Chapter.41[D地区収容所]前編
~第41章 part.3~
兵士が指し示した指の先にあった『治療室』の文字。
先程アーヴァインとセルフィに出会う直前にすれ違ったストレッチャーに乗せられたひどい怪我の男は、やはりスコールだったようだ。
あの様子からしても、まずは治療を優先させると思われた。
これから向かうところで会えるかどうかわからない。
それでも繋がった線の先を確認したくて仕方が無いのだ。
その部屋に急ぎ足で近付く姿に、部屋の前に立っていた1人の兵士が声を掛けてきた。
「交代か?遅かったな。俺まだ昼メシも食ってねーんだぞ」
ガルバディア式の敬礼をすると、兵士は悪態を付きながらも戻っていった。
「(…俺だってまだ食ってねーよ!)」
部屋の中から話し声が聞こえてきた。
僅かに開かれたドアから、ドアのすぐ横に背を向けて立つゼルにもはっきりと聞こえてくる。
執刀した医師と看護士、そして例の本部からきたらしい兵士のようだ。
ガチャガチャと何かの器具の用意をしているのだろうか、慌しい音も同時に耳に入る。
「ではドクター、本部に報告しますので容態を聞かせて下さい」
「うむ、まず一番酷いのが顔から体中に至る火傷のような裂傷。これは本当に酷い。まるで被爆したようだった。
皮膚の細胞が死んでボロボロになっていた。 …しかし驚いたことにその下にすでに新しい皮膚ができており、ほとんど治りかけていた。
まぁ少し時間はかかるだろうが、痕は残らんだろう」
「額にも傷があるようですが」
「あれは古い傷のようだ。あれはもう消えんだろう」
「なぜすぐ新しい皮膚が…?そんなに早くできるものなんですか?」
「…私にもわからん。よほど生命力が強いのか、もしくは何らかの力が働いたか」
「何らかの力とは何です?」
「それは私にもわからんよ。通常では有り得んからな。それから、肩と腹部に受けた銃弾だが、肩のほうは特に骨にも異常は見られなかったようだしすぐに回復するだろう。
腹部のほうは、…これも信じられんことだが、内臓には一切損傷は無かった。まるで弾がそこを避けたように見事に外れていた。
貫通した物も、内部に残されたものも… 奇跡としか言えん」
「そんなことがあるわけが無い。あれだけの銃弾を受けて損傷の無い内臓だなんて…」
「だから奇跡なんだ。私も長年たくさんの患者を診てきたが、彼には一番驚かされたよ。余程幸運の持ち主なんだろう」
「羨ましい話です。私にも微笑みかけて貰いたいですよ。幸運の女神に! …それで、どのくらいで目覚めます?彼には色々聞きたいことがありまして」
「今はまだ麻酔で眠っているが、顔のギブスが取れればすぐにでも話はできるだろう。2~3日といったところですかな。彼の回復力からすれば。 …尋問を?」
「“質問”ですよ。 ではすぐに本部に連絡を取ります」
「私も所長に報告を」
2人の話に夢中になっていたゼルは、大きく開かれたドアにビクリと体を振るわせた。
「あー、君、しっかり頼む。何か変化があったらすぐに知らせてくれ。中にインターフォンがある。すぐにドクターに繋がるようになっているから」
「了解しました!」
ゼルが敬礼すると2人はそこを去っていった。
しばらくそのまま見張りをしつつ様子を伺っていたが、特に変化らしいことは何も起こらず、時たま通りかかる見回りの兵士に敬礼をするだけで本当に退屈な仕事だと実感する。
ゼルはそっと病室の中を伺い、音も無く中に滑り込んだ。
「スコール、おいスコール! …ダメか」
声を掛けても、少し体を揺さぶってみても目を覚ます様子は無かった。
まだ麻酔が効いているのか微かな呼吸の音だけが何とか聞き取れる。
ベッドの横に設えられた簡易イスを取り出し、腰を下ろして足を組んだ。
「スコール、リノアは無事だぜ。…今はちょっと会えねぇけどな。お前が命がけで守ったからよ。
それに、アーヴァインとセルフィが見つけてくれたアイテム、ちゃんと渡しといたぜ。
…スコール、お前すげーよ。 本当に体張ってよ、命がけでよ…。 ホント、すげーよ。
それに比べたら俺、何もしてやれねー。すまねぇ…」
「…う…」
「!! スコール!気が付いたのか!」
「…う…うぅ…」
「? スコール、どうした?大丈夫か?傷が痛むのか?俺がわかるか?」
「…ぁ、うぅ…う…」
「?? しゃべれねーのか?」
ゆっくりと開かれた瞼はどこか空ろで、自身の頭の中の整理をしているようだ。
スコールはゆっくりと自分の片腕を持ち上げる。
指先にまで真っ白な包帯が巻かれた痛々しい腕を。
そして自らの顔や口元に触れてその感触を確かめるように撫でている。
「(…何だこれ?口がしびれてる…?…どうしたんだ?)」
スコールの顔を覗きこんだ顔に気が付いた。
腕を元の位置に戻してその顔に視線を向ける。
「スコール、大丈夫か?」
「(…この声、ゼルか…?)」
「俺のこと、わかるか?」
声を出そうとしてみるが、喉や舌、唇の感覚がおかしい。上手く言葉にすることができない。
仕方なく、小さく顎を動かして1つ頷いてみる。
「おお、よかった! 体、動かせそうか?」
「(…体…?そういえば動かない…。何をされたんだ?)」
今度は小さく横に顔を動かしてみる。
「そうか、仕方ねぇな。お前、手術終わったばっかでまだ麻酔が効いてるんだ。でもそんなんでよく気が付いたな!」
「(手術…?ここはどこなんだ…?俺はどうしてこんなところに…)」
スコールは目をゆっくりと1回りさせて部屋の天井を見つめた。
無機質なコンクリートの天井に、張り巡らされたパイプやコード、裸の電球がぶら下がっていた。
「ああ、ここか?ここは病室だ。…っつっても、病院じゃねーぜ。なんとD地区収容所だ。嫌な思い出のな。お前あの後捕まって、ここに運ばれたんだ」
「(…D地区収容所…。また、こんなところに…。リノアは…?)」
痺れて感覚の無い口でなんとか言葉を紡ぎだそうとしてみる。
「…い、い…お…あ…」
「?? ! あぁ、リノアか?」
スコールは小さく頷き、ゼルが分かってくれたことにほっとした。
「あいつも捕まってここにいる。一緒に運ばれたんだ。…でもな、何かの研究室みてーなところに入れられちまってる。きっとそこで研究するつもりなんだ。
今は砂の上に出てる状態だから、今すぐにどうこうしようって訳じゃねーと思う。しばらくはあのまま監視されるんだろう。
お前が動けるようだったら2人でリノアを助け出したいところだったが、お前、こんな状態だしよ。」
「(…リノア…)」
「でも心配するな! ここにアーヴァインとセルフィも来てる。なんとかしてリノアは助け出す。そしたら多少無理してでもお前を連れ出して…」
不意に病室のドアが開かれた。
ゼルは言葉を続ける間もなく、慌ててマスクを被った。
入ってきた女性看護士は、ベッドの傍らに座る兵士に驚き、目を見開いて動きを止めた。
「あ、あの…」
「悪い!なんでもねーんだ。あ、こいつ、目さましたみてーなんだけど、俺もヒマだったもんだからつい…」
ゼルの軽い口調に看護士は少々気を許したようだ。
「そんなはずはないわ。まだ麻酔が切れるまでは…あら、ホント。薬の量を間違えたのかしら…。先生を呼んでくるわ」
手に持っていた何かの器具やカルテを近くの台に置き、踵を返そうとした看護士を慌てて呼び止めた。
「あ、あの、先生には黙っててくれねーか。…それで、こいつ、何か言いたそうなんだけど、中和させるようなもん、ねーかな?」
「・・・・・」
「…ああ!大丈夫!こいつは動けねーよ!俺が見張ってるし!」
「…いいわ。薬を持ってきてあげる。…でも、そうすると体中の痛みが酷くなるわよ」
ゼルがスコールに確認を求めるように視線を向ける。スコールは小さく頷いて見せた。
「じゃ、ちょっと待っててね。体温計を忘れたことにするわ。あなたも、誰にも言わないでちょうだい」
「助かるぜ」
ゼルは、考えていた。
あの時、ドールからトラビアに向かったあの時、こっそりと忍び込んだヘリの中から見たトラビアガーデンでの様子が目に焼きついていた。
神々しい光の中に浮かぶ、黒い魔女とその傍らに跪くように蹲る黒い騎士。
いつか見た、あの映画のワンシーンのようで、目が離せなかった。見惚れていた。
ヘリの操縦者ですら、それ以上近付くこともできずにただ無言でヘリを飛ばし続けていた。
記憶の中にある、リノアの羽。
10年前の魔女戦争のときも、彼はそれを見た。
だが、あの時は、天使のような真っ白な色をしていたはず。
あんな漆黒に染まった羽など、彼は知らない。
白い大地に朱で線を無数に引いたように染まったその地に、黒い2つの影は己を主張しているようで、誰も近付くことを許さぬようで、ゾクリと何かが背中を這った。
そのリノアが、今はあんな状態に置かれている。
誰にも触れることを許さぬ神秘的にも思えた2人の姿が、その時からは信じられないほどに弱弱しい姿でここにある。
あの小さな狭いカプセルに閉じ込められた美しい魔女が、恐ろしく儚い存在に思えてならなかった。
すぐに助け出さねばと思った。
それには、どうしても騎士であるこの男の力が必要だった。
…しかし、その彼が今はこんな状態では…
女性看護士が程なくして病室に戻ってきた。
手に持っているのは例の中和剤であろうか。
点滴のチューブに注入し、すばやく後処理をする。
一言断りを入れてから、体温と脈を取ってカルテに書き込む間に、薬が効いてきたのかスコールの口から何か言葉が漏れ始めた。
「…リ、リノ…ア、の…ところ…に…」
玉の様な汗を浮かべ、必死に痛みをこらえているのが見た目でも分かる。
こんなボロボロの状態でそれでもまだ、リノアを守ろうとするのか…
普段の無愛想な変化の少ない顔に苦悶の表情を浮かべ、なんとか体を起こそうとしているようだ。
「スコール…」
突然、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
先程この収容所が砂の上に浮上するときに鳴り響いたものとは明らかに違う。
警戒を思わせる高い音。
『スクランブル、スクランブル、侵入者あり、総員直ちにこれを制圧のこと!…スクランブル!』
警報と共に流れる館内放送。
「…侵入者…?」
「…ゼ、ゼル…」
小さな呼びかけに、すぐに反応を返す。
「どうした?いいから寝てろよ」
「…チャンス、だ。今の、うちに…」
「!! スコール、お前……。」
こんな体で、それでもこの状況をチャンスと捉えるのか…
「…よし、俺が様子を見てくる。いいからお前は寝てろ」
「・・・・・」
「…まぁ、俺が頼りねぇのは俺自身よくわかってる。けどな、はっきり言って今のこの状態じゃ、まともに動けもしねぇお前のほうが足手まといなんだぜ…」
兵士が指し示した指の先にあった『治療室』の文字。
先程アーヴァインとセルフィに出会う直前にすれ違ったストレッチャーに乗せられたひどい怪我の男は、やはりスコールだったようだ。
あの様子からしても、まずは治療を優先させると思われた。
これから向かうところで会えるかどうかわからない。
それでも繋がった線の先を確認したくて仕方が無いのだ。
その部屋に急ぎ足で近付く姿に、部屋の前に立っていた1人の兵士が声を掛けてきた。
「交代か?遅かったな。俺まだ昼メシも食ってねーんだぞ」
ガルバディア式の敬礼をすると、兵士は悪態を付きながらも戻っていった。
「(…俺だってまだ食ってねーよ!)」
部屋の中から話し声が聞こえてきた。
僅かに開かれたドアから、ドアのすぐ横に背を向けて立つゼルにもはっきりと聞こえてくる。
執刀した医師と看護士、そして例の本部からきたらしい兵士のようだ。
ガチャガチャと何かの器具の用意をしているのだろうか、慌しい音も同時に耳に入る。
「ではドクター、本部に報告しますので容態を聞かせて下さい」
「うむ、まず一番酷いのが顔から体中に至る火傷のような裂傷。これは本当に酷い。まるで被爆したようだった。
皮膚の細胞が死んでボロボロになっていた。 …しかし驚いたことにその下にすでに新しい皮膚ができており、ほとんど治りかけていた。
まぁ少し時間はかかるだろうが、痕は残らんだろう」
「額にも傷があるようですが」
「あれは古い傷のようだ。あれはもう消えんだろう」
「なぜすぐ新しい皮膚が…?そんなに早くできるものなんですか?」
「…私にもわからん。よほど生命力が強いのか、もしくは何らかの力が働いたか」
「何らかの力とは何です?」
「それは私にもわからんよ。通常では有り得んからな。それから、肩と腹部に受けた銃弾だが、肩のほうは特に骨にも異常は見られなかったようだしすぐに回復するだろう。
腹部のほうは、…これも信じられんことだが、内臓には一切損傷は無かった。まるで弾がそこを避けたように見事に外れていた。
貫通した物も、内部に残されたものも… 奇跡としか言えん」
「そんなことがあるわけが無い。あれだけの銃弾を受けて損傷の無い内臓だなんて…」
「だから奇跡なんだ。私も長年たくさんの患者を診てきたが、彼には一番驚かされたよ。余程幸運の持ち主なんだろう」
「羨ましい話です。私にも微笑みかけて貰いたいですよ。幸運の女神に! …それで、どのくらいで目覚めます?彼には色々聞きたいことがありまして」
「今はまだ麻酔で眠っているが、顔のギブスが取れればすぐにでも話はできるだろう。2~3日といったところですかな。彼の回復力からすれば。 …尋問を?」
「“質問”ですよ。 ではすぐに本部に連絡を取ります」
「私も所長に報告を」
2人の話に夢中になっていたゼルは、大きく開かれたドアにビクリと体を振るわせた。
「あー、君、しっかり頼む。何か変化があったらすぐに知らせてくれ。中にインターフォンがある。すぐにドクターに繋がるようになっているから」
「了解しました!」
ゼルが敬礼すると2人はそこを去っていった。
しばらくそのまま見張りをしつつ様子を伺っていたが、特に変化らしいことは何も起こらず、時たま通りかかる見回りの兵士に敬礼をするだけで本当に退屈な仕事だと実感する。
ゼルはそっと病室の中を伺い、音も無く中に滑り込んだ。
「スコール、おいスコール! …ダメか」
声を掛けても、少し体を揺さぶってみても目を覚ます様子は無かった。
まだ麻酔が効いているのか微かな呼吸の音だけが何とか聞き取れる。
ベッドの横に設えられた簡易イスを取り出し、腰を下ろして足を組んだ。
「スコール、リノアは無事だぜ。…今はちょっと会えねぇけどな。お前が命がけで守ったからよ。
それに、アーヴァインとセルフィが見つけてくれたアイテム、ちゃんと渡しといたぜ。
…スコール、お前すげーよ。 本当に体張ってよ、命がけでよ…。 ホント、すげーよ。
それに比べたら俺、何もしてやれねー。すまねぇ…」
「…う…」
「!! スコール!気が付いたのか!」
「…う…うぅ…」
「? スコール、どうした?大丈夫か?傷が痛むのか?俺がわかるか?」
「…ぁ、うぅ…う…」
「?? しゃべれねーのか?」
ゆっくりと開かれた瞼はどこか空ろで、自身の頭の中の整理をしているようだ。
スコールはゆっくりと自分の片腕を持ち上げる。
指先にまで真っ白な包帯が巻かれた痛々しい腕を。
そして自らの顔や口元に触れてその感触を確かめるように撫でている。
「(…何だこれ?口がしびれてる…?…どうしたんだ?)」
スコールの顔を覗きこんだ顔に気が付いた。
腕を元の位置に戻してその顔に視線を向ける。
「スコール、大丈夫か?」
「(…この声、ゼルか…?)」
「俺のこと、わかるか?」
声を出そうとしてみるが、喉や舌、唇の感覚がおかしい。上手く言葉にすることができない。
仕方なく、小さく顎を動かして1つ頷いてみる。
「おお、よかった! 体、動かせそうか?」
「(…体…?そういえば動かない…。何をされたんだ?)」
今度は小さく横に顔を動かしてみる。
「そうか、仕方ねぇな。お前、手術終わったばっかでまだ麻酔が効いてるんだ。でもそんなんでよく気が付いたな!」
「(手術…?ここはどこなんだ…?俺はどうしてこんなところに…)」
スコールは目をゆっくりと1回りさせて部屋の天井を見つめた。
無機質なコンクリートの天井に、張り巡らされたパイプやコード、裸の電球がぶら下がっていた。
「ああ、ここか?ここは病室だ。…っつっても、病院じゃねーぜ。なんとD地区収容所だ。嫌な思い出のな。お前あの後捕まって、ここに運ばれたんだ」
「(…D地区収容所…。また、こんなところに…。リノアは…?)」
痺れて感覚の無い口でなんとか言葉を紡ぎだそうとしてみる。
「…い、い…お…あ…」
「?? ! あぁ、リノアか?」
スコールは小さく頷き、ゼルが分かってくれたことにほっとした。
「あいつも捕まってここにいる。一緒に運ばれたんだ。…でもな、何かの研究室みてーなところに入れられちまってる。きっとそこで研究するつもりなんだ。
今は砂の上に出てる状態だから、今すぐにどうこうしようって訳じゃねーと思う。しばらくはあのまま監視されるんだろう。
お前が動けるようだったら2人でリノアを助け出したいところだったが、お前、こんな状態だしよ。」
「(…リノア…)」
「でも心配するな! ここにアーヴァインとセルフィも来てる。なんとかしてリノアは助け出す。そしたら多少無理してでもお前を連れ出して…」
不意に病室のドアが開かれた。
ゼルは言葉を続ける間もなく、慌ててマスクを被った。
入ってきた女性看護士は、ベッドの傍らに座る兵士に驚き、目を見開いて動きを止めた。
「あ、あの…」
「悪い!なんでもねーんだ。あ、こいつ、目さましたみてーなんだけど、俺もヒマだったもんだからつい…」
ゼルの軽い口調に看護士は少々気を許したようだ。
「そんなはずはないわ。まだ麻酔が切れるまでは…あら、ホント。薬の量を間違えたのかしら…。先生を呼んでくるわ」
手に持っていた何かの器具やカルテを近くの台に置き、踵を返そうとした看護士を慌てて呼び止めた。
「あ、あの、先生には黙っててくれねーか。…それで、こいつ、何か言いたそうなんだけど、中和させるようなもん、ねーかな?」
「・・・・・」
「…ああ!大丈夫!こいつは動けねーよ!俺が見張ってるし!」
「…いいわ。薬を持ってきてあげる。…でも、そうすると体中の痛みが酷くなるわよ」
ゼルがスコールに確認を求めるように視線を向ける。スコールは小さく頷いて見せた。
「じゃ、ちょっと待っててね。体温計を忘れたことにするわ。あなたも、誰にも言わないでちょうだい」
「助かるぜ」
ゼルは、考えていた。
あの時、ドールからトラビアに向かったあの時、こっそりと忍び込んだヘリの中から見たトラビアガーデンでの様子が目に焼きついていた。
神々しい光の中に浮かぶ、黒い魔女とその傍らに跪くように蹲る黒い騎士。
いつか見た、あの映画のワンシーンのようで、目が離せなかった。見惚れていた。
ヘリの操縦者ですら、それ以上近付くこともできずにただ無言でヘリを飛ばし続けていた。
記憶の中にある、リノアの羽。
10年前の魔女戦争のときも、彼はそれを見た。
だが、あの時は、天使のような真っ白な色をしていたはず。
あんな漆黒に染まった羽など、彼は知らない。
白い大地に朱で線を無数に引いたように染まったその地に、黒い2つの影は己を主張しているようで、誰も近付くことを許さぬようで、ゾクリと何かが背中を這った。
そのリノアが、今はあんな状態に置かれている。
誰にも触れることを許さぬ神秘的にも思えた2人の姿が、その時からは信じられないほどに弱弱しい姿でここにある。
あの小さな狭いカプセルに閉じ込められた美しい魔女が、恐ろしく儚い存在に思えてならなかった。
すぐに助け出さねばと思った。
それには、どうしても騎士であるこの男の力が必要だった。
…しかし、その彼が今はこんな状態では…
女性看護士が程なくして病室に戻ってきた。
手に持っているのは例の中和剤であろうか。
点滴のチューブに注入し、すばやく後処理をする。
一言断りを入れてから、体温と脈を取ってカルテに書き込む間に、薬が効いてきたのかスコールの口から何か言葉が漏れ始めた。
「…リ、リノ…ア、の…ところ…に…」
玉の様な汗を浮かべ、必死に痛みをこらえているのが見た目でも分かる。
こんなボロボロの状態でそれでもまだ、リノアを守ろうとするのか…
普段の無愛想な変化の少ない顔に苦悶の表情を浮かべ、なんとか体を起こそうとしているようだ。
「スコール…」
突然、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
先程この収容所が砂の上に浮上するときに鳴り響いたものとは明らかに違う。
警戒を思わせる高い音。
『スクランブル、スクランブル、侵入者あり、総員直ちにこれを制圧のこと!…スクランブル!』
警報と共に流れる館内放送。
「…侵入者…?」
「…ゼ、ゼル…」
小さな呼びかけに、すぐに反応を返す。
「どうした?いいから寝てろよ」
「…チャンス、だ。今の、うちに…」
「!! スコール、お前……。」
こんな体で、それでもこの状況をチャンスと捉えるのか…
「…よし、俺が様子を見てくる。いいからお前は寝てろ」
「・・・・・」
「…まぁ、俺が頼りねぇのは俺自身よくわかってる。けどな、はっきり言って今のこの状態じゃ、まともに動けもしねぇお前のほうが足手まといなんだぜ…」