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Chapter.39[セントラ~ガルバディア]

 ~第39章 part.1~


急に体が冷たくなったような気がした。
しおらしく空を見上げてみる。
どれがどんな名前の星でどれが星座かなんてさっぱり分からない。
それでも、空を横断する淡い白い帯だけははっきりと確認することができた。
ガーデンに戻り、ふとラフテルのことを思い出した。
特に何かしようと思ったわけではない。
ただ様子を見るだけだ。
そう言い聞かせながら保健室はどこだったかと思い出す。
部屋の窓からこっそりと中を覗き込む。
食堂もそうだったが、毎日の生活の中でどうしても必要になる部屋はすでに備品の補充も完了しているようで、見苦しい荷物用の箱などは一切見当たらなかった。
当たり前の保健室がそこから見えた。
奥の壁に面したデスクでここの保健担当の教官らしき女性が何やら作業している後姿だけが見えるが、ラフテルが寝ていると思われるベッドはそこからは確認することは
できなかった。
「中に入らないんですか?」
不意にかけられた声にはっとする。
…気付かなかったとは、不覚だ…
そう思いながらも後ろを振り返ってその人物を確認する。
「…ゴーシュ。…何やってんだ、こんなところで?」
「……その言葉は私のセリフだと思うんですが…」
「あ…まー、そうだけどよ」
バツの悪そうな顔をしたサイファーに柔らかい笑みを返す。
小さくノックした音に、中にいた女性教官が気付いてこちらに歩み寄ってきた。
ゴーシュは一言断りを入れると、サイファーを促すでもなく中に入っていった。
しぶしぶ後に続く。
「大きな怪我もありませんし、急に環境が変わって疲れたんだと思います」
女性教官の言葉にゴーシュは頷き、優しい眼差しでラフテルを見つめた。
水色のぬいぐるみを抱きしめたまま眠るラフテルの顔は無垢な天使のようだ。
「まさかナイトまで来てくれるとは思わなかったものですから…。この子もきっと喜びます」
そう言った女性教官のほうが嬉しそうだ。

保健室を後にし、廊下を歩きながらゴーシュはサイファーに話しかけた。
「ナイトが彼女を見つけて下さったんですね。ありがとうございます」
「………」
「…? ナイト?」
それには答えずに、ただ黙ったまま歩き続けるサイファーは何かを考えているのだろうか?
「どうかされました?」
「…俺は…」
「…戸惑っているんですね」
「かもな。…ガーデンに、バラムにいた頃は毎日闘いの中に身を置いてきた。戦争が終わっても、俺は自ら闘う事を選んだ。
 …ここにいると、俺は別の人間になってくようで、落ち着かない。」
ここに来てから、ここに来ることになってから、そう、あの少女と出会ってからずっと、自分らしくも無い行動を取らされてばかりで調子が狂っていた。
多くの人間達と出会い、重大な事件と遭遇し、不思議な体験までした。
一度に様々なことをたくさん感じすぎた。
その事実に少々困惑しているのかもしれない。
ゴーシュが答える。
「本当は、求めているのではないですか? …心の安息を」
「…バカバカしい! …それよりも、チャンスなんじゃねぇのか?」
ゴーシュの言葉を、自分自身の態度を振り払うかのように少々声高に挑発する。
「大統領は銃撃され、政府は揺れている。今なら一気に叩ける」
「ナイト、それは…」
「その為に俺を呼んだんだろう?」
「…今だからこそ、そうは思いません。官僚や役人達は今まで以上に厳重な警備に守られ、街の警護も強化されいることでしょう。攻め込むのは難しいと思います」
「…手なんてな、いくらでもあるんだよ」
「そんな、あなたではあるまいに、デリングシティにいる同志たちにそんなリスクを負わせられません!」
「だから、俺が行くっつってんだろうが!」

サイファーはすぐにでもガルバディアへ向かう船を用意させるように言ったが、そうそうすぐに出せるものでもなく、用意はできても、ガルバディアまでの航路は長い。
時間をかければかけるほど、政府を切り崩すのは難しくなっていくだろう。
サイファーは苛立った。
一刻も早くガルバディア政府の本部であるデリングシティへ向かいたかった。
舌打ちをして、サイファーは黙り込んでしまった。
サイファーの気持ち以上に、ゴーシュは彼の思惑を汲んでいるのは確かだ。
それはゴーシュの、ここに集う魔女派全員の意思でもあるのだ。
ゴーシュには考えがあった。
だがそれを、今彼に授けるべきなのだろうかと思案もしていた。
確かにそれなら、一晩でデリングシティへ辿り着くことができるだろう。しかし…

何かを考えているゴーシュの表情にサイファーも気付いた。
何を考えているのか知りたかった。
「…勿体つけてねぇで、何かあるなら言いやがれ」
「…あなたに使いこなせるとは思えないのです…」
「どういう意味だ?」
「…お1人で行かれるおつもりですか?そこへ…」
「当然だ」
ゴーシュは腹を括ったのか、心は決まったようだ。
「ここでは無理です。外に出ましょう」
ガーデンの正面入口から外に出る。
先程よりも一掃空気が冷たくなってしまっているようだ。身に受ける風が一気に体温を奪っていく。
どこに向かっているのか、何をしようとしているのか、サイファーには全く想像もつかない。
ただ黙ってゴーシュの後について歩いた。
「実は、私もまだ1度も使ったことが無いんです」
「どういうことだ?」
「…昔、本当に昔です。ママ先生が船を降り、ガーデンを作ると言い出したとき、船や子供たちを守る為にと、私が譲り受けました。
 この大きな力があれば確かに安全は確保されたでしょう。しかし…。 その為の代償もまた大きいのです」
「(代償…?)まさかそいつは…G.F.…か!?」
サイファーの言葉に、ゴーシュは頷く。

G.F.―――ガーディアン・フォース、それはそれぞれの持つ特性に合わせた姿で現れる魔法の集合体。
あるものは獣の姿であるものは人の姿で、そしてあるものは人間の手で生み出された無機物の姿で…
その数は計り知れない。
それは個別に様々な特殊な力を有しており、物や人間そのものにジャンクションと呼ばれる手法で融合させ、自在に呼び出し使うことができる。
人間が使える擬似魔法に比べたら、その力の大きさは比ではない。
しかし、力を使うためには代償も必要で、人間にジャンクションさせた場合、G.F.は人間の記憶を司る媒体に自分の存在位置を作ってしまう為、ジャンクションした人間は
自らの記憶の一部を失うことになる。
それはジャンクションしたG.F.の数や力の大きさに比例する。

ゴーシュが取り出したのは、銀色に輝く十字架のペンダント。
イデアから授けられたG.F.が、この中に封印されているのだと言う。
これをジャンクションすればゴーシュは自在にG.F.を呼び出すことができたはずだった。
しかし、彼は恐れた。
これまでの大切な記憶を失ってしまうことを…
「…まだ残ってやがったのか…」
忌々しげにそれを見つめたサイファーにも、G.F.の代償の影響を受けた経験がある。
10年前、あの魔女戦争が終結した際に、それまでガーデンで広く用いられてきたこの大きな力は使用が禁じられ、全てあるところに封印されていたはずだった。
この世界に魔女がいる限り、魔法と言うものが存在する限り、この魔法の集合体であるG.F.が無くなることはないだろう。
だが、その力の代償については幼い頃から教え込まれることになり、今では使おうとするものも、その存在すら見かけることはできなくなっていた。
「これを受け取った時は、正直喜びました。この力の大きさを知っていたからです。
 しかし、その代償の大きさも知っていました。私には、使えなかった。
 記憶をなくするということが怖かったんです。それからずっと、この小さな封印を解くことはありませんでした…」
2人はやがてガーデンを守り囲むシステムの外まで足を進め、暗い森の中に入り込んだ。
「これをあなたにお譲りしましょう。 …ですが、これはとても気難しい性格でして、失礼ながらナイトにその資格があるか、わかりません。
 気に入られればどんな命令をも忠実に聞きますが、礼儀を欠いたものは食い殺されてしまうそうです」
「…フン、面白い」
ゴーシュが手渡した十字架のペンダントを、サイファーは頭上に掲げた。
そして魔力を込めて念じる。
辺りの木々がざわざわと音を立て始める。
四方から吹き付けてきた風が下から自分たちを持ち上げるように吹き上がる。
それは強さを増していき、サイファーの白いコートが翻る。
やがてそれは目を開けていることもできないほどの強い突風となり、ゴーシュは自らの体を支えるのやっとだ。
十字架から放たれた光の玉がサイファーの頭上で風を取り込むように大きく膨らんでいく。
そして、あれほど強かった風がピタリと止み、代わりに今度は上空から優しい風が吹き降ろされた。
恐る恐る目を開いたゴーシュの目の前に1枚の羽が白銀の光を反射して舞い落ちてきた。
そしてサイファーの方を見上げる。
「!!!!」
そこに、いた!
過去に1度だけその目にした美しい獣の姿が。
サイファーが驚いたように見上げている。
「…こいつは…!」
「…伝説のG.F.ヒュポグリフです。属性は“光”“風”そして“聖”。その美しさはあの『エデン』に次ぐと言われているそうです」
大きな鋭い嘴を持つ鳥の上半身に真っ白な馬の下半身。
背中には銀白に輝く大きな翼があった。
2人は息を飲んだ。
眼光もさることながら、圧倒的な威圧感に押し潰されそうになる。
自分を召喚した人物を見定めているのかのように、じっとサイファーを見下ろしている。
サイファーも負けじと見つめ返した。
そして徐にガンブレードを取り出す。
「!! いけません! 礼儀を欠いては…!」
慌ててゴーシュがサイファーを制する。
しかし、彼の言葉は無視され、サイファーはその剣先を天高く突き上げた。
ヒュポグリフは1歩下がり、彼を睨む。
「俺の名はサイファーだ。魔女の騎士、サイファー・アルマシーだ!伝説の召喚獣ヒュポグリフ。俺と共に来い!俺の力となれ!」
ヒュポグリフは更に1歩下がり、前足を持ち上げて後ろ足で体を仰け反らせるように立つと、天に向かって1声大きく甲高い鳴き声を上げた。
持ち上げた前足を地に下ろしゆっくりとサイファーに向かっていく。
「ナイト!あぶない!」
その大きな翼をはためかせると、強い風が巻き起こりゴーシュは目を閉じた。
「うわっ!」
情けない悲鳴を上げ、ゆっくりと目を開くとそこにはサイファーの姿もヒュポグリフの姿も無くなっていた。
ただ確かにそこにいたという証の白銀の羽だけが舞っていた。



→part.2
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