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Chapter.39[セントラ~ガルバディア]

 ~第39章 part.5~


サイファーとスティルは再び街の中に戻り、裏通りの人目につかない物影に身を潜めた。
街の中は騒然としていた。
…当然だ。たった今、官僚の1人が何者かに襲われたのだから。
規制が張られ、道路は封鎖され、鉄道には検問が設けられた。
その動きは予想以上に早かった。
スティルは、小柄な体を生かして狭い道をすいすいと進んでいく。
それは体の大きなサイファーには難しいことで、軽く舌打ちしながらもスティルの後をついていく。
どこかの建物の屋上の物陰に身を隠したスティルが、どこから取り出したのか手に大きな双眼鏡を持ち、緑に囲まれた屋敷を覗いている。
ここはこの国の政治の中心であり、大統領が生活をする場、官邸である。
そこまでまだこの事件が伝えられていないのか、また1人外に出てきた姿を確認する。
官邸の正面玄関から乗り込む車までの短い距離に、黒い服の男達がずらっと列を作っている。
「…来た。マーク・アクリヴだ」
それだけを確認すると、スティルは踵を返した。
「…すぐに殺らねぇのか?」
「バカか!ここは官邸だぞ!」
「……手間が省ける」
「・・・・・」
驚いたような、呆れたような顔でぽかんとサイファーを見つめていたスティルだったが、“彼なら本当になりかねない”と思わずにはいられなかった。
「とりあえず、あいつらにじわじわと恐怖を与えるってのが目的なんだから、一気に殺したら意味がなくなるだろうが」
「…そんなもんなのか」

酷くつまらなそうな顔をしながらも、サイファーもスティルに続いてそこを後にした。
スティルが向かった先は、マーク・アクリヴが向かおうとしている施設だ。
官邸からも程近いその施設は、徒歩でも十分に行ける場所にあるのだが、それでも車を使用するのは危険を考慮してのことだった。
大統領が銃撃されるという、前代未聞の大事件が起こったばかりなのだ。
街の中には至る所に公安の人間の姿が見える。
確かに警備は厳重で鬱陶しさすら感じられる。
住んでいる人々にとっては迷惑この上ないことだろう。
だがそれは、裏を返せばそこだけにしか警備の目が向けられていないことを表している。
この町のことをよく知っているスティルにはそれは容易なことで、逆に公安の動きを先読みしているかのようだ。

「…まだ動きはないな。…どうする?こっちから動く?」
「…ここで待つ。すれ違いになるのはゴメンだ」
双眼鏡を覗きながらじっと建物の様子を伺っていたスティルはサイファーに声を掛ける。
やがて、建物の中から、ゾロゾロと黒い服の男達が出てきた。
玄関先にはスーツを着た人物もちらほらと垣間見える。
「そろそろのようだぜ」
「・・・・・」
やがてそこに静かに黒い車が何台か入ってきた。
車を取り囲むように黒い服の男達が周りに目を配りながら移動する。
「ぞろぞろといるな~。飴玉に群がる蟻みてーだ」
「…違いない。…行くぞ。飴玉はさっさと片付けたほうがよさそうだ」
「了解!」
建物をぐるりと取り囲む高い塀には、当然防犯装置が取り付けられているだろう。
別の建物の屋上から確認した位置に移動すると、サイファーはスティルに向かい合った。
「なるべく声は立てるなよ」
「…ど、努力するよ」
サイファーの力強い腕で小脇に抱え上げられたまま、突然変わる景色と自身の体の浮遊感になんとか声を上げないように口を塞ぐのがやっとだった。
塀の向こう側にあった大きな樹木の枝に降り立ち、辺りを確認してから根元に足をつけた。
そこで漸く解放されたスティルは、口から手を離した瞬間、堪えていた息を盛大に吐き出した。
その目にはうっすら光る物が溜まっている。
「っっっっっっっっ~~~~~っ!!!」
声にならない、いや、できない声でサイファーに精一杯の睨みと抗議の声を向けた。
「…お前、蟻んこを撒けるか?」
スティルの抗議など全く気にしてもいないのか、サイファーはすぐに行動に移る用意をする。
「…ど、努力する…」
「よし」

数台の車列の真ん中の車が、正面玄関前にゆっくりと停車する。
前後の車からは、官邸からずっと一緒だったと思われる黒い服の男達がぞろぞろと、更に蟻の数を増やしていく。
スティルは連立する樹木の間をすり抜け、黒服達が蟻のように固まっているところ目掛けて石を投げつけた。
幼い子供のように飛び跳ねたり罵倒を喚き散らす姿は、本当に子供のそれだ。
相手をバカにする仕草を見て、サイファーは溜息しか出なかった。
当然、警備の男達はスティルを捕らえるべく追いかけていく。
見た目や仕草が幼い子供だった為か、懐の獲物に手を掛けることもなく、必死に走って追いかけている。
子供1人を捕まえるのに、そこにいた大勢の男達の手を掛けるまでもない。
引き付けられる人数など高が知れていた。
「…ちっ」
舌打ちをするサイファーだったが、そこにいた全員の目を引き付けたことには違いない。
思いもしない出来事が起これば、人は当然そちらに注目してしまう。
ぐるりと取り囲んだ黒服の列に僅かに歪みが生じ、車の中の渦中の人物の姿が目に止まった。
「…あいつか。…グリフ!」
強い光と共に、甲高い鳴き声を上げて美しい姿の獣がそこに舞い降りた。
見たこともないモンスターの襲来に、入り込んだ小さな侵入者を追いかけていた警備の男も、飴玉に群がる黒服の男達も驚きを隠せない。
蟻はたちまち、蜂の子へと変わり、辺りは騒然となる。
グリフは半分面白がっているようにさえ見える動きで、向かってくる人間を大きな太い嘴で突付いたり前足で蹴散らしている。

一瞬だった。
何かが目の前を通り過ぎたように感じた瞬間、その影を見止めた黒い服の男の視線は地面にあった。
幼い子供の奇怪な行動に目を奪われかと思えば、突然どこからともなく現われた見たこともない美しく凶暴なモンスターに驚き、開けた視界に目を車の窓の外に向ければ、そこには、見たこともない人物の姿。
鈍い音と共に、体全部が乗っている車のシートに押さえつけられる。
声を上げることなど、できない。
目を逸らすことも、できない。
耳障りな金属音のすぐ後に続く不快な、肉を経つような水を孕んだ音。
見開かれた目を閉じることすら、できなかった。
顔色一つ変えず、男はじっと自分を見つめていた。
目に映るのは男の傷のある顔と、車のドアを貫いて突き刺された黒い刃。それが自分の首の下まで渡っている。
無言のまま、サイファーは剣を引き抜いた。
その瞬間、車の中の人物の首から鮮血が噴出した。
サイファーが立つ位置のウィンドウは一瞬にして鮮やかな色に内側から染められた。
異変に気付いて後ろを振り返った運転手の顔に、その飛沫が飛び散る直前、歪められた笑みを浮かべた顔を、運転手は生涯忘れることはできないだろう。

この敷地内に侵入するときと同じ様に、スティルは突然担ぎ上げられた。
「わっ…!」
短い悲鳴1つ上げるのがやっとで、自分の腹に回された腕にしがみついた。
だが1度目よりは余裕があったのか、屋敷の裏手を指差して降ろすように促した。
建物をぐるりと取り囲む塀は、逆にそこから地下へと潜り込もうとしている自分たちを隠してくれていた。

2人が顔を出したところは、高い建物に囲まれた薄暗い路地。
じめじめとした湿気が、雨が間もなく落ちてくることを物語っていた。
遠くの大通りのほうから、公安の車が大きなサイレンをかき鳴らしながら何台も走り抜けていくのが見えた。
今さっき2人が侵入した建物に向かっているだろうことは嫌でも分かった。
そこからスティルの親父が経営するジャンクショップまではすぐだ。
2人は足早に走りぬけ、店の裏口から中に滑り込んだ。
「!! …無事だったか」
2人の姿を見た店の主人が安堵の溜息を零した。
スティルは得意げにこれまでの経緯を話している。
主人は、興奮の収まらないスティルを宥め、真剣な顔でサイファーに歩み寄った。
「…あんたが、…あんたに、こんなことをさせるなんて…」
「…今更だ」
「…スマン」
「何言ってんだよ!親父! ガルバディア政府をぶっ潰すのが目的なんだから、あんな奴等、死んで当然なんだぜ!」
「…スティル、言葉が過ぎるぞ! これは我々の一方的な無差別攻撃なんだ。
 たまたま、彼らに白羽の矢が立ったというだけだ。…尊い犠牲なんだ。それを分かってくれ」
「なんだよそれ! 全部俺たちが悪いみてーじゃねーか! 元々、悪いのはあいつらだろ!」
主人とスティルの遣り取りを黙って聞いていたサイファーだったが、小さく鼻で笑った後に、微かな笑みを浮かべた。
「…やっぱり、ガキだな」
「ガキじゃねーって言ってんだろ!!」

通信機のスイッチを入れた主人が、誰かと話すのを遠くで聞き流しながら、すっかり機嫌を悪くしたスティルは部屋の隅で自分の腕を枕にして小さく座り込んでしまった。
サイファーは、改めて店の中を見回した。
ジャンクショップというだけあって、様々なものが店の中に溢れている。
ふと、奥の壁の一段高いところに見慣れた物が掲げられているのに気が付いた。
通信を終えたらしい主人が自分の側までやってきたことに気付いたサイファーは、振り返ることもせず声を掛けた。
「いい腕だ」
「お世辞でも嬉しいね。あれはもう随分と古い。10年以上もあそこにずっと置いたままだ。…今時、ガンブレードなんて気難しい獲物を振るう奴はおらんよ」
「…そうでもないぜ」
コートの内側から自らの腰に手を回し、サイファーは自分の獲物を取り出した。
それは使い古されたガンブレード。
細かい傷が目立つが、それでも黒く光を失っていない。
主人が一言断りを入れ、それを手にする。
「こいつは驚いた…。今でもこんなものを振り回しているやつがいたとはな…」
「なぜか妙に馬が合うらしい。 …だが、最近ちょっと違和感を感じるんだが…」
主人は角度を変え、向きを変え、天井に向かって突き上げてみたり、手元から片目を閉じて眺めたりしていた。
「…シリンダーに若干ズレがあるな。さぞかし、無茶をしたんだろう」
「コイツとも、もう長い付き合いだ。 …あれ、見せて貰っていいか?」
サイファーが指差したのは、さっきまで自分が眺めていたもう1本のガンブレード・・・・・・
主人はサイファーの持っていたガンブレードに興味津々のようで、生返事しか返ってこない。
サイファーは、壁に掛けられたそれを下ろし、改めてじっくり目を行き渡らせる。
白っぽく見えるのは、長年そこに掛けられたままで埃を被っていためだ。
軽く掌を刃に滑らせると、自分の顔が写り込んでしまうのではないかと思われるほど、ギラリと光る刃がそこにあった。
少々軋みを覚えるシリンダーに、勝手にそこらにあった潤滑オイルを差し込む。
人工皮のグリップは手に馴染み、今までのものよりも若干軽量であることがわかる。
「どうだ?なかなかのもんだろう」
主人は自慢げに問いかける。
「…あぁ、いいな」
「良かったら、使ってくれんか。こいつも長年新しい持ち主を待ってたようじゃし」
「…俺はそんな金、持ってねーぞ。いくら俺でも新品のガンブレードがいくらするかくらい知ってる」
「…フム、お前さんの持ってたガンブレードを売ってくれれば、そいつは同じ値段で買えるが…?」
ニヤリと笑みを零した主人に、サイファーもつい釣られて笑みを返してしまった。
「いいね、気に入った。…こいつの銘は?」
「こいつは『イアペトゥス』。『ハイペリオン』の兄弟とも呼べる代物だ。かつての刀匠が60本余りを製作したが、今この世界に残っている兄弟はそう多くはあるまい」
「…変わった銘だな…」
「『ハイペリオン』も、『イアペトゥス』も、同じ星の名だ。他の兄弟にも同じ星の銘が付いてる。…知らなかったのか」
「…星、か…」

主人は、先程通信した相手との会話を話し始めた。
スティルに聞かせたくないのか、ちらりとそちらに視線を移してから、改めてサイファーと向き合い、少しだけ距離を詰めた。
僅かに声を落とし、俯き加減で主人はそれでも手のガンブレードを弄んでいる。
「…魔女が捕まった」
「!!」
その一言はサイファーを動揺させることに十分だ。
新しい獲物を手に入れて、少々浮かれていた自分を密かに叱咤する。
「ゴーシュ船長は、今晩にもまた声明を出すつもりでいるらしい。…キミの働きがあったからな」
「どこだ?」
「…行く、つもりなのかね?」
「…どこだと聞いている」
主人は溜息を一つ吐き出した。
「俺は、“魔女の騎士”だぜ」
「……ガルバディアD地区収容所だ」
サイファーは主人の返事を聞く間もなく、飛び出した。
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