Chapter.29[エスタ~トラビア]
~第29章 part.4~
物陰からキョロキョロと辺りを見回しながら小走りに走る姿は、かつてのセルフィによく似てるとスコールは思った。
「こっちこっち!」
手招きするサリーについて行きながら、追っ手共の足音の位置を確かめる。
「あいつら、アホやな~。あんな大声出して走っとったらバレバレやん…」
「(…確かに…)」
休日だった今日は、ガーデンでの授業も休みとなり、ほとんどの教室は使われること無く生徒も思い思いに過ごしていた。
この魔法実践室も、生徒は誰も近付いていなかった。
案内された教室の奥の重そうな金属の扉。
サリーがいつものようにハンドルを回して開こうとするが、ビクともしない。
スコールが代わって開こうとしても全く動かない。
ドアと壁の接触点を見て、サリーが息を飲んだ。
「スコールさん、これ…」
サリーが指し示したところは、中から強引に強い熱で接着したかのように溶けた金属がはみ出している。
「リノア、まさか中からこれやったんか…!?」
スコールが突然扉を拳で叩き始めた。
「リノア! リノア!! 開けてくれ! 俺だ! リノア!!」
内側の、扉のすぐそばにいたようだ。
微かな声が聞こえてくる。
『…スコール…?』
「リノア!無事なのか!? ここを開けてくれ!」
『…スコール、…ごめんね、開けられない…。 …私、自分で自分を抑えられないの。もしこの扉を開けたら、どうなるか、分からない…』
「リノア!」
スコールは扉を叩き続けた。
そこに、サリーも加わる。
「リノア、お願いやから開けて! …どないしよ、このまんまやったらリノア、ホンマに死んでしまう…」
「…どういうことだ?」
「この部屋、アンチスペルのシールドが張られた特別な部屋なんやて。普通は魔法の実践授業に使うてんねん。
当然窓は無いし、出入り口もここだけや。 …リノア、もう30時間近くもここにおるんや」
「なんだって!?」
叩いていた拳を、自分の体全部に替えた。
肩口から勢いをつけて体当たりする。
そして叫ぶ。
「リノア!!」
扉の向こうから、扉を叩く衝撃が伝わってくる。
微かな声が聞こえる。
自分の名を呼んでいる。
「…スコール…。 ……ス、コール…たすけて……スコール…」
リノアの小さな声はスコールには届かない。
そして、スコールが自分を呼ぶ声も、扉を叩く音も、聞こえなくなってくる。
暗くて、寒くて、息ができなくて、…一人ぼっち…。
10年前の、あの時の記憶が蘇る。
アルティミシアに支配され、アデルの封印を解き、気が付いたら宇宙空間で漂流していたあの時。
もうダメだと思った。
ここで死ぬんだと感じた。
会いたいと思った人には会えないと諦めかけた。
そして、声が聞こえた。
『諦めるな!諦めちゃダメだ! リノア!!』
閉じていた目を開く。
胸元に今だ輝きを失わない銀色に光る指輪を握り締める。
「…ス、スコール……」
這うように扉のほうへ近付いていく。
そうだ、まだ諦めない。
会いたい人が、そこにいる。
私を助けてくれる。
先に伸ばした腕が、何かに引かれる感覚を覚える。
「!?」
体を支えているはずのもう一方の腕が床から引き剥がされる。
床に伏した体が持ち上げられる。
自分ではない、誰か別の力。
「!!!」
自分の意識ははっきりしている。
それなのに、体が自分の思い通りに動かせない。
勝手に動いてしまう。
どうしたらいいのかわからない。
声を出すこともできない。
「(助けて…!)」
体全体から淡い光が漏れる。
包み込む。そしてどんどん光の玉が大きく膨らんでいく。
自分を中心にして。
そして膨張して溢れた光が、殻を割って飛び出すかのようにいくつもの筋になって先を光示す。
その数はどんどん増えていく。
空気が震え、部屋の中の圧縮された空気が外に逃げ出すように、扉や壁を内側から圧迫する。
部屋の外で、部屋の様子がおかしいことにスコールとサリーは気付いた。
丁度その時、スコールを探し追っていたガーデンの生徒や教官達が、この部屋にまで到達した。
「見つけたぞ!侵入者!」
「!!」
こんなことをしている場合ではない。
扉は内側からの圧迫で酷い軋み音をたてている。
壁には亀裂が走り、部屋全体が微かにカタカタと震えている。
突然大きな硬質音がした。
金属の扉が内側からのエネルギーにより変形してしまっている。
開いた隙間からは物凄い風と光が漏れてくる。
「おい、みんな避難するんだ!」
「ええっ! スコールさんはどう……」
「早く行くんだ! このままでは危ない!皆を連れて逃げろ!早く!!」
真剣なスコールの顔を見て、サリーは生徒達を促して教室の外に出た。
部屋の天井や壁に走った亀裂はその大きさを広げ、教室の中には細かい破片が舞い落ちる。
ガタガタと振動を繰り返す扉が、スコールが横に飛びのいた瞬間、遂に耐え切れなくなって吹き飛んだ。
開いた出入り口からは眩しい光と豪風が吹き出し、スコールも目を開けていることができない。
両の足に力を込めて立っているのがやっとだ。
「…リ、リノア…」
教室の外で見守っていたサリーや他の生徒達は、その風で一気に吹き飛ばされ、気を失ってしまった者もいる。
教室中の窓という窓は砕け散り、風に煽られた紙や学習用具が雪のように舞い続け、新しく美しかった教室は見る影も無い。
扉が吹き飛んで仕切りの無くなったその部屋の中には、光の塊があった。
…いや、魔法の塊といったほうがいいだろう。
様々な魔法が部屋中を飛び交っている。
魔法同士ぶつかり合って弾ける。
その欠片も勢いを消すことなく更なる小さな魔法となって飛び続ける。
スコールは歩き出した。
風に逆らい、魔法が渦巻く恐ろしい部屋へ。
小さな魔法なら、多少当たってもそれほどのことはない。しかし、大きなものはヘタをすれば命に関わる。
属性に関係なく飛び交う魔法の乱舞は、傍から見れば美しい演出に見えるかも知れない。
しかし、現実は違う。
恐ろしい攻撃魔法の巣。
ガンブレードを構え、向かってくる魔法の塊を切り捨てる。
上から下から、右からも左からもそれは時を待たず構える隙も与えない。
容赦などという言葉はない。
避けきれず、防ぎきれずに受けてしまう魔法はスコールの心を弱くしていく。
「…リ、ノア…」
光の中心へと歩みを止めないスコールは、剣を振り上げる力も残されてはいないのか…
意識のあるリノアには、それが見えていた。
…見たくなどないと思っても、制御の利かない体がわざと見せているかのように、真っ直ぐにスコールに向かう。
「(…スコール、もうやめて…!)」
動かない体で、出せない声で、リノアは必死に叫び続けた。
決して歩みを止めないスコールの体から、魔法がぶつかる度に弾け飛ぶ赤い飛沫。
これほど自分の体を、能力を、魔女という存在を疎ましく思ったことは無かった。
できるものなら自分自身を壊してしまいたかった。
頭の中に、誰かの声が響く。
“ハンシンヲサガセ…”
だがそれどころではない。
今リノアが一番に集中していることは、なんとかこの意識を消さずに保つこと。
意識を手放してしまったら、もうどうなるかわからない。そしてまた声が響く。
“ハンシンヲサガセ…”
その声を振り切るように、心の中で叫び続ける。
「(スコール!!)」
そして…
「…リノア、やっと掴まえた。もう、離さない…」
「(スコール…)」
震える指で、光に包まれるリノアの指に、小さな指輪を嵌めた。
急に、飛び交っていた魔法が空気に解けるように消えていく。
辺りを包んできた眩しい光は消え、リノアはスコールに倒れ掛かった。
崩れ落ちるようにリノアを抱きとめたスコールもその場に座り込んでしまう。
そして、抱きしめる。
愛しそうに、優しそうに、あの静かな微笑で、リノアの温もりを、鼓動を感じた。
エスタへ向かう列車の中で出会った男性の言葉が脳裏に浮かぶ。
“何があっても、どんなに酷いことを言われようと、離すまいと決めた運命の人なんじゃ…”
「あぁ、離さない、もう二度と…」
静かになった。
サリーや生徒達、教官たちが恐る恐る教室の中に入ってくる。
奥の部屋の中に、2人がいることを発見したサリーが駆け寄ろうとしていた。
「来るな!まだ安全じゃない」
「えっ!…で、でも…」
「アーヴァインとセルフィが帰ってくる予定になっている。うまくすれば今日には、それまではここには誰も近づけさせるな!
この教室も封鎖するんだ、いいな!
→part.5
物陰からキョロキョロと辺りを見回しながら小走りに走る姿は、かつてのセルフィによく似てるとスコールは思った。
「こっちこっち!」
手招きするサリーについて行きながら、追っ手共の足音の位置を確かめる。
「あいつら、アホやな~。あんな大声出して走っとったらバレバレやん…」
「(…確かに…)」
休日だった今日は、ガーデンでの授業も休みとなり、ほとんどの教室は使われること無く生徒も思い思いに過ごしていた。
この魔法実践室も、生徒は誰も近付いていなかった。
案内された教室の奥の重そうな金属の扉。
サリーがいつものようにハンドルを回して開こうとするが、ビクともしない。
スコールが代わって開こうとしても全く動かない。
ドアと壁の接触点を見て、サリーが息を飲んだ。
「スコールさん、これ…」
サリーが指し示したところは、中から強引に強い熱で接着したかのように溶けた金属がはみ出している。
「リノア、まさか中からこれやったんか…!?」
スコールが突然扉を拳で叩き始めた。
「リノア! リノア!! 開けてくれ! 俺だ! リノア!!」
内側の、扉のすぐそばにいたようだ。
微かな声が聞こえてくる。
『…スコール…?』
「リノア!無事なのか!? ここを開けてくれ!」
『…スコール、…ごめんね、開けられない…。 …私、自分で自分を抑えられないの。もしこの扉を開けたら、どうなるか、分からない…』
「リノア!」
スコールは扉を叩き続けた。
そこに、サリーも加わる。
「リノア、お願いやから開けて! …どないしよ、このまんまやったらリノア、ホンマに死んでしまう…」
「…どういうことだ?」
「この部屋、アンチスペルのシールドが張られた特別な部屋なんやて。普通は魔法の実践授業に使うてんねん。
当然窓は無いし、出入り口もここだけや。 …リノア、もう30時間近くもここにおるんや」
「なんだって!?」
叩いていた拳を、自分の体全部に替えた。
肩口から勢いをつけて体当たりする。
そして叫ぶ。
「リノア!!」
扉の向こうから、扉を叩く衝撃が伝わってくる。
微かな声が聞こえる。
自分の名を呼んでいる。
「…スコール…。 ……ス、コール…たすけて……スコール…」
リノアの小さな声はスコールには届かない。
そして、スコールが自分を呼ぶ声も、扉を叩く音も、聞こえなくなってくる。
暗くて、寒くて、息ができなくて、…一人ぼっち…。
10年前の、あの時の記憶が蘇る。
アルティミシアに支配され、アデルの封印を解き、気が付いたら宇宙空間で漂流していたあの時。
もうダメだと思った。
ここで死ぬんだと感じた。
会いたいと思った人には会えないと諦めかけた。
そして、声が聞こえた。
『諦めるな!諦めちゃダメだ! リノア!!』
閉じていた目を開く。
胸元に今だ輝きを失わない銀色に光る指輪を握り締める。
「…ス、スコール……」
這うように扉のほうへ近付いていく。
そうだ、まだ諦めない。
会いたい人が、そこにいる。
私を助けてくれる。
先に伸ばした腕が、何かに引かれる感覚を覚える。
「!?」
体を支えているはずのもう一方の腕が床から引き剥がされる。
床に伏した体が持ち上げられる。
自分ではない、誰か別の力。
「!!!」
自分の意識ははっきりしている。
それなのに、体が自分の思い通りに動かせない。
勝手に動いてしまう。
どうしたらいいのかわからない。
声を出すこともできない。
「(助けて…!)」
体全体から淡い光が漏れる。
包み込む。そしてどんどん光の玉が大きく膨らんでいく。
自分を中心にして。
そして膨張して溢れた光が、殻を割って飛び出すかのようにいくつもの筋になって先を光示す。
その数はどんどん増えていく。
空気が震え、部屋の中の圧縮された空気が外に逃げ出すように、扉や壁を内側から圧迫する。
部屋の外で、部屋の様子がおかしいことにスコールとサリーは気付いた。
丁度その時、スコールを探し追っていたガーデンの生徒や教官達が、この部屋にまで到達した。
「見つけたぞ!侵入者!」
「!!」
こんなことをしている場合ではない。
扉は内側からの圧迫で酷い軋み音をたてている。
壁には亀裂が走り、部屋全体が微かにカタカタと震えている。
突然大きな硬質音がした。
金属の扉が内側からのエネルギーにより変形してしまっている。
開いた隙間からは物凄い風と光が漏れてくる。
「おい、みんな避難するんだ!」
「ええっ! スコールさんはどう……」
「早く行くんだ! このままでは危ない!皆を連れて逃げろ!早く!!」
真剣なスコールの顔を見て、サリーは生徒達を促して教室の外に出た。
部屋の天井や壁に走った亀裂はその大きさを広げ、教室の中には細かい破片が舞い落ちる。
ガタガタと振動を繰り返す扉が、スコールが横に飛びのいた瞬間、遂に耐え切れなくなって吹き飛んだ。
開いた出入り口からは眩しい光と豪風が吹き出し、スコールも目を開けていることができない。
両の足に力を込めて立っているのがやっとだ。
「…リ、リノア…」
教室の外で見守っていたサリーや他の生徒達は、その風で一気に吹き飛ばされ、気を失ってしまった者もいる。
教室中の窓という窓は砕け散り、風に煽られた紙や学習用具が雪のように舞い続け、新しく美しかった教室は見る影も無い。
扉が吹き飛んで仕切りの無くなったその部屋の中には、光の塊があった。
…いや、魔法の塊といったほうがいいだろう。
様々な魔法が部屋中を飛び交っている。
魔法同士ぶつかり合って弾ける。
その欠片も勢いを消すことなく更なる小さな魔法となって飛び続ける。
スコールは歩き出した。
風に逆らい、魔法が渦巻く恐ろしい部屋へ。
小さな魔法なら、多少当たってもそれほどのことはない。しかし、大きなものはヘタをすれば命に関わる。
属性に関係なく飛び交う魔法の乱舞は、傍から見れば美しい演出に見えるかも知れない。
しかし、現実は違う。
恐ろしい攻撃魔法の巣。
ガンブレードを構え、向かってくる魔法の塊を切り捨てる。
上から下から、右からも左からもそれは時を待たず構える隙も与えない。
容赦などという言葉はない。
避けきれず、防ぎきれずに受けてしまう魔法はスコールの心を弱くしていく。
「…リ、ノア…」
光の中心へと歩みを止めないスコールは、剣を振り上げる力も残されてはいないのか…
意識のあるリノアには、それが見えていた。
…見たくなどないと思っても、制御の利かない体がわざと見せているかのように、真っ直ぐにスコールに向かう。
「(…スコール、もうやめて…!)」
動かない体で、出せない声で、リノアは必死に叫び続けた。
決して歩みを止めないスコールの体から、魔法がぶつかる度に弾け飛ぶ赤い飛沫。
これほど自分の体を、能力を、魔女という存在を疎ましく思ったことは無かった。
できるものなら自分自身を壊してしまいたかった。
頭の中に、誰かの声が響く。
“ハンシンヲサガセ…”
だがそれどころではない。
今リノアが一番に集中していることは、なんとかこの意識を消さずに保つこと。
意識を手放してしまったら、もうどうなるかわからない。そしてまた声が響く。
“ハンシンヲサガセ…”
その声を振り切るように、心の中で叫び続ける。
「(スコール!!)」
そして…
「…リノア、やっと掴まえた。もう、離さない…」
「(スコール…)」
震える指で、光に包まれるリノアの指に、小さな指輪を嵌めた。
急に、飛び交っていた魔法が空気に解けるように消えていく。
辺りを包んできた眩しい光は消え、リノアはスコールに倒れ掛かった。
崩れ落ちるようにリノアを抱きとめたスコールもその場に座り込んでしまう。
そして、抱きしめる。
愛しそうに、優しそうに、あの静かな微笑で、リノアの温もりを、鼓動を感じた。
エスタへ向かう列車の中で出会った男性の言葉が脳裏に浮かぶ。
“何があっても、どんなに酷いことを言われようと、離すまいと決めた運命の人なんじゃ…”
「あぁ、離さない、もう二度と…」
静かになった。
サリーや生徒達、教官たちが恐る恐る教室の中に入ってくる。
奥の部屋の中に、2人がいることを発見したサリーが駆け寄ろうとしていた。
「来るな!まだ安全じゃない」
「えっ!…で、でも…」
「アーヴァインとセルフィが帰ってくる予定になっている。うまくすれば今日には、それまではここには誰も近づけさせるな!
この教室も封鎖するんだ、いいな!
→part.5