Chapter.37[バラム]
~第37章 part.2~
それは全く青天の霹靂だった。
もしかしたらいずれは…という懸念は確かにあった。
しかしまさかこんなに早くに現実になるとは予想外だった。
子供たちを送り出した後も、当然のように毎日の業務は続き、それにばかり気を掛けるわけにも行かず、時たま思い出しては心を騒がせていた。
護衛につけたSeeDは新人1人。
無事にエスタに到着した旨の報告を受けたときは安心した。
本当にただの視察でしかなかったはずだった。
…まさかこんなことになるなんて。
それは教官長であるキスティスも学園長イデアもそしてマスターシドも当然同じ気持ちだった。
ニュースで報道された襲撃事件を食い入るように眺め、そして子供たちもこのガーデンをも危険な立場に立たせてしまったという己の軽率な行動を悔やんだ。
そしてその時が訪れた。
ガーデンに戻る、と報告を受けたのはつい昨日のことだ。彼らが箱庭に逃げ込み、内容を詳しく聞きだすことができれば自分達にも何らかの対策が打てる。
安易にそう考えていた。
だが、ガーデンにやってきたのは3人の子供たちではなかった。
「トゥリープ教官長、今度こそ会わせて頂きましょうか。このままでは学園長は勿論、我々が拘束した少年、果てはこのガーデンをも失いかねませんよ。」
「…無駄よ、学園長は何もご存知ないわ」
「今更庇い立てですか…。それこそ無駄なことです。…それとも、私を学園長に会わせたくない理由が他にあるのですか?」
「………」
「ご心配なく。私もガルバディアガーデンの卒業だ。彼女があのイデアであることはすでに承知の事実。今更何の力もない彼女に、私が危害を加えるとでも?」
「……フリーマン大佐…」
2人は互いに見知った間柄だった。
3年前のティンバーでの掃討作戦。
彼の指揮した部隊の統制の取れた行動は、その後もガルバディアのみに留まらずバラムガーデン内でも例として挙げられているほどだ。
ガーデンの教官長という立場から、他のガーデンに顔を出すこともあるキスティスの耳にも当然彼の雄姿は伝え聞いており、彼女自ら挨拶に赴いたほどだった。
大佐の登場によって、キスティスに向けられたたくさんの武器は下ろされたが、未だ彼女とフリーマンを取り巻く兵士の数は、小さなエレベーターホールを埋め尽くす程だ。
「多勢に無勢。…あなたの強さを持ってしても、ここは守りきることはできませんよ。トゥリープ教官長」
『お入りなさい』
ドアの向こうからイデアの声が聞こえる。
「学園長!!」
『キスティ、あなたもお入りなさい』
「…は、はい」
フリーマンの見下ろしていた視線が学園長室に繋がる扉に向けられた。
口の端を僅かに持ち上げ、キスティスの頭上に腕を伸ばす。
キスティスが守っていた扉は、もはやその守護を失いゆっくりと開かれた。
学園長というものは、学園を統べるだけが仕事ではない。
様々な公務があり、その都度赴かなくてならない。
各国で催される式典然り。
ガルバディアの新しき大統領が誕生した就任式でも、各ガーデンで催される様々な儀式でも、そしてエスタの解放の日の祭典でも、イデアが出席することは今まで一度も無かった。
それは彼女が極力人目につくことを避けた結果だ。
このガーデンの中でさえ、自分を忌避する者がいるのは事実。
そんな状態で世界の前に自分を姿を晒すわけにはいかない。
イデアはずっとそう思っていた。
3年前のあの日、派手好きなガルバディア政府が行ったティンバー掃討作戦の英雄の凱旋パレード。
そこでフリーマンは英雄として披露された。
フリーマンは敬礼をすることも帽子を取ることもなく、デスクの前で2人を迎えたイデアに歩み寄った。
「やっとお会いできましたね、学園長」
「…私の子供たちをなぜ捕らえたのか、説明をして下さいますか?」
「…あくまで、白を切るおつもりですか」
しばらく互いに睨みあったまま動かない。
フリーマンは小さな溜息を零した。
「監視カメラに、彼らの姿が映っていました」
「視察に行ったのですから、当然ですわ」
「…視察…? それにしては、一般の見物人は立入の禁止されている内部にまで進入していたようですがね、制服のままで。
そもそも、当日は一般の見物人には入場規制が出されて立入はできなかったんですよ。大事なイベントがありましたから…。
なぜ、そんなときにガーデンの、まだ年端も行かぬ子供たちだけが視察なんてできるのか、私には理解できませんね。
…彼らに出した本当の指令は何です?答えて貰いましょう」
「…カメラに写っていたというだけで、あの子達を捕らえたのですか…?」
「今後、彼らに色々と協力していただくことになりますが、何があったのか、全て聞き出すことになるでしょうね。…ガーデンと魔女派との関係も」
「…魔女派?」
「とぼけても無駄ですよ。 …元魔女イデア。次第によっては我々はガーデンを敵に回す用意があることだけお伝えしましょう。さあ、本当の指令を仰って下さい」
フリーマンの言葉にドキリとする。
静かに足を進め、壁一面に並ぶキャビネットの中から1冊のファイルを取り出した。
2枚の書類をフリーマンに手渡し、睨むような目つきで見上げた。
「私が彼らに与えたものは、それだけです」
「…なんだ、これは…」
「あなたがお望みのものですわ」
「…ただの許可証と護衛の指令書…」
「SeeDとして世界中に派遣されることになる彼らには、前もって必ず様々な地域のことを知っておいて貰っています。
特に珍しいことではありません。…今回は年少クラスということでしたので、護衛にと1人SeeDをつけただけです。」
「…他に…」
「ありません! …魔女派との繋がりの件も、初めて聞いたことです。
…私が魔女であったというだけで、疑いがかかると仰るのでしたらこれまでの事件は全て私に責があるということですね」
「そこまでは言っていませんよ。…つまり、この件に関してガーデンは一切関与していないと…?」
「…まさか、あの子達があんなことをするとは思えません。何かの間違いであって欲しいと願っています」
「それを今後調査します。その為に身柄を確保したに過ぎませんよ、学園長」
扉の外から何やら揉めるような声が聞こえた。
何事かと扉に目を向けると、兵士が数名入ってきた。
誰かを拘束してつれてきたようだ。
「何事だ」
「失礼します大佐。…この者が自分はマスターだと言うもので…」
「い、いたたたた…離して下さい」
「マスターシド!」
「あなた!」
「!!」
その場にいた人物の反応に驚いたのは兵士のほうだった。
「…え、で、では、本当に…マスターで…?」
「…解放してやれ」
「し、失礼しました!!」
慌てて兵士は拘束を解き、敬礼して逃げるように部屋を飛び出した。
ほっとしたように一息ついたシドが簡単に経緯を説明する。
いつものように保健担当のカドワキ先生のところに腰を落ち着かせているところへ、突然乱入してきたガルバディア兵に占拠され、自分はこのガーデンのマスターであり
すぐに学園長室へ行きたいと申し出たにも関わらず、兵には信じてもらえなかったらしい。
「…やれやれ、本当に困ったことになりましたね」
「マスター、部下の非礼は私が詫びます。ですが、こうでもしなければならない理由が、我々にもあることをご理解頂きたい」
「…ヘンデル氏ですか?」
「!! …マスターはよくお判りのようですね。 …いいでしょう、この件は単独行動としてガーデンの関与はないものとして調査させて頂きます。よろしいですね」
「構いませんが、1つだけ。 …幼い子供たちに対しては、どうか誠意ある対応をお願いします」
フリーマンはすぐに学園長室を後にすると、少人数の兵を見張りとして残したままヘリで飛び去った。
イデアは泣き崩れた。
「…わ、私は何と言うことを…。我が身可愛さに大切な子供たちを犠牲に…」
「イデア…」
「ママ先生! ママ先生の判断は間違っていません」
「そうですよ。あなたはこのガーデンを守ったんです」
「きっと、私でも同じことをしました…」
「さ、イデア、こちらへ」
キスティスとシドは力ないイデアをそっとソファーに座らせた。
「キスティス」
「…はい、マスター」
「ちょっと、お話があります。こちらへ」
学園長室の扉の外のエレベーターホールは、先程押しかけた山のような兵士はすでに姿を消し、いつもの静けさを取り戻していた。
「先程、兵士が気になることを口にしていました」
「…?」
「ここと同じ様に、トラビアにもガルバディアの兵が強襲したらしいのですが、そこで魔女を発見した、と」
「ええっ!! …まさか、リノアが…?」
「詳しいことはわかりませんが、キスティス、あなたの出番では?」
「…わかりました。すぐに向かいます」
「あなたは教官長です。私情に流されないことは分かっていますが、友を助けることもとても大切なことです。私の言いたいことが分かりますね、キスティス」
「ありがとうございます。マスターシド」
「イデアのことなら、心配はいりません。こちらからも、ガルバディアの学園長に連絡を取ってみるつもりです」
それは全く青天の霹靂だった。
もしかしたらいずれは…という懸念は確かにあった。
しかしまさかこんなに早くに現実になるとは予想外だった。
子供たちを送り出した後も、当然のように毎日の業務は続き、それにばかり気を掛けるわけにも行かず、時たま思い出しては心を騒がせていた。
護衛につけたSeeDは新人1人。
無事にエスタに到着した旨の報告を受けたときは安心した。
本当にただの視察でしかなかったはずだった。
…まさかこんなことになるなんて。
それは教官長であるキスティスも学園長イデアもそしてマスターシドも当然同じ気持ちだった。
ニュースで報道された襲撃事件を食い入るように眺め、そして子供たちもこのガーデンをも危険な立場に立たせてしまったという己の軽率な行動を悔やんだ。
そしてその時が訪れた。
ガーデンに戻る、と報告を受けたのはつい昨日のことだ。彼らが箱庭に逃げ込み、内容を詳しく聞きだすことができれば自分達にも何らかの対策が打てる。
安易にそう考えていた。
だが、ガーデンにやってきたのは3人の子供たちではなかった。
「トゥリープ教官長、今度こそ会わせて頂きましょうか。このままでは学園長は勿論、我々が拘束した少年、果てはこのガーデンをも失いかねませんよ。」
「…無駄よ、学園長は何もご存知ないわ」
「今更庇い立てですか…。それこそ無駄なことです。…それとも、私を学園長に会わせたくない理由が他にあるのですか?」
「………」
「ご心配なく。私もガルバディアガーデンの卒業だ。彼女があのイデアであることはすでに承知の事実。今更何の力もない彼女に、私が危害を加えるとでも?」
「……フリーマン大佐…」
2人は互いに見知った間柄だった。
3年前のティンバーでの掃討作戦。
彼の指揮した部隊の統制の取れた行動は、その後もガルバディアのみに留まらずバラムガーデン内でも例として挙げられているほどだ。
ガーデンの教官長という立場から、他のガーデンに顔を出すこともあるキスティスの耳にも当然彼の雄姿は伝え聞いており、彼女自ら挨拶に赴いたほどだった。
大佐の登場によって、キスティスに向けられたたくさんの武器は下ろされたが、未だ彼女とフリーマンを取り巻く兵士の数は、小さなエレベーターホールを埋め尽くす程だ。
「多勢に無勢。…あなたの強さを持ってしても、ここは守りきることはできませんよ。トゥリープ教官長」
『お入りなさい』
ドアの向こうからイデアの声が聞こえる。
「学園長!!」
『キスティ、あなたもお入りなさい』
「…は、はい」
フリーマンの見下ろしていた視線が学園長室に繋がる扉に向けられた。
口の端を僅かに持ち上げ、キスティスの頭上に腕を伸ばす。
キスティスが守っていた扉は、もはやその守護を失いゆっくりと開かれた。
学園長というものは、学園を統べるだけが仕事ではない。
様々な公務があり、その都度赴かなくてならない。
各国で催される式典然り。
ガルバディアの新しき大統領が誕生した就任式でも、各ガーデンで催される様々な儀式でも、そしてエスタの解放の日の祭典でも、イデアが出席することは今まで一度も無かった。
それは彼女が極力人目につくことを避けた結果だ。
このガーデンの中でさえ、自分を忌避する者がいるのは事実。
そんな状態で世界の前に自分を姿を晒すわけにはいかない。
イデアはずっとそう思っていた。
3年前のあの日、派手好きなガルバディア政府が行ったティンバー掃討作戦の英雄の凱旋パレード。
そこでフリーマンは英雄として披露された。
フリーマンは敬礼をすることも帽子を取ることもなく、デスクの前で2人を迎えたイデアに歩み寄った。
「やっとお会いできましたね、学園長」
「…私の子供たちをなぜ捕らえたのか、説明をして下さいますか?」
「…あくまで、白を切るおつもりですか」
しばらく互いに睨みあったまま動かない。
フリーマンは小さな溜息を零した。
「監視カメラに、彼らの姿が映っていました」
「視察に行ったのですから、当然ですわ」
「…視察…? それにしては、一般の見物人は立入の禁止されている内部にまで進入していたようですがね、制服のままで。
そもそも、当日は一般の見物人には入場規制が出されて立入はできなかったんですよ。大事なイベントがありましたから…。
なぜ、そんなときにガーデンの、まだ年端も行かぬ子供たちだけが視察なんてできるのか、私には理解できませんね。
…彼らに出した本当の指令は何です?答えて貰いましょう」
「…カメラに写っていたというだけで、あの子達を捕らえたのですか…?」
「今後、彼らに色々と協力していただくことになりますが、何があったのか、全て聞き出すことになるでしょうね。…ガーデンと魔女派との関係も」
「…魔女派?」
「とぼけても無駄ですよ。 …元魔女イデア。次第によっては我々はガーデンを敵に回す用意があることだけお伝えしましょう。さあ、本当の指令を仰って下さい」
フリーマンの言葉にドキリとする。
静かに足を進め、壁一面に並ぶキャビネットの中から1冊のファイルを取り出した。
2枚の書類をフリーマンに手渡し、睨むような目つきで見上げた。
「私が彼らに与えたものは、それだけです」
「…なんだ、これは…」
「あなたがお望みのものですわ」
「…ただの許可証と護衛の指令書…」
「SeeDとして世界中に派遣されることになる彼らには、前もって必ず様々な地域のことを知っておいて貰っています。
特に珍しいことではありません。…今回は年少クラスということでしたので、護衛にと1人SeeDをつけただけです。」
「…他に…」
「ありません! …魔女派との繋がりの件も、初めて聞いたことです。
…私が魔女であったというだけで、疑いがかかると仰るのでしたらこれまでの事件は全て私に責があるということですね」
「そこまでは言っていませんよ。…つまり、この件に関してガーデンは一切関与していないと…?」
「…まさか、あの子達があんなことをするとは思えません。何かの間違いであって欲しいと願っています」
「それを今後調査します。その為に身柄を確保したに過ぎませんよ、学園長」
扉の外から何やら揉めるような声が聞こえた。
何事かと扉に目を向けると、兵士が数名入ってきた。
誰かを拘束してつれてきたようだ。
「何事だ」
「失礼します大佐。…この者が自分はマスターだと言うもので…」
「い、いたたたた…離して下さい」
「マスターシド!」
「あなた!」
「!!」
その場にいた人物の反応に驚いたのは兵士のほうだった。
「…え、で、では、本当に…マスターで…?」
「…解放してやれ」
「し、失礼しました!!」
慌てて兵士は拘束を解き、敬礼して逃げるように部屋を飛び出した。
ほっとしたように一息ついたシドが簡単に経緯を説明する。
いつものように保健担当のカドワキ先生のところに腰を落ち着かせているところへ、突然乱入してきたガルバディア兵に占拠され、自分はこのガーデンのマスターであり
すぐに学園長室へ行きたいと申し出たにも関わらず、兵には信じてもらえなかったらしい。
「…やれやれ、本当に困ったことになりましたね」
「マスター、部下の非礼は私が詫びます。ですが、こうでもしなければならない理由が、我々にもあることをご理解頂きたい」
「…ヘンデル氏ですか?」
「!! …マスターはよくお判りのようですね。 …いいでしょう、この件は単独行動としてガーデンの関与はないものとして調査させて頂きます。よろしいですね」
「構いませんが、1つだけ。 …幼い子供たちに対しては、どうか誠意ある対応をお願いします」
フリーマンはすぐに学園長室を後にすると、少人数の兵を見張りとして残したままヘリで飛び去った。
イデアは泣き崩れた。
「…わ、私は何と言うことを…。我が身可愛さに大切な子供たちを犠牲に…」
「イデア…」
「ママ先生! ママ先生の判断は間違っていません」
「そうですよ。あなたはこのガーデンを守ったんです」
「きっと、私でも同じことをしました…」
「さ、イデア、こちらへ」
キスティスとシドは力ないイデアをそっとソファーに座らせた。
「キスティス」
「…はい、マスター」
「ちょっと、お話があります。こちらへ」
学園長室の扉の外のエレベーターホールは、先程押しかけた山のような兵士はすでに姿を消し、いつもの静けさを取り戻していた。
「先程、兵士が気になることを口にしていました」
「…?」
「ここと同じ様に、トラビアにもガルバディアの兵が強襲したらしいのですが、そこで魔女を発見した、と」
「ええっ!! …まさか、リノアが…?」
「詳しいことはわかりませんが、キスティス、あなたの出番では?」
「…わかりました。すぐに向かいます」
「あなたは教官長です。私情に流されないことは分かっていますが、友を助けることもとても大切なことです。私の言いたいことが分かりますね、キスティス」
「ありがとうございます。マスターシド」
「イデアのことなら、心配はいりません。こちらからも、ガルバディアの学園長に連絡を取ってみるつもりです」