Chapter.42[D地区収容所]後編
~第42章 part.4~
光を反射して美しく輝く白銀の翼。
大空を優雅に舞い、誰にも撃ち落すことすらできない。
力強い体躯と強力な攻撃。
甲高い鳴き声は天をも貫くようにさえ思えた。
今まで見たこともない、モンスター…いや、“G.F.”。
己自身にジャンクションさせれば、自分の意思で自在に呼び出し、操ることができる魔法の集合体が形になったもの。
10年前の魔女戦争終結後、封印されたはずの未知なる力が、そこにあった。
ずっと憧れていた強力な力。
それを見せ付けられ、ランスは先程から頭の中の興奮に抑えが利かなくなってきていた。
「ランス!!」
掛けられた声にはっとして顔を上げる。
目の前に迫ってくる兵士の剣がギラリと光った。
咄嗟に屈んで頭を下げ、向かってきた兵士の鳩尾に拳を減り込ませた。
「何を呆けているの!?しっかりしなさい!」
聞こえた声に顔を向ける。アーヴァインとセルフィが、兵士達と戦闘を繰り広げている。
慌ててランスも駆け出し、2人に加勢に向かう。
「ランス、何か考え事~?できれば、それ後回しにしてくれないかな~」
左手に構えたライフルをクルリと回転させて弾を装填させながら、右手には別の銃を構えたアーヴァインがこちらに顔だけ向けていた。
セルフィが薙いだ大きなヌンチャクは、一度に何人もの兵士を吹き飛ばしていく。
ランスも、兵士から奪った剣で応戦するが、改めて2人の強さに感心し見惚れてしまう。
…そうだ、この2人も魔女戦争の英雄なのだ。
あのトゥリープ教官やディン教官、そして、騎士と呼ばれるスコールと共にあの戦争を戦ったのだ。
彼が強いと言った、先程のサイファーと呼ばれた白いコートの男も、同等、もしかしたら彼らよりも強いのだろうか。
その彼が扱うG.F.。それは一体どれほどの強さを秘めているのだろうか…?
ランスはブンブンと己の頭を大きく振るい、思考を眼前に向けようとした。
そうだ、今はそんなことを考えている場合ではないのだ。
すぐにでもリノアの捕らえられているというところへ向かわなければならない。
己の考えを切り替えようと、一瞬ランスは気を許してしまった。
その瞬間、兵士の手から思いもよらない魔法の反撃を食らう。
避けることもできず、まともに受けてしまったランスは、施設の中央に開いた大きな吹き抜けの下へと落下してしまった。
「ランス!!」
セルフィの叫び声だけが、いやに反響して耳に残った。
バラムガーデンの広いエントランスの中央にはエレベータがあり、生徒も教官も誰でも自由に使える。
エントランスからその回りをグルリと取り囲むように、様々な施設が併設している。
保健室だったり図書室だったり食堂だったり、24時間いつでも利用できる訓練施設まである。
各々孤立はしているが、全てエントランスと廊下で結ばれており、廊下もどこからでも中庭に降りられるように解放されている。
広い廊下は、幼い子供たちにとって絶好の遊び場の一つだ。
仲間と走る。只それだけのことが楽しくて仕方がなかった。
もちろん、走ってはいけないことを承知の上でのことだ。
口うるさい教官たちや担当教官の目を盗むようにやることが面白いのだ。
今の年齢になった自分から見れば、それは大した距離はない場所なのだが、狭い船の上からこのガーデンに移ったばかりの頃は、どこもかしこも見るもの触れるもの全てが目新しく、楽しくて仕方がなかった。
この短い廊下でさえも、その時には物凄く長く感じていたのだ。
そこを利用し、廊下を歩く人物にぶつからないようにすることさえも、スリル満点の面白い遊びだった。
自分たちに注意し、カミナリを落とす人物が現れても、即座に逃げ隠れる自信もあった。
…だが、そんな自分たちにも恐ろしい人物がいた。
大声で怒鳴り散らして追い掛け回す、なんてことは絶対にしない。
だが、同時に逆らうことなど絶対にできない畏怖に包まれるのだ。あの目に睨まれると、体が言うことを聞かなくなる。逃げようとする足も動かなくなってしまう。
“彼”に見つからないこと。
それがこの遊びの絶対条件だったのだ。
襟首を掴み上げられ、地の底から響くような低い声で、一言「走るな」そう言われただけで、恐怖に身が竦むのだった。
「リストに加えておけ」
そう言い残して、白いコートを翻し、“彼”はその場を立ち去る。
その人の名前など分からない。何をしているのかもわからない。
ただ、ガーデンにいる怖い人としてだけの記憶が残った。
「(…そうか、あの人だったんだ…)」
蘇った記憶は遠い昔のもの。
それは一瞬の走馬灯の灯火の様に僅かに揺らめいて見えた、微かな記憶。
まともにうけた魔法での攻撃の残像が垣間見せた幻だったのかもしれない。
その瞬間に閉じた目を開いたときに見えた遠くなる景色と浮遊感に包まれ、ランスはやっと自分が落ちていることに気が付く。
即座に魔法の名残を振り払い、体勢を立て直そうとした瞬間、体に大きな衝撃が走る。
鈍い硬質な音を響かせ、ぶつかった何かによって弾かれた体はバランスを失い、立て直す暇もなく再び硬いものにぶち当たる。
それでも、己の状況を少しでも悪化させないようにと必死に目を開けて回りを確認しようとする。
硬い平らなこの感触はこの施設の床だろうか?
何かにぶつかり弾き飛ばされ、この床の上に叩きつけられたのか。
その勢いは止まることなく、ランスは冷たく平らなその床の上を滑っていく。
落ちたときにどこか負傷したのか、床の上には擦れた赤い色がランスの軌跡を残した。
頭を抱え込み、背を丸める。
その背が、もう一度硬い何かにぶつかり、ランスはやっと静止することができた。
そこで目を開き、状況を確認する。
目に飛び込んできたのは、赤く残された血の跡と、吹き抜けに吊るされたゆらゆらと揺れる小さな箱のような独房だった。
「(…ここに、落ちたのか…)」
入ってくる光で、そう深くまで落ちたわけではないことを悟った。遠くから未だ、セルフィの掛け声が響いてきていた。
上階にいるであろう2人に、己の安全と優先すべきことをするように伝えようと、ランスはよろよろと立ち上がり、吹き抜けに面したフロアの端の柵に手を掛けた。
先程の魔法によるダメージは少ないものの、落ちたときに肩を強打したのか痛みが走る。
腕や足の部分の制服が破れて、新しい血を滴らせていた。
その時、自分が背を向けていた壁の方向から微かな人の気配がする。
はっとして後ろを振り返ると、それは足音となって耳に届いた。
また兵士の追っ手が近付いたのかと、警戒する。
落ちたときに手放してしまった剣は、今はもうない。
武器もなく、満身創痍のランスにはどうすることもできない。
ただ身を隠さねば、と辺りを見渡してみるが身を隠せそうなものは何もなかった。
そうしているうちに足音はどんどん近付き、ランスはそこに立ち尽くしたまま、静かにドアが横に開いた。
→part.5
光を反射して美しく輝く白銀の翼。
大空を優雅に舞い、誰にも撃ち落すことすらできない。
力強い体躯と強力な攻撃。
甲高い鳴き声は天をも貫くようにさえ思えた。
今まで見たこともない、モンスター…いや、“G.F.”。
己自身にジャンクションさせれば、自分の意思で自在に呼び出し、操ることができる魔法の集合体が形になったもの。
10年前の魔女戦争終結後、封印されたはずの未知なる力が、そこにあった。
ずっと憧れていた強力な力。
それを見せ付けられ、ランスは先程から頭の中の興奮に抑えが利かなくなってきていた。
「ランス!!」
掛けられた声にはっとして顔を上げる。
目の前に迫ってくる兵士の剣がギラリと光った。
咄嗟に屈んで頭を下げ、向かってきた兵士の鳩尾に拳を減り込ませた。
「何を呆けているの!?しっかりしなさい!」
聞こえた声に顔を向ける。アーヴァインとセルフィが、兵士達と戦闘を繰り広げている。
慌ててランスも駆け出し、2人に加勢に向かう。
「ランス、何か考え事~?できれば、それ後回しにしてくれないかな~」
左手に構えたライフルをクルリと回転させて弾を装填させながら、右手には別の銃を構えたアーヴァインがこちらに顔だけ向けていた。
セルフィが薙いだ大きなヌンチャクは、一度に何人もの兵士を吹き飛ばしていく。
ランスも、兵士から奪った剣で応戦するが、改めて2人の強さに感心し見惚れてしまう。
…そうだ、この2人も魔女戦争の英雄なのだ。
あのトゥリープ教官やディン教官、そして、騎士と呼ばれるスコールと共にあの戦争を戦ったのだ。
彼が強いと言った、先程のサイファーと呼ばれた白いコートの男も、同等、もしかしたら彼らよりも強いのだろうか。
その彼が扱うG.F.。それは一体どれほどの強さを秘めているのだろうか…?
ランスはブンブンと己の頭を大きく振るい、思考を眼前に向けようとした。
そうだ、今はそんなことを考えている場合ではないのだ。
すぐにでもリノアの捕らえられているというところへ向かわなければならない。
己の考えを切り替えようと、一瞬ランスは気を許してしまった。
その瞬間、兵士の手から思いもよらない魔法の反撃を食らう。
避けることもできず、まともに受けてしまったランスは、施設の中央に開いた大きな吹き抜けの下へと落下してしまった。
「ランス!!」
セルフィの叫び声だけが、いやに反響して耳に残った。
バラムガーデンの広いエントランスの中央にはエレベータがあり、生徒も教官も誰でも自由に使える。
エントランスからその回りをグルリと取り囲むように、様々な施設が併設している。
保健室だったり図書室だったり食堂だったり、24時間いつでも利用できる訓練施設まである。
各々孤立はしているが、全てエントランスと廊下で結ばれており、廊下もどこからでも中庭に降りられるように解放されている。
広い廊下は、幼い子供たちにとって絶好の遊び場の一つだ。
仲間と走る。只それだけのことが楽しくて仕方がなかった。
もちろん、走ってはいけないことを承知の上でのことだ。
口うるさい教官たちや担当教官の目を盗むようにやることが面白いのだ。
今の年齢になった自分から見れば、それは大した距離はない場所なのだが、狭い船の上からこのガーデンに移ったばかりの頃は、どこもかしこも見るもの触れるもの全てが目新しく、楽しくて仕方がなかった。
この短い廊下でさえも、その時には物凄く長く感じていたのだ。
そこを利用し、廊下を歩く人物にぶつからないようにすることさえも、スリル満点の面白い遊びだった。
自分たちに注意し、カミナリを落とす人物が現れても、即座に逃げ隠れる自信もあった。
…だが、そんな自分たちにも恐ろしい人物がいた。
大声で怒鳴り散らして追い掛け回す、なんてことは絶対にしない。
だが、同時に逆らうことなど絶対にできない畏怖に包まれるのだ。あの目に睨まれると、体が言うことを聞かなくなる。逃げようとする足も動かなくなってしまう。
“彼”に見つからないこと。
それがこの遊びの絶対条件だったのだ。
襟首を掴み上げられ、地の底から響くような低い声で、一言「走るな」そう言われただけで、恐怖に身が竦むのだった。
「リストに加えておけ」
そう言い残して、白いコートを翻し、“彼”はその場を立ち去る。
その人の名前など分からない。何をしているのかもわからない。
ただ、ガーデンにいる怖い人としてだけの記憶が残った。
「(…そうか、あの人だったんだ…)」
蘇った記憶は遠い昔のもの。
それは一瞬の走馬灯の灯火の様に僅かに揺らめいて見えた、微かな記憶。
まともにうけた魔法での攻撃の残像が垣間見せた幻だったのかもしれない。
その瞬間に閉じた目を開いたときに見えた遠くなる景色と浮遊感に包まれ、ランスはやっと自分が落ちていることに気が付く。
即座に魔法の名残を振り払い、体勢を立て直そうとした瞬間、体に大きな衝撃が走る。
鈍い硬質な音を響かせ、ぶつかった何かによって弾かれた体はバランスを失い、立て直す暇もなく再び硬いものにぶち当たる。
それでも、己の状況を少しでも悪化させないようにと必死に目を開けて回りを確認しようとする。
硬い平らなこの感触はこの施設の床だろうか?
何かにぶつかり弾き飛ばされ、この床の上に叩きつけられたのか。
その勢いは止まることなく、ランスは冷たく平らなその床の上を滑っていく。
落ちたときにどこか負傷したのか、床の上には擦れた赤い色がランスの軌跡を残した。
頭を抱え込み、背を丸める。
その背が、もう一度硬い何かにぶつかり、ランスはやっと静止することができた。
そこで目を開き、状況を確認する。
目に飛び込んできたのは、赤く残された血の跡と、吹き抜けに吊るされたゆらゆらと揺れる小さな箱のような独房だった。
「(…ここに、落ちたのか…)」
入ってくる光で、そう深くまで落ちたわけではないことを悟った。遠くから未だ、セルフィの掛け声が響いてきていた。
上階にいるであろう2人に、己の安全と優先すべきことをするように伝えようと、ランスはよろよろと立ち上がり、吹き抜けに面したフロアの端の柵に手を掛けた。
先程の魔法によるダメージは少ないものの、落ちたときに肩を強打したのか痛みが走る。
腕や足の部分の制服が破れて、新しい血を滴らせていた。
その時、自分が背を向けていた壁の方向から微かな人の気配がする。
はっとして後ろを振り返ると、それは足音となって耳に届いた。
また兵士の追っ手が近付いたのかと、警戒する。
落ちたときに手放してしまった剣は、今はもうない。
武器もなく、満身創痍のランスにはどうすることもできない。
ただ身を隠さねば、と辺りを見渡してみるが身を隠せそうなものは何もなかった。
そうしているうちに足音はどんどん近付き、ランスはそこに立ち尽くしたまま、静かにドアが横に開いた。
→part.5