Chapter.36[ウィンヒル]
~第36章 part.2~
飛び立ったヘリの後を追うかのように上空に舞い上がり、空の上で螺旋を描く花弁を見上げてから、ボルドは屋敷の裏手に回る。
そこには人の住む家はもう見えない。石畳の道もない。
ただいくつも見える丘陵の様々な花の色が遠くまで広がっている。
以前ここを訪れたときは、ただの草原だった。
きっとあの場所だけは誰も踏み入れないようにしてあるのだろうと思う。
変わり者と詠われるレウァール大統領にとっての一番神聖な場所。
花畑の中でちらほらと作業をしている人がいるようだが、花に囲まれたこの場所ではそう簡単に見つかることはなさそうだ。
畑の中の小道をゆっくりと歩いていく。
周りの美しく咲き誇る花の香りに酔いそうだ。
「こんにちは」
周りに気をとられて、前方からやってきた人物に気が付かなかった。
はっとしてボルドも挨拶をかえす。
「見かけんお人ですね~。旅の方?」
「え、ええ、まぁ」
「その手、どうされました?」
「あ、いや、これは、ちょっと転んで…」
「あらあら、お大事に~」
終始にこにこと笑顔で語り、ペコリと頭を下げてボルドとすれ違った老婆は自分よりも大きな籠いっぱいの花を背負っていた。
屋敷の方向へ歩いていく老婆は、ここから見ると花の入った籠が自らの足で歩いていくようにしか見えない。
思わずクスリと苦笑が零れた。
ふと、花畑の中に立つ人物と目が合う。
立ち居振る舞いからして女性のようだ。
ボルドがこちらを振り向いたのを見て、深々と頭を下げた。
「(…私を知っている…?)」
その女性が立つ場所まで、畑の中の小さな小道を進んでいく。
ドール製の高級な革靴が泥に塗れても、お構い無しだ。
何も言わず、ただじっとその場に立つ女性は、ボルドが来るのを待っているかのように見えた。
近付くに連れ、彼女の足元に蹲るようにしている背中が見えた。女性が合図を送る。
立ち上がって振り向いた顔を見て驚いた。
「…レウァール大と…!!!」
「し―――っ!!」
慌てて口を押さえ、言葉を飲み込む。
花々の陰になって気が付かなかったが、周りには思ったよりもたくさんの人物が作業をしていたようだ。
その様子に立ち上がってこちらに視線を向ける。
見知らぬ人物に興味を惹かれるように、数人の村人がその手を休め声を掛ける。
「ラグナさん、誰だい?その人」
「あぁ、驚かして悪い。俺の友達だ。ここで少し療静してもらおうと思ってな」
声を掛けた人物が、ボルドの腕を見て納得したのか、笑顔に戻る。
「大事にしろよ」
思わずボルドは小さく頭を垂れた。
「初めまして、ボルドさん、エルオーネと申します」
女性が頭を下げる。美しい女性だとボルドは素直に思い、ラグナとの関係を思案してしまう。
「(…エルオーネ…?どこかで聞いたような…)初めまして、エルオーネさん、よろしく。 …それより大とう…!!」
「し―――っ!!」
再びラグナに止められ、慌てて口を塞ぐ。
「…この村の住人達は、もしかして何も…?」
「あぁ、知ってる奴も知らない奴もいる。」
ボルドの顔に近付き、小声で囁くように状況を説明するラグナにエルオーネがクスリと笑みを零した。
「とにかく、ここでは俺は大統領じゃない。このエルオーネのおじさんで通ってる。んで、あんたは俺の友達。
だからあんたも、俺のことは名前で呼べ、いいな。言うこと聞かねーと、“ピヨピヨ口の刑”だぞ」
「(ピヨピヨ…?)…は、はい」
「よし、じゃあお前も手伝ってくれ」
「それより、伝えたいことが…」
「あー、パス。聞かない! あんたここに静養にきたんだ。そんな話してたら休んだ気しねぇぞ」
「いえ、しかし…」
「言うこと聞かねーと、“ブタさん鼻の刑”だ!」
「(ブタさん…??)…わかりました」
そうだ、今この時だけでも、自分の立場も世間で起きている事件も何もかも忘れてしまおう、病院を出てからそう思っていたことを思い出す。
ラグナが口にする意味不明な言葉も、自分の気を紛らわせる魔法の言葉。
そんなつもりは全くなかったのに、いつの間にか自分も手伝うことになってしまった。
「よし、いいか、ここんところの小っちゃい芽を摘み取るんだ。…こう、指の腹を使って、こうだ」
実際にラグナがやってみせる。
見ているとそれは簡単そうにできそうな気がする。
「これなら、片手でもできるだろ?」
見よう見まねで教えてもらったことをやってみる。
「ボルドさん、棘がありますから気をつけて下さいね」
優しく声を掛けてくれたエルオーネに返事をしようと目を放した途端、指先に小さな痛みが走る。
「いっつ!!!」
本当に自分がこんな間抜けを晒してしまうことになるとは思って見なかったボルドはおかしな小さな声で手を引っ込めた。
棘のある美しい花。放っておけば枯れてしまう花。
手入れをしなければ脇からどんどん新しい芽を出して咲くはずの一番上の花の養分をも吸い取ってしまう。
手をかけた花は、手をかけた分だけ美しく咲き揃い、それが集まって美しい花畑を形成する。
この花畑そのものが、さながら国の縮図のようにさえ感じてしまう。
エルオーネやラグナは慣れた手つきで撫でるように花の茎をなぞり、あっという間に作業を進めていく。
ボルドもぎこちない動きながらも言われた通りに1つ1つ手入れを施していく。
花の手入れと言うものがこんなに大変な仕事だったとは知らなかった。
まだ花の開かないこの緑の草の、植物特有の青臭い匂い。
土に塗れた靴と服。
植物の汁で染まった指先と棘でできた細かな切り傷。
大人の腰ほどの高さもあるこの花1本1本を根元から上までなぞる度に上げ下げしなければならない姿勢。
花の手入れと侮っていた自分が恥ずかしかった。
いつの間にか、自分とは反対の畝で作業を進めていたラグナとエルオーネははるか先に進んでしまい、自分との間が随分開いてしまっていた。
「あんた、何やってんだい!?」
突然声を掛けられる。
振り返った先には中年の女性。
「…そんな格好で…」
呆れたように溜息を落とす。改めて自分の姿を確認する。
病室から出るときに着替えた私服のスーツと革靴。
片腕は包帯で吊っている。
見たことも無い人物が泥だらけで花の手入れをしている。
女性は驚いたことだろう。
「…あ、いや、私は…」
どう答えていいものか思案しているところへ、エルオーネが戻ってきた。
「エルちゃん、そろそろ支度しよう」
「ラグナおじさま、ボルドさん、後でお呼びしますね」
女性と共にどこかへ姿を消したエルオーネを見送った後、ラグナがボルドに声を掛ける。
「どうだ?大変だろ、結構」
「ええ、思っていたよりも重労働なんですね。…彼女は?」
「…あぁ、昼飯の準備だろ」
「…いつも、こんなことを…? 身分を隠して、こんな姿で住民達と一緒になって泥に塗れて…。そんな大統領は、いない」
「…そうだな。 ここにいる時、俺は大統領じゃない。エルオーネのおじさん。
たまにやってきて、こうして手伝いをする変わったおじさん。それだけの存在だ。
あんただって、誰かあんたのことを大統領って呼んだ? あんたはもう俺の友達のボルドさんってことで広まってる。
今から『私は大統領です』なんて言っても誰も信じない」
「それでは不便を感じてしまうのでは…?」
「なんでだ? こんなに自由でいられるんだぜ! 煩い役人も面倒くさい会議も、ここでは何もない。
もしここに、大統領が来る!なんてことなったら、この村はどうなる?
大勢の人間や機械に踏み潰されて、この花は死んじまう。せっかくこうして大事に育てたもんが、一瞬で吹き飛ばされる。
そんなのは、悲しいだろ」
「………」
「ここはいい。村人にとっては、国がどうとか、政治がどうとか関係ないんだ。
みんな花を育てることが大好きで、一生懸命で、そして自由だ。自然体でいられる」
腰に手を当てて天を仰ぐラグナを見て、ボルドも同意する。
程なくして、エルオーネが戻ってきた。
昼食にしよう、と2人を誘う。
そういえば先程から香ばしい匂いが漂っている。
畑の脇の小さな小屋の前に、大きなテーブルが用意されていた。
小川で手を洗い、男達は思い思いに席に着く。
ボルドもエルオーネにせかされるようにラグナの隣に腰を下ろした。
席に着いた男達の前に、女たちが焼きあがったばかりのパイを並べていく。
エルオーネが1人の若者の前にパイを置き、その男性と笑顔で軽いキスを交わす。
「…彼は?」
ついその光景を目にしてしまったボルドがラグナに尋ねる。
「ん?…あぁ、エルの旦那さんだ。去年結婚したばかりなのさ。まだ式は挙げてねぇけど」
「それは寂しいのでは…?」
「この村の決まりなんだ」
すでに口いっぱいにパイを頬張りながら、よく聞き取れない言葉を続ける。
「結婚したら、女は1年かけて自分でドレスを作り、男は1年かけて女のために花を育てる。そして春に式を挙げる。…ロマンティックだろ」
「…あぁ、いいな…」
なんて素晴らしい風習なんだろうと、素直に感心した。
「楽しみだな~、エルの結婚式。 …俺、泣いちまうかも…」
「どうして?」
突然2人の間に割って入ってきたエルオーネが声を掛ける。
「うお!びっくりした…」
彼女には、ラグナの最後の言葉しか耳に入っていなかったようだ。
「ラグナおじさま、どうして泣くの?」
「あ、 …あー、いや、何でもない。ホント、な!」
必死にごまかし、ボルドに同意を求めるラグナの姿を見て、彼なら本当に泣くんだろうとボルドは思った。
「エルオーネさん、おめでとう」
「え、やだ、ラグナおじさまに聞いたんですか? …ありがとうございます」
→part.3
飛び立ったヘリの後を追うかのように上空に舞い上がり、空の上で螺旋を描く花弁を見上げてから、ボルドは屋敷の裏手に回る。
そこには人の住む家はもう見えない。石畳の道もない。
ただいくつも見える丘陵の様々な花の色が遠くまで広がっている。
以前ここを訪れたときは、ただの草原だった。
きっとあの場所だけは誰も踏み入れないようにしてあるのだろうと思う。
変わり者と詠われるレウァール大統領にとっての一番神聖な場所。
花畑の中でちらほらと作業をしている人がいるようだが、花に囲まれたこの場所ではそう簡単に見つかることはなさそうだ。
畑の中の小道をゆっくりと歩いていく。
周りの美しく咲き誇る花の香りに酔いそうだ。
「こんにちは」
周りに気をとられて、前方からやってきた人物に気が付かなかった。
はっとしてボルドも挨拶をかえす。
「見かけんお人ですね~。旅の方?」
「え、ええ、まぁ」
「その手、どうされました?」
「あ、いや、これは、ちょっと転んで…」
「あらあら、お大事に~」
終始にこにこと笑顔で語り、ペコリと頭を下げてボルドとすれ違った老婆は自分よりも大きな籠いっぱいの花を背負っていた。
屋敷の方向へ歩いていく老婆は、ここから見ると花の入った籠が自らの足で歩いていくようにしか見えない。
思わずクスリと苦笑が零れた。
ふと、花畑の中に立つ人物と目が合う。
立ち居振る舞いからして女性のようだ。
ボルドがこちらを振り向いたのを見て、深々と頭を下げた。
「(…私を知っている…?)」
その女性が立つ場所まで、畑の中の小さな小道を進んでいく。
ドール製の高級な革靴が泥に塗れても、お構い無しだ。
何も言わず、ただじっとその場に立つ女性は、ボルドが来るのを待っているかのように見えた。
近付くに連れ、彼女の足元に蹲るようにしている背中が見えた。女性が合図を送る。
立ち上がって振り向いた顔を見て驚いた。
「…レウァール大と…!!!」
「し―――っ!!」
慌てて口を押さえ、言葉を飲み込む。
花々の陰になって気が付かなかったが、周りには思ったよりもたくさんの人物が作業をしていたようだ。
その様子に立ち上がってこちらに視線を向ける。
見知らぬ人物に興味を惹かれるように、数人の村人がその手を休め声を掛ける。
「ラグナさん、誰だい?その人」
「あぁ、驚かして悪い。俺の友達だ。ここで少し療静してもらおうと思ってな」
声を掛けた人物が、ボルドの腕を見て納得したのか、笑顔に戻る。
「大事にしろよ」
思わずボルドは小さく頭を垂れた。
「初めまして、ボルドさん、エルオーネと申します」
女性が頭を下げる。美しい女性だとボルドは素直に思い、ラグナとの関係を思案してしまう。
「(…エルオーネ…?どこかで聞いたような…)初めまして、エルオーネさん、よろしく。 …それより大とう…!!」
「し―――っ!!」
再びラグナに止められ、慌てて口を塞ぐ。
「…この村の住人達は、もしかして何も…?」
「あぁ、知ってる奴も知らない奴もいる。」
ボルドの顔に近付き、小声で囁くように状況を説明するラグナにエルオーネがクスリと笑みを零した。
「とにかく、ここでは俺は大統領じゃない。このエルオーネのおじさんで通ってる。んで、あんたは俺の友達。
だからあんたも、俺のことは名前で呼べ、いいな。言うこと聞かねーと、“ピヨピヨ口の刑”だぞ」
「(ピヨピヨ…?)…は、はい」
「よし、じゃあお前も手伝ってくれ」
「それより、伝えたいことが…」
「あー、パス。聞かない! あんたここに静養にきたんだ。そんな話してたら休んだ気しねぇぞ」
「いえ、しかし…」
「言うこと聞かねーと、“ブタさん鼻の刑”だ!」
「(ブタさん…??)…わかりました」
そうだ、今この時だけでも、自分の立場も世間で起きている事件も何もかも忘れてしまおう、病院を出てからそう思っていたことを思い出す。
ラグナが口にする意味不明な言葉も、自分の気を紛らわせる魔法の言葉。
そんなつもりは全くなかったのに、いつの間にか自分も手伝うことになってしまった。
「よし、いいか、ここんところの小っちゃい芽を摘み取るんだ。…こう、指の腹を使って、こうだ」
実際にラグナがやってみせる。
見ているとそれは簡単そうにできそうな気がする。
「これなら、片手でもできるだろ?」
見よう見まねで教えてもらったことをやってみる。
「ボルドさん、棘がありますから気をつけて下さいね」
優しく声を掛けてくれたエルオーネに返事をしようと目を放した途端、指先に小さな痛みが走る。
「いっつ!!!」
本当に自分がこんな間抜けを晒してしまうことになるとは思って見なかったボルドはおかしな小さな声で手を引っ込めた。
棘のある美しい花。放っておけば枯れてしまう花。
手入れをしなければ脇からどんどん新しい芽を出して咲くはずの一番上の花の養分をも吸い取ってしまう。
手をかけた花は、手をかけた分だけ美しく咲き揃い、それが集まって美しい花畑を形成する。
この花畑そのものが、さながら国の縮図のようにさえ感じてしまう。
エルオーネやラグナは慣れた手つきで撫でるように花の茎をなぞり、あっという間に作業を進めていく。
ボルドもぎこちない動きながらも言われた通りに1つ1つ手入れを施していく。
花の手入れと言うものがこんなに大変な仕事だったとは知らなかった。
まだ花の開かないこの緑の草の、植物特有の青臭い匂い。
土に塗れた靴と服。
植物の汁で染まった指先と棘でできた細かな切り傷。
大人の腰ほどの高さもあるこの花1本1本を根元から上までなぞる度に上げ下げしなければならない姿勢。
花の手入れと侮っていた自分が恥ずかしかった。
いつの間にか、自分とは反対の畝で作業を進めていたラグナとエルオーネははるか先に進んでしまい、自分との間が随分開いてしまっていた。
「あんた、何やってんだい!?」
突然声を掛けられる。
振り返った先には中年の女性。
「…そんな格好で…」
呆れたように溜息を落とす。改めて自分の姿を確認する。
病室から出るときに着替えた私服のスーツと革靴。
片腕は包帯で吊っている。
見たことも無い人物が泥だらけで花の手入れをしている。
女性は驚いたことだろう。
「…あ、いや、私は…」
どう答えていいものか思案しているところへ、エルオーネが戻ってきた。
「エルちゃん、そろそろ支度しよう」
「ラグナおじさま、ボルドさん、後でお呼びしますね」
女性と共にどこかへ姿を消したエルオーネを見送った後、ラグナがボルドに声を掛ける。
「どうだ?大変だろ、結構」
「ええ、思っていたよりも重労働なんですね。…彼女は?」
「…あぁ、昼飯の準備だろ」
「…いつも、こんなことを…? 身分を隠して、こんな姿で住民達と一緒になって泥に塗れて…。そんな大統領は、いない」
「…そうだな。 ここにいる時、俺は大統領じゃない。エルオーネのおじさん。
たまにやってきて、こうして手伝いをする変わったおじさん。それだけの存在だ。
あんただって、誰かあんたのことを大統領って呼んだ? あんたはもう俺の友達のボルドさんってことで広まってる。
今から『私は大統領です』なんて言っても誰も信じない」
「それでは不便を感じてしまうのでは…?」
「なんでだ? こんなに自由でいられるんだぜ! 煩い役人も面倒くさい会議も、ここでは何もない。
もしここに、大統領が来る!なんてことなったら、この村はどうなる?
大勢の人間や機械に踏み潰されて、この花は死んじまう。せっかくこうして大事に育てたもんが、一瞬で吹き飛ばされる。
そんなのは、悲しいだろ」
「………」
「ここはいい。村人にとっては、国がどうとか、政治がどうとか関係ないんだ。
みんな花を育てることが大好きで、一生懸命で、そして自由だ。自然体でいられる」
腰に手を当てて天を仰ぐラグナを見て、ボルドも同意する。
程なくして、エルオーネが戻ってきた。
昼食にしよう、と2人を誘う。
そういえば先程から香ばしい匂いが漂っている。
畑の脇の小さな小屋の前に、大きなテーブルが用意されていた。
小川で手を洗い、男達は思い思いに席に着く。
ボルドもエルオーネにせかされるようにラグナの隣に腰を下ろした。
席に着いた男達の前に、女たちが焼きあがったばかりのパイを並べていく。
エルオーネが1人の若者の前にパイを置き、その男性と笑顔で軽いキスを交わす。
「…彼は?」
ついその光景を目にしてしまったボルドがラグナに尋ねる。
「ん?…あぁ、エルの旦那さんだ。去年結婚したばかりなのさ。まだ式は挙げてねぇけど」
「それは寂しいのでは…?」
「この村の決まりなんだ」
すでに口いっぱいにパイを頬張りながら、よく聞き取れない言葉を続ける。
「結婚したら、女は1年かけて自分でドレスを作り、男は1年かけて女のために花を育てる。そして春に式を挙げる。…ロマンティックだろ」
「…あぁ、いいな…」
なんて素晴らしい風習なんだろうと、素直に感心した。
「楽しみだな~、エルの結婚式。 …俺、泣いちまうかも…」
「どうして?」
突然2人の間に割って入ってきたエルオーネが声を掛ける。
「うお!びっくりした…」
彼女には、ラグナの最後の言葉しか耳に入っていなかったようだ。
「ラグナおじさま、どうして泣くの?」
「あ、 …あー、いや、何でもない。ホント、な!」
必死にごまかし、ボルドに同意を求めるラグナの姿を見て、彼なら本当に泣くんだろうとボルドは思った。
「エルオーネさん、おめでとう」
「え、やだ、ラグナおじさまに聞いたんですか? …ありがとうございます」
→part.3