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Chapter.40[バラム~F.H.]

 ~第40章 part.3~


何か聞こえる。
大勢の足音と賑やかそうな声。
次第に近付いてきているようだ。
その声が一際大きく耳に届くようになったとき、初めてその声の主を制止する別の人間の声も聞こえた。
この部屋のすぐ前まで来たようだ。
突然ノックもなしに勢いよくドアが開かれる。
「邪魔するぜ」
野太い声で挨拶しながら入ってきた髭面の大男。
肩口まで捲り上げられたシャツの袖の中からはよく日に焼けた逞しい腕が見える。
ベッドに横たわっているウィッシュとその傍らに腰掛けていたホープを見止めると、医師や看護士の制止も無視して近付いてきた。
「いたな!」
さらにその後から男達が何人か続く。
「!?」
2人の子供たちは訳が分からない。どんどん近寄ってくる大男達に恐怖すら覚えた。
「目が覚めたようだな。どうだ?気分は?」
でかい体とそれに見合ったでかい顔を近づけてそう言う。
2人は思わず仰け反ってしまう。
「…なんだ、命の恩人を忘れちまったのか?」
「船長、助けたときは気を失ってたんですよ」
「そうそう、“初めまして”じゃないんスか?」
「…そうか、じゃあ、初めまして。俺の名はマーロウ。この町のしがねぇ漁師だ。こいつらは俺の愛すべき仲間達。さあ、みんな、挨拶しろ!」
「うーっす!」
「どうも…」
各自がそれぞれに一言ずつ挨拶し、笑顔を向けた。
恐怖で引きつった2人の少年も、命の恩人であるこの人物達のことはわかった。
見た目はどうであれ、助けてもらったことに変わりは無い。
「あ、あの、助けてもらってありがとうございます。」
「命の恩人に感謝するよ」
「ヘヘヘ~、いいってことよ」

マーロウと名乗った大男の顔は、その髭面からは思い描くのも難しいほどに笑顔が作られた。
両の頬一杯に広げられた口からは、日焼けした顔と正反対の真っ白な歯が覗く。
に~と音でも聞こえそうなほどの笑顔は、少年達の警戒心をなくするのに十分だった。
「さあ、祝杯だ!全員持ち物発表!」
「俺は今日獲れた魚をおろして来ました」
「俺は今日獲れた魚を煮付けにしちまった」
「俺は今日獲れた魚をフライにしてきたぞ」
「俺は今日獲れた魚を焼いただけ~」
「…あ、僕は今日獲れた魚をマリネにしてみました」
「よーし!いいぞ!俺は当然コイツだ!」
軽々と持ち上げた大きな酒瓶。
マーロウが持つとそうは見えないが、ホープやウィッシュはその中に入れそうな大きさだ。
彼らが持ち込んだのは当然料理だけでなく、いつの間に準備したのかちゃんと食事用の道具も並べられていた。
「さぁ、ガキ共!てめえらも来い。船長命令だ!」
突然始められた宴会は、ここが病室であると言うことを忘れさせる。
どの顔も日に焼けて逞しそうだ。
そして、どの顔からも笑顔が溢れている。
男達は各々が持ち込んだ料理を交互に食い合っては感想を言い合っていた。
「…兄さん、もしかして僕たち、とんでもない船に助けられたんじゃ…」

男達は本当に楽しそうに酒を飲んだ。
今日のことも、昔のことも様々な話を2人に聞かせた。
マーロウが2人の側に赤い顔を近づける。
「な~にやってんだ。船長命令が聞けねぇのか!? おら、来い!」
「うわっ!あ、ちょ…!」
襟首を掴まれたホープが無理矢理輪の中に連行される。
逃げようともがいてみるが、連れられた先には美味そうに湯気を立てる料理の数々。
思わず生唾を飲み込んでしまう。
「ほら、おめぇらの為の宴なんだぞ。遠慮しねーで食え!」
「すげー、これおじさん達が作ったのか!?」
「おおよ!今日は大漁だったからな」
「嵐がくるまではな」
「お陰で魚以外のものも2つあがったしな!」
「ワハハハハ!確かに!」
男達の豪快な笑いに、ホープもつられて笑ってしまう。
それを見たウィッシュも笑顔が零れた。
病室のドアが開かれ、また誰かが部屋に入ってきた。 …いや、入ることはなかった。
開かれたドアの代わりにそこに仁王立ちになったのは、怒りモード丸出しの看護士長。
「あなた達!ここをどこだと思ってるんですか!静かにできないのなら今すぐ出てってもらいますよ」
「…はいはい、どうもすいませんでした」
恰幅のいい中年女性の看護士はここの婦長であろうか?
一睨みすると、静かにドアを閉めた。

「やーい、船長、怒られた!」
「怒られた!アハハハ!」
「しゃーねー。店じゃねーんだから、少し大人しくいくか。 …ところで、お前らはなんであんなとこにいたんだ? あんなボートでどうするつもりだったんだ?」
急に真面目な顔になったマーロウが横に座らせたホープに問いかける。
「………」
「…なんだ、言いたくねーのか」
「おいおい、誰がお前らを助けてやったと思ってるんだぁ?」
雰囲気を察したのか、周りで賑やかに飲んでいた者たちもマーロウとホープのやり取りに注目している。
「せめて名前くらい教えてくれてもいいんじゃねーか? じゃねーと、いつまでも少年A・Bだぞ」
酔っている男達には、ほんの少しの冗談も笑いのタネだ。すぐにクスクスと遠慮したような笑いが漏れる。
それでもホープは、渡されたグラスを片手に握り締めたまま黙っている。
「兄さん、命の恩人さん達に失礼だよ」
ベッドの上からウィッシュが声を掛ける。
男達はすぐに乗ってきて声を揃えた。
「そうそう、失礼だよ~、兄さん」
「…名乗れねー理由でもあるってか?」
マーロウの言葉にビクリとする。確かに命を助けてくれたことには感謝している。だが…
「…俺たちが、信用できねーのか」
「!!」
「船長、顔怖ェもん!」
「だよな~」

男達にとっては楽しい会話のタネなのかもしれない。
しかし、ホープやウィッシュはどうすべきか悩んでいた。
ここで本当のことを打ち明けてよいものかどうか…
名前1つで身元は割れてしまう。
いや、こうして出会ってしまったこと自体、すでに報告されているかもしれない。
命を助けてくれた恩人。
彼らには感謝と申し訳ない気持ちが溢れている。
だが、だからこそ、関係のない彼らを自分たちの逃避行に巻き込みたくなかった。

「船長」
静かに声を掛けたのは、男達の中でも目立たないように座っていた小柄な若者だ。
他の者達と違い、日焼けしているわけでも逞しいわけでもない。
海の男と呼ぶには不釣合いな姿だ。
「おう、どうした、セルビック?」
「さっき、看護士から聞いたんだ。彼ら、孤児なんだってさ」
「…こじ…?」
「親なしってこった」
「!! そ、そうなのか…」
「お、俺、こういう手の話に弱いんだよ…」
なぜか急に涙ぐむ奴も出る始末。
「そうなのか?小僧」
「小僧じゃねぇよ!」
船長の一言に、ホープは大きな声で反発してしまう。
「…その、前いたとこはすげーヤなとこで、いつもなんとかして逃げ出そうと思ってた。…う、噂に聞いたんだ。この海の向こうにでかい孤児院があるって」
「セントラか、俺も聞いたことはあるぞ。どんな孤児院かなんて知らねーが、でかい建物作ってるそうじゃねーか。F.H.からも何人も職人がそこへ行ってるらしいな」
「セルビックのほうが詳しいんじゃねーのか?船長。…な、セルビック?」
「ん? …う~ん、まぁ、ちょっとくらいなら」
「知ってるのか?そんな話、俺は初めて聞いたぞ」
ホープも混じって、セルビックと呼ばれた男に質問を浴びせかける男達の姿を見つめていたウィッシュは、ある可能性を思い浮かべた。
「(…この人、まさか…)」

「ところでよ、セントラって昔はでかい街があったんだろ?何で無くなっちまったんだ?」
「なんだ、知らなかったのかよ」
「俺は生まれてこの方学校と名の付くもんにゃ縁がなかったからな」
「威張ることじゃねーだろ」
「セントラは…」
ベッドの上に座ったまま、ウィッシュが話し出した。
「セントラはかつて、高い文明の進んだ大きな大きな都市でした。その力は全世界をも牛耳ることができたそうです。資源も豊富で、緑豊かな平和な国でした。
 しかし、爆発的に増えた人口は社会問題であり、進んだ文明はやがて月にまで影響を与えるまでになりました。
 そしてあの恐ろしいことが起こりました。セントラの中心に、月の涙が落ちたんです。
 それは大陸を破壊し、環境を一変させてしまうほどの巨大なものでした。
 人々はそれが、月から与えられたセントラ人への罰であると伝えられました。
 世界各地に移住していた人々は再びセントラの地に集結し、国の再建を試みましたが、それまでのものとは全く違う空気や土質水質に適応することもできず、多くの人々はその命を落とし、やがてセントラは滅びたんです」
昔話をじっと聞き入る子供のように、男達はウィッシュの言葉に耳を傾けていた。
「…お前、頭いいんだな~」
「月の涙って…?」
「何年か前にエスタであっただろ、あれだよ」
「月からモンスターが降ってくるってやつだろ。怖ぇ~よな~。こうして見てるときれいな月なのにな~」
「まったくだぜ。あそこにモンスターがうじゃうじゃいるのかと思うと、月を見るのが怖くなっちまう」
1人の男がホープの肘をつつく。
「お前の弟、頭いいじゃん。お前さんはどうよ?やっぱお利口さんか?」
「俺はこいつみてーな勉強バカじゃない。 …それより、頼みがあるんだけど…」
手招きしているウィッシュに気付いたホープが、ベッドに近付く。
「兄さん、まさか、この人たちに連れていって貰おうとか思ってるんじゃ…?」
「よくわかったな。おう、思ってる」
「ダメだよ、そんなこと!関係ない人たちなんだよ!これ以上迷惑はかけられないよ!」
「だったらどうするんだよ!いいチャンスじゃねーか! ウィッシュ、それとも他に考えがあるのか?」
「ホープ兄さん!」
「!!」
「!!」
ホープのすぐ後ろに、気配を押し殺すように聞き耳を立てていた男達に気付いた。
「あー聞いちゃった!聞いちゃった! ホープ君とウィッシュ君。やっと2人の名前聞いたぞ!」
男達は大喜びだ。
「…し、しまった…」
ホープは額に手を当てて俯いた。
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