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Chapter.39[セントラ~ガルバディア]

 ~第39章 part.2~


伝えられる伝説によれば、ヒュポグリフとはグリフォンと馬の間に生まれた生物なのだと言う。
その精神は誇り高く、礼儀を欠いた者の人肉を食らうのだそうだ。
この冷たい空気に満ちた空の上を、自分の存在など丸で感じていないかのように悠々と駆ける姿はさぞ美しいのだろう。
目を開けていることさえ困難なほどの速度に慣れるのに、そう時間は掛からなかったが、それでもその背の美しい銀毛に捕まっているのがやっとだ。
こんな風に空を翔ることなど、生まれて初めての経験だ。
速度も高度も一々気にすることも無い。
煩わしいプロペラや機械タービンの音を聞くことも無い。何より、体全体に感じることができる風の心地よさ。
自分自身が風になったような感覚に囚われる。
景色が、星が、風が流れていく。
目に映るものも頬を撫でていくものも、感じることができるのはほんの一瞬でしかない。
その爽快さがサイファーには堪らなかった。
子供のように心が躍る。興奮する。
その高ぶりのあまり、思わず雄たけびを上げてしまう。
「…お前、最高だ!」

姿を消したサイファーを探そうとキョロキョロと辺りを見回していたゴーシュが頭上からの声を聞いたのはそれからすぐだった。
興奮したような雄たけび。
それがあのサイファーが発したものだとはとても信じられなかった。
先程の場所に舞い戻ったヒュポグリフと、その背から降り立ったサイファーの姿に、ゴーシュは苦笑いを浮かべて首を横に振ることしかできなかった。
「ナイト、ご無事だったんですね」
「…いいね、気に入った」
ヒュポグリフはすっかりサイファーに心を許したのか、大きな嘴をそっとサイファーに摺り寄せた。
「じゃ、俺はこのまま行くぜ」
それまでの嬉しそうな顔から一転、いつもの厳しい表情に戻ったサイファーが言う。
「今すぐ、ですか? せめて仲間達に…」
「いや、そいつはあんたから上手く言っておいてくれ」
「…そうですか、わかりました。…あ、ナイト! デリングシティのガルバディアホテルの近くのジャンク屋に我々の同志がいます。ハリーに頼まれた、とそう言って下さい」
サイファーは短い返事を返すと、再びヒュポグリフの背に飛び乗り、風と羽だけを残し、森を去った。
1度だけ森の上を旋回したヒュポグリフは、そのまま北へ向かう。
サイファーが首の辺りを撫でながら声を掛ける。
「ずっと長いこと外に出られなかったんだな、お前。俺に感謝しろよ。 …それにしても、ヒュポグリフなんておかしな名だな。面倒だ。お前はグリフでいいだろ?」
勝手に名前をつけてしまったサイファーに礼儀の欠片なんてものが存在したのかわからないが、それでも一声鳴き声を上げたヒュポグリフはそれを了承したようだった。
「マジで面白ぇ! いいね、最高だぜ、お前!」

暗く広い大海原を飛び続け、やがて広大なガルバディア大陸に差し掛かった。
それまでの暗い海原とは違い、大陸のほとんどを占める黄色い砂の大地は気持ちをも萎えさせる。
一声高く鳴いて、グリフは尻尾で自分の背中の辺りを軽く叩いた。
頬に当たる風と背中の温かさと静かな振動で、サイファーは思わず眠ってしまっていたのだ。


ガルバディアの歴史は古い。
それは大陸のあちらこちらに残る遺跡を見れば明らかだ。
首都であるデリングシティにもその名残は随所に見られ、そこに住む人々の中にも当時の装飾を愛し、今だ存続させ続けているものもいる。
その最たるものこそ街のシンボルでもある凱旋門である。
しかし、数多くの内紛や闘争、紛争が頻発し政治は乱れに乱れ、歴史的な蔵書物を含む多くの遺跡はほとんど残されておらず、その歴史の本筋を知る手掛かりは無いに等しい。
その後、まだ年若かった先の大統領ビンザー・デリングがその座に就き、あっという間に国を纏め上げたのだった。
恐怖と言う鎖で国民を縛り付けるような政治であったことは確かだが、それでも穏やかな気候や発展した交通機関と流通で多くの人々が集まり、国民の生活は安定していた。
それは奇しくもデリングの独裁政治による、安全の確保と言う不思議な情勢を保つことになった。
デリングの独裁政治は彼の周りの官僚や役人をも巻き込み、政治の世界にさえ入れば一生左団扇で暮らしていけるとまで言われていた。
そんな甘い汁を吸い続けた堕落しきった官僚たちにとって、デリングの死はかなりの衝撃であり、生活を一変させる大事件だった。
彼の惨殺の後、二の舞になるのを恐れた官僚たちはそのほとんどが椅子を明け渡すことになり、魔女に怯える毎日を過ごす者もいたほどだ。
わずかに残った官僚と新しく選出された役員達の中で、唯一名乗りを挙げたのが現在の大統領、ボルド・ヘンデルだったのだ。

そのボルドが、魔女派を名乗る者に銃撃された時、官僚や役人達は当然かつてのデリングを思い浮かべずにはいられなかった。
そしてその矛先が自分に向けられるのを極度に恐れている。
すぐに官邸に集結し、今後の動向を話し合う席が設けられたが、己の身の安全を確保することで頭が一杯の役人達に今後のことなど考える余裕は全く無かった。
街の様子や人々の動きも、皆自分から動くこともなく、見て見ぬ振りを決め込む他力本願状態だったのだ。
「いつまでこうしていなくてはならないんだ?」
「…仕方が無い、命を狙われるよりマシだ」
「しかし、私にも仕事がある」
「君の仕事は政治献金を受け取るだけじゃなかったのか?」
「何だと!」
掴み合いになる前に他の役人達によって別々の椅子に座らされた2人はそれでもまだ睨みあっていた。
苛立っているのはこの2人だけではないのだ。
「落ち着いたらどうです?部長」
コーヒーを差し出しながら宥めようとしているのは彼の秘書官だ。
官僚たちや役人だけではない。
彼らを支える者たちも必死なのだ。
それでも、耐え切れずに官邸を飛び出してしまう者もいた。
「お待ち下さい!環境部長! 今外に出るのは危険です!」
「ええい、邪魔をするな!これから大切な会合があるのだ!私にはシークレットサービスがついている。あんな腰抜け共と一緒にするな!」
環境部長クロード・レイスはそう言って、待機しているように命じられた官邸を飛び出した。
自分の車にいそいそと乗り込む、彼の姿を見た最後の瞬間だった。

官邸内は慌しかった。
電話は引っ切り無しに鳴り続け、その都度職員達は振り回され、官僚たちが用意させるように命じる資料や様々な小事に走り回っていた。
各緒部の長たちは皆ここに集められ、各々の仕事の場に出ることも許されなかった。
…ここにいれば確かに安全は確保されるだろう。
だが、ここで手を拱いて何せずにいられるわけも無い。
大事な仕事の予定もあるのだ。
自分だけでなく、相手側からしてみてもそれは納得のいくことではなく、何度も出席を請う要請が出された。
怯えながらもしぶしぶ官邸を後にする者もいた。
教育部長マーク・アクリヴもその1人だ。
「ほ、本当に大丈夫なのか…?」
「ご心配なく、我々がお守りします」
辺りをキョロキョロと心配そうに見渡しながら車に乗り込み、官邸を後にした。


彼らの苛立った様子をじっと観察している者がいた。
身を低くし、物陰に隠れながらその手には不似合いな大きな双眼鏡を握り締めている。
時計を確認し、すぐにその場を離れると街の大通りから1本外れた細い路地を走り、1軒の店の裏口に辿り着いた。
そっと辺りを見回し、すばやく店の中に消えた。
店の中はガラクタのような、何に使うかわからない物で溢れており、足の踏み場も無いほどだ。
武器や防具、工業用の機械から家電まで、何でも改造できるジャンク屋と呼ばれる店の仕事場だ。
明るい外から薄暗い店の中に入り、目が慣れてないのか、床に転がっていた何かに躓く。
物音に反応したように奥の扉が開かれ、中年の男が顔を出した。
「誰だ!」
「…って~!」
躓いた足先を撫でるように片足で立つ人物を見て、溜息を零す。
「…お前か」
「親父!少しは片付けておけよな!歩きにくいったらありゃしねぇ!」
「…静かにしろ。とにかく、こっちに来い」
奥のキッチンの床に敷かれたラグの下には、地下への階段が隠されており、中年の男は音も立てずに静かにそこに入っていく。
彼を親父と呼んだ人物も後に続き、そしてそこにいるはずのない人物を目にして驚き固まった。
「だ、誰だよ!」
小さな地下室の天井に頭が届きそうな大男。
美しい金色の髪を後ろに流し、鋭い両目の間には深かったであろう消えない傷跡がついている。
使い古された元は真っ白であっただろうコートは自分が着たら床を引き摺ってしまうだろう。
「彼はナイト。 …ナイト、これがさっき言ってたスティルだ」
初対面の2人は睨みあったまま動かない。
…いや、正確には動けなくなっていたのがスティルだった。
頭をすっぽり覆っている大きな帽子を目深に被り、鍔の下から覗く目はサイファーの威圧に負けまいと睨み返して来る。
「…悪いけど、簡単には信用できねぇぜ」
「おい、スティル!我々の同志だぞ」
「…フン!」
「すまない、ナイト。普段はいい子なんだ。時々簡単な仕事を手伝って貰っている」
「そこら辺のガキと一緒にすんなよな!」
「まぁまぁ、…で?どうだった?」
何も言わないスティルに、サイファーが冷たい視線を落としながら言う。
「話せ」
「………」
店の主人が促す。
「スティル、どうだったんだ?何かわかったんだろ?」
「…親父、こいつ本当に信用できるのか? …政府かどっかのスパイなんじゃねぇのかよ…?」
サイファーは口の端を少し持ち上げて見せた。
「俺が信用できねーか…。いいことだ。人を簡単に信用するもんじゃねぇ」
そして首にかけられた小さなペンダントを取り出した。



→part.3
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