Chapter.04[ガルバディア]
第4章
扉を開けた先は、官邸の広い庭だった。
一面に芝生が敷き詰められ、形の整った並木が並び、赤いレンガに囲まれた丸い畑の中には美しい花々が咲き乱れていた。
公務を忘れ、心を休めることの出来る大統領の憩いの場の1つだ。
しかし、今日だけは様子が違った。
庭の中央の広場に真っ赤なラグナロクが留まっている。
さながら何かの生物を形取ったような、エスタ自慢の高速飛空艇である。
「なっ……っ!」
メガネの男は顔色1つ変えず、落ち着いた様子で大統領を促した。
「本日はこれでエスタまで向かいます。さぁ大統領、搭乗して下さい」
「わ、私の庭が…」
「庭はすぐ元に戻りますよ。専用機のある発着場にはマスコミが殺到していますので、行き先はエスタということですし、大統領はまだラグナロクに乗られたことはございませんでしたよね?あっという間に到着しますよ」
ラグナロクの中で、眼鏡の男は大統領にそう言うと自分も席に着き、ベルトをしめた。
ラグナロクは轟音と共に浮かび上がり、物凄いスピードで空を駆けた。
体をシートに押さえつけられるような感覚にも慣れてきた頃、眼鏡の男が大統領の様子を伺うと、外の景色を眺める余裕も無く座席にしがみついているだけの姿がそこにあった。
広い広い大海原を越えると美しい建物が立ち並ぶ巨大な街が見えてきた。世界一巨大な近代国家エスタである。
一際目を引く大きな塔が見えてきた。
様々な乗り物が発着できるエアステーションだ。ラグナロクももちろんここに着陸する。
無事に降りたラグナロクの中で、大統領がホッと胸を撫で下ろす間も無く、すぐ機外に降ろされ、各地のマスコミのフラッシュを浴びた。
記者達が煩く質問を投げかけてくるが答えることも出来ずすぐに迎えの車に乗り込んだ。
すでにボルドはぐったりしていた。
ここまでの行程もそうだが、この後のことを考えるとボルドはいつも大統領になったことを後悔せずにはいられないのだ。
始終マスコミに張り付かれ、お堅い役人達に囲まれ、冗談も言えない。
ましてや今回の相手は変わり者と評判の高いエスタ大統領。うんざりせずにはいられなかった。
官邸に入り、大統領と挨拶を交わし握手をすると、マスコミは一斉に写真を撮った。
マスコミを追い払うと談話室に入り、エスタ大統領は何を思ったのか突然役人達までも追い出しにかかった。
2人きりでの話など、当然そんなことは許されない。しかしエスタ大統領はボルドの手を引き、強引に奥の部屋へ入った。
「大統領、何を…?」
「いいから、いいから!」
「あー、こちらラグナ。準備完了。いつでもいいぞ」
無線機をその場に置き、空を見上げながらベランダへ出た2人に強い風が吹き付けた。
突然の突風に目も開けられない。
「だ、大統領、一体何を…!」
ボルドには訳が分からない。
「さぁ、捕まって!」
ラグナの一言にやっと目を開けたボルドの目の前には1本のワイヤー。
「え?ええっ!?」
何がなんだか分からず尻込みしているボルドをがっしりと掴むと、ラグナはワイヤーにぶら下がった。
すると2人の体は勢い良く空へと飛び上がった。
「う、うわぁあぁあぁ~~~!」
ボルドはおかしな声を上げて手足をバタバタさせた。
「うわ、お、おい、暴れるな。大人しくしててくれよ!」
程なく、2人はヘリコプターに回収された。
「大丈夫かい?ラグナくん」
「オレはな。でも……」
ボルドは目を回し、気を失ってしまっていた。
「まぁいいか!」
そう言って豪快に笑うラグナを見て、パイロットも釣られて笑みを零した。
ヘリはしばらく飛び続けた。
山間の小さな村まで来ると、村のはずれに着陸した。
「んじゃ、ちょっと行って来る」
「あ、ラグナくん、忘れ物だ」
「お、サンキュー、キロス」
うっかり~、と頭を掻きながらラグナはキロスから小さな花束を受け取った。
「…う…ここはどこだ…?私は一体…?…ん?」
目を覚ましたボルドは、辺りを見回しつつ自分の記憶を手繰っていた。
そして気が付く。さながら拉致でもするかのように強引に自分を連れてきたエスタの大統領の仕業に。
小さなヘリの中にはもう自分以外の人間は誰も居らず、フト目をやった窓の外に3人の人影を見止めたボルドは開け放たれた扉からゆっくりと外へ出た。
そこは見渡す限りの大草原。
ところどころに小さな花が咲き、蝶や鳥達が美しく飛び交っている。
暖かく柔らかい風がボルドの体を抜けていく。
「・・・・・・・・・」
ボルドの心は無になった。
「申し訳ございません、大統領。」
静かに声を掛けてきた人物に目をやった。細身の色黒の男と大きな傷を持った大男。
「本当に大変な失礼を…」
「まったくだ!! いつもいつも…」
「返す言葉もございません。どうお詫びしたらよいか…」
「私に詫びる気持ちがあるなら、エスタの官邸に置いてきた役人達に伝えて欲しい。」
「はい」
「…私は2~3日帰れない。エスタ大統領と大切な、とても大切な会見をする、と。」
2人は顔を見合わせた。
「はい、すぐに!」
笑顔のボルドの視線の先には、遥かかなたで手を振っているラグナの姿があった。
ボルドはゆっくりと歩き出した。ラグナの立っている場所に向かって。
ラグナの足元に小さな何かがあったことに気付いたのは、もうラグナに手が届きそうな位置まで来たときだった。
自然のままの草原の草が、その小さな石碑をも覆い隠してしまっても、ラグナにはその場所がわかるのだ。
ボルドが自分のすぐ近くまで来たことを知りながらも、ラグナは語りかけることを止めなかった。
声を掛けようとして、ボルドは思いとどまった。今までに見たことも無い優しい顔のラグナを見て、何をしていたのか一瞬で理解したのだ。
「悪かったな~、こんなところまで強引に連れてきて」
「いえ、感謝しています。様々なところに連れて行かれましたが、ここが最高です」
「…だろ、だろ? 俺も気に入ってんだ!」
「…奥様、ですか?」
「…あ、うん。毎年この日に必ず来る。そう約束したんだ。でも今年は仕事と重なってどうしようか迷ってたんだ。」
「延期に告ぐ延期はこれが原因でしたか…。言ってくださればこちらでも調整しましたのに」
「いや、こっちの都合だし、勝手なことばかり通してきたのは俺だからな。本当、悪い!」
通常だったら、自分は怒りのままに文句をぶつけていたかもしれない。でもそんな感情が沸いてこなかったのが自分でも不思議だった。
ボルドも、いつになく優しい顔で言った。
「大統領、次に会見ができる日があったら、またここでしてくれませんか?この素晴らしい草原で!」
「おお!いいね!あんたいい人だ!気に入ったぜ。あのさ、俺、ここに人を連れてくることあんまねえんだ。あんたラッキー!」
「(ラッキー…?どういう意味だ?)そ、それは光栄です。…ですが、宜しかったのですか?」
「まぁ、重なっちまったもんはしょうがないし、ちゃんと断らなかった俺も悪いんだし、それにここガルバディア領だし」
「ここ?」
「あぁ、あんた寝てたもんな。ここ、ウィンヒルだよ」
「…ウィンヒル…」
「ごめんな、レイン。村からお前の好きな花もらってくりゃよかったんだけど、急いでたからさ。あ、それからこの人はガルバディアの大統領。
この広い国を守ってくれる人。えーと、ボイトさん」
「…ボルドですが…」
「ああ!わりぃ、ま、そういうことだ」
その後2人は海で釣りをし、テントを張って眠った。大統領という立場を完全に忘れていた自分に、ボルドは気付かなかった。
「ラグナくん、そろそろ官邸に帰ろう。仕事の時間だ」
キロスがウォードと共に迎えにやってきた。
「も少しいいじゃねーかよ~。まだ寝かせてくれよ~」
「ラグナくん、君だけじゃないんだ。大事なお客様がいることを忘れてはいけない」
「あ、いや、私は…」
「本当に申し訳ない。こんな小さなテントで野宿などさせてしまって…」
「いやいや、楽しかったよ。子供の頃に帰ったようだ。」
まだ眠そうなラグナを叩き起こし、テキパキとテントを畳むと、2人をヘリに乗せた。
「できればデリングシティで降ろしてくれないか。後は自分で帰るよ」
「宜しいのですか?」
「あぁ、構わん。…レウァール大統領、ありがとう。実に楽しい会見だった。
1つだけ、今回の会見で君に相談しなければならないことだけ言わせてくれ。ティンバーのレジスタンス運動のことだ。ここのところ勢力が増大していてね。
今はなんとか抑えているがいつまで持つか分からない。そこで君たちの力を借りたいと思っていたんだ。」
まだ半分寝ぼけたままのラグナは聞いているのかどうか、生返事ばかり返してくる。
「実はまだ確かめていないんだが、どうやらレジスタンスのメンバーの中に魔女がいるという情報が入っている」
「!!!」
「魔女には以前、苦い汁を吸わされているし、魔女が相手だというのならエスタの協力がどうしても必要になってくる。
…もし私の話が聞こえていたら、考えて欲しい」
ヘリはデリングシティの上空へやってきた。官邸のヘリポートに降り立つと、やっと目を覚ましたラグナが短い別れの挨拶をした。
「あ、そうだ!言うの忘れてた!ボルド、そのシャツ、似合ってるぞ!」
「!…そ、そうですか?先日初めてラグナロクにも乗りましたよ。本当に早いですね。…少々命の危機も感じましたが…。」
キロスとウォードが敬礼して見送る中、ボルドは官邸内へと入っていった。
たくさんの人が慌てて駆け寄ってくる中、ボルドはとても満ち足りた気分を味わっていた。
それから何日か過ぎたある日、眼鏡の男がボルドに1枚の書類を提出した。何枚かの写真と一緒に。
「例の件の報告です」
「…本当だったのか」
「『森のふくろう』というレジスタンスの一味のようです。本名は不明ですが、『姫 』と呼ばれています。
『騎士 』と呼ばれる傭兵に身を守らせているとか…。まさに【魔女の騎士】ですな。
それから、先日エスタで調査してもらった件ですが、10年前、拘束した魔女を何者かに拉致された記録が残っています。
その時の魔女の名前がリノア・ハーティリー。…同一人物かどうかは不明ですが…」
「…ハーティリー?」
「ご存知で?」
「…いや、聞いたことがあるような、ないような…?」
「調査を…?」
「あぁ、頼もう。ここ数年のレジスタンス共の成長の源がこの魔女だとしたら、確実に我々に脅威をもたらす存在になる。
今のうちに芽を摘み取っておきたい」
「かしこまりました。先日のエスタ大統領との会見で、お話はなさったのでしょう?」
「まあ、一応、な。どうなるのかはわからんが…」
「ではすぐに身元を調査させます。」
眼鏡の男が部屋を出ると、ボルドは庭を眺めながら考えた。ハーティリーという名前をどこで聞いたのか思い出そうとしていた。
→
扉を開けた先は、官邸の広い庭だった。
一面に芝生が敷き詰められ、形の整った並木が並び、赤いレンガに囲まれた丸い畑の中には美しい花々が咲き乱れていた。
公務を忘れ、心を休めることの出来る大統領の憩いの場の1つだ。
しかし、今日だけは様子が違った。
庭の中央の広場に真っ赤なラグナロクが留まっている。
さながら何かの生物を形取ったような、エスタ自慢の高速飛空艇である。
「なっ……っ!」
メガネの男は顔色1つ変えず、落ち着いた様子で大統領を促した。
「本日はこれでエスタまで向かいます。さぁ大統領、搭乗して下さい」
「わ、私の庭が…」
「庭はすぐ元に戻りますよ。専用機のある発着場にはマスコミが殺到していますので、行き先はエスタということですし、大統領はまだラグナロクに乗られたことはございませんでしたよね?あっという間に到着しますよ」
ラグナロクの中で、眼鏡の男は大統領にそう言うと自分も席に着き、ベルトをしめた。
ラグナロクは轟音と共に浮かび上がり、物凄いスピードで空を駆けた。
体をシートに押さえつけられるような感覚にも慣れてきた頃、眼鏡の男が大統領の様子を伺うと、外の景色を眺める余裕も無く座席にしがみついているだけの姿がそこにあった。
広い広い大海原を越えると美しい建物が立ち並ぶ巨大な街が見えてきた。世界一巨大な近代国家エスタである。
一際目を引く大きな塔が見えてきた。
様々な乗り物が発着できるエアステーションだ。ラグナロクももちろんここに着陸する。
無事に降りたラグナロクの中で、大統領がホッと胸を撫で下ろす間も無く、すぐ機外に降ろされ、各地のマスコミのフラッシュを浴びた。
記者達が煩く質問を投げかけてくるが答えることも出来ずすぐに迎えの車に乗り込んだ。
すでにボルドはぐったりしていた。
ここまでの行程もそうだが、この後のことを考えるとボルドはいつも大統領になったことを後悔せずにはいられないのだ。
始終マスコミに張り付かれ、お堅い役人達に囲まれ、冗談も言えない。
ましてや今回の相手は変わり者と評判の高いエスタ大統領。うんざりせずにはいられなかった。
官邸に入り、大統領と挨拶を交わし握手をすると、マスコミは一斉に写真を撮った。
マスコミを追い払うと談話室に入り、エスタ大統領は何を思ったのか突然役人達までも追い出しにかかった。
2人きりでの話など、当然そんなことは許されない。しかしエスタ大統領はボルドの手を引き、強引に奥の部屋へ入った。
「大統領、何を…?」
「いいから、いいから!」
「あー、こちらラグナ。準備完了。いつでもいいぞ」
無線機をその場に置き、空を見上げながらベランダへ出た2人に強い風が吹き付けた。
突然の突風に目も開けられない。
「だ、大統領、一体何を…!」
ボルドには訳が分からない。
「さぁ、捕まって!」
ラグナの一言にやっと目を開けたボルドの目の前には1本のワイヤー。
「え?ええっ!?」
何がなんだか分からず尻込みしているボルドをがっしりと掴むと、ラグナはワイヤーにぶら下がった。
すると2人の体は勢い良く空へと飛び上がった。
「う、うわぁあぁあぁ~~~!」
ボルドはおかしな声を上げて手足をバタバタさせた。
「うわ、お、おい、暴れるな。大人しくしててくれよ!」
程なく、2人はヘリコプターに回収された。
「大丈夫かい?ラグナくん」
「オレはな。でも……」
ボルドは目を回し、気を失ってしまっていた。
「まぁいいか!」
そう言って豪快に笑うラグナを見て、パイロットも釣られて笑みを零した。
ヘリはしばらく飛び続けた。
山間の小さな村まで来ると、村のはずれに着陸した。
「んじゃ、ちょっと行って来る」
「あ、ラグナくん、忘れ物だ」
「お、サンキュー、キロス」
うっかり~、と頭を掻きながらラグナはキロスから小さな花束を受け取った。
「…う…ここはどこだ…?私は一体…?…ん?」
目を覚ましたボルドは、辺りを見回しつつ自分の記憶を手繰っていた。
そして気が付く。さながら拉致でもするかのように強引に自分を連れてきたエスタの大統領の仕業に。
小さなヘリの中にはもう自分以外の人間は誰も居らず、フト目をやった窓の外に3人の人影を見止めたボルドは開け放たれた扉からゆっくりと外へ出た。
そこは見渡す限りの大草原。
ところどころに小さな花が咲き、蝶や鳥達が美しく飛び交っている。
暖かく柔らかい風がボルドの体を抜けていく。
「・・・・・・・・・」
ボルドの心は無になった。
「申し訳ございません、大統領。」
静かに声を掛けてきた人物に目をやった。細身の色黒の男と大きな傷を持った大男。
「本当に大変な失礼を…」
「まったくだ!! いつもいつも…」
「返す言葉もございません。どうお詫びしたらよいか…」
「私に詫びる気持ちがあるなら、エスタの官邸に置いてきた役人達に伝えて欲しい。」
「はい」
「…私は2~3日帰れない。エスタ大統領と大切な、とても大切な会見をする、と。」
2人は顔を見合わせた。
「はい、すぐに!」
笑顔のボルドの視線の先には、遥かかなたで手を振っているラグナの姿があった。
ボルドはゆっくりと歩き出した。ラグナの立っている場所に向かって。
ラグナの足元に小さな何かがあったことに気付いたのは、もうラグナに手が届きそうな位置まで来たときだった。
自然のままの草原の草が、その小さな石碑をも覆い隠してしまっても、ラグナにはその場所がわかるのだ。
ボルドが自分のすぐ近くまで来たことを知りながらも、ラグナは語りかけることを止めなかった。
声を掛けようとして、ボルドは思いとどまった。今までに見たことも無い優しい顔のラグナを見て、何をしていたのか一瞬で理解したのだ。
「悪かったな~、こんなところまで強引に連れてきて」
「いえ、感謝しています。様々なところに連れて行かれましたが、ここが最高です」
「…だろ、だろ? 俺も気に入ってんだ!」
「…奥様、ですか?」
「…あ、うん。毎年この日に必ず来る。そう約束したんだ。でも今年は仕事と重なってどうしようか迷ってたんだ。」
「延期に告ぐ延期はこれが原因でしたか…。言ってくださればこちらでも調整しましたのに」
「いや、こっちの都合だし、勝手なことばかり通してきたのは俺だからな。本当、悪い!」
通常だったら、自分は怒りのままに文句をぶつけていたかもしれない。でもそんな感情が沸いてこなかったのが自分でも不思議だった。
ボルドも、いつになく優しい顔で言った。
「大統領、次に会見ができる日があったら、またここでしてくれませんか?この素晴らしい草原で!」
「おお!いいね!あんたいい人だ!気に入ったぜ。あのさ、俺、ここに人を連れてくることあんまねえんだ。あんたラッキー!」
「(ラッキー…?どういう意味だ?)そ、それは光栄です。…ですが、宜しかったのですか?」
「まぁ、重なっちまったもんはしょうがないし、ちゃんと断らなかった俺も悪いんだし、それにここガルバディア領だし」
「ここ?」
「あぁ、あんた寝てたもんな。ここ、ウィンヒルだよ」
「…ウィンヒル…」
「ごめんな、レイン。村からお前の好きな花もらってくりゃよかったんだけど、急いでたからさ。あ、それからこの人はガルバディアの大統領。
この広い国を守ってくれる人。えーと、ボイトさん」
「…ボルドですが…」
「ああ!わりぃ、ま、そういうことだ」
その後2人は海で釣りをし、テントを張って眠った。大統領という立場を完全に忘れていた自分に、ボルドは気付かなかった。
「ラグナくん、そろそろ官邸に帰ろう。仕事の時間だ」
キロスがウォードと共に迎えにやってきた。
「も少しいいじゃねーかよ~。まだ寝かせてくれよ~」
「ラグナくん、君だけじゃないんだ。大事なお客様がいることを忘れてはいけない」
「あ、いや、私は…」
「本当に申し訳ない。こんな小さなテントで野宿などさせてしまって…」
「いやいや、楽しかったよ。子供の頃に帰ったようだ。」
まだ眠そうなラグナを叩き起こし、テキパキとテントを畳むと、2人をヘリに乗せた。
「できればデリングシティで降ろしてくれないか。後は自分で帰るよ」
「宜しいのですか?」
「あぁ、構わん。…レウァール大統領、ありがとう。実に楽しい会見だった。
1つだけ、今回の会見で君に相談しなければならないことだけ言わせてくれ。ティンバーのレジスタンス運動のことだ。ここのところ勢力が増大していてね。
今はなんとか抑えているがいつまで持つか分からない。そこで君たちの力を借りたいと思っていたんだ。」
まだ半分寝ぼけたままのラグナは聞いているのかどうか、生返事ばかり返してくる。
「実はまだ確かめていないんだが、どうやらレジスタンスのメンバーの中に魔女がいるという情報が入っている」
「!!!」
「魔女には以前、苦い汁を吸わされているし、魔女が相手だというのならエスタの協力がどうしても必要になってくる。
…もし私の話が聞こえていたら、考えて欲しい」
ヘリはデリングシティの上空へやってきた。官邸のヘリポートに降り立つと、やっと目を覚ましたラグナが短い別れの挨拶をした。
「あ、そうだ!言うの忘れてた!ボルド、そのシャツ、似合ってるぞ!」
「!…そ、そうですか?先日初めてラグナロクにも乗りましたよ。本当に早いですね。…少々命の危機も感じましたが…。」
キロスとウォードが敬礼して見送る中、ボルドは官邸内へと入っていった。
たくさんの人が慌てて駆け寄ってくる中、ボルドはとても満ち足りた気分を味わっていた。
それから何日か過ぎたある日、眼鏡の男がボルドに1枚の書類を提出した。何枚かの写真と一緒に。
「例の件の報告です」
「…本当だったのか」
「『森のふくろう』というレジスタンスの一味のようです。本名は不明ですが、『
『
それから、先日エスタで調査してもらった件ですが、10年前、拘束した魔女を何者かに拉致された記録が残っています。
その時の魔女の名前がリノア・ハーティリー。…同一人物かどうかは不明ですが…」
「…ハーティリー?」
「ご存知で?」
「…いや、聞いたことがあるような、ないような…?」
「調査を…?」
「あぁ、頼もう。ここ数年のレジスタンス共の成長の源がこの魔女だとしたら、確実に我々に脅威をもたらす存在になる。
今のうちに芽を摘み取っておきたい」
「かしこまりました。先日のエスタ大統領との会見で、お話はなさったのでしょう?」
「まあ、一応、な。どうなるのかはわからんが…」
「ではすぐに身元を調査させます。」
眼鏡の男が部屋を出ると、ボルドは庭を眺めながら考えた。ハーティリーという名前をどこで聞いたのか思い出そうとしていた。
→