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Chapter.42[D地区収容所]後編

 ~第42章 part.2~


「ランス! …ランス・エリオット!!」

耳元で呼ばれた己の名前に反応する。
見開いた目に飛び込んできたのは、見知らぬ男女。
必死に自分の名を呼びかけていた。
「気がついた~?」
「……誰…?」
知らない…?だがどこかで見たことがあるような人物だ。
ガルバディア軍の兵士の服を纏ってはいるが、マスクはしていない。
特徴的に外側に跳ねた髪の毛が、彼女が動くのに合わせてゆらゆらと揺れている。
ガルバディアの兵士にも女性っていたんだ…、などと考えてしまうのはまだ頭がはっきりしないせいか、先程見ていた夢の余韻なのか。
しかし、自分の名前を呼んだこの兵士は一体誰なのか?
ガルバディア軍に知り合いなどいただろうか…?
「僕はアーヴァイン・キニアス。キミはランス・エリオット、だよね?」
「私はセルフィよ。…大丈夫?酷い怪我してるみたいだけど」
「…え、あ、はい」
怪我のことに振られると思っていなかったランスは、その言葉で改めて自分自身の体を確認する。

酷い暴行を受け、意識が朦朧としたままこの小さな独房に押し込められた。
自分を連れてきた兵士と、色の違う制服を着た上官らしき男がいたことは覚えている。
ここに自分を放り込んだあとも、執拗に暴行を加え、何か耳障りな言葉を吐き捨てていった。
腹部に受ける蹴りはもう痛みを感じる暇もなく、ただ蹴り上げられる衝撃で詰まる息の苦しさだけが、ランスには苦痛だった。
それから、何かを見た気がするが、それが一体何だったのかはよく覚えていない。
何かの動物のように見えた気はするのだが、朦朧とする意識は瞼を持ち上げていることすらできず、地下深くに運ばれるエレベータの振動でそのまま意識を飛ばした。
この2人に声を掛けられて、改めて見た自分の体はなぜかいつの間にか治療が施されており、真っ白とは言い難い使い古されたような包帯が無造作に巻かれていた。
「…だ、大丈夫、です」
ゆっくりと体を起こし、2人の名前を復唱する。
「…キニアス…。あ、もしかしてホープとウィッシュの…」
ランスは未だ痛みの残る足に力を入れてなんとか立ち上がろうとした。
「し、失礼しました、キニアス教官」
「無理しなくていいよ~」
「ね、あの子達はどこにいるか知らないかな?」

“あの子達”
あの2人の少年をそう呼ぶこの女性が、母親なのだろう。
ランスは、ここに運ばれるまでの経緯を思い出していた。
「…も、申し訳ありません。俺、護衛を言いつけられていたにも関わらず、その任務を果たすことができませんでした…」
「?」
「どういうこと?」
エスタで、2人の両親に連絡を入れるように伝えてからのことを、ランスは順を追って話した。
監視されているであろうことを考慮してくれた官邸の使用人たちのこと、ヘリで送ってくれたパイロットのこと、そしてガーデンでの出来事。
あの後、ランス自身も捕らえられ、逃走させた幼い2人の兄弟がその後どうしたのかは分からないままだった。
「本当に、申し訳ありません!彼らを危険な目に合わせた上、2人だけで行動させました。任務を遂行できなかった俺のミスです。…SeeD失格です…」
今、自分の目の前に立つのはあの兄弟の両親である。
これは明らかに自分のミスだ。子供を大切に思わない親などいない。
本当の親というものを知らないランスでも、そのことは痛いほど分かる。
自分のようにある程度の年齢で、世の中を知っている者だったのなら、あるいはこんな気持ちにはならなかったかもしれない。
だが、あの兄弟は…
本当にまだ幼いのだ。
ランスには、覚悟を決めるしかなかった。
どんな叱咤や罵りを受けたとしても、その責は己にあるのだから。
目の前にいる2人の怒りと悲しみの声が聞こえるような気がして、ランスは今すぐここから逃げ出したい気分になる。
俯きと同時に閉じられる瞼。

「…はぁ…」
微かな溜息は、それだけでランスにとっては責めの一つに受け取れる。
閉じた瞼に更に力を入れた。
「じゃぁ、あの子達はここにはいないのね…。よかった!」
「!!」
俯き、頭を下げたまま目を大きく見開く。
そしてそのままの表情で顔を上げた。
そこには、ほっと安堵の表情を浮かべた母親としての顔をしたセルフィがいた。
「うん、いい判断だったね~」
「…あの、でも…俺…」
「ランス、ありがとう」
「!?…俺、2人を守れ…」
「あの子達が、ここに来ることにならなくて良かったって思ってるの。だから、ありがとう」
困惑した。
トラビア訛りの、心からの礼に、ランスは何と返していいか分からなかった。
責められるべき立場にありながら、まさか感謝の言葉が掛けられるとは思ってもいなかったのだ。
「…心配じゃ、ないんですか? 未だ、彼らの行方はわからないんですよ…?」
「大丈夫だよ、きっと~」
「心配じゃないわけないじゃない!私だって、一応、親なんですから!」
「…“私たち”、ね。セフィ~。…僕たちはね、信じてるから」
「…信じる…」
孤児院である船の中で育てられ、本当の親というものを知らないランスには、あの少年たちが羨ましく思えた。
心配し、そして信じてくれる優しい両親がいることに。

「あの、それからもう一つ…」
少年達を逃がす際に、彼らにある言葉を掛けたことを話した。
白いSeeDの船を捜すこと、そして例の名を出して助けを求めること、を…
「…白い、SeeD…?」
「なんで~?」
「…? ご存知なんですか?」
「うん、知ってるよ~。何度か会ったことあるよ。…ランスはどうして子供たちをそこに向かわせたの?」
「…俺、そこで育ったんです。…あ、でも、これは自分の案ではなくて…」
「ランス、あの船で育ったの!? じゃあ、もしかしてエルオーネとか知ってたりする?」
「君じゃないんだったら、誰だい~?」
「あ、はい。一時期同じ船にいました。優しいお姉さんです。それから、白いSeeDの船を捜せと、自分が言われたんです。…スコール…さんに」
「「ええ~~っ!?」」
2人からの質問に、ランスはそれぞれに首を向けながら答えていく。
同時に放たれた言葉に、思わず顔を後方に引いてしまった。
「アーヴィン! 私が聞いてるのに!」
「セフィこそ、そんなこと後で聞きなよ~!」
ランスは2人の仲の良さに、思わず噴出してしまった。

「ここの連中って、本部の力に弱いんだよね~」
ゼルと別れた後、アーヴァインとセルフィは子供たちを捜すべく所内を駆け回っていたが、やがて自分たちで探すよりも直接聞いたほうが早いという結論に至った。
偶然、本部からの部隊がここの所轄部隊に命令を出す場面に出くわしたのである。
本部からの兵士から奪った証明書を手に、この日収監された者たちの居場所を聞きだし、ランスを見つけることができたのだった。
「それでね、ここにスコールも運ばれてるはずなの」
「それじゃ、もしかして、魔女も一緒ですか?」
「…なんか、そういう言い方されるとカチンとくるよね~」
「!!あっ、す、すいません…」
「うん、リノアも一緒。…だけど、なんか研究所みたいなところにいるの。スコールは大怪我してるし、ゼル、ちゃんと待っててくれるかな?」
「スコールの様子、見にいってると思うよ~」
「…え、ディン先生も来てるんですか!?」
「まあね。ここで合流したの」
「ランス、腕、出して。…悪いんだけどさ~、ちょっと我慢してくれる~?」
両腕を揃えて前に突き出したランスの手首に、どこから取り出したのかアーヴァインが手錠を掛けた。
これで罪人を護送する兵士を装って脱出しようと考えてのことだ。

「あの、お聞きしても宜しいですか?」
「うん、何~?」
3人は、手首に手錠を嵌めたランスを間に挟むような形で一列にエレベータに向かって歩いていた。
「以前、トゥリープ教官長に話を聞きました。10年前、スコールさんやディン教官、トゥリープ教官長たちと共に魔女戦争で闘ったんだってこと」
「へ~、キスティ、話したんだ!」
「どうして、お2人はトラビアなのかな~?と」
「…さぁ?知らない」
「…僕もよく知らないな~。それに、僕はもともとガルバディアだったしね~」
「ええっ!!」
これにはランスも驚いた。平和なトラビアだったらまだしも、かつてガーデン同士で戦闘を繰り広げた間柄であるガルバディアの人間だったとは…
「それってつまり、敵だったってことですよね…?」
「僕らはさ、『運命共同体』ってやつなのさ。ね~セフィ」
「おおっ、懐かしい!そのセリフ。…そうね、どうして別々に入れられたのかは私たちにも分からない。でも、またこうしてみんなに会えたんだから、気にしたことなかったな」
「10年前、僕はみんなとまた会えて凄く嬉しかったのに、みんな、僕のこともお互いの子供の頃のことも何も覚えてなくてさ~。すごい寂しかったよ」
「…? それは、忘れてたってことですか?」
3人はエレベータ前に到着し、すぐに開いた扉の中に入り込んだ。
「…そっか、今はもうG.F.使わないんだっけ」
「G.F.の影響でね~、記憶を失ってしまったんだ」
「…本当なんだ。G.F.で、記憶が無くなるって…」
強い、大きな力を与えてくれるG.F.。
しかし、その代償は余りにも大きい。
10年前の魔女戦争以来、その一切の所持及び使用を禁止され、ガーデンではその危険性について教えていた。
しかし、ガーデンの生徒の多くはその力に憧れ、欲したいと欲望する者が多くいることも事実である。
ランスもまたその1人であり、古い資料や噂でしかその実体を知らないでいた。
強い力を、誰しも持ちたいと願っている。しかし、記憶が無くなる、大切な思い出も、消したいと願う嫌な出来事も一切、頭の中から消えてしまうということが、恐ろしかった。
魔女に支配されることの無い、争いの無い、平和な世界で、その強大な力など必要ではなかった、はずだった…
アーヴァインとセルフィは、そこから昔の思い出話を懐かしそうに語り合っている。
そこにランスが割って入る余地などなく、ただ、少々羨ましそうに2人を眺めていた。



→part.3
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