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Chapter.28[ガルバディア]

 ~第28章~

ふと目を覚ましたのは、病室内に夕焼けの優しい帳が間もなく闇に溶けてしまう僅かな色が垣間見える時間だった。
部屋の片隅に人影を見て、はっとする。
「誰だ?」
人影がゆっくりと近づいてくる。片足を引き摺っているように歩いている。
「…君か…」
「お加減は如何ですか?大統領。驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
「いや、いいんだ。…あれ以来、薬の力を借りなければよく眠れなくてな…」
「心中お察しします」
「それよりも、君のほうこそ、どうしたと言うんだ?その足は…」
「その件で…」
小さなノックの音がして、病室のドアが開かれた。
手にトレイを持って入ってきた若い女性看護士は、病室内にいる怪我人以外の人物を見て驚き戸惑っている。
この部屋への入室許可があるのは家族と担当医、そして補佐官である眼鏡の男だけだったことをボルドは思い出し、
検温に来たらしい看護士に構わず続けるよう促した。
静かに枕元に近づき、ボルドの寝間着の襟元のボタンを外し検温器を差し込んだ。
手首に細い指を掛け、自分の腕時計を見つめながら脈を取り、カルテに書き込む。
「お伺いしても宜しいですか…?」
チラリと立ったままの人物のほうに目を向ける。
「…あぁ、彼か。彼はガルバディアガーデンの教官でな。フューリー・カーウェイだ。息子の代わりに見舞いに来てくれたんだ」
「まぁ、そうでしたか。 …先ほどは失礼いたしました」
カーウェイのほうを振り返って、改めて挨拶する。
「まだ息子が到着できんのでな」
「学園長さんは、お忙しそうですものね」
ボルドが苦笑してみせると、丁度検温が終わった合図の電子音が小さく鳴り響き、看護士はまたカルテに結果を書き込むと素早く片付け始めた。
「間もなく、ご夕食をお持ちしますね」
「あぁ、わかった」
笑顔で一言添えて退室した看護士を見送ってから、ボルドは改めてカーウェイのほうを向き直った。

「TVを付けても構いませんか?」
室内に設置された、普通の病室では見かけない大型のテレビを指してカーウェイは伺いを立てる。
了承の返事を受け、スイッチを入れると画面には信じられない映像が映し出されている。
ボルドは凍りついた。
天にまで届きそうな黒い煙と、時折破裂するように光る火花、崩れてあたり一面に飛び散った瓦礫の山と化した建物が見える。
半ばパニックになりながらその状況を伝えるリポーターの声。
「報告します。本日定時刻にティンバー駐屯所に到着したエスタからの迎えの飛空挺にて魔女を搬入後出発。
 定刻通りエスタ魔女研究所到着。同所長に書類を提出後、ガルバディア・エスタ両軍兵による護衛の下、所内へ搬送。
 しかしその後、研究所が占拠され、無差別の爆破攻撃を受け施設は壊滅。多くの兵が犠牲となった模様です。
 お恥ずかしながら自分もこのようなことに…」
「…な、なんということだ…!」
言葉を失い、ただ呆然と画面に釘付けになったボルドは次の言葉が出てこない。
「…例の、魔女信仰派の仕業かと…」
本来、今回のこの移送にはガルバディア、エスタ両国の大統領が共に出席し、顔を合わせ言葉を交わしていなければならないはずだった。
魔女に関わる大きな事件であるにも関わらず、両国の大統領が揃って不参加という発表は、世界に対して魔女という存在はそれほどの脅威ではないことを示してしまったようだ。
しかし、そこに介入してきた魔女派と名乗る反政府組織。
この存在が表に出たことで、人々は魔女という存在と政府への見かたを改めることになる。
魔女の存在を確認し、人物を特定し、確保までした。
ここまでの行程は全て上手くいっていた。
10年前の魔女戦争当時のこの信仰派が、今だこうして介入してくることなど考えていない訳ではなかったが、まさか自分と、魔女を封じる為の施設が狙われるとは…
「護衛の兵は何をしていた」
「ガルバディア、エスタ両国の大統領はいらっしゃらないということで、護衛の兵士の数は必要最小限に留めており、かの国で我々が力を誇示することはその国への権利の冒涜である、と。」
「…治外法権か」
「はい。エスタでは尚更です」
「…魔女は…?」
「申し訳ありません。
 自分も敵の攻撃を受け、このような状態で動くこともままならず、崩壊の続く部屋から助け出される始末でして、確認は取れません。」
「…何ということだ。レウァール大統領には何と言ったらいいんだ。これでもし外交断絶なんてことになったら…」
「大統領、…私は… 私は何とお詫び申し上げたらよいか…」
起立したままの姿勢は、足に負担をかけているだろう。
しかし、その姿勢を崩すことなく、小さな松葉杖を足の変わりに付き、空いた手の拳を握り締めている。
少し俯き瞑目したまま、カーウェイは言葉に詰まった。
ボルドははっとした。すっかり忘れてしまっていた現実を思い出す。魔女は、カーウェイの娘なのだ。
「…いや、よくやってくれた。もうこれで、君とこうして話すことはないかもしれん。
 …これだけは覚えておいて欲しい。私は、私のしたことに後悔はしない。
 この地位を捨てるつもりもない。この国の為に、私は動いている」
「心得ております、大統領」
「…足を、大事にしたまえ」
「ありがとうございます。 …失礼します」
硬く握った拳を開き、ゆっくりと額にあてる。
大統領と交わす、恐らく最後になるであろう敬礼をして、足を引き摺りながらカーウェイは病室を後にした。


TVでは、先ほどからずっとこの話題で持ちきりのようだ。
相変わらず、緊急に呼び出されたと見える役人達の言い訳合戦がこの事件でも流されている。
カーウェイと入れ替わるように、眼鏡の男が病室に入ってきた。
「大統領、大変です!」
「…君か、会議は終わったのかね?」
「会議どころでは……あぁ、ご覧になられてたんですね」
「これのことか」
「ええ、一大事ですよ!」
「…レウァール大統領とは?」
「それが、いくら連絡してもプライベートだ、の一点張りで全く繋がりません」
「…だろうな」
微かに溜息をついて、ボルドは半ば諦め顔だ。
この件は彼にも当然知らされているだろう。
そして、彼も何らかの危惧を感じているかもしれない。こちらから連絡が取れない以上、向こうから来るのを待つ他ない。
眼鏡の男は、ボルドの様子がいつもと少し違うように感じた。気のせいだと、怪我のせいで少し気落ちしているだけだと考えることにした。
しかし、一刻も早くエスタ大統領と会見し、今後の方針や展開について話し合って貰わなくてはならない。
魔女を捕らえたということは、ガルバディアの国にとっては賞賛すべき事実ではあるが、今回の結果はその功績と評価を下げることに繋がってしまう。
ましてや、この国ではなくエスタに丸投げした形になっているのだから…
ただでさえ、魔女派などという組織が表立って姿を現し、政府の批判を並べ、頭の命をも狙っているのだ。
このままでは確実にガルバディア政府は、ボルド・ヘンデル政権は崩壊する。
そうなってしまう前に、エスタ大統領から弁護してもらう必要があるのだ。
「大統領、一刻も早く記者会見を開くべきかと。連絡は取れなくとも、TVで大統領が声明を発表すれば、レウァール大統領も…」
「だめだ!」
「なぜです!ヘタをすればエスタとは国交断絶に繋がる可能性も…」
「魔女の件は!! …魔女の件は、報道されている通り、行方不明であるということで構わん」
「それでは我々の切り札は失われたも同然では…?」
「…つい今しがた、ここにカーウェイが来ていた」
「!」
「彼が、魔女派の仕業らしいと言っておった」
「そ、そんなことは一言も報道されていませんでしたが…」
「今、レウァール大統領と連絡が取れない以上、こちらから勝手にこちらの憶測だけの会見を開いてもどうにもならん。かえって記者たちの反感を買うだけだ。
 それに…。 …まだ魔女の生死は確認が取れていない。
 ここで魔女派の連中の介入を許したことを国民に発表すれば、我が軍、政府、そして国までの弱体化を晒すだけだ。
 魔女派の連中の士気を高める結果になる。これを機に、奴らは一気に勢力を増すだろう。それこそ本格的なクーデターが起こる」
「大統領…。 …取り乱しまして申し訳ありません」

それから間もなく始まった軍の記者会見には、杖を付いたカーウェイや何人かの将校、政府を代表した眼鏡の男、そして今回ボルドの執刀医となった医師が登場した。
記者たちの一番の関心はやはり、魔女が搬送された研究所の事件について。
「まず、この場にガルバディア大統領ボルド・ヘンデル氏が不在であることを、先日の銃撃事件を踏まえ、お詫びとご理解をお願い申し上げます」
眼鏡の男が冒頭の挨拶に付け加えた言葉の後、簡潔に纏められた内容が発表された。
「皆さん既にご存知のエスタ魔女研究所の件ですが、まだ犯人の特定には至っておりません。
 報道されている様子をご覧になれば皆様にもよくお分かりのことと思いますが、爆破によって受けた施設の被害状況は壊滅的でありまして、いつ崩壊するともわからない危険な状態です。
 今だ内部は延焼が続いており、研究所に保管された多くの薬品が起こす反応でガスが発生している可能性があります。
 安全が確保されない今の状況では、内部の様子を把握するまでには時間がかかるかと思われます。
 この件につきましては、後ほどこの作戦の指揮を執られたカーウェイ氏に説明をして頂きます。」
「補佐官!この爆破は、魔女派のテロ行為だという意見もありますが?」
「質問は後ほどまとめてお願いします。
 …次に、先日の大統領銃撃事件に関して、ヘンデル大統領の執刀をされた医師、そして公安部のほうからお呼びした捜査本部長にご説明をお願いします。」
TVで中継されているその会見の模様を、ボルドはじっと見つめていた。
運ばれた食事の湯気がなくなっても、手をつけるどころではなかった。
病室内の内線電話が突然、呼出音を響かせる。
看護士が応対するが、すぐにボルドに受話器を差し出した。
「大統領に、お電話だそうです」
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