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Chapter.41[D地区収容所]前編

 ~第41章 part.2~


今目にしている光景が信じられなかった。
何の抵抗もできない、動くことすら許されない状態にされた1人の女性。
その周りを取り囲む表情の無い男達と、冷徹な眼差しを向ける人物。
低い唸り声を上げる不気味な機械の数々と怪しい光。
彼らの目に、この女性はどう映っているのだろうか?
1人の女性として、人間として見えているのだろうか?
ただの、研究材料としか見えていないのではないだろうか?
なぜ、ここまで徹底的に厳重に包囲して研究が進められようとしているのか。
彼女が、そこに横たわる女性が、リノアが、   ――――『魔女』だからか。

人は違う物を嫌う。
人は分からない物を恐れる。

分からないから恐ろしい。恐ろしいから知ろうとする。
知ることと、分かることは同じではないのだ。

セルフィは言い知れぬ焦燥感に襲われていた。
そこに、リノアがいる。
今すぐにでもここを飛び出して、彼女を取り巻く輩を1人残らず叩き潰して解放してやりたい。自由にしてやりたい。
でも、そんなことはできないと自分自身の胸の中の自分が抑える。
理性と言う名の胸の内の自分は、この10年という時間で大きく成長したように感じる。
握り締めた拳と噛み締めた奥歯に互いに力が込められていく。
「…すぐに始めるのかな?」
不意に呟いたアーヴァインの言葉にはっとする。
「…わからない。でも、いつでも始められるって感じ、だよね」
「うん」
突然、耳障りな警報と赤い光が所内を走った。
「!! ど、どうしたの?」
「・・・・・」
「…アーヴィン?」
「多分、砂から出るんだよ~」
この収容所は上部にしか出入り口はない。
巨大なねじのような形をした3つの塔はそれぞれ独立しており、最上部の管理施設の部分だけが細い渡り廊下で繋がっている。
この収容所に出入りする人間がいるときだけ、その姿は砂に埋もれることになる。
つまり、砂から姿を現したということはしばらくここに出入りする人間がいないことを意味していた。

「セフィ」
「ん?」
「とりあえずさ、場所はわかったから別の塔に行ってみない? スコールやもしかしたら子供達がいるかもしれない」
「そうだね。この部屋の場所も覚えておかなきゃね」
アーヴァインとセルフィが部屋を出ようとしたその時、突然ドアが開いた。
2人は慌てて机の影に身を屈める。
しかし、予想したような空気とは違い物音一つしない様子に、2人は顔を見合わせて机の上からそっとドアのほうに目を向けた。
そこには、ドアの僅かな隙間から外の様子を伺っている兵士が1人。
ドアの外を別の兵士が通り過ぎていったのを見て、安堵の溜息を吐き出した。
兵士が部屋の中に目を向けた瞬間、机の端から顔を覗かせている2人の兵士が目に留まった。
思わずビクリと体を震わせてしまう。
「あの~、どうしたんですか~?」
アーヴァインが恐る恐る聞いてみる。
返ってきた兵士の返答はしどろもどろで、動作も怪しい。
「?」
「?」
2人は顔を見合わせてしまった。
「あーっ!もう面倒くせェ!」
突然声を上げたかと思うと、こちらに飛び掛ってくるかのような構えを取った。
「…その声、もしかして、ゼル!?」
「!! な、なんで…」
マスクを取った兵士は、アーヴァインとセルフィだ。
「お前ら…」
同じ様にマスクをとった兵士は、案の定ゼル・ディン。
3人は思わず溜息を着いてしまう。
「お前ら、なんでここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフ! 私たち、最初からここに来るって言ったじゃない」
「ゼル、トラビアに行ったんじゃなかったの~?」
「あぁ、だけどよ、スコールとリノアが捕まっちまって、俺もなんとか護送のヘリに乗ったんだけど道に迷ってよ。…ここ、どこなのか教えてくんねーかな」
「それよりゼル、ここからちょっと覗いてみて」
セルフィが指差したブラインドの下りた大きな窓から、ゼルはそっと外を覗く。
その先にあった光景に目を見張る。
「!! お、おいおい、あれ!」

ガルバディアという大きな国にもたくさんの研究所があり、様々な分野の研究が日夜行われている。
ここ収容所の中にもそれは存在し、たくさんの研究員がそこで究明に明け暮れていた。
その歴史は古く、この収容所が完成した当時から行われてきた。
砂漠に眠る古代遺跡から、緑化の為の植物、モンスターの生態から月の涙の現象の解明、果てはそのモンスターをコントロールしようとする研究まで行われていたそうだ。
ここには政府の関係者も軍の関係者も、一般の研究員に混じって存在している。
ここはガルバディアという大きな国が抱える最も重要な管轄の一つなのだ。

たった1つ、これほどの勢力を持ってしても研究しえない対象が魔女である。
当時から、魔女の研究が盛んに行われてきたのはエスタのみであり、その為の研究施設もガルバディアの文明では追いつけていなかった。
その魔女が、今ここにいる。
魔女の研究など、これまでこの国で行われたという記録は無い。
エスタの魔女研究所に送られたはずの魔女が、まさかこんな砂漠の研究所に連れ込まれるとはここの研究員でさえも戸惑っているのが現状だった。

「リノアは実験動物じゃねーぞ! …ようし、俺が助ける!」
「どうやって~?」
「決まってるだろ!正面突破だぜ!」
「ゼルぅ~…」
「で、あとはスコール助けてここからトンズラだ!」
「・・・・・」
直情猪突猛進型は今も尚健在のようだ。
アーヴァインとセルフィは言葉も出ない。
…ただ、真っ直ぐなその瞳の輝きをセルフィは少し羨ましくなった。
ここに来る途中でスコールを見かけたというゼル。
そして子供たちを捜したい2人はここで一端別行動を取ることとなった。

僅かに開いたドアの隙間から廊下の様子を伺う。
どこからか物音はするものの、兵士の気配は無い。
先に飛び出した2人の姿が見えなくなったのを確認してから、静かにドアを閉めて部屋の番号を頭に叩き込んだ。
ある通路に出た途端、何人かの兵士の姿が見えたが、こちらに気付いた様子は無く1つの部屋に入っていった。
さらに部屋の向こう側からやってきた兵士も迷うことなくその1つの部屋に入っていく。
ゼルもゆっくりそこに歩を進めてみた。
近付くにつれ、そこが兵士の詰所であることがわかると、ゼルも戸惑うことなく部屋の中に身を滑り込ませた。
ここで怪しい動きをするほうがかえって目立つ。
堂々としているほうが怪しまれないだろう。
食堂や仮眠室も備えられているらしいこの大きな部屋には、たくさんの兵士が思い思いに寛いでいた。
入口近くの壁に背を預け、さてこれからどうしようかと思案しながら何気なく辺りの様子を伺う。
ふと、自分の立つ位置の近くに貼られたこのフロアのものと思しき地図があることに気が付いた。
どうやら避難経路を示したもののようだ。
「(おっ、こいつはありがたい)」
今自分がいる部屋、先程2人と出会った部屋、そして研究室やその他必要だと思われる経路を把握しておこうと、じっと眺めてみた。
ふいに自分の後ろに気配を感じ、なるべく自然な動きになるようにゆっくりと振り返った。
「訳わかんねーよな、このフロア。俺さ、1週間前にここに配属されたばっかりでまだよく覚えてねーんだよな。あんたも?」
「あ、俺、前に1度来たことあるんだけどさ、あの時はこんな複雑じゃなかったような気がするんだよな。んで、一応確認しとこうかと」
「へ~、あんた前にも来たことあるんだ。長いんだな。俺なんてこの仕事が終わったら軍やめようかと思ってんのにさ」
「軍、いやなのか?」
「いやに決まってんだろ! …あまり大きい声で言えねーけどさ、そろそろヤバイらしいぜ」
自分の背後を確認するかのように1度振り向いてから顔を近づけてきて、その兵士は声を低くした。
「本部から入った通信、聞いちまったんだ。政府の官僚が何人か殺されたってよ。大統領だって未遂だったけど狙われたろ?
 それに、魔女派を支持する奴等が結構増えてきててさ。」
「軍の中でか?」
「おおよ。俺も軍をやめて魔女派に転向しようかな?なんてな」
「…ふ~ん」
兵士といえども1人の人間だ。この男のように世の動きに流されようとしている者は多いかもしれない。
ゼルはそう思った。
ふと腕時計に目を向けた兵士が慌てたように声を上げた。
「おっと、そろそろ交代の時間だ。あ~あ、ここんとこずっと立ってるだけなんだよな、俺。せめて施設内の見回りとかだったら道に迷わなくもなるんだろうけど…」
「立ってるだけなんて、楽でいいじゃねーか。どこなんだ?」
ゼルが見ていた地図を指差しながら兵士が応える。
「ほら、ここだ」
示された部屋の表示に、ゼルははっとした。…もしかしたら…
「それ、よければ代わろうか?」
「はっ?いいのかよ?お前だって仕事あるだろ~」
「それがさ、魔女が運ばれてきただろ。本部から来た奴等に追い出されちまってさ」
「ああ、わかる!本部の奴等、俺たちを見下してるからな~。…んじゃ、頼んでいいか?」



→part.3
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