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Chapter.31[大陸横断鉄道~ドール]

 ~第31章.part.1~


『ピンポーン 間もなくティンバー、ティンバー到着です。お忘れ物ございませんようお願い致します。間もなくティンバーです』

車内アナウンスがやけに大きく聞こえる。
その声で目が覚める。
頭を起こして辺りを見回す。
列車の長椅子で眠っていたようだ。
頭の中の記憶を巡り、整理する。
「(…えーと、オダインかんちょーのとこから~…どーるいって~…きすてぃにれんらくして~…つうしんはいって~…)」
そこで漸く頭がはっきりして記憶を思い出す。
「(!!そうだ!あの子らから通信来たんや!)」
ウィッシュから入った連絡。
起こって欲しくは無いと願っていた現実。
心臓がドキリと高鳴った。

また気が遠くなりそうなのをこらえ、窓辺に置かれた飲み物を一気に飲み干す。
向かいの席には、腕組みしたまま寝息を立てているアーヴァインがピクリとも動かないままそこにいた。
わざとそうしたのか、眠ったことで自然とそうなってしまったのか、彼のトレードマークとも言えるテンガロンハットが顔に覆いかぶさっている。
膝を揺すり、声を掛ける。
「アーヴィン、もう少しで到着みたいだよ」
微かな唸り声を発し、帽子が上向く。
それを直すこともせず、大あくびをひとつ。
時間的なこともあるのか、この列車を利用する乗客はそう多くない。
アナウンスを聞いて同じ様に今目を覚まして大あくびする者もいるようだ。
まだ暗い窓の外を眺めてから時間を確認する。
「思ったより早かったね~。F.H.に停車する時間が短いからかな?」
「ねぇ、私、どうしちゃったの?」
「セフィ、子供達からの通信聞いて倒れちゃったんだよ。覚えてないの?」
「…通信の内容は覚えてる、けど…」
途端に、アーヴァインの腹の虫がグルグル鳴きだした。彼の横には、買ったまま封すら切られていない弁当が2つ。
「アーヴィン、お弁当食べてへんの?」
「セフィが寝てる横で1人で食べてもつまんないよ」
「…まだ食べられるかな?後で一緒に食べよ」
「冷たくなっちゃったけどね」

そんな会話をしているうちに列車はティンバーの駅構内へ滑り込んだ。
列車の燃料特有の匂いが微かに漂ってくる。
タービンの重い音は、列車マニアにとっては堪らない音色なのだそうだが、そんな気持ちは理解できない2人は匂いの届かない駅舎の外へ急いだ。
まだ早い時間のせいか、駅の人影はまばらだ。
2人は1度改札を出て時刻表を確認する。
ドールへの一番列車は3時間後の出発だ。
「う~~ん、3時間あるな~」
「その時間があったら車で飛ばせば行けるんじゃないかな?」
「レンタカー借りようか?」
ティンバーはレジスタンスが多く集まる街だ。
彼らに時間の束縛はない。
ガルバディアの目がある為、大っぴらに深夜でも営業している店は限られているが、裏ではほとんどの店は開いている。
町外れのレンタカーショップも例外ではない。
それでも、眠そうに目を擦りながら起きてきた主人は少々迷惑そうだ。
「ドールまで行きたいんやけど」
「あぁ?ドール? こんな朝っぱらから、釣りでもすんのか?」
あくびをしつつ、キャビネットの中から1つキーを放る。
「う~ん、そんなとこ」
キャッチしたアーヴァインが適当に誤魔化す。
「どれくらいかかるかな?」
「そんなに急ぐんなら、エスタの最新型もってくるか?ワッハッハッハ!」
彼なりのジョークなのだろうが、たった今エスタからやってきたばかりの2人には笑えない冗談だった。

街を出てしまうと、明かりのない世界は本当に暗闇だ。
緑の牧場や、静かに水を湛えるオーベール湖や広大な畑の広がる美しい景色が見えないのは寂しい。
セルフィはその風景が大好きなのだ。
山の上に月が光を弱めて消えそうにかかっていた。
間もなく日が昇るという印だ。
暗闇で混ざり合っていた海と空の境界が、日の出が近付くにつれはっきりしてくる。
次第に暗闇の濃い色を薄くしていく空を右手に見ながら、2人は北へ向かう。
「…セフィ、気分でも悪いのかい?」
ずっと黙ったまま遠くを見つめているセルフィに声を掛ける。
「…子供たちのこと、考えてる。やっぱり、行かせるべきじゃなかったかなって…。だって、まさかあんなこと…」
「僕さ、あの子達が何をしたか、知らないんだ。聞いてないんだよね~」
「え、だってあの時…」
「セフィが倒れちゃった後、確かに子供たちと話はしたよ。少しだけね。…でも、聞かなかった」
「あのね…」
「ガーデンに、ガーデンに戻ったら、ちゃんと聞こうって思ってる。あの子達の口から直接聞きたい。どんな報告をしてくれるのか、セフィ楽しみじゃない~?」
ハンドルを握る手に僅かに力が入る。
「…アーヴィンは、2人が心配じゃないの?」

突然、アーヴァインが急ブレーキをかけて車を止める。
「キャッ!」
その衝撃に思わず漏れる小さな悲鳴。
そして普段は決して見せない真剣な表情で睨むようにセルフィに視線を向ける。
「…ア、アーヴィン…?」
「セフィ、僕が2人のことを心配していないと思うのかい…?」
「…だって…」
「………」
「だって、2人がガーデンに入るって言ったときも、バラムに行きたいって言い出したときも、今回の事だって2人を止めなかった。怒りもしなかった。私が心配で堪らない
って言ってるのに、いつも笑って大丈夫!って…。どうして、平気でいられるの?」
「…平気、とは言えない。でも、そう見えちゃうんだったら謝る。…僕はね、信じてるんだ。あの子達のこと。心配じゃないって言えば嘘になる。平気でいられない時だって
ある。でも、あの2人ならきっと上手くやる!大丈夫!って信じてる。…セフィは、信じられない?」
セルフィは大きく首を横に振る。
「今回、何があったのか、あの子達が何をやらかしたのかは知らない。でもそれは別にしても、あの2人が悪い結果を出したことがあったかい?」
また同じ様に首を振る。
「だろ~? 僕らの自慢の子達なんだよ。僕達が、セフィが信じてあげたら、2人はもっともっと成長するんだ。…セフィの気持ち、よく分かるよ。ごめんね、そういう
態度が僕には足りなかったみたいだ」

しばらく俯いたまま黙ってしまったセルフィには、まだ少し受け入れ難い部分もあるようだ。しかし…
「…アーヴィン、ごめんなさい…」
小さな謝罪は、セルフィが自分自身に必死に言い聞かせて出た結果なのだろう。
なんとなく察したアーヴァインがセルフィの頭をそっと引き寄せた。
「…いいよ。悪いこと、考えないようにって、僕も自分に言ってるからさ」
アーヴァインの胸の中で、セルフィは熱くなる自分の目頭を隠すように硬く閉じた。
『ギュルギュルギュル…』
「!!」
「!?」
激しく鳴きだしたアーヴァインの腹の虫が、せっかくの雰囲気を壊してしまう。
零れ落ちそうだったセルフィの涙は、引っ込んでしまった。
「…あ、あははは…。お弁当食べよっか。お腹空いてると落ち着かないもんね」
「…うん!」
車を止めた高台の上からは、今まさに日が昇るその瞬間を迎えた。
水平線に浮かぶように見えるのはバラム島だろうか。
高台から海岸を辿るように眺める。
岬のように突き出した街が見えた。
薄っすらと靄がかかり、朝日を照らし返している。
美しく輝いて見えるそれは、まさにかつての神聖ドール公国だ。



→part.2
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