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Chapter.32[ガルバディア]

 ~第32章 part.2~


恐ろしい夢でも見たのか、痛みの為か、球の様な大粒の汗を掻きながら眠っていたことを目覚めた瞬間の喉の渇きで実感する。
ふいに枕元のスタンドの明かりが灯される。
「…父さん、どうしたの?大丈夫?」
ガルムの姿がそこにあった。
「…お前か、驚かすな。お前こそどうしたんだ、連絡もよこさず今頃…」
「こっちにだって色々事情や都合がある。俺のことより父さんは自分の心配をすべきだ」
「こんなケガ、大したことは無い」
「ケガのことじゃない。…これからのことだよ。はっきり言って、評判よくないぜ」
「………」
枕元の折り畳みの椅子に腰掛けたガルムはコートもジャケットも脱いで腕捲りさえしている。
何かしていたのだろうか?
ガムルが近付いたことで、微かに紅茶の香りが届く。
この消毒薬の匂いに囲まれた世界で、それは現実のいつもの香りでほっとする。
「実はさ、ウチんとこも揉めてるんだ。生徒達が、大統領派と魔女派で対立してる。
 …ガキって怖いよね。怖いもの知らずでさ。
 教官たちも、表向きは何も知らない振りしてるけど、学園長オレって存在があるしさ。
 密かに魔女を支持しているんだろうって感じはある。
 今は静かに腹の探りあいってとこだけど、いつ紛争が起きてもおかしくない。
 勃発してしまったら手がつけられないだろうな。そうなったら、ガーデンはお終いだ。 …父さんは?」
「私の立場も同じだ。人々の多くはすでに政府わたしを見限っている。ヘタをすればこの国全体が敵となる」
ボルドの言葉を受け、ガルムは窓辺に歩み寄った。
「もう、遅いよ、父さん…」
僅かにカーテンの隙間から窓を開ける。
途端に部屋の中に雪崩れ込んでくる人々の声。
規則正しく纏まっている大勢の掛け声と足音。
「…?一体、何をやっているのだ?」
「…“デモ”だよ」
「何だと!?」
「魔女の解放と自由の権利、それが彼らの望みのようだけど、今まで抑えてた政府への反感も一気に爆発したって感じだよね。
 凄い数だよ」

ボルドは俯き考え込んでいる感じだ。
…とうとう始まった。
やはり始まってしまった。
自分がこんなことにならなければ、市民達が行動を起こす前に何か対策を立てることができたかも知れない。
大統領の一言で、全てを動かせる。
それはつまりこの行政府が、自分という大統領という存在さえなければ何もできないということでもある。
魔女派と名乗る反政府組織は、そのことをよく熟知しての銃撃だったのだろうか?
あの電波ジャックだけによって市民がこうまで行動を起こしたとは考え難い。
…かなり以前から用意周到に準備を進め、市民を影から先導していたのだろう。
そして水面下で機会を伺っていた。
この市民達の流れを、彼らの意識を、まだ戻せる位置にいるだろうか?
デモは起きた。 …まだデモでしかない。
ここで抑えなければ、人々は益々奮起を増していくだけだろう。
エスカレートして、それこそ暴動、クーデターに繋がる可能性も無くは無い。
…どうする…?

ふいに、ボルドが顔を上げた。
ずっと外を眺め続けているガルムに声を掛ける。
「何?父さん」
「…私は、口やかましい父親だったか?」
「…は?」
「お前を支配し、私の考えた通りの道を歩ませようとしていたか…?」
「…何言ってんだよ、父さん、急に…」
「お前にとって、私は鬱陶しい存在だったか、ガムル?」
窓を閉め、カーテンの端を握り締めたまま、ガルムは答えた。
「…その逆だ」
「?」
「俺は父さんを尊敬してるし、頼りにもしてる。父さんは俺が選んだ道を反対したことはなかった。
 俺がやりたいことをやらせてくれた。その為の手助けも忠告も。
 だから俺は満足してる。時には厳しくて、でもちゃんと気に掛けてくれてたってことも知ってた。それを煩わしいと思ったこともあった。
 でも、時が経つにつれて意味を知った。
 子供のうちには分からなかったことが、今はちゃんと理解できる。だから俺は…
 父さんがこの街で、この国で何をしたいのか、どうして行きたいのか、それが表向きはもしかしたら非道に見えるかもしれなくても、
 結果的にそれは人々を思ってのことだと、自分に言い聞かせた。父さんの強硬姿勢が頼もしく見えた」
「…ガルム…」
「…でも」
「?」
「最近の父さんは、違う。ここのところの父さんは前の父さんじゃない。威厳あるガルバディア大統領じゃない」
「なんだと…!」
「魔女が、怖いのかい…?また命を狙われることを恐れているのか?」

ビクリと心臓が縮まる気がした。
それは、思っても決して表に出すことの無い、ボルドの本当の気持ち。
そうだ、恐れている。
大統領という立場になった瞬間から、ずっとここの奥底に隠してきた魔女への畏れ。
前大統領の身に起こった出来事を垣間見れば、その気持ちをなくする事などできない。
俯き、かすかに震えているようにさえ見えるボルドに対する自分の考えが間違いではないことを、ガムルは実感してしまった。
「…どうする、つもりなの?」
「しばらく、ここを離れようと思う」
「逃げるのかよ!!」
「そう思われても仕方がないだろうが…」
「? 何か考えでも…?」
「エスタのレウァール大統領と会う」
「!! それが、どういうことか、わかってるの?父さん…」
「………」
「魔女に怯えて逃げ出す腰抜け、エスタに助けを求める軟弱、そう言われるのが分かってて、それでも逃げるのかい…?」
「……レウァール大統領自身からのお呼びなのだ。…研究所の件もある。 確かに、お前の言う通り以前の私では考えられなかっただろう。 しかし、私は気付いたのだ」
「…何をさ」
「私は、前大統領と違うと思うか?それとも同じか?」
「違うに決まってるだろ!デリング大統領は、絶対権力者だった。恐怖政治で国を治めていた。
 反政府分子は誰であろうとも即収容所送りだった。その家族でさえも。
 あいつは、独裁者だった。 でも、父さんは違う!新しい官僚を選出して新しい法案を作って、新しい行政府を積み上げてきた。
 恐怖ではない本当の支持を得た。父さんの気付いたことって、それなのか?」
「…お前も、魔女派か…。デリング大統領を“独裁者”と呼ぶ、あいつらと同じだ」
「…な、なんだよ、それ…。意味がわからない、ちゃんと説明してくれ!」
「10年前、ガルバディアは魔女に支配された…」
「あぁ、みんな知ってる忌まわしい歴史だ」
「そう思っているのは政府だけだ。だが、国民は違う。魔女が自分達を解放した、と。
 …ガルバディアの大統領、ビンザー・デリングから…」
「…どう思おうが関係ない。大統領は魔女に殺されたんだぞ。民衆の目の前で!それはテロリストと同じじゃないか!」
「人々にとっては、デリング大統領はそれだけ恐怖の存在だったということだ。お前も言っただろう?“独裁者”と…」
「………」
「市民の1人が口にしていた。私がやっていることは10年前と何も変わらない、と。そして人々は政府の壊滅を望んでいる」
「…父さん、まさか…!」
「国から政府がなくなることはない。だが、変化させることは必要だ。その為に、レウァール大統領と会うのだ。会って話し合いたい」
「…父さん、父さんはやっぱり変わってしまった。全部魔女のせいだ。
 研究所に送られた魔女が生きていようが死んでようが、解放も自由の権利とやらも、何も与えることなんてない!
 そんな魔女を支持する連中なんて生きてる意味が無い。全員すぐに捕まえて収容所送りにするべきだ!」
「ガルム、落ち着け」
「落ち着いてるよ!俺は!」
「ガルム、聞いてくれ…」
「…何をだよ」
「…こう言われた。『お前を育てたように国を育てろ』と。
 お前が、お前の選んだ道を進むことを私は止めなかったし、無理に私の意見を押し付けるようなことは避けてきた。
 それを、この国に対してもしなければならないだろうと考えている」
「子供を育てるのと国を動かすのは全然違うだろ」
「…確かにそうだ。私自身もそう思っている。…だが…」
「…いいさ。父さんが逃げたいと思うなら逃げればいい。国を潰したいと思うならそうすればいい。父さんはあくまでも、大統領なんだ。
 …これだけは覚えておいて。大統領だからこそ、やらなくてはならないことがある」
「………」
「父さんがやらないんだったら、俺が動く。こんな暴動、すぐにでも鎮めてみせる」
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