっぱり来てたのか、エル」
『ごめんなさい』
「いや、いいんだ」
『ボルドさんには、本当のことを教えたほうがいいと思うわ』
「あぁ、そうだな。俺もそう思うよ。でなければ、あいつはこれからもずっと魔女を誤解したままで、国民からも責められることになる。 …でも、俺そういうの苦手なんだよな~」
『フフフ、知ってるわ。…あのね、スコールを呼ぼうと思ったの』
「あぁ、俺も思った。一応、ここにいることは伝えてある。あいつに説明してもらおう」
『…でも、今のスコールとは繋がらない。彼の心の中は悲しみや悔しさ、後悔、そんなもので自分を責め続けている。完全な接続が、できないの…』
「何か、あったかな?」
『…わからない。きっと助けが必要だわ』
「どっちが助けるんだかな?」
『……、…ごめんなさい、切れそうだわ』
「そうか、じゃ、また後でな」
『・・・・・』
「…俺も、戻るとするか」



→part.3
2/3ページ