このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Chapter.36[ウィンヒル]

 ~第36章 part.3~


ボルドの体を心配したエルオーネに、屋敷に戻るよう言われたボルドは昼食の後一度ラグナに挨拶し、泥に塗れたままの格好で戻ってきた。
屋敷の使用人にさえ驚かれてしまった。
戻ったことが伝えられたのか、眼鏡の男とマーチン医師が慌てて飛び出してきた。
「な、何があったんですか!?」
この姿だ。驚かれるのも当然だろう。
煩いほどに節介を出そうとする2人を振り切って、バスルームへ向かう。
鏡に映った自分の姿に、改めて驚く。
「(…これではどこぞの田舎の農夫だな)」
だが、普段決してすることのない体験ができたことは、新鮮な気持ちを湧きあがらせた。
執務室のデスクで感じる疲労とは全く違う心地の良い疲労感。
何よりも、この小さな村の空気に触れていられるということが、ボルドにとっては喜びだった。

バスルームから戻り、使用人の一人に案内されたリビングで待っていたマーチン医師がすかさず診察しようと言い出した。
ボルドは気分が良かった。
傷口さえ何ともなければ、もう一度ラグナの元へ行きたいとさえ思った。
…眼鏡の男に頑なに拒否されてしまったが。
「大統領、報告が入りました」
真面目な顔でボルドに言葉を掛ける眼鏡の男の顔に、ボルドの顔も引き締まる。
「どうした?」
「フリーマン大佐からです」
あの男か…と、ボルドは今朝のことを思い出しながら考えた。彼はバラムガーデンへ赴いたはずだ。
「バラムガーデンにて、容疑者と思われる人物を確保したそうです」
「!!」
“容疑者”というキーワードでさらに思い出す。見せられた少年の写真を。
確保したのはその少年達なのだろうか?
…本当に?
ガーデンの特質の1つでもある、絶対的な命令によってそうさせられていた、とも考えられるが、やはりそれは確保した少年から事情を聞きださねばならない。
「身柄は直ちに収容所へ送還するそうです」
「…そうか、わかった」
「それから…」
「?」
「………」
「なんだ、はっきり言わんか」
「…ト、トラビアで、魔女を発見したそうです」
「!! な、なんてことだ。生きていたのか…」
「場所は、トラビアガーデンです。 大統領、これではっきりしました。やはりガーデンは我々の敵。早々に手を打ちませんと! これは立派な反逆です」
ボルドは考え込んだまま何も言わない。
「大統領!! 魔女はガーデンと手を組んだんですよ。ガーデンは脅威です。先の魔女戦争のときのように敵対する存在となったんです!」
「………」
「大統領!!」

奥のほうから2人の人物が歩み寄ってきた。
「失礼」
大柄な男と細身の男。どちらもエスタの国民服を纏っている。
ボルドの側までやってきてから、優雅に一礼して見せた。
「お久しぶりです、ヘンデル大統領」
「君たちか。この前は世話になった」
「いえ、ご迷惑をおかけしたのではないかと…」
「とんでもない。楽しかったよ。 …相変わらず、気苦労しているのかね?」
「お見通しですね」
「大統領、この方たちは…?」
眼鏡の男が尋ねる。
「エスタの大統領補佐官だ」
「初めまして、キロス・シーゲルと申します。こちらはウォード・ザバック。彼は訳あって口が利けませんので代わりに私が」
「………」
「初めましてよろしく、と言っております」
「…こちらこそ、初めまして(…本当に分かるんだろうか…?)」
「私の首席補佐官だ」
ボルドから紹介を受け、メガネの男は2人と握手を交わした。
「大きな声が聞こえましたが、何か問題でも…?」
眼鏡の男は少々躊躇ったが、彼らの立場は自分と同じ。
事の次第を話してもいいものか迷いながらも、受けた報告の内容と、今ボルドと交わした会話の内容を簡潔に説明
した。
「そちらの、エスタのレウァール大統領にご助力をお願いしようと考えております」
キロスとウォードも、ボルドも静かに聞いていた。
「なんとか、お口添え願えませんでしょうか?」
「…大統領は、うんとは言わないでしょう」
キロスの言葉に、ウォードも頷いてみせる。
「なぜです! エスタの研究施設を破壊されているではありませんか!」
「………」
黙ってしまったキロスの様子は、言葉に詰まったという風には見えない。
何かをじっと考えているようだ。
「…それが、SeeDの手によるものだから…? だからガーデンは敵だと仰るんですか? …SeeDというものは何なのか、もう一度良くお考えになられたほうが良いでしょう」
「SeeDの、意味…?」
眼鏡の男の呟きに1つ頷き、じっと見つめ返した。

ボルドはキロス達に案内され、1つの部屋にやってきた。
ノックをして扉を開けるも、中には誰もいない。
キロスにソファーに腰掛けて待つように促され、2人の動向を見守った。
やがてバスルームから戻ったラグナがタオルで頭をゴシゴシ擦りながらボルドに声を掛けた。
「悪ぃな、待たせちまったみてーで」
ラグナは、何度もこの屋敷を利用している。
以前はエルオーネが住む家にお邪魔していたのだが、彼女が結婚してからはなんとなく敷居が高かった。
エルオーネも彼女の夫も、喜んで家に招いてはくれるのだがラグナは強引にその誘いを断り、それ以来この屋敷を間借りしているような状態だ。
先日仕入れたばかりだという、トラビア産のメレスイーツに齧り付き、1つをボルドに放る。
「そんでよ、今キロスに聞いたんだけど、犯人を捕まえたって?」
「ラグナ君、まだ犯人とは言ってない…」
すかさずキロスが訂正する。
「容疑者です、大統領。例の研究施設の監視カメラに残された映像を解析した際に判明しました。…まだ少年のようですが」
「ガーデン、どうするつもりなんだ?」
「…実はまだ迷っています。立場的には、ガーデンを敵視して対応することになると思われますが、私個人の意見としましては、そうすべきかどうか…」
ラグナは腕を組んで真剣な顔で何かを考えているようだった。
時折動物のような唸り声が聞こえる。
「あの、大統領…?」
「…なんで、あんたんとこにはそういう情報入ってくるんだ? 俺、なんにも聞いてないぞ。おい、キロス!」
「ラグナ君、ちゃんと話を聞いていなかったのかい? 今朝の朝食のときに調査書を渡したはず」
キロスの言葉に再び考え込む。
そういえば、エルオーネの家に押しかけて一緒に朝食を摂ったときに、慌てて飛び出そうとした自分にキロスが何か書類を渡したことを思い出す。
「(…それ、どこやったんだっけ…?後で見ようと思って…)」
キロスの呆れた顔に、ラグナは苦笑いを返すしかなかった。

「ときに、ボルド、それ、もう公表しちまったのか?」
公表はまだしていない。
そうしろとの命令も出していない。
補佐官はすぐにでも公表し、世間に事実を伝えるべきだと言うだろう。
しかし、それはガーデンへの敵対の意思をも知らせることになってしまう。
ガーデンを敵に回す。
それは絶対に避けなければならないことだとボルドは考えていた。
10年前の魔女戦争の時に、それは嫌というほど味わった。
ガルバディアのガーデンをも乗っ取った魔女がバラムに打って出た。
そして、魔女は姿を消した。
バラムガーデンとは、一体何なのだろうか?
このキロスという補佐官が先程口にした言葉を思い出す。
『SeeDとは何なのか…?』

「掴まえた奴ってさ、SeeD、なのか?」
ラグナが小さく呟いた。
こちらも思わず考えに耽っていたことに、はっとする。
ボルドに手渡されたあの時の写真には3人の少年。
内1人の制服はSeeDのものだと言われた。
確かにボルド自身にもそれは目にしたことのあるものだった。
記憶の中にもそんな感じのものがあったと思い出す。
「SeeDだとしたら、掴まえても無駄だろう」
「…?」
「あいつらは精鋭だ。しかもそんじょそこらの兵士とはわけが違う。特殊な訓練を受けさせられているんだ。尋問どころか、拷問なんてしても無意味だ」
「…あ」
確か、報告では捕らえた容疑者はすぐに、収容所に送還するとの事だったはず。
…あの砂漠の収容所へ。
入ることは簡単でも、出ることは不可能に近いといわれる。灼熱の世界の中の監獄要塞。
捕らえられた囚人達には恐ろしい拷問が待ち構えているのだという。
ボルドも以前、1度だけ視察に赴いたことがあった。
大統領という立場ながら、恐ろしいところだと実感した。
あの写真の少年達もそこへ送られるのだろうか?
恐ろしい拷問に責められるのだろうか?
…仮にそこで全てとは言わないにしろ、魔女に繋がる手掛かりが得られる可能性があるとしたら…
「それから、…魔女、は…?」
「トラビアで発見されました。…まだ捕らえたという報告は受けていませんが…」
「…トラビア…!? まさか、ガーデン、か!」
真剣な顔付きで頷いて見せたボルドの顔を見て、大きなショックを受けたとでも言わんばかりにラグナは大げさに額に手を当てて仰け反って見せた。
「あちゃ~~…」
「だからこそ、我々はこの魔女が引き起こした数々の事件にはガーデンが絡んでいると考えずにはいられません。…できればそんな事実はないことを望みますが…」
「(…あいつ、トラビアに向かったんじゃないのか? …何やってんだ…?)」
「…? 大統領…? 大統領のお考えになっていることをぜひ聞かせて欲しいのですが」
「…よし、こっちからも調べる。とりあえずバラムにはあんたらが行ってくれよ。俺たちのほうはトラビアに向かわせるからさ」
「このことは…」
「う~ん、発表するのは、もちっと待ってくれねーかな? せめてこっちでそのガーデンを調べてから」
「わかりました」

部屋にこっそりと使用人が顔を出し、キロスを連れ出した。
しばらくして、慌てた様子で部屋に戻ってきたキロスが、今報告が入ったことを告げた。
その内容は驚くものだった。
「大統領、トラビアガーデンにて魔女を捕獲したそうです」
「!! 本当か!」
「その際、トラビアに赴いていた部隊が全滅したそうです…」
「な、なんだとっ!!」
「先に制圧に入った部隊は全滅し、後に援護に入ったフリーマンという人物からのようでした。拘束後、ヘリで移送中とのことです。 …それからもう1つ」
「まだ何か?」
「デリングシティで暗殺事件が発生しました。被害者はクロード・レイス。環境部長に就いていた人物ですね。
目撃証言によりますと、犯人は背の高い白いコートの男だったそうです」
3/3ページ